242話 オリジナル
「着いたードゥバヤジット!」
あれからかなりの長旅だった。
その長旅は退屈との戦いだった。
しかしそんな戦いも今日で終わりだ。
ついに私達はアララト山の最寄り街ドゥバヤジットに到着したのであった。
「んー海外って感じの街並み! 私こういうの好きよ」
「たしかに日本とは全然違いますね」
ここら辺では砂を固めたような色をしてる建物が非常に多い。
それこそアラビアンナイトをイメージしてもらったらわかりやすいだろうか?
なんというか砂漠の街という感じだ。
「とりあえず酒場に行こ?」
「まぁ情報収集の鉄板ですね」
近くのネッカフェを借りてインターネットで検索してもいいがやはり現地民に聞いた方が確実だ。
特に細かい道のりや現在の交通状況とか土砂災害とか起きた場合もそっちの方が分かりやすい。
出来ればガイドさんの一人でもいるといいのだが……
「しかし今はお昼だから吸血鬼二人が外に出れないから勝手に動くことになっちゃうね」
「許可は取ってるし大丈夫ですよ」
ペッシュさんとペーターさんは棺桶に入り私の鞄の中に入れられている。
それにより日光を避けているのだ。
まるで某育成ゲームのモンスターがボールに入るような感じで……
ちなみに響と綾人は二人で観光をしてる。
何故かこの旅であの二人は異様に仲良くなっているのであった。
やはり男子同士気が合うのだろうか……
「しかし未成年でも酒場に入れるでしょうか?」
「年収に匹敵するだけのお金を渡すって言ったら余裕でしょ。ダメなら店を変えるだけだしね」
金にものを言わせるか。
しかしいつの間に両替を……
「あ、今回はお金は使わず宝石ね。宝石はどの国でも共通の価値があるから持ってると楽なんだよ」
「なるほど」
そういうことか。
宝石の換金は向こうに任せると。
たしかにそれなら……
「とりあえず10kg出す予定で私はいるよ」
「日本の金相場で換金して五百万ですか。まぁそれだけあれば充分なんじゃないんですか?」
「私もそう思うー。ていうか過剰過ぎるくらいかな?」
あ、その前に……
折角トルコに来たならあれをしなければ。
私は人ごみを掻き分けて走り抜ける。
「海ちゃん!?」
「すぐ戻りますから〜」
「まったく……あそこのベンチで待ってるね〜」
トルコにはある名物料理がある。
それはとんでもないスイーツだ。
私はそれを前から食べたいと思っていた。
折角だから桃花の分も……
そんなことを考えながら私は人混みに入る。
しかしそれが間違いだった。
「動くな。神崎海」
人混みを歩いてた時だった。
私の背中に銃を突き立てられる。
参った。ゼロ距離射撃は流石に避けられない。
それより相手は誰だ?
私の名前を知ってるということは最初から私を狙う気でここまで来ていたはずだ。
「……僕だよ。ルークのオリジナルって言ったら分かるかな?」
「このタイミングで来ますか」
「敵対する気はない。ちょっと路地裏で話そうか?」
「銃を突き立ててそれは無理がありませんか?」
「そうでもしないと話すら聞いてくれないだろ」
オリジナル。
つまりこいつだけはホムンクルスじゃない。
時を止められるルーク。
すなわち私の裸を撮ったルークだ。
だが時間止めは桃花のブラフで封じられてるはず。
まだあれを信じていればだが……
「分かりました」
「理解が早くて助かるよ」
私は大人しく従う。
桃花が気づく気配もない。
単独行動は控えるべきだったか。
「ルーク。貴方なら綾人と響を殺すのは容易いはずです。どうしてそうしないんですか?」
「敵対はしたくないと言っただろ」
「わけが分かりません……」
待て。
そもそもルークの目的はなんだ?
よく思い出せ。
最初にルークが出した条件はなんだ?
たしかお兄様がエニグマに入ることだ。
何故お兄様をエニグマに誘った?
それはエニグマに不足する戦力を補うため。
もっと頭を使え。神崎海。
お前の師である真央に散々言われただろ。
頭を使えと言われていただろ。
考えろ……考えろ……
その上で無駄がない質問をしろ。
そもそもルークは何の使徒だ?
たしか『調停』だ。
それが意味するのは……
「さて、人目の少ない路地裏だ」
「おや、上から鉄の柵が降ってきて監禁されて性奴隷にされることは覚悟したのですがそんなことはないんですね」
「君はブラックジョークがキツイよ」
「あなたがしたことを考えると当然です。ド変態」
今は分からない。
だが一つだけハッキリしてることがある。
こいつは乙女に許可なく裸を撮るような変態。
時間止めという最強能力を性欲を満たすためだけに使用するような変態だ!
こんな乙女顔をしてるが中身はまごうことなき男。
コイツは性欲の猿である。
そして何より私の母さんである華恋殺しにも関わっている……
「まぁとりあえず話し合いといこうか。まずは僕の目的から話そう」
「まぁ妥当ですね」
「単刀直入に言おう。神崎陸を殺してほしいんだ」
おや?
これは予想外……
てっきり陸とルークは仲間かと思ったのですけどね。
「……真意は?」
「僕は均衡が大好きだ。始祖なんてバランスブレイカーはいらない。始祖なんて滅んで世界はバランスを得るべきなんだよ」
「どうして陸に限定を?」
「ドラキュラ王、オベイロン王。そこら辺は人に関わらないし力を誇示しない。またこちらからちょっかいを出さなければ何もしないからいい」
たしかにそうですね。
そういうばルークは真央も目の敵にしてましたね。
「だが、真央にルーク。あいつらは別だ。真央は世界調整なんて行って均衡をぶち壊そうとしてる! 陸に限っては人の苦しむ顔が見たいからと力を欲してる。実際に僕のホムンクルスという存在で均衡を脅かしている! そんなんじゃ世界に平和が訪れない!」
「……真央は世界平和のために誰よりも犠牲を払って働いています。真央の上澄みしか知らない貴方はそれ以上語らないでくださいますか?」
「そうかいそうかい。だが今はそんなことはどうでもいい! 今は力を増やす陸が問題だ!」
それからルークはニヤリと笑った。
まるで初めて本心を語るかのように。
「それに何よりも僕がモブとして捨て駒として切られるのが凄く不快だ。たとえ僕のホムンクルスと言えど?」
「なるほど……単刀直入に言えば陸が憎い。敵の敵は味方だからとりあえず手を組まないかと?」
「イエス! だが僕はバランスブレイカーである以上やがて君も桃花も空も殺す!それを忘れるな!」
殺すか……
随分と簡単に言ってくれる……
「今は休戦といこう。人の始祖?」
「最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
「なにかね?」
「あなたは世界の平和を望みますか?」
何故ルークは世界の均衡を望む?
何故そこまで調停したがる?
恐らく根本は世界平和だ。
そのはずだ……
「もちろんだ。ただ僕は真央とは違う。人間だけの世界平和を望む! 種族全体ではなく人だけだ!」
「結構です。では休戦としましょうか」
「受け入れ感謝しよう」
「だが私は母さんを殺す要因を作ったお前を許さない。陸を殺したら真央と共にお前を全力に殺しにいくということを忘れるな」
「それは僕も同じだ。僕も全力で君達を血祭りにしてあげよう。桃花にはあの時の恨みもあることだしね」
私は立ち上がりその場を後にする。
ルークもその場を去っていく。
互いに別方向へと歩いていく。
しかし言葉が通じる相手で良かった。
もしも通じなければ殺していた。
だった通じる今であっても何度も銃の引き金を引こうとしていたのだから。
でもその度に桃花の言葉を思い出した。
何があっても人を殺すなという言葉を。
だから私はルークを殺さずに済んだ。
「さて、早く桃花のところに戻らないと心配をかけちゃいますね」
私は再び人混みに紛れて目当ての物を探す。
心の中に若干のモヤモヤを残しながら……




