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世界調整  作者: 虹某氏
1章 【愛】
24/305

24話 狂気の開花

「お疲れ様でした。とりあえず術式は空様が勉強してる間にこちらの本にまとめておいたので勉強してください」


 渡されるのは辞書と同じくらい分厚い本だった。

 俺はその分厚さに唖然としてしまう。


「基本的に一ページに術式が一つ書かれてます。一応役に立ちそうなものだけをまとめましたので暇な時に練習してください」

  「……分かった」


 そして丁度白愛の魔法講座が終わった時に誰かが部屋に入ってくる。


「いいお湯だったわ」

「それにしても海ちゃんって凄くスレンダーだよね」

「ちょ、ちょっと!?」

「髪もサラサラでね〜」

「こ、これ以上恥ずかしいから言わないで!」


 珍しく海が恥ずかしがっている。

 海は桃花に頭が上がらないみたいだな。


「ねぇ神崎君」

「魔法難しかった?」

「なんとか理解出来たがそれ以上は厳しいな」

「そっか。疲れてない?」

「……凄く疲れた」

「そうだよね。こんなに汗かいてるしね」


 桃花が俺を労わってくれる。

 しかし桃花は一体なにが言いたいのだろうか?

 様子が変だ。

 正直あまり良い予感がしない。


「実は私はまだまだお風呂に入り足りないの」


 そして俺は察した。

 間違いなくこれ以上はヤバイ。

 海はニヤニヤしながらこちらを見ている。


「ねぇ私と一緒に入ろ?」


 予想通りの展開だ。

 正直問題しかない。


 でも断りにくいのも事実である。


「いいじゃない。入ってくれば」

「いや、そうは言われても……」

「神崎君。一緒に入ろ?」


 桃花が上目遣いでそう言ってくる。

 かなり可愛くて更に断りづらくなる。

 俺の逃げ場がどんどん奪われていく。

 海のヤツ一体桃花になにを吹き込んだ?


「空様。何をしようとしてるのですか?」


 白愛が俺にそう問いかける。

 しかしハッキリとは言えない。


「いや、その……」

「まさか誘いに乗ろうとしてるわけじゃありませんよね?」


 そう言われると断るのが凄く勿体ない気分になり始める。

 それにいつもの白愛の愛しい声が今はこの上なく怖く感じる。


「さて、白愛。私達はそろそろ帰りましょ」

「そうですね。短い間でしたがお世話になりました。それと桃花様はこれ以上空様を誘惑なさらないようにお願いします」


 白愛がとても低い声で桃花にそう言う。

 それに対して桃花はすっとぼける。


「どうして?」

「どうしてもです」


 この二人のやり取りがめちゃくちゃ怖い。

 間違いなく白愛と桃花の間で冷戦が起っている。

 女の争いは怖いと聞いていたがまさかこれ程とは思わなかった……


「それではお邪魔しました」


 白愛達は帰っていった。

 夜が少しだけ寂しくなるな。


「それじゃあお風呂行こ?」

「……本気なのか?」


 俺は思わず聞いてしまう。

 まさか桃花は本気で一緒に入るつもりか?


「うん!」


 白愛にあそこまで言われても続けるのがすごいと思う。

 しかも桃花の場合は白愛のスペックを理解した上で行っている。

 そこら辺の奴とは格が違う。

 そんな時に突然桃花は目をキラキラ輝かせて語り始めた。


「私ね。海ちゃんと話してて気づいたの」


 一体何に気づいたのか。

 今の桃花は何かが違う。


「なにかを手に入れるのに手段なんか選んじゃダメなんだよ。私は神崎君……いや、空君が欲しい。すべてを失ってもほしい。もし空君に振り向いてるためなら屍だって積むし処女だって散らせるよ」


 呼び方が名字から名前に変わる。

 それにしても桃花が怖い。

 “処女を散らす”なんて今までの桃花からは絶対に出ない言葉だっただろう。

 俺は震える声で桃花に尋ねる。


「そ、そこまでか?」

「うん!」


 桃花は迷いのない笑顔でそう言った。

 それを聞いて俺は少しだけ恐怖を感じ始める。

 そして狂い始めていると思った。


「私は空君以外なーーんにもいらない。空君が私のものになるならなんだって捨てられるよ」


 おかしい。

 絶対に今の桃花はおかしい。

 いや、こっちが本性なのかもしれない。

 今の桃花は海によって本性が解き放たれた姿。


 ありのままの姿なのかもしれない。


「それじゃあダメ?」

「いや、そんなことは……」

「白愛さんは空君のためになんだって捨てられるかな?」


 桃花は突然白愛と自分を比べ始めた。

 彼女は白愛は俺のために全てを捨てられないと言っている。

 しかし俺はそれに反論出来ない。

 なぜなら白愛が俺のために迷わずすべて捨てられるとは思えないからだ。

 最終的には捨てるだろうが間違いなく迷いが生じるだろう。

 でも、桃花の場合は迷う事なく捨てられるだろう。

 それこそ命だって……


「例えば白愛さんに空君が誰かを殺せって命じたら殺してくれるかな?」


 桃花が俺に追い討ちをかけるかのように話す。

 もしも俺が白愛に誰かを殺せと命じたら白愛は迷わず殺せるのだろうか。

 間違いなく今の白愛には無理だ。


「例えば白愛さんに空君が風俗で小汚いオッサンの相手してこいって命じたらやってくれるかな?」


 桃花はやめる事なく話を続ける。

 そんなこと白愛が出来るはずがない。


「……や……めろ」

「私なら空君の言う事ならどんな事だって迷わず実行出来るよ?」

「やめろって言ってるだろ!」


 思わず叫んでしまう。

 それほどまでに桃花の例えは不快だ。


「初めて私に感情をぶつけてくれたね?」

「どういう事だ?」


 意味が分からない。

 俺は思わず桃花に問い詰める。


「好意だけじゃなくて怒りに殺意に悪意もすべて空君がぶつけてくれる感情なら私には快楽なんだよ」


 なんだよそれ。

 もう意味が分かんねぇよ。


「もっと私にぶつけて!空君の欲望を!ありのままに私に!」


 これは異常だ。

 間違いなく今まで見た中で一番狂っている。

 彼女の持っていた()()()()()()()した。

 

「ねぇ空君。愛っていうのはこの世界で一番狂気的で尊くて美しい感情なのよ」


 桃花は淡々と語っていく。

 俺はそれを聞く事しか出来ない。

 口は縫い付けられたかのように動かない。


「空君にとっての愛ってなに?」

「それは……」


 俺にとっての愛。

 そう問われても俺は答えることが出来ない。

 答えるのが怖い。


「ちなみに私は愛とはこの人のすべてを食べたいって思える事だと思うよ。私はあなたの感情や言葉をすべて食べたいと思うの。誰にも渡したくない。殺意も怒りも悲しみも愛も私だけに捧げてほしいの」

「どういう事だ?」

「つまり私にとっての愛は空君の事で空君は愛という概念そのものなんだよ!」


 もうわけがわからない。

 言ってる事がめちゃくちゃだ。

 彼女はもはや俺の理解の範疇を超えている。

 そして桃花はそんな俺を押し倒す。


「えへへ。空君って暖かいよね」

 

 桃花はそう言うと俺に顔を近づける。

 なにも言い返せない。

 顔はさらに近づきお互いの息がかかる距離だ。

 今の桃花は親父もどきなんかよりよっぽど怖い。

 今まで会った人の中で一番怖い。

 彼女の目が怖い。

 彼女の言葉が怖い。

 彼女の存在が怖い。


 俺は過去最高の恐怖を感じていた。


「私の“初めて”を空君にあげるね」


 そう言うと桃花は俺の唇に唇を卑しく重ねてきた。

 初めてのキスはレモンみたいに甘酸っぱい味がすると言うがそれは違う。

 このキスはチョコレートみたいに舌に絡みつく甘味しかない。

 桃花はそんなのにお構いなく舌を入れてくる。

 俺の舌とねっとりと舐め回す。

 俺はされるがままだった。

 この時間は一分ぐらい続いただろうか。

 ようやく桃花の舌が離れる。


「えへへ。空君の初めてを白愛さんより先に貰っちゃったよ」


 桃花の言う通りこれが俺のファーストキスだった。

 それにしても桃花はまだ俺がキスをしてないってどこで知ったのだろうか?


「空君が初めてのキスだって反応から分かるよ」


 彼女は情報からではなく本能的に察した。

 これが俺の初めてだと本能的に理解しているのだ。


「とっても甘くて気持ちいいキスだったね」


 命の危険はないはずだ。

 しかし今はそれ以上の恐怖を感じる。

 まるで自分が自分で無くなるような感覚。


「空君。学校を卒業したらいっぱい子供作ろうね。大体十人くらいかな。それでどっかの海外の高原に家を買って二人でのんびり暮らすのってどう?」


 桃花は突然未来の話を始める。

 しかしそこには俺と桃花以外の登場人物はいない。

 話の内容はとても平和だが俺には狂気としか感じなかった。


「こんな事してたらさっきより汗をかいちゃったね。これ以上汗をかく前にお風呂に行こっか?」


 そう言うと桃花は俺の上から離れて浴槽を目指す。

 桃花に対して恐怖してるはずなのに釣られて一緒に行ってしまう……

 

「 私の家の浴槽ってとっても大きいでしょ!」


 彼女の言う通り浴槽はとても大きい。

 十人くらいで入っても一杯にならないだろう。


「……あぁ」

「それじゃあ入ろっか?」


 桃花は俺の前で大胆に服を脱ぎ始める。

 しかし俺は特に興奮はしない。

 もう俺は彼女に対して恐怖しかないのだから……


「ほら、早く空君も脱ぎなよ」


 彼女が俺に語りかける。

 しかし体が動かない。

 先程から何故か震えが止まらない。

 そして視界がぼやけはじめた。


「空君!?」


 完全に理解の範疇を超えたからだろうか?

 それとも恐怖からの防衛反応からだろうか?

 俺の記憶はそこで途切れてしまったのだ。

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