222話 男女比 1:3
「はい。チェックメイト」
「うぬぬ……」
俺は呑気に真央とチェスをしていた。
負けた方はワサビシュークリームを食べるというこの上なくえげつない罰ゲーム付きだ。
提案者は近くにいる黒髪の美少女。
「それではお兄様。頑張ってくださいね」
黒髪の美少女、神崎海は悪魔の微笑みを見せる。
この悪魔が……
お前、ワサビシュークリームの恐ろしさを知らないだろ!
「ほら、空。負けたんだから頑張りたまえ」
とりあえず今日のところはドラキュラ王達との話し合いは無事に終えた……というより明日へと持ち越しになった。
それで吸血鬼の生活を知るという意味も込めて俺達はドラキュラ王の城に泊まることになった。
何故か海と桃花と真央と俺の四人部屋で。
ここは普通なら男女別にするだろとツッコミを入れたいところであるが……
「ん? どうしたの?」
俺の腕にベッタリとくっ付いてる俺の嫁である桃花の提案でそうはいかなかった。
桃花が俺と一緒の部屋が良いと提案。
ドラキュラ王がそれを承諾。
海は桃花と一緒が良いと泣き喚き、真央は折角だから海と添い寝したいと言い始めて……
「お兄様。語弊がないように言いますが私はお兄様が桃花を押し倒し性欲の獣に等しき行いをしないか見張るためにいるのですよ」
「……悪いが海と真央が見てようがやることはやるつもりでいるが?」
「……この変態! さっさとワサビシューを食べて地獄に落ちてください!」
はぁ……
兄に変態と言うとはなんて酷い妹だろうか。
こうソフィアみたいに丁寧に生きられないのか。
「空。私も流石に人目があるところで交尾をするのは些か問題があると思うんだ」
「真央。俺はお前に好奇心を忘れず未知には常に挑戦し視野を広めるのは人としての存在意義であると習ったが?」
「あー。うん。今はそれを忘れてほしいな」
前言撤回するな!
俺はひたすらブーイングをする。
こんなことを先生という聖職者が行って許されるのであろうか?
間違いなく否である!
先生とは常に生徒の手本となるような行動をするべきであり……
「それより空。君は私とのチェスに負けたんだから早くワサビシューを食べたらどうだい?」
「……だが断る」
「お兄様。“だが断る”という言葉は自分にとって有益な話や美味しい話など自分にとって利がある提案をあえて突っぱねる時に使うものです。つまり私が言いたいのはニワカは死ねってことですね」
めんどくさい妹だ。
ここで一つ兄として教えてやろう。
細かい事を気にしてたら……生きていけぬぞ?
「空君。私としては“だが断る”は養分を吸い取られてミイラになりかけた時だけに使用が許される言葉であると思うんだよ。まぁ日常でそんな場面なんてまずないしそもそも私達がそんなピンチに陥るともとても思えない。まぁ何が言いたいかって言うと誤用はやめた方がいいよって事かな」
え、なにこの空気……
ちょっと重くないですか?
「そんなことより早くワサビシュー食べよ?」
「……桃花まで」
「ほら、あーん」
「せ、せめて口移しで……」
「ごめんね。私は辛いの苦手だから」
あの、桃花さん!
前に激辛担々麺食べてましてよね!
しかもお店で一番辛いやつ頼んでましたよね!
それで辛いの苦手は無理がありませんか?
「お兄様。早く観念してください」
「ていうかお前らズルいだろ! なんで桃花と海はジェンガで勝負してるんだよ!」
「だって頭使うと疲れますし……」
ひでぇな!
まるでジェンガが頭を使わないみたいじゃないか!
しかも海はそれでも負けてるし……
「うん。そこは百歩譲って許そう」
「そうですか」
「しかし罰ゲームは無いとはどういう事だ! 何が勝った方はドラキュラ王の冷蔵庫から盗んだプリンだ!
ご褒美じゃなくて罰ゲームをやれ! 罰ゲームを!」
海と桃花の勝負。
それは勝った側にはご褒美があるものの負けた側には何も無いというもの。
しかし俺と真央の勝負。
あれは勝った方には何も無くて負けた方は罰ゲームをやるというものだった。
一つ言うなら絶対にふざけている!
「まったく……そんなに嫌なら勝てば良かっただろ」
「そうですよ。全部負けたお兄様が悪いんじゃないんですか。それに男ならさっさと覚悟を決めてください」
「“男なら”そういうワードは現代日本ならセクハラ問題に発展するぞ!」
「知りませんよ。それに目の前で交尾する発言してるお兄様の方がよっぽどセクハラだと思いますが」
この妹は……
変なところで頭が回りやがって……
「あ、お兄様」
「どうした」
「少し上の方を見てください」
俺は海に言われた通り目線を上にやった。
しかしその判断が間違えだった。
「な!?」
「桃花! お願いします!」
「オーケー!」
海が強引に俺の口を開かせる。
そして桃花が俊敏に動きワサビシューを口の中に放り投げてきた。
「辛ぁぁぁぁい! まずい! ていうかめちゃくちゃまずい!」
思わず噎せてしまう。
なんてものを食わせるんだ……
こいつらは悪魔か……
「お兄様。吐き戻すのはマナー違反ですからな。しかも衛生的にも悪いですし後片付けも面倒ですから」
俺は何とか気合いで飲み込む。
それから水をガブ飲みして胃に押し込む。
死ぬかと思った……
「いや、そんな辛いわけないじゃないですか。ていうか反応がオーバー過ぎますよ」
海は腹を抱えて笑っている。
絶対にいつかやり返してやるからな。
覚えとけよ……
そのためにはまず罰ゲームありのゲームに海を参加させてここで勝ち……
「そういえば海。ずっと聞こうと思ってたんだが」
「真央。なんですか?」
「ルプスはどこに行ったんだ?」
「ルプスなら少しドラキュラ王とオベイロン王と話があるって言って部屋を出ましたよ」
「なるほど。それで廊下ですれ違ったわけか」
ルプスがドラキュラ王と話?
一体何の話をしてるのだろうか……
「ていうか俺もずっと言おうとこの部屋の男女比おかしくないか?」
「そうですね。お兄様という異分子がいますね」
いや、まぁそうなんだが……
そもそもこの部屋をセッティングした方に大きな問題があると思うんだ。
「まぁ空からしたら良かったじゃないか。海と桃花というトップクラスの美少女二人と同じ部屋で寝れるなんて普通の男子高校生が見たら物凄く嫉妬すると思うよ」
「そんな、美少女なんて……」
海が頬を赤らめてモジモジしてる。
海は喋らなければ可愛いんだよな。
うん。喋らなければ可愛い。
「しかし嫉妬と言うが俺と海は兄妹で桃花は嫁だ。それで三人で同棲してるわけだから何かこう実感がないというか……」
「うん。空は一回自分がどれだけ幸せな環境にいるか理解した方がいい」
もしもラノベなら海が俺に惚れてるだろう。
そう思えなくもない設定だが……
悪いが海はそんなタマじゃない。
俺が一つ言えるとしたら兄妹での恋愛なんてありえないって事だな。
俺と海の関係がそれを証明している。
「……さて、そろそろ私達も寝ましょうか」
「折角だから四人一緒に寝る?」
「いいですよ。仕方ないのでお兄様も私と同じベットで寝ることを今日は許可します」
添い寝するのに特に抵抗はない。
それに海を変に意識することもない。
なんていうか海はそういう対象とは一切見ないな。
いや、そもそも一緒に風呂に入ってる時点でそういう事を考えるのも野暮か。
「並びはどうしよっか? 私はもちろん空君の隣ね」
「私は真央と桃花の隣がいいですから」
「そうなると空が左端で真ん中に桃花と海。それで右端に私になるか」
「おい! 真央! それはズルいぞ!」
なんで俺が左端って壁から離れてる方なんだよ!
下手したら落ちるじゃねぇか!
俺が右端に行くべきだと強く思うぞ!
俺の安眠のために!
「……仕方ない。じゃんけんで決めるか」
「あぁ分かった」
「ちなみに私はパー出すよ」
「は?」
「最初はグー……」
え、ちょっと待て!
真央はパーを出す。
それなら俺は何を出すか。
真央の言葉を信じるならチョキが安定だ。
しかしここは様子見でパーを出して“あいこ”を狙うのが一番の得策ではないだろうか?
だが真央はそれを読みチョキを出す可能性が凄く高いと思われる!
だったら素直に信じてチョキだ。
それなら最悪は“あいこ”に持っていける。
真央も俺が素直にチョキを出すとは考えないはずだ。
少なくとも俺なら考えない。
よってグーは考えから消しても一切の問題はないというわけである。
そうなると残る選択肢はパーとチョキ。
それなら間違いなくチョキだ。
そうすれば負けはありえない……
「じゃんけんぽん」
俺は自分を信じてチョキを出した。
しかし結果は意外なものだった。
「空。私の言葉を信じるのは少しだけ馬鹿じゃないかい?」
真央が出したのはグーだった。
俺が考えから消したグーであった。
「私が本気でパーを出すわけないだろ。まぁそれでも勝ちは勝ちだ」
「待て! もしも俺が様子見あいこを選んだら真央は負けていたはず……なのにどうしてグーを出した?」
「いやだって負けても寝る場所が左端になるだけだから何でもいいかなぁって……」
深い考えはないのかよ!
余計な考えをして損したわ!
「まぁでもさっきも言ったように勝ちは勝ちだし私はありがたく壁側である右端を貰うとしよう」
「クソ……」
俺は少し文句を言いながら布団に入った。
それから桃花もギューッと俺に抱きついて布団に入り海も入る。
「それじゃあ電気を消すよ。おやすみ」
「おやすみ」
そうして俺達は就寝した。
◆ ◆
「……真央の言った通りだな」
「そうだな」
とある部屋の前に二人の男が立っていた。
それも濃密な殺気を放ちながら……
「吸血鬼の始祖に妖精族の始祖か」
ある男が血の匂いを振り撒きながらやってくる。
二人の男、ドラキュラ王とオベイロン王は迷うことなく戦闘態勢へと入った。
「吾輩の城で変な事はさせぬぞ。獣人の始祖ウルフレア」
「おっと。初対面なのに名前など割れてるのか」
「ドラキュラ王。表層世界に転移しても構わないかい?」
「無論だ」
それからオベイロン王は指を鳴らした。
舞台は代わり古びた廃墟になる。
ここは表層世界と呼ばれる場所。
分かりやすく言うならば世界の裏側。
オベイロン王は能力でこの表層世界と一定の場所の座標を入れ替えることを可能にする。
「使徒の反応を出すなんて二流のすること。改めて名乗らせてもらおうか。僕は【自然】の使徒“ドレイク・オベイロンさ」
「吾輩はクドラク・ドラキュラ。始祖ではないが貴様を葬りさることくらい容易いわ!」
それから地面に冷気が走る。
氷は瞬く間に広がり獣人族に襲いかかった。
「あらよっと」
しかし一筋縄ではいかない。
獣人族は飛ぶ事により意図も簡単に回避。
だがその動きを想定出来ない弱者ならこの場に立つことはまずないだろう。
「それは悪手だよ」
オベイロン王の手には弓が握られていた。
彼は弦を弾き弓を弾く。
その弓は的確に獣人族の体を貫いていく。
「……フェイルノートか」
「今日は出血大サービスで11784本の弓が君を襲うよ。無論どれも音速に等しいから回避はまず出来ないだろう」
フェイルノートは一度弦を弾けば12本の音速で不可視の弓を飛ばす。
オベイロン王は腐っても始祖である。
この一瞬で982回引く位なら造作もない。
「……この程度か」
「これは困ったな」
しかし相手も始祖だ。
こんな豆鉄砲のような攻撃を幾ら重ねようが意味はなさない。
「過程を飛ばし望んだ結果を得る能力か。しかも困った事に始祖ときた」
「ご名答」
オベイロン王は考える。
今、自分が生きてるということは謎だ。
そんな規格外な能力なら最初から僕達を殺すことも容易いはずだ。
それなのにやらないということは出来ないという事。
だとしたら何かしらのトリガーがあるはずだ。
「……まったく。私がいないところで戦い始めるんじゃないよ」
そんな考えをしてた時だった。
獣人族の始祖の胸から血が溢れ出した。
「初めまして。私は神崎真央。少しずるいが不意打ちをさせてもらったよ」
「……な!?」
「この能力は“自分にしか適応出来ない”と言ったところか。オベイロン王のフェイルノートを避けないで当たっていたのがそう物語っているよ」
この場に真央が現れたのだ。
真央は転移で背後に回り込みナイフを突き刺した。
それにより獣人族から血が溢れ出す。
「一応ナイフにはヒュドラの毒ってやつを塗ってみたのだが効き目は薄そうだ」
「……正々堂々戦え!」
「殺し合いに正々堂々もクソもあるか。それで毒を治癒したという結果を持ってきて毒を消すか」
真央は鮮やかに降り立つ。
それから静かに獣人族の方を見る。
「ウルフレア。これで形勢は3:1となったがどうするつもりだい?」
「……状況が悪いな」
「君の身体能力はたしかに人間離れしてるがまだ常識の内に留まっている」
真央は冷静に状況を分析する。
これが真央の戦い方だ。
「まぁゴミというか雑魚というか始祖の中でもお笑いの部類だ。一つ言えるのは取るに足らない相手だって事だが……」
「……たかが人間の癖に減らず口を叩くな。そんなお説教大好きなお前に一つ授業をしてやる」
それからウルフレアは加速した。
音が置いていかれ真央の目の前までやってくる。
「狼に手を出すと死ぬぜ?」
「ルプス。頼んだよ」
ウルフレアの拳が真央に襲いかかる。
しかし真央もこの程度の想定はしている。
そして想定をしてるということは対策も……
「任せるです!」
「雌ガキが!」
どこからともなく現れたルプスに背後を取られ手首を押さえ付けられた。
トリックはとても簡単なものだ。
真央はウルフレアの背後に転移門を展開。
そこにルプスが飛び込み背後に現れる。
「……砕けろです」
「随分と荒いな!」
ルプスは右手首を迷いなく握り壊す。
しかし能力によりそれはすぐに治せれルプスにキツい蹴りが一発入り吹き飛ぶ。
だがルプスにこの程度の攻撃は意味を成さない。
ルプスは腐っても神獣だ。
そんなルプスにこの程度の攻撃は無意味。
「……天邪鬼に比べたら軽いです」
「始祖の中で格付けをするとしたら一番は天邪鬼で二番はドラキュラ王、次点でウルフレアと言ったところだ。とりあえず大した脅威じゃないことが分かった」
「は! そうかよ!」
しかしそんな後ろにウルフレアが現れた。
ウルフレアの能力は過程のスキップ。
真央の後ろに移動するという過程を無くして結果を得ることにより擬似的な転移を行った。
「なるほど。これで城の中に潜入か」
「そういうことだ」
「ドラキュラ王。ちゃんと淑女の身は守りたまえ」
しかしドラキュラ王の方が動きは速い。
ウルフレアの手が真央に届く前に受け止める。
「お主が淑女なんて無理があるだろ?」
「そういうことを言うのはどうかと私は思うよ。それと能力も暴いたし私の仕事は終わり。私はそろそろ城内に戻るよ。爆弾でも仕掛けられていたら溜ったものじゃないからね」
そして真央はそう言い残して跡形も無く消えた。
この場に残されたのはウルフレアを抑えるドラキュラ王に余裕そうな表情を見せるオベイロン王。
それに興醒めしているルプス……
「男女比3:1になったです」
「そういう事を気にするとは神獣様も随分と余裕なものだ」
「こんな雑魚、ママにも劣るです」
この場にいた全員が勝ちを確信していた。
しかしそれが不味かった。
「……まったく。人を舐めるのもいい加減にしろよ」
そう言うとドラキュラ王は吹き飛ばされた。
それから間もなくオベイロン王に膝蹴りが入る。
「グハッ」
「このクソ幼女が」
「しまったです!」
ルプスにも激しい蹴りが入った。
獣人族の動きはここにいる誰よりも早かった。
先程までとは比べ物にならないくらいに……
「……どういうトリックだ?」
「簡単な事です。アイツの能力は過程を無くして結果を得る能力。恐らくですが私達に勝てるくらい強くなるという過程を飛ばして結果を得ることにより急激に強くなったわけです」
「……始祖が一筋縄ではいくわけないか」
ルプスが冷静に補足する。
たしかにウルフレアは身体能力で劣っていた。
しかしそれは先程までの話。
今のウルフレアは先程のウルフレアとは比べ物にならないくらい強い……
「まったく。随分とふざけた能力だな。能力にしか頼れねぇなんて俺はどうかと思うよ」
そんな危機的な矢先だった。
また一人、人が入ってきた。
黒髪のその男は勝算があるかのように自信満々な表情をしている。
「この場はこの俺、神崎空が魔王の名に置いて引き継ぐ。ドラキュラ王とオベイロン王は外の警戒を頼む。もし攻めるとしたら今ほど絶好な機会もないから間違いなくホムンクルスの軍隊が来ると思われるからな」




