230話 悪しき物—世界の終末―
部屋に入ると肉塊があった。
ピンク色のブニョブニョとした気持ち悪い肉。
見ているだけで嫌悪感を覚えそうになる、
「……お……兄ちゃん」
「真央と空か」
そしてこの場には先客がいた。
その先客は夜桜だ。
夜桜は愛おしそうに姫を撫でる。
しかし姫は一切の表情を変えない。
「こんなになる前はすげぇ綺麗な金髪でめちゃくちゃ可愛かったんだぜ。もし姫が魔神にならなかったら今頃は誰かのお嫁さんになる年齢かな」
「……」
「空。頼む。姫をどうにかして殺してくれ……」
ほんとに殺すしか方法はないのか?
上手いこと姫と魔神だけを切り離せないのか?
「俺は姫を助ける。そう言ったはずだ」
かなり昔に俺は姫を助けると誓った。
その事を忘れたわけじゃない。
絶対に助けてやる……
「どうして空はそこまで……」
「目の前に困ってる人がいたら手を差し出すのは当然だろ。それが魔王様の大切な人の妹ならなおさらな」
俺は拳を作り、肉塊を殴る。
拳は貫通こそするがすぐに再生する。
まったく死ぬ気配がないな。
「ツ・グルンデ」
俺か切り札を使う。
触れたものを跡形もなく粉砕するカオスの玉。
それで姫を巻き込み破壊する。
だが、そんな小細工は意味を成さなかった。
すぐさま肉塊は再生する。
「……無理だな」
これは今の俺でも無理だ。
恐らくこの世界中を探しても殺せる人は誰一人としていないだろう。
「……せめて神器があればな」
知の神は言っていた。
神器なら魔神を殺せると。
それも攻撃に特化した神器に限り……
「まだ諦めるな。絶対に何か手があるはずだ」
しかし真央は諦めていなかった。
だったら俺も頑張るしかねぇか。
何か姫を殺せる手を……
「不可能なんてあるわけがない。絶対に……絶対に助ける方法があるはずなんだ」
真央は強く拳を作っていた。
真央は諦める兆しすらみせない。
ただ方法があると信じ終わりの見えない道をひたすらに進んでいた。
本当に真央は魔王らしくねぇな。
「……そう。不可能なんてこの世界には絶対に存在しない。少なくともそれが人間の想像できることなら。そして私達は姫ちゃんを殺すということを想像できている。なら必ず出来るはず」
そして奥の方から褐色肌の銀髪で白衣に身を包んだ少女があるいてきた。
少女の目はキリッとしていてとても赤かった。
彼女の目に強い熱があった。
「初めまして。神崎空。私はドナよ」
彼女がドナ……
真央の協力者のドワーフ……
「真央。何か新しい理論や物理法則でも発見したの? 真央の理論を理解出来るのは世界で私だけ。発見したなら早く教えて」
「悪いが今は頭の片隅で少し考察するだけで研究をメインに活動してないから特に無いな」
「そう……残念」
真央の理論を理解出来るだと!?
あんなよく分からない暗号を解読出来るってどんな化け物だよ……
「ドナ。魔物石の方は?」
「問題無く増やしてる。今だけでも既に地下には億を簡単に超える魔物がうじゃうじゃいる」
「そうか。ダンジョンタワーは?」
「基礎理論の確立がやっと終わって設計は出来た。ただ魔物にポップアイテム、階層の背景デザインなどのアイデアの不足が深刻過ぎる。ソフィアと話してるだけじゃ全然足りない」
「分かった。空をここに定期的に送る」
なんか勝手に決められたぞ……
まぁ楽しそうだし別に良いが。
「それでどんな感じだ?」
「例えるならMMOゲームを作る感じ。某二刀流剣士が攻略してたゲームみたいなやつをリアルで作るって言えば分かりやすいかしら?」
あ、理解した。
そういう事ね……
これはかなりの重労働だな。
「ダンジョンタワーの主な仕事としては人間に未知という夢を与え生きる意味を与えること。そのために攻略を簡単にさせてはいけない。でも攻略を全く出来ないような理不尽なものにしてもダメ」
「まるでゲーム作りだな」
「そう。そしてダンジョンタワーはオーストラリアにセットする予定」
それがどう関係するのか。
少し興味あるな。
「オーストラリアではスイカは採れない。今は例としてスイカを挙げたけど他にも採れない野菜や果物は山ほどある」
「そうだな」
「そこでそう言ったものをダンジョンの宝箱の中にセットして客寄せをする」
「なるほど。でもそれだと宝箱を置く人が必要だろ?」
ゲームならプログラムで湧かせたり出来る。
だが現実は違う。
そんな芸当が……
「魔物石。あれは完全に無から有を作り出している。その理論を応用すれば何も無いところから食べ物等を産み出すのは容易い。現にその実験には成功している」
「……マジかよ」
「マジのマジの大マジ。そのためダンジョンタワー内は食べ物も魔物も勝手に湧く摩訶不思議なものになる。そして普通はそんなのを作れば国が独占するけど幸いにも国はアーサー君、すなわち身内の管理下になる。つまり一切の政治関係の心配をする必要はない。私は大人しく完成に専念すればいいだけ」
完成に手の上だな。
全ての問題が見事に解決している。
「ただ魔物のデザインが決まらない……日本のラノベ、漫画、生物図鑑に植物図鑑。参考は何個も得てるけど推定五千種を用意するとなるとかなりの重労働でアイデアがまったく追いついていない」
「今はどんだけ終わってるんだ?」
「三千と二百六十。それに魔物石にそのデザイン、特性の魔物を産み出すようにプログラムする時間も必要でデザインだけで打ち込みが終わってないのが半分以上」
それから俺はドナの作った魔物のデザインを見る。
どれもかなり凝っている。
「ドナの絵は上手いだろ?」
「あぁ……」
「……上手くない。私の本職は鍛冶師だから脳内に浮かんだイメージは明確に形に出来ないと仕事にならないから。それにこれは全部下書き」
この量が下書きだと?
それじゃあ本書きは……
「ここからPCを使って3Dのモデリングをする。それを元に魔物石にそのデザインを魔力を使って打ち込んでいく」
しかし真央のところに来て思ったが魔法なのにかなり化学が融合している。
なんていうか神秘じゃない!
「それで空には魔物のデザインをしてほしいの。私はその間にモデリングをするから」
「ま、まぁそういうことなら……」
「それじゃあお願いね」
今までに無い部類の仕事だな。
絵は海の方が得意なんだよなぁ……
前に昼のプリン争いで絵描き勝負してボロ負けした覚えがあるんだよ。
「下手でも文句言う……」
「は? ふざけんなよ。私は仕事に余裕が無いから頼んでるの。少なくとも本屋に置いてあるラノベと同レベルの絵くらい描けよ? なぁお前なんのために生きてるの? ぶっちゃけそんな人ならいらないんですけど」
突然、ドナが声を荒あげた。
うわ、こえーーーー!!
なんかさっきとキャラが違うんですけど!
ていうかあくまで俺ボランティアだから!
そこまでやる理由がないから!
「……真央さん」
「頑張りたまえ。ブラック企業で働くのも良い経験というものだ」
え、今ブラックって言いましたよね!
はっきりブラックって言いましたよね!
「えぇ……」
「なんでもいいからさっさと手動かせや! こちとら遊びじゃないやぞ!」
はぁ……
仕方ねぇ。いっちょやってやりますか!
何度NGを喰らうか知らねぇけど!
「それじゃあまず……」
その時だった。
大きな地響きが鳴った。
なんだ!? 地震か!?
「夜桜!」
「……おう」
夜桜は獣化していた。
いつになく本気だ。
問題が起きたのはそれからだった。
「……お……兄ちゃん」
「姫!」
姫が動いていたのだ。
白目を剥きながら、体を引きずりながら。
姫は動いていたのだ。
「……ラグナ……ロク……始めよ?」




