228話 勇者の生誕
「次は私の番だね。7で」
「それじゃあ私は6でお願いします」
そう言うと海はダイスを振るう。
それを見た真央も続くようにダイスを振る。
「合計8ですね」
海の出した目は5で真央の出した目は3だ。
互いに一歩も譲ることのない激闘が繰り広げられていた。
どちらが勝つか全く読めない……
「では私は3で」
「それじゃあ私は7と予想させてもらおう」
真央はこのゲームの本質を理解している。
だから常に7を選ぶ。
それに対して海は真央の深読みに期待して違う数値を選んでいく。
「合計は6ですか」
今回出した数値は海が1の真央が5だ。
もしも海が出した数字が一つでも大きかったら負けていた。
これはかなりギリギリの綱渡り……
「さて、私も次は7だ」
「では私は8でお願いします」
再びダイスが振るわれた。
合計値は真央が1の海が3で4。
今回はどちらも掠りすらしない。
その後もターンが何ターンも続けて起こっていく。
「……キリがありませんね」
「こうなるのは海も承知の上だろ?」
「はい」
それから海の目が変わった。
完成に勝負を決めにいくつもりだろう。
「さて、次は私のターンですね。7でお願いします」
ここに来て7だと!?
今まで海は一度も7を指定していない?
真央の手を全て見切ったというのか?
「……私は9だ」
海の目には光があった。
勝利を確信した光が。
一体どんな手を……
「真央。私は次の時に2の目を出しますよ」
「……どう足掻いても9は出ないということか」
「はい」
ブラフか?
ダメだ。真央にそういうのは一切通用しない。
それは俺達が1番良く分かってるはずだ。
俺には海が何を考えてるか全く分からない。
「いかますよ」
それからサイコロが振られた。
なんとその合計値は7だった。
海が6を出し真央が1を出した。
「勝ちましたよ。初めて私はあなたに勝ちましたよ?」
海は勝ったのだ。
真央の得意分野が真央に勝った。
俺は思わず唖然としてしまった。
純粋に凄すぎる……
あの真央に読み合いで勝つなんて……
「……今はこんな勝ち方しか出来ませんが次はちゃんと正面から突破してみせますよ」
「そういうことか……これは負けても仕方ない。海の信念の勝利だ」
一体どうやって真央の手を読んだ?
真緒の手を誘導した?
海は何をした!?
「海の勝率は六回に一度だった」
「まさか!?」
「そのまさかだよ。最後だけ海は自分で一切の目を調整しなかったんだ。完全に勝負を運に任せたのさ」
それだったらおかしい!
最初からそうすれば良かったはずで……
「海は私の出す手を全て見切っていた。あの打ち合いの中で慎重に分析していた。そして全て運任せにするのが一番勝率が高いと判断したんです」
「真央。それは語弊がありますよ」
「違うのかい?」
「この世界に不確定のものなど存在しません。全ては緻密な計算により定められた結果でしかない。私はその7が出る局面になるのをずっと待っていたのです。もちろん7が出る保証なんてありませんが私には確信がありましたから」
どういうことだ?
さっぱり意味が分からない……
「海ちゃん! おめでとう!」
それから桃花が走って海に抱きつく。
それに対して海は顔を赤くして照れる。
だがすぐに受け入れ感謝を言う。
「……真央。私はあなたに勝てます。始祖だろうと神だろうと理不尽の概念そのものであろうと人間は勝てます。私は人類最強である真央に勝ちそれを証明してみせました」
「そうだね。人間の可能性は無限で……」
「私は絶対に真央を救います。真央に嫌われようが神の恨みを買おうが四肢が無くなろうが必ず救います。だからそれまで足掻いてください。絶対に私が真央を助けてみせますから」
それを言うために海は真央に勝負を言うために勝ったのか?
この世界に不可能が無いことを証明するために全力を尽くしたというのか……
「……真央。あなたは魔王なんかではありません。孤独で一人嘆くお姫様ですよ。だから私は今ここに勇者になることを宣言します! 姫の心を蝕む魔王を打ち破り必ず真央を救います」
海は勇者、真央は魔王。
勇者は魔王を救うために手を伸ばし魔王は勇者のための世界を作るために武力を行使する。
勇者はそんな世界より魔王が生きる世界が欲しいと叫ぶが魔王はそれを跳ね飛ばして勇者の幸せのために歩みを止めることは無い。
また、勇者の目に人々は映らない。
彼女の目には世界の美しさ、優しさを教えてくれた魔王の姿しか映らない。
これはそんな物語……
俺達に一切の干渉の余地がない。
魔王と勇者……いや、真央と海の物語だ。
「そこまで言うなら私を倒すがいい! 今度は全身全力で相手してあげよう。神崎海!」
「言われなくてもそのつもりです。神崎真央! 私はあなたを何を引き換えにしようが助けます。絶対に助けてみせます!」
さて、そろそろ帰るだろう。
海は真央を救おうと手を伸ばし、剣を取るだろう。
だが俺はそれを阻む。
何故なら俺は真央の作る世界を見たいし真央には一切の悔いなく死んでほしいから。
ここからは敵同士だ。
「空」
「帰るんだろ?」
「随分と察しが良いじゃないか」
真央が手を翳して転移門を開く。
俺は最後に桃花を見る。
俺の嫁の顔を見る。
「悪いが少し単身赴任だ」
「知ってるよ。海ちゃんが危険を冒さないように私が見張っとくから安心してね」
「助かる」
桃花と別れるのは特に辛くはない。
たしかに会話も出来ず体温も感じることは出来ない。
でもどんなに離れてようが俺と桃花は繋がってる。
目に見える何かがある訳でもないが間違いなく繋がっている。
だから特に寂しい訳では無い。
それは桃花も同じことだ。
「桃花。大好きだ」
「私も大好きだよ。空君」
それからそっと唇を重ねる。
桃花と唇を重ねる。
とても甘くて暖かいキス。
それを数秒続けて離れる。
「それじゃあいってくる」
「いってらっしゃい」
そして俺はドラキュラ王の城を後にした。
いつもの魔王様の拠点に戻る。
ここからはまた勉強、修行。
その繰り返しだ。
「空。ここからは少し本気でいくぞ」
「分かった」
「殺しこそしないが気絶くらいはさせる。そうしないと私は海に負けるからね」
もっと俺も強くならないとな。
少なくとも俺は始祖だ。
だがドラキュラ王やオベイロン王クラスではない。
少なくともあのクラスにはならなければ。
「その前にマリアとの面談だ」
「覚えてるから安心しろ」
「全て任せたよ」
これからやることは山積みだ。
でも頑張ろう。
魔王様のために!




