220話 真央の救済と海の覚悟
「時は有限だ。急ぎたまえ」
「分かってるよ」
俺は現在、真央に急かされていた。
この上なく急かされていた。
「転移先は海と桃花の背後。それで構わないね?」
「っておい! それは少し……」
「もう遅い。開いてしまったよ」
目の前に転移門が開かれる。
もういい覚悟を決めろ。
「やぁ海。とりあえず吸血鬼の国までの旅路お疲れ様」
「な!? どうしてここが……」
転移すると真央の言った通り海がいた。
それに桃花もいる……
しかし響とルプスはいないな。
恐らく席を外してるのだろう。
そして全員が真央の登場に度肝を抜かれている。
無理もないだろう。
何故なら真央は勘と思考の考察だけで海達がドラキュラに助けを求めると当てたのだから……
「まったく……娘の居場所が分からない母親がどこにいるっていうんだ」
「質問に答えてください……」
「いや、綾人がいる以上は引きこもり姫と話したはずだしそれなら引きこもり姫はドラキュラ王に助けを求めるように指示を仰ぐかなぁって思って来てみたら見事に予想が的中しただけさ。特段驚くことでもないだろ」
うーん。やはり真央の読みはバケモノだ。
完全に手の上で踊らされてるな。
もはや未来予知と言っても過言じゃないだろう。
「本当に存在そのものが規格外ですね……なんでもありってことですか」
海が呆れた声を漏らして力を抜く。
それから目線を真央から離して俺の方を見る。
「それでお兄様まで連れて何の用ですか?」
「……海」
「拉致られたって聞いてますが見た感じだと相当快適な環境で生活してるみたいですね。少なくともトマト鍋を食べれるくらいは」
それから海は真央に近づく。
真央は特に動じる様子を見せない。
しかし海は驚く行動に出た。
バチンッ!
そんな頬を叩く音が響き渡ったのだ。
海が力強く真央を平手打ちしたのだ。
海が真央に手を挙げるのは初めてだ。
思わず驚いてしまう。
「真央のバカ!」
「一体……」
「お母様と夢で会って話を聞きましたよ。もう本当にバカではありませんか!」
それから海は真央に手を差し伸べる。
まさか海も華恋と話していたのか……
「お母様にどこまで心配かければ気が済むんですか! それに私も桃花もお兄様も皆が真央の事を大好きなんですよ! もっと自分を労わったら……いいえ、自分を愛してください!」
「いきなり殴るのは……」
「そうしないと分からないでしょ? それにお母様から一発だけなら許可を得てますから」
真央がヤレヤレと言いたげに海の手を掴む。
海もそれを払うことなく真央の体を持ち上げる。
「大丈夫ですか?」
「心配するくらいなら殴るなと……」
「それは別です」
海も何か変わったな……
前とは纏う雰囲気が違う。
とても芯が強くなっている。
「真央。私はあなたの計画を阻止します。何故なら真央の心はそれを望んでいないから」
「そんなこと……」
「そして正式な方法で罪を裁きます。ちゃんと覚悟しといてくださいね」
そうか……
海はまだ真央のあの事を……
でも真央は何故か言わない。
だったら俺も言わずにおこう。
「でも今夜だけは休戦です。真央も戦いにきたわけじゃないでしょ?」
「よく分かってるじゃないか」
「誰の娘だと思ってるんですか」
もう海は止まらないだろう。
あれは覚悟を決めた人の目だ。
海は覚悟を決めている。
真央を絶対に裁くという覚悟を。
「私は必ず真央に今までの罪を精算させます。それが真央の救いになりますから」
「そんなことが……」
「人間を舐めないでくださいね。なんと言っても月まで行くような種族ですよ。世紀の大犯罪者の罪を裁くなんて朝飯前に決まってるじゃないですか」
でもそれは同じだ。
俺は真央を最後まで手伝うと決めた。
真央の作る世界を見届けると決めた。
俺が歩むのは海とは違う道だ……
「私が真央を助けます。正義の味方として」
真央の世界調整はどうなるのか。
海が勝ち失敗に終わるのか。
真央が勝ち成功に終わるのか。
「……空君! 久しぶりだね」
「桃花」
それから桃花が俺に抱きついてくる。
俺の可愛い嫁が俺の胸元に飛び込んでくる。
やっと会えた……
やっと桃花を抱きしめられる。
桃花の匂い、体温、重さ。
全てを感じられた。
「ずっと会いたかったよ!」
「ごめんな……少ししたら離れるけどな」
「知ってる。空君の目を見れば分かるよ。空君は真央のサポートをするんでしょ」
「あぁ」
そしてまた俺も分かる。
俺も桃花の考えが分かる。
だって桃花は俺の嫁だから。
「お前は海と一緒に真央を救うって決めたんだな」
「うん」
「そっか」
桃花は海に寄り添うと決めた。
桃花にとって海も真央も俺と同じくらい大事だ。
それがこの世界線の桃花であり闇桃花との違いだ。
だったら俺も最低限のサポートをしてやるか。
「桃花。真央は世界調整をやらなくても五年もしたら死ぬことが約束されてる」
俺は桃花の耳元で囁く。
桃花は強い。
たとえその現実を知ろうと……
「知ってるよ。脳がもう限界なんでしょ?」
「知ってたか」
「まだ確証もなかったから誰にも言ってなかったけどね。でも真央を治す術だって考えてあるよ」
な!?
まさか真央を救えるというのか……
「真央は死なせない。少なくとも八十歳まではどんな手段を使っても私が生かすから」
さて、そろそろ気になるところに踏み込もう。
この部屋にいる一人だけ濃密な殺気を放つ人物。
両目に包帯が巻かれた盲目の男について……
「桃花。あれは?」
「柊綾人。ただのクズだよ」
なるほどな。
あの目は桃花がやったのか。
それなら気にすることはないか。
「もう空君! 聞いてよ!」
「どうした?」
桃花は綾人の愚痴を語り始める。
やっと少し前の日常に帰ってきた。
俺の大好きな時間に……
「さて、本題に入ろうか」
「本題ですか?」
あぁそうだった。
真央がここに来た目的を忘れていた。
「海。誕生日おめでとう」
「……そういえば今日は私の誕生日でしたね」
「そうだぞ。プレゼントはこんなもので済まないね」
真央は海にバッグを渡した。
水色のとっても女の子らしいバッグだ。
「容量は像一つ分の魔道具でもある。前にあそこにいる綾人から奪ったバッグから理論を理解して私が作ってみたんだ。私は少し裁縫とか苦手であれだが……」
「そんなことないですよ。凄く可愛いです」
「それなら良かった」
海は既にバッグを身に付けていた。
それもかなり上機嫌に……
「私の宝物ですよ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟でもありませんよ。だって真央が私のために作ってくれたバッグでしょ? それだけで私の宝物ですよ」
しかしバッグ一つで喜び過ぎだろ。
どんだけ嬉しいんだよ……
まぁ分からなくもないが……
「真央。私のためにありがとうございますね」
「……気にすることはない」
「私、誕生日プレゼントを貰うなんて初めてですから凄く嬉しいですよ」
海は誕生日プレゼントを貰うのは初めてか。
まぁ環境を考えれば当然と言えば当然か。
「さて、そろそろ行くとしよう」
「もう行ってしまうんですか?」
「あぁ。あくまで私は海に誕生日プレゼントを渡しに来ただけだからね。少し城内見学したら適当なタイミングで帰るさ」
「そうですか。次は私の方から会いに行きますよ」
海が優しく真央に微笑む。
それに真央も笑みで返した。
「いつでも歓迎するよ。もちろんその際は大量の銃弾の雨でね」
「フッフッ。今度はちゃんと対策を練って行きますからこの前みたいにすぐに撤退なんてことにはならないから安心してくださいね」
真央と海は怖い冗談を言い合う。
いや、そこまで怖い冗談でもないか……
ていうか次会うときは攻め込む時だもんな。
「ここで戦争の盟約でも作りましょうか?」
「そうしようか。まず第一に殺しの禁止」
「第二に不必要の暴力の禁止」
「「そして第三に全力で勝ちに行く」」
何故か二人はいつ間にかルールまで決めて……
たしかにこれなら悪くはないか。
「真央。始めましょうか」
「そうだね」
「誰も死なない世界一優しい戦争を」
世界一優しい戦争か。
あながち間違ってもいない。
海は真央を助けるために真央に戦争を仕掛け真央は海が傷つかないように最大限の考慮をする。
そんな相手への思いやりしかない戦争。
それを優しい戦争と言わずなんて言うだろうか。
「それじゃあお元気で」
「海こそ風邪を引かないようにね」
そうして俺達は海達の元を後にした。
これからやるのは勉強だ。
吸血鬼についての勉強だ。
俺がもっと世界を知るために……




