245話 人間は生きれない世界
「海。早く起きたまえ」
あれ、私は……
一体何を……
「とりあえず水でもぶっかけてあげるよ」
私は頭から水を被る。
冷たくてとても心地良い。
しかしすぐに熱くなる。
体が熱い。熱い。熱い。熱い。
「……ここはダンジョンだね。まさか地下にこんなものがあるとは私も驚きだよ」
「あなたは?」
「魔王様だよ」
真央か。
そうだ……私は穴に落ちた。
そして打ちどころが悪くて気絶したんだ。
しかし熱い。体が焼けるように熱い。
「しかしここは熱いね。私はそろそろ帰るよ」
「待ってください……」
「安心しろ。今の海と桃花なら苦戦はするだろうが出られる」
「……真央」
「私は生憎家出中の身でね。色々と追っ手が激しくて忙しいんだ。それに生身の人間じゃない私にこの気圧と暑さは生命活動に関わる。まぁとりあえず試練だと思って頑張れ。応援してるよ」
そう言い残してゴスロリ服の黒髪の乙女は消えた。
彼女は幻惑だったのだろうか……
こんな場所に真央がいるわけないのに……
でもあの濡れた感触だけはしっかりとあった。
だが既にこの熱気により髪も服も乾いておりそれを証明するものは何も無い。
「そうだ! 桃花は!」
「……大……丈夫……だよ」
名前を呼ぶと力無く応える桃花の声が聞こえた。
こんな状態で大丈夫なわけがあるか!
「……熱いよ……熱いよ……」
「そうですよね」
熱をまずは弱めないと……
10m深くなれば温度が3度上がるのが物理法則。
それに基づいて考えるなら現在は地下5000mだから温度は150度を超えている。
あくまで私達だから生きているレベル。
ただ私達も生命だ。
辛いものは辛い。
私はこういうのに慣れてるからまだいいが桃花はそうではないのだ。
「桃花。鞄の中に入ってください。その中なら多少は……」
「海ちゃんが苦しんでる中で私だけが楽をするわけにはいかないよ……」
この馬鹿。
でも少しだけ嬉しい……
「あそこの横穴から上に行けるみたい……ただ魔物がらうじゃうじゃいる……どれもSランク近いよ……」
「とりあえず登って涼しい場所に行きましょう」
「そうだね……ここは……キツい……」
しかし暑さもキツいが他にもきついものがある。
それは体にかかる圧だ。
まるでコンクリに埋められたみたいに体が動かない。こんな状態で魔物の相手は……
「ていうか海ちゃん。銃は……」
「真央から貰ったバッグに入ってるから大丈夫だと思いますが出した瞬間に圧力で潰れて壊れるでしょう」
「そっか」
銃はここでは使えない。
ただ真央から貰った聖槍クリシャルスは魔道具だし圧力で壊れることはまずないだろう。
そして幸いにも私のバッグの中にクリシャルスは入っている。
桃花は戦うことが出来るはずだ。
「クリシャルスは海ちゃんが使って……」
「それじゃあ桃花は……」
「私には音の能力があるから大丈夫」
そうですか。
しかしそろそろこの重さもダルいですね。
さっさと楽できる場所まで抜けます。
「……鬼化」
私は鬼化を行う。
体がさらに熱くなるが100も101も変わらないように大したことは無い。
それよりも動きやすくて楽になる。
「一気に駆け抜けますよ」
「……任せたよ」
「任されました」
私は桃花を抱き抱えて走り込む。
横穴に入りそのまま入り組んだ道を進む。
「海ちゃん! 右!」
私は桃花の声と共にしゃがむ。
それからすぐに上の空気が切れた。
まるで交換が切断されたかのように……
「大きさは私と同じカマキリ」
「だけど鎌は空間切断能力があるね」
どんな規格外だ。
しかし時間が経てば空間は再度くっつくみたいだ。
それは今さっきの切り口が証明してる。
だが空間切断は流石に蝶化では防げない。
「桃花! 釜の速さは!」
「時速300kmっていったところだね」
「なら鬼化してる私なら余裕で見切れます!」
再び飛んでくる鎌を飛んで回避。
私はそれからカマキリの首を掴もうと手を伸ばす。
触ってしまえばこっちのものだ!
「海ちゃん! 上!」
「左鎌か!」
私はギリギリで反応するも頬に掠る。
赤い一本線が頬に描かれた。
まずは鎌から無力化すべきか!
私はそれからカウンターを決めて鎌を掴んだ。
「朽ちろ!」
お兄様とドラキュラ王の城で喧嘩した時に学んだ私の呪いの使い道。
この呪いは神崎家の能力の可能性が高い。
料理しようと思い触れたものを腐らせる能力。
それによりカマキリの鎌を腐らせる。
「キュエ?」
徐々にカマキリの鎌が腐り始める。
それにより少なからずの動揺を見せる。
この一瞬の隙を見逃さない。
私はクリシャルスを構えてカマキリの胸に突き立てた。
それによりカマキリは絶命する。
それから私は死体には目もくれずそのまま走り抜けていく。
急げ。急げ。急げ。
早く桃花に楽を……
「オマエ、カワイイ!」
「は?」
それから私は猿に囲まれた。
しかも喋る猿だ。
大きさはを私の腰くらい。
「オカス! オカス!」
「性欲猿が……」
「海ちゃん……こいつら……一応Sランクの魔物だから……気をつけて」
こんな猿ですらSランクって言うのか。
なんて面倒な……
「無理矢理サイコーー!」
「構ってる時間はないので秒で終わらせます」
サルが物凄い速さで飛びかかってくる。
私は右手を伸ばして頭を掴み握りつぶす。
それからすぐに走り込み近くにいた別の猿の腹を蹴り粉砕、すぐにバク転して踵落としを決めて頭を割る。
それから当たりを見渡す。
これでも残り七体……
「ナ、ナンダ!」
「キニスルナ! マトメテヤレバ……」
「私の海ちゃんにこれ以上下劣な目を向けるな!」
しかし私の後ろで桃花が吠えた。
桃花のヒールが地面に触れる。
靴底をコトンと鳴らす。
すると全ての猿が一斉に粉砕した。
間違いなく桃花の音の能力だよ……
「ありがとうございます」
「気にしなくていいんだよ……だって海ちゃんは私の宝物だもん」
宝物か。
そんなことを言ってくれる人の苦しむ顔は見たくない。
早くこんなところは抜けてしまおう。
「……ごめんね……弱い私で……」
「桃花は十分強いですよ」
「そうかな?」
私はそのまま駆け抜ける。
途中で魔物に遭遇するが全て蹴散らす。
その度に体には傷が増える。
だが気にすることではない。
それで桃花が少しでも楽になるなら……
「桃花。どうですか?」
「さっきよりは涼しくなったね」
ちょっとは上に上がってるってことか。
このペースでもっと上に行けば……
そんな時だった。
目の前には大部屋が現れた。
まるでRPGで言う中ボスが出てきそうな……
「なんですか! この部屋は!」
「……地面に……文字があるね……私でも読めないや」
言われてみればたしかに。
なんだこの部屋は……
しかしそんなことを考える暇はなかった。
目の前から大きな黒玉が落ちてきたのだ。
まるでブラックホールのような……
「嘘……ブラック・ラグーン?」
「なんですかそれは……」
「黒い鯨なんだけど宙を飛んで口の中にブラックホールを飼ってるSSランクの魔物だよ……」
SSランクだと!?
完全に規格外の領域じゃないか……
そんなの私達に勝てるかどうか……
「グオォォォォォォォォド!」
そして絶望の鳴き声が部屋を覆った。
その時の私は少しだけ震えていた。




