236話 海の未来
「ここは?」
私は目を覚ますと真っ暗な空間にいた。
体はプカプカと宙に浮いてるような不思議な感じ。
恐らくこれは夢の中だな。
「初めまして。神崎海」
声をかけるのはメガネをかけた赤髪のショタ。
もう嫌でも分かる。
この人物が誰か……
「……神ですか」
「随分と察しがいいね。僕は未来の神」
はぁ……
このタイミングで私に使徒の試練か。
なんと面倒なことだろうか。
「僕が出てきた意味がわかるよね?」
「随分と神って身勝手ですよね。勝手に夢に入ってきてはこれで全て理解してるだろ? はっきり言って礼儀がなってないかと」
「そうかい。僕は君を使徒に……」
そんなのは知ってる。
それ以外に神が来る理由はない。
ほんとにこいつらは何様だ?
「結構です」
「え?」
「私は神崎海。私は勇者ですよ」
「何を……」
真央が魔王である以上、私は勇者である。
そうでなければならない。
魔王を倒すのは勇者である。
それは物語のお決まりだ。
だから私は勇者だ。
「勇者とは人の可能性を信じて人として足掻くもの。それなのに神の力を借りて勇者だなんて誇れますか? 私は少なくとも誇れませんね。だから私は使徒になる気はサラサラありません」
「……こんな事言われたの初めてだよ」
「良かったではありませんか。いい社会勉強が出来て」
まったく……
そもそもおかしいだろ。
何が試練だ。
それじゃあまるで使徒にしてあげるだ。
それは違うだろ。
本来は使徒にさせて下さいと頭を下げる立場だ。
その態度が気に入らないと言うならば私に声をかけなければ良いだけの話だ。
「そもそも私は戦いを好みません。痛いのは嫌いです」
「ほう?」
「戦わないなら能力なんて不要です。能力を貰うってことは戦うと言ってるようなもの。そんなの私はごめんですよ」
能力なんていらない。
私が欲しいのは真央やお兄様、それに桃花達と笑い合える日常だ。
それに能力なんていらない!
「……君は何様のつもりなんだ? 煽り抜きでどうしてそこまで僕達、神を恐れないのか気になってね」
「神崎海だと何度も名乗ってるではありませんか?」
「聞き方が悪かったね。どうして君はそこまで神を恐れないで発言出来る? 君の根本には何がある?」
そう言われると難しいですね。
自己分析が一番難しい。
それは昔からよく言われることですね。
ただ答えるとしたら……
「信じてるからですかね」
「自信?」
「はい。あなた達の力を借りずとも私の夢を叶えることが出来ると自分を信じてます」
「おかしいな。それだと僕達の不興を買って殺されることを全く考えないみたいだ」
考えないわけないだろ。
ただ一つだけ確信があるだけだ。
「そんな理不尽を現代の魔王様は許しませんよ。そんなことをする神なら真央がお前達を既に皆殺しにしているでしょ!」
「あくまで真央と言えど人間で……」
「人間が神を殺せないと誰が決めた? 真央は常に不可能を可能にする人だ。もしもお前達が理不尽を行うのであれば真央は必ずお前達に裁きを与えにくる」
あんまり人間を舐めるな。
人間は神くらいなら殺すぞ?
そういう生き物だ。
「人間は家畜を飼う習慣があります」
「それが?」
「しかし時偶に事故で家畜に殺されることもあります。例えば牛を家畜にしてる人は少し扱いを間違えれば牛に踏みつけられ死んでもおかしくはありません」
私は未来の神を真っ直ぐと見る。
鋭い眼光で睨みつける。
「そして人間は神の家畜です。それは変えようのない事実だと思います。だが家畜が主人を殺せない道理はない!」
「気に入った。君を使徒にしたい! 僕の使徒にしたい」
「そうですか。なら試練とか言わずに頑張って私が魅力的に感じる案でも出したらどうですか?」
まったく……
あくまでお前達はお願いする側なんだ。
それを弁えろ。
「どんな能力でも渡すと言ったら? たしかに君は能力は戦いに使うもので不要だと吠えた」
「そうですね」
「だが右手から唐揚げが出せる。そう言った日常生活を盛り上げるための能力なら話が変わるんじゃないか?」
「それなら右手からどんな食べ物でも出せる能力の方が欲しいです。もっと言うならば食べ物に限定しない方が使い勝手が良さそうですね」
まぁ夜桜の創造と被るのがあれだが……
たしかに少し喉が乾いた時に何時でもジュースを出せたりするのは非常に魅力的である。
実に悩ましい能力だ。
「つまり創造か」
「そうですね。ただその能力者はいた気が……」
「君は一つ勘違いをしている。能力は別に被っても問題は無いんだよ」
あら、そうなのですね。
しかしそれなら……
「一つだけちょっと欲しい能力が……」
「なんだい?」
「転移が欲しいです」
真央の能力である転移。
私はそれが欲しい。
それで真央と同じ景色が見たい。
真央の見た世界が見たい。
「真央の事を考えてるね」
「はい」
「そうだね……だが僕も君に大人しく従うのは癪だ」
もしも転移を貰えるなる試練を受けてもいい。
それほどまでに私は真央の観た世界を見たい。
真央と同じ目線に立ちたい。
「……うん。決めた。海には将来なりたい職業についてスピーチしてもらうよ。もちろん僕が気に入らなければ失格だ」
「未来の職業……」
「そうさ。君がどんな大人になりたいか、君はどんな未来を描こうとしてるのか興味がある。どうかな?」
私ってそう言えば何になりたいんだろ?
言われてみたら何も思い浮かばない。
「君は皆と笑い合いたいと言う。しかしその環境を得たとして君は何の仕事をする?」
「ニートって言ったらどうします?」
「ありえない。君が引きこもってただ人生を浪費するだけの勿体無い生活を送るとは思えない」
マジですか。
私は働きたくないんですけど……
起きて遊んで食べて寝る。
その生活の方が……
「人はどうして働くと思う?」
「お金が欲しいからですか?」
「海は君の大好きな真央がお金のために教師をしていたと思うのかい?」
間違いなく違う。
真央はそんな人じゃない。
そもそも真央はお金には困ってないはず……
「真央は教えるのが楽しいから仕事にしてたんだと僕は勝手に思うんだ。海は一体何を楽しいと感じて仕事にしたいと思うんだい? それを僕に教えて欲しい」
「ちょっとお時間頂いてもよろしいですか?」
「いいとも。君の答えを僕は何時でも待ってるよ」
私のなりたい職業、やりたいことか……
そんな事は考えたこともなかった。
だって私にそんな自由は無いと思ってたから。
でも今は違うんだ。
私には自由があるんだ。
もう何をしてもいいんだ。
自分が生きたいように生きていいんだ。
「……すみません。今すぐには思いつきません」
「のんびり考えていいんだよ。僕は何十年でも海の回答を待つからね」
「そんなには待たせませんよ。私だって少なくとも成人するまでには自分のやりたい事を見つけたいですから」
何をやってもいい。
自分の意思で道を選んでいい。
やっぱり今の私って最高に幸せ者だな……
今日まで生きていて良かった。
心の底からそう思うよ。
「海。最後に未来の神から一つだけ」
「なんですか?」
「今の君はたくさんの人に愛されてる。もしも躓いたら周りに助けを求めてもいいんだよ。絶対に周りは君に手を貸してくれるから。それに何かを一人で抱え込む必要は無いんだよ。周りの人たちは誰も君の不幸を望んでないんだから」
私の目から涙が溢れてきた。
たくさんの人に愛されてるのは理解してるつもりだ。
和都君にも同じ事を言われた。
もう頭では理解してるつもりなのに……
「虐待を受けてた時とはもう違うんだ。君はもう笑って未来に歩みを進める権利があるんだ。君を理解して助けてくれる人はたくさんいるんだよ?」
「……ありがとう……ございます」
「僕も海は好きだよ。最初はただの興味だったけど君の話を聞いて好きになった。僕は君を応援するよ」
もう笑う事も選択する事も許された。
いま一度その事実を噛み締める。
「さて、そろそろ解散しよう」
「そうですね」
「何かあったら何時でも来るといい。ちょっと会いたいと望んで寝れば来れるからね」
「それじゃあそうさせてもらいますね」
私は愛されてる。
みんなに愛されてる。
それが神に肯定された。
ほんとに今の私は恵まれた環境にいるんだな。
「海。頑張れ」
「えぇ。頑張らせてもらいますよ」
そうして私は未来の神の元を去った。
少し今の自分を見つめ直しながら……




