237話 桃花の小道具
「綾人さん。調子はどうですか?」
私は包帯でグルグル巻きにされた綾人に話しかける。
彼がこうなったのはもちろんわけがある。
そうでもしないと暴れまくり運べないからだ。
特に顔なんて酷いもので包帯以外の何も見えない。
「今は朝です。まぁ両目をほじくられてるので肌でしか感じられないと思いますけど……」
「朝なのか……」
「えぇ。朝ですよ。あとで朝食を持ってきますね」
彼の下半身はグチャグチャだ。
糞尿まみれで酷い匂いすら放つ。
今の彼は一人で立ち歩くことすら困難なのだ。
まぁ犯人は桃花だし悪いのは彼だから特に何か言う訳でもないが……
「どうしたら俺を愛してくれるんだ?」
「私には既に和都君がいます。なので他を当たってくださいね」
私は和都君が好きだし愛しいと思う。
悪いが他の男など眼中に無い。
だって私は和都君の彼女さんなんだから……
「一応ミネストローネとコーンスープが出ますがどちらがいいですか?」
「……海ちゃんと同じので」
「了解しました。では後でコーンスープを運びますね。それと一人で食べれますか?」
彼から返事は返ってこない。
しかしこの容態からすると無理そうだな。
まぁ“あーん”くらいはしてあげよう。
私も鬼だけど鬼ではありませんし……
「なぁ……なんで魔王にみんな従うんだ?」
「真央のことですか。そんなの決まってるじゃないですか」
私が魔王に従う。
そんなのは一つしかない。
真央は私を認めて受け入れてくれるから。
私を愛してくれるからだ。
つまり一言で言うならば……
「私達はだって真央……いいえ、魔王の事が誰よりも大好きですから」
「……大好き?」
「はい。私は真央の事が和都君や桃花と同じくらい好きです。だからこそ彼女が傷つくことを見たくないから必死に今だって手を伸ばしてるんですよ」
真央は私が必ず助ける。
何を代償にしようと……
もう大好きな人が傷付くのは見たくない!
「なんでみんな真央なんだ? どうして異世界を救った俺じゃなくてこの世界を絶望に落とす魔王の方が好きなんだ!」
「……あなたは本気で頑張ったことがありますか? その異世界で命を賭けたことはありますか? 恐らくその差なんじゃないですか?」
「……俺だって頑張ったよ! 頑張って世界を……」
「具体的には?」
恐らく彼はこの質問には答えられない。
彼の目がそう言ってる。
今は無き目がそう言っている。
「それは……」
「爪が剥がれたことは? 足の肉が潰れたことは? 朝から晩まで嘔吐感に襲われた事はありますか?」
「……ない」
「大切な人を手にかけたことは? 目の前で最愛の人を殺されたことはありますか?」
再び彼から返事は途絶える。
結局彼はその程度なのだ。
「お前に何が分かる! 俺の何が!」
「分からないですよ。でも人間には言語能力があります。相手に分からせるための言語能力がありますよね。それを使わずしてどうするのですか? 何のための口なんですか?」
まったく……
本当に彼は根本的な部分が分かっていない。
まぁそれなら学べばいいと私は思う。
人間の寿命は大体八十年。
長くてもあと六十年は生きるのだ。
学ぶ時間はたくさんあるのだ。
「あなたは特別でも何でもありません。ただの人間なんですよ。桃花みたいに人理を超えた力があるわけでもなければ私達みたいに始祖であるわけでもない。また真央みたいに超天才的な頭脳があるわけでもない。まずはそれを理解することから始めてください」
「……理解?」
「はい。あなたはただの凡人なんですよ」
凡人なら凡人だけ立場を弁えてその上で出来ることを探すべきだと私は思う。
それは何よりも大事なことだ。
そう。人として……
「……海」
「あら、響。どうしたのです?」
「ちょっと席を外してもらって構わないか? 拙者は彼と話がしたい」
「えぇ。構いませんよ」
私はそのまま席を外した。
恐らく男同士じゃないと出来ない話もあるのだろう。
私が真央や桃花としか出来ない話があるように……
「……海。そばにいてくれ」
「響。綾人がそう言ってますが……」
「……悪いがそれならそばにいてやってくれ」
「分かりました」
おや、この匂い?
まさかまだホムンクルスの生き残りがいるとは。
ちゃんと全部処分したと思ったのですけどね。
私は無言で腰から銃を引く。
「海?」
「気にしなくて結構ですよ。今の私はこの3人の中で一番強いので」
さて、どのタイミングで来るか。
私は慎重に意識を向けていく。
ここは私が警戒しておこう。
二人は特に気にせず話すといい。
「そこですか!」
バンッと大きな銃声が鳴り響く。
手に多少の衝撃が走る。
それから再びバンッバンッと追い打ちをかける。
「ほんとに思うけどお前さん。そんな細い手でどうやってそんな豆鉄砲感覚で銃が撃てるのよ?」
「慣れですよ」
「慣れね」
まったく……
この程度も出来ないでどうしろと言うのだ。
私はまだ警戒を緩めずに睨み続ける。
「……もう大丈夫ですかね」
私はそれからルークの死体を視認する。
もう動く気配は……
「海ちゃん!」
「桃花!?」
「気を付けて! こいつ頭を破壊しても動く新手だよ!」
それから桃花が走り抜けてきた。
彼女の手には槍が握られている。
彼女の槍は閃光のような速さで死体を切る。
微塵切りになるまで、粉になるまで切り崩す。
「それとルーク・ホムンクルス。私はドラキュラ王から少しプレゼントを貰ったの」
桃花はそう言うとカードを出した。
あれはタロットカードですね。
そして大アルカナですか。
随分と良いご趣味で。
「このカードはタロットカードってまぁ有名なやつね。その人の運命を占うの」
それをルークはギョロリとした目で見ていた。
まるで呻く虫のような目で……
「今のカードは16の塔のカードでこの向きは正位置ね。そして意味は災難よ」
桃花はそれから“死に晒せ”と舌をひょこっと出して言ってから残った目を踏み潰した。
それからグリグリとヒールの踵で入念に粉砕していく……
「まったく……変な改良して」
「ありがとうございます」
「気にしないで。この場所でドラキュラ王とルプスの次に戦えるのは私だからね」
そりゃそうですけどお礼を言うのは最低限のマナーですからね。
しかし新型のホムンクルスですか。
つまり相手もどんどん進歩を……
「海ちゃんはホムンクルス見たら下がった方がいいかも。海ちゃんが倒すとしたら赤の弾丸か電磁加速砲しか無いと思う。それか体の原型が無くなるまで踏みまくるか……」
「そうですね。次からホムンクルスが見えたら桃花に任せますね」
「そうして」
私は粉砕に特化してはいない。
桃花なら音や物理攻撃など様々な手を取れるが……
私の場合は握り潰すが関の山だ。
流石にそれを万を超えるホムンクルス相手にやっていたら夜が明けてしまう。
「しかし桃花。よく分かりましたね」
「私の可愛い妹に汚物が迫ってたら嫌でも気付くよ。それに近くに空君も真央もいない以上は私が海ちゃんを守るのは最低限の仕事だからね」
しかし私や桃花ならいざ知れずですが響がホムンクルスと対面すると恐ろしいですね。
恐らくそれなりに苦戦が……
「それじゃあ海ちゃん。朝ごはん食べて準備しよ?」
「準備?」
「ちょっとバギーを作っちゃうから。私一人で作ってもいいけど折角なら海ちゃんとワイワイやった方が楽しいかなぁって」
「そういうことですか。いいですよ」
「やった!」
たしかにあの距離を徒歩で歩く気はしない。
それなら乗り物を作るのが妥当か。
「ちなみにジェット機を組み立ててもいいけどバギーの方が小回りが利くと思うから私はそっちを勧める」
「その辺は桃花に任せますね」
私はそのまま桃花についていき上に上がる。
綾人の件は響に任せてしまおう。
今はそんなことより桃花と楽しい朝御飯だ。
桃花との食事は美味しいから大好きである。
なんか私は呼び止められてた気がするがそんなことは忘れた。
「しかしそろそろこちらも動かないとまずいかなぁ」
「動く?」
「そうそう。なんかホムンクルスが攻め込んでくるから私達もホムンクルスを作って対応すべきかなって思うんだよ」
そんな簡単に出来るもんなんですか?
私は詳しいことは知らないので何も言えませんが……
「作ること自体はちょっと弄っくて分析や解剖したら容易いと思うよ。人格はたしかペーストの能力を使ってるみたいだからちょっと工夫が必要だけどね」
「人工知能で代用ですか」
「正解! 真央がたまに使ってたでしょ?」
あれはほんとに簡易的なものですけどね。
まぁたしかにあれを使えば……
「ただ真央に少し御教授頂かなければならないから少し先になる」
「そうですね」
「本当に真央の理論を少し齧れば分かると彼女は思うけどめちゃくちゃ頭良いよ」
「知ってますよ」
それから桃花は綾人の方をチラッと見た。
綾人を少し見るとカードをまるでナイフを投げるかのように飛ばして綾人の目の前に突き刺す。
「12の吊られたのが逆位置。意味は自暴自棄だね。参考までにどうぞ」
もう使いこなせてますね。
なんか動きが手慣れてます。
「あ、カードは後で返してね。ちょっと私のお気に入りだから」
そうして桃花は去っていった。
私も桃花の後ろをチョコチョコと追いかける。
彼女の歩くペースは私には丁度良くて体の負担に一切ならない。
「そう言えば桃花の髪。いつもと違う匂いがしますね。トリーメントを少し強くしましたか?」
「バレちゃった。私これから髪を染めるからね」
……は?
ごめんなさいm(_ _)m
リアルでちょっと入院騒ぎに……
ちょっとこれから不定期更新続くかもです()




