23話 魔法
「……使いたい」
魔法。
それは誰もが一度は憧れたものだろう。
それを使うチャンスが目の前にある。
「そうですか。では今日は触りだけ教えましょう」
「ていうか白愛は魔法使えたんだな」
「いいえ。私は魔法を使う事は出来ません。私の血には魔力が含まれていないので……」
白愛の言葉に驚きを隠せなかった。
個人的に白愛はなんでも出来ると思っていた。
だから魔法が使えないのに驚いたのだ。
「驚きました?」
「あぁ」
「でも魔法理論や術式は全て記憶していますので教える事は出来るかと」
魔力が含まれてるかなんてどうやって判断すればよいのだろうか??
そもそも俺の血に魔力がなかったら魔法は使えないわけだ。
しかし白愛は俺が当然使えるかのように話を進めていく。
「俺には魔力を含む血が流れてなかった無理だろ」
俺は突っ込む。
一番大事なところだ。
「その点は大丈夫です。神崎家の血なら確実に魔力を含んでいます」
「そういう事か」
「これから魔法を教えるの?」
さすが神の血だな。
そして海が白愛に尋ねる。
もちろん俺はそのつもりだし白愛もそのつもりだ。
「えぇ。もうここまで知ってしまえば魔法を覚えてない方が不安です」
白愛がそう答えた。
たしかに魔法があれば便利だ。
俺は神崎家の事など白愛や親父が俺に隠していた事は大体知ってしまった。
今回みたいにまた俺が襲われる可能性もある。
いや、間違いなく襲われる。
だったら魔法は間違いなく必要。
特に能力に目覚めるまでは……
「なるほどね。時間がかかりそうだし私はお風呂入ってくるわ。それとごちそうさまでした」
海が食事を終えて空になった皿を白愛に返した。
そのまま風呂場に行くみたいだな。
「お粗末様です。それといってらっしゃいませ」
「あ、私も行く!」
「いいけど後悔しないことね」
桃花も皿を白愛に返して部屋をあとにした。
二人で一緒に入るのか。
しかし魔法か……
親父も使えたんだろうか?
まぁ間違いなく使えただろうがイメージ出来ない。
「それでは魔法の概要を説明しますね」
「頼む」
白愛の魔法講座が始まった。
俺は急いで食い終え皿を空にして真剣に聞く。
「まず魔法は三つのものを使って行います。一つは術式でもう一つが魔力を含む血。そして媒体となる物です」
おそらく術式は桃花がエメラルドにナイフで刻んでた変な模様の事だろう。
媒体は考えるまでもなくエメラルド。
「空様。少し血をよろしいですか?」
「あぁ」
俺は白愛に右手を出す。
白愛はいつの間にかナイフを持っており俺の指先を軽く切る。
「今回媒体に使うのはトパーズという宝石です。とりあえず外に出ましょうか」
「そうだな」
中で魔法を実演するのは危険だからか。
俺は白愛に釣られるように外に出る。
「とりあえず術式を刻み、そこに先程の血を垂らして起こしたい現象をイメージ……」
相変わらず言葉で言い表しにくい図形だな。
線とかには規則性はない。
時には線だけではなく丸と書かれている。
一言で言うなら子供の落書き……
「そしてズドンッ!」
白愛がそう言った瞬間だった!
目の前に雷が落ちる。
芝が見事に焼けている……
なんて威力だ……
「宝石にも得手不得手がありトパーズは主に電気を起こすのに向いています。そして今使ったのが魔法です」
「すげぇ……」
間違いなく即死。
しかしトパーズが灰になってしまった。
やはり使い切りか。
「今みたいに術式を刻んだ媒体に血を垂らして使います。基本的に戦闘では術式を書く時間もありませんしそもそも術式は複雑すぎて覚えるのが難しいので刻んだ物を持ち歩くのを勧めます」
あんな子供の落書きを覚えろっていう方が無理だ。
おそらく術式をまとめてある本とかあるのだろう。
「ちなみに海様も魔法を使っています。彼女のは胸元に肉体強化の術式を刻んでおり接近戦では無類の強さを誇ります」
「そうか。体に術式を刻むのもありなのか」
体育の授業の時にやったあれの事だ。
やはりあの急激な加速は魔法だったのか。
「でもあまりオススメはしません。やってる事は自分を媒体とした魔術で使う度に尋常ではない不可がかかりますから。それをやってるのは海様ぐらいです」
間違いなく長時間の使用は無理だな。
それに推測だがそれ相応の痛みもありそうだ。
言い方が悪いが虐待により痛みに慣れている海だからこそ出来る芸当。
間違いなく海だから出来た事だ。
「そういえばどうして宝石なんなんだ?」
「宝石がこの世界で一番魔力を含むからです。でも媒体にも向きと不向きがありますからね」
変な魔法を使わない限りは基本的に宝石か。
そして媒体が灰になったのは媒体が魔力を使い切ったから。
海の場合は人体だから魔力が尽きる事がないのだろう。
「ちなみに宝石以外の場合は鳥の羽を媒体とした浮遊とかもありますよ」
色々とあるのか。
魔法は覚える事がかなり多そうだ。
「さて、ここに卵があります。それでは成長の魔法を使ってみましょう」
いきなり実践か。
白愛が俺に卵と術式の書かれた紙と針を渡す。
考えても仕方ない。
とりあえずやってみよう。
俺は卵に術式を書く。
俺はコツコツと針を使って表面を術式通りに削っていく。
俺は二十分程かけてなんとか術式を彫り終えた。
「……出来たぞ」
「それじゃあ血を垂らしてください」
「わかった」
俺は針で指先を少し突き血を出す。
そして卵に垂らした時だった!
「うわっ!」
突然卵が割れのだ。
どこかでミスったのだろうか……
「空様。ここの線の長さが3ミリ程足りません」
「少しシビヤ過ぎるだろ」
なんて難易度の高さだ。
これは魔法が普及しないわけだ。
「誤差が許されるのは0.1ミリ程度だと思ってください。それではもう一度いきましょう」
「……分かった」
再び術式を書く。
しかし何度も失敗が続く。
なんて難易度の高さだ……
それでも俺は諦めずに何度もやる。
その結果……
「……あれ?」
ようやく血を垂らしても卵が割れなくなった。
しかし何故か魔法が発動しない。
「雛が孵化する様をしっかりイメージして下さい。血を垂らす時にイメージしないと発動しませんから」
「先に言え」
俺は卵から血を拭き取る。
さて、再チャレンジといくか。
イメージは雛。
雛が卵の殻を割るのをイメージしろ……
「グギャァァァァァ」
卵を割って無事に出てきた。
しかし白目を剥いて断末魔を上げて死んだ。
「早すぎです。成長は生き物を急成長させる魔法。急に卵から孵化するのをイメージしたら体が変化に耐えられずにこうなりますよ」
いや、難しすぎだろ。
つまり生まれる様ではなく卵の中で成長していく様をイメージしろと。
そんなのどうやってやんだよ。
「とりあえず分かりましたか? これが成長と呼ばれる魔法です。今回のは初歩的なものですけどね」
「……これが初歩かよ」
「はい。しかしもう夕暮れですね。続きはまたの機会にしましょう」
先が長すぎる。
術式で書くのさえ手間取っている。
そして何とか書いてもイメージが足りない。
「この難しいイメージを戦いながらやるのかよ……」
俺はその事実に唖然とするしかなかった。
☆
私は海ちゃんとお風呂に来ている。
私の家のお風呂はとても広くて二人ぐらいなら簡単に入れる。
だから特に狭いということは無い。
寧ろ余るくらいだ。
そして初めて見る海ちゃんの裸。
かなり傷跡がある。
火傷の跡やとても酷い痣。
見ていて痛々しいとし言えなかった。
一緒に入る前に海ちゃんが言った“後悔しないことね”の意味がようやく分かった。
海ちゃんは虐待を受けていたと言っていた。
その時の傷が一生物として残ってるのだろう。
それでも肌は白くてスベスベでとても綺麗だ。
でも、胸はまな板だ。
まったく無いって言っても過言じゃない。
「そういえば桃花」
「なに?」
「あなたはお兄様のことが大好きなのですよね?」
海ちゃんが突然私に尋ねる。
そんな事は聞かれるまでもない。
私は神崎君の事が大好きだ。
「うん!」
「あなたは本当にお兄様の事が好きなのかしら?」
一体どういう事だろうか?
私は神崎君と一緒にいて楽しいと思うし少しだけ心がドキドキする。
これは恋というものなのだと私は思う。
もしかして海ちゃんはそれを恋じゃないと言いたいのだろうか?
「あなたが本当にお兄様が好きならお兄様の好きなところを百個上げてみなさい」
なんでそんな事をするのだろうか?
でもそんなのは簡単な事だ。
「うーんとね。カッコよくて喧嘩も強くて優しくて運動も出来て勉強も出来る!」
「まだ五つよ」
「それに謙虚で安心感も与えてくれてる。しかも料理も美味しくて……」
「あと九十三ね」
海ちゃんは私を追い詰めるようにそう言う。
しかし私にはこれ以上思い浮かばなかった。
「もし、白愛ならお兄様の好きな所をしっかりと十つ答えられるでしょうね」
「で、でも過ごした時間が違うし」
そんなのは理由にならないのは分かってる。
しかしそう言わずにはいられなかった。
「たった“それだけ”の理由で諦めちゃうんだ」
海ちゃんはいつになく高圧的にそう言った。
とても悔しいと思った。
「正直お兄様はあなたが好きになるのに値する人物ではありませんよ。あんな雑魚は桃花さんには見合いません」
「そんなことない!」
私は強くそう言った。
誰が私に見合うかなんて私が決めることで海ちゃんが決めることではない。
それに私は神崎君がいい!
「ホントにそうかしら? お兄様はいつも自分の事を最優先にして周りに何もしてないじゃないか」
「私にはしてくれたもん!」
「何をしてくれたのかしら?」
海ちゃんがそう冷たく言い放つ。
しかし悔しい事に具体例が何も浮かばない。
私は悔しさのあまり下唇を強く噛む。
噛みすぎて血が出そうだ。
「でもあなたはお兄様を好きになってしまったのでしょう?」
そうだ。
私は神崎君が好きだ。
この気持ちだけは誰がなんと言おうが本物だ。
「ねぇ桃花」
「なに?」
「そんなあなたがするべき行動は――」
それから海ちゃんは私に教えてくれた。
愛の在り方について。
これからどうすればいいのか。
そして神崎君を私の物にする方法を――
もう私は迷わない。
神崎君が好きだ。
何をしても神崎君を手中に収めてみせる。
神崎君は私のものだ。
神崎君は私だけのものだ。