219話 世界で一番幸せな霊夢
「それが真央と華恋の始まりじゃ」
俺の出生について知った。
俺の名前の由来について知った。
真央が母さんに抱く想いを知った。
母さんが真央に抱く想いを知った。
「あの……クソ親父ッ!」
そして俺の中には怒りが込み上げていた。
親父に対する強い怒りだ。
何に対してか分からない。
ただ非常にイラつきを隠せないでいた。
「……ちなみに華恋と真央は旅の途中にここにも訪れて神崎家対策をしてくれた。まぁあれから私もひたすら修行したし負ける気はないがな」
それとある想いが再熱した。
それは真央に笑ってほしいという想いだ。
やっぱり真央が死ぬのなんて納得出来ない。
それじゃあ真央があまりに報われなさすぎる。
「最後は良い話風にまとめたが現実としてあの後はお主も知るように華恋は殺されておる。しかも皮肉なことに真央の手の中で息絶えたのじゃ」
「……分かってるよ」
「それに全ての元凶である神崎陸も生存しているというまぁこの上なく胸糞展開じゃ」
次にあったら絶対に殺す。
あいつは俺の大切な人を傷付けすぎた。
母さんに真央に海に白愛。
俺はどうやっても許せそうにない。
「あの外道を殺すというのなら妾も全面協力させてもらうつもりじゃ。華恋を泣かし殺した罪は必ず清算させてもらう」
「あぁ。海に虐待した罪も清算させてやる。真央から大切な人を奪った罪も全て清算させてやる」
でも既に遅い……
真央の死は確定的な未来になった。
真央が死ぬことは絶対に母さんは望んでない。
それなのに……
「空。泣いておるのか?」
「え?」
気づいたら目から涙が溢れていた。
目が熱くて視界がボヤけてきて……
「……ほんとだ……俺……泣いてるよ」
真央に生きてほしい!
母さんと一度で良いから話したい!
母さんと真央の二人が笑っている世界を俺は見てみたかった。
しかしそれはもう叶わない。
「……母さん」
「空は華恋に似たな。あのクズみたいな嫌な感じがあまりせぬ。今ではどちらかというと華恋と一緒にいる時に近い感じを覚えるぞ」
もしも母さんが死ななければ……
もしも親父があんなことをしなければ……
もしも神崎家が女児を認めていたら……
そしたら世界は大きく変わっていた。
真央の世界調整は神崎家や親父の非人道的な行為が招いた結末だろう。
これは俺達が犯した罪の精算だ。
「しかし真央は狡いと私は思うよ」
「何をだ?」
「だって華恋と旅をした。妾だって華恋と旅するのは一つの夢であったのじゃがな……」
それから天邪鬼は立ち上がった。
まるで俺に来ている和服を見せつけるかのように。
「空にこの服が分かるか?」
「いいえ」
「華恋の形見の一つじゃ。妾はこう言ったら誤解を招くかもしれぬが華恋が大好きじゃった」
母さんの服……
それを来てるのが天邪鬼……
「しかし妾はこれを空に渡そうと思う」
そう言うと天邪鬼は和服はガバッと脱いだ。
スラリとした白い体が惜しげも無く晒される。
今の天邪鬼は下着しか身に着けていない姿だ。
「……いいんですか?」
「構わぬ」
しかしそんなことはどうでもいい。
今は天邪鬼の体よりも母さんの服だ。
これを着たら少しは母さんと繋がれるかな。
「少し寒いな……妾は服を取ってくる」
そう言い残して去っていった。
俺は母さんの服を広いそれに着替える。
何故かとても安心する……
『空。後悔だけはしないでね』
あれ、脳裏に声が……
いや、きっと気のせいだ。
そんなことがあるわけがない。
「随分と様になってるじゃないか」
着替え終えたタイミングを見計らったかのように天邪鬼が部屋に入ってくる。
彼女の姿はTシャツに短パンと凄くラフだ。
「一応この和服は女性用じゃが何の問題も無さそうじゃな。どうせ空には人目なんて大した問題じゃないであろう?」
「はい」
動きやすさもピカイチだ。
これは戦闘する前提で作られているな。
しかも不思議なくらい軽い。
「ちなみに作ったのは真央じゃ」
「あいつは本当になんでもできるな……」
真央が編み母さんが着た服。
そんな因果がある服を俺が……
「生みの母親は華恋。育ての母親は真央。そんな空が着るのに相応しい服じゃな」
「そうですね」
「まぁ海もこの上なく似合うと妾は思うじゃな」
母さんと真央の想い。
それらがこの服には詰まっている。
想いは重く質量は軽い。
そんな服だ。
「さてと本日もトマト鍋じゃ。空。準備を手伝ってくれると妾としては助かるのだが……」
天邪鬼が俺に手伝いを求めるが口を止めた。
近くには真央がいた。
「やぁ美味しいものが食べれる気配がしたからいつもながら転移でここに来させてもらったよ」
「真央……」
「……空の服。そういうことか。空は天邪鬼から認められたんだね」
認められた?
一体どういうことだ?
「天邪鬼は私と華恋の事を話したのだろう。それは天邪鬼が空に心を開いてる証でもあるんだ。それを認めたと言わずなんて言う?」
「そういうことか……」
「それと空。この服は私にとっても宝物だから大事に扱ってくれると凄く助かるよ」
当たり前だ。
この服だけは粗末に扱えない。
そういう類のものだ。
「そういえば真央も珍しくゴスロリじゃないか?」
「なんとなく君が空に過去を話す気配がしたからね。それなら私も正装で来るべきだと思ったんだ」
真央は大事な場面では絶対にゴスロリ服に身を包んで現れる。
そういえばそれに何の意味が……
「華恋が私のゴスロリ姿が好きだったんだ。だから私の晴れ舞台ではゴスロリって決まってるのさ。まぁそういう意味も込めて私はゴスロリ服を正装って呼んでるけどね」
「なるほど……」
たしかに凄く可愛らしい。
それに威厳も感じさせる。
真央とゴスロリの相性は凄く良いな。
「まぁ本当に大事な場面ではこのゴスロリの上にマントを羽織って魔王っぽさを出すけどね」
みんな服には気を使ってんだな。
そんな素振りを一切見せないのに……
「それと空に渡しておくものがある」
「なんだ?」
「モッツァレラチーズさ。トマト鍋と言ったらこれは欠かせないと私は思ってる」
期待して損した……
しかしチーズは俺も欲しいと思ってたところだ。
ちょうど良かった。
「それじゃあ空。あとは任せたよ」
「任されました」
◆ ◆
「天邪鬼! ここで雨を降らせるのは凄く汚い戦い方だと思うんだ」
「これで後続にも対応出来るようになったのう。なぜなら速さが倍になったから次のモンスターは上から一方的にやられるしかなくこの場にいるモンスターも次のターンで落とせる。つまり真央は大人しく私にニタテされて負けるしかないというものよ」
「……なんてね。ここで雨は私の予想通りだよ。だかり私はここで積ませてもらうとするよ」
「な!? しかし真央のモンスターは絶対に一撃で妾のモンスターを落とせないからこれでも妾の勝ちは確定で……」
「これでまだ私の方が素早さは上だね。しかも正直に言えば私のモンスターはアイテムで一撃は確定耐えするからこのターンで殴って勝っても良かったんだが少し読み自慢をしたくてね。しかしまぁチェックメイトって奴さ。いやぁ悪いね」
真央と天邪鬼は携帯ゲームで盛り上がっていた。
俺に料理を作らせてる間に携帯ゲームを呑気にプレイして盛り上がっていたのだ。
時偶にルプスも海もやってる携帯ゲームだ。
なんでも読み能力が鍛えられるとか……
「はい。七戦中私の七勝だね」
「いくら何でも私はおかしいと思うんだ」
「悪いね。相手の動きを読むのは私の取り柄なんだ」
真央にこのゲームで勝てるわけないだろ。
天邪鬼は一体何をやってるのだか……
「空も後で一戦やらないかい?」
「誰がやるか。悪いがお前に勝てるビジョンが思い浮かばねぇよ」
「それは残念」
そんなこんなの中で俺は料理を完成させた。
濃厚トマトのチョイ辛鍋だ。
正直に言うと鍋の季節は終わってると思うのだがそれに突っ込んだら終わりだ。
「待ってました!」
「モッツァレラチーズはスライスしたからしゃぶしゃぶして食べてくれ」
真央は言われた通りにチーズをトマト鍋につけて口に運んだ。
それからすぐに真央は惚れ惚れとした表情になる。
「うん! 美味い! チーズのトマトの絡みがこの上なく絶妙……さらにそれにピリッとした辛味が食欲を引き立てる。やっぱり美味しいものを食べてこその人生だと思うんだよ」
真央はこの上なく俺の料理を褒めてくれる。
それによって少し気分が良くなる。
やはり誰かに褒められるのは良いな。
「さてとそろそろ俺も……」
俺もお腹が空いている。
早く何かを食べたい。
しかし……
「空?」
「……あれ?」
体から力がガクンと抜ける。
それから瞼がとても重くなる。
恐ろしいまでの眠気が襲ってくる。
「空! おい、空!」
あぁ……ダメだ……
もう意識が……
◆ ◆
「……空」
女の人の手が俺の頬を撫でた。
その手は氷のように冷たい手だった。
まるで死そのものであるかのように……
「誰ですか?」
「ただの死者よ。少しあなたとお話がしたかったから無理矢理呼んじゃったの」
この人に呼ばれた。
だから俺に急激な眠気が……
俺は死ぬのか?
「違う違う。流石に私だって空を殺す気はないよ! だって私はこの上なく空が大好きだから」
「……あなたは?」
「そういえば名乗ってなかったわね。私の名前は“西園寺華恋”。空のお母さんだよ」
……この人が母さん?
俺の母さん?
「そうだよ。今は形見を通じて話しかけてる。でも多分これが最後かな」
「……母さん!」
「よしよし。ずっと一人にさせてごめんね」
母さんが俺の頭を優しく撫でる。
誰よりも優しくそっと。
「でもこれが最初で最後だよ」
「え?」
「冥界にも色々あるのよ」
嘘だ……
もっと母さんから色々な話を……
「もう。十七歳にもなってマザコンは少し恥ずかしいぞ」
「母さんは俺を憎んだり……」
「しないよ。だって空も海も私のこの上なく大事な大事な子供……ううん私の親友の真央の子供だもん。そんな大事な人を嫌ったり憎んだりするわけないじゃないですか」
母さんの笑顔は凄く優しかった。
俺が生涯で見た中で一番優しい笑みだった。
「でも高校生で結婚は少し早いぞ! お母さんは反対ですからね!」
「……え?」
「なんて嘘嘘。冗談だよ。たしかに高校生で結婚は少し早いと思うけど空が一番幸せになれる道を選びなさい」
もう母さんは……
少しドキッとしたじゃないか……
「私とは違う幸せな家庭を築いてね」
「あぁ……」
「いいなー。私も好きな人と恋とか結婚とかしてみたかったなー」
「……母さん」
そうだった……
母さんの場合は……
「でも私の人生は不幸だとは思ってないよ。おかげで真央っていう最高の親友に会えたから。それにスーや夜桜と言った心の許せる仲間にも会えた。ただ強いて言うならもっと皆で楽しい旅を続けたかったかな」
「母さんは強いね」
「空や海の方がよっぽど強いよ。私は真央に助けられてばかりだったもん」
それは俺も海もだ
俺達もずっと真央に助けられてばかりで……
「……最後だって私が真央を助けたつもりがいつの間にか真央に助けられてたもん」
「母さんは本当に真央が……」
「うん。大好きだよ!」
そっか……
やっぱり真央のことが好きなのか……
「これでも私は真央に抱かれた事だってあるんだからね!」
「え、女性同士じゃ……」
「そんな事言ったら海だって桃花ちゃんに抱かれてるじゃん。性別なんて些細な問題だと私は思うよ」
あぁ……
間違いなく俺達の母親だ……
もう今ので全て分かってしまった。
「さて、そろそろ時間が無いから本題にいこっか」
「本題?」
「そうだよ。空。真央の世界調整を止めろとは言わない。だってああなった真央を止められる人は世界中を探してもいないもん」
たしかに。
それは分かる。
もう真央はどうやっても止まらない。
「でも真央の最後までずっと側にいてあげて。真央は誰よりも寂しがり屋だから」
「当たり前だ」
「それと真央に歯磨きはしっかりするように。あとラジオ体操は絶対すること。それと栄養バランスが整った食事に夜更かしをしないこと。あとお酒は三日に一日に止めてあまり強いのは飲まないって言っといて」
随分と多い注文だな!
まぁ別にいいんだが……
「でも一番伝えて欲しいのは“悔いを残して死んだら怒るから覚悟しといて”って伝えといて」
「……分かった」
「それと空」
それから母さんが俺の名前を呼んだ。
まるで最後に言いたいことがあるかのように。
「十八歳のお誕生日。おめでとう。人生はまだまだこれからで大変なことも多いと思うけど頑張れ」
◆ ◆
それから俺は目を覚ました。
目覚めるとそこは柔らかいベッドの上だった。
近くには真央もいる。
「空が寝落ちするなんて相当疲れが溜まってたんだね」
あれは夢か。
俗に言う霊夢ってやつか……
「真央。母さんが“悔いを残して死んだら怒る”って伝えるってさ」
「……霊夢か。実に華恋らしいね」
真央の表情が少し緩んだ。
まるで少し前のことを思い出したかのように……
「それと空にプレゼントだ」
「急にどうした?」
「今日は空の誕生日だったと私は記憶してるよ。だったら誕生日プレゼントを用意するのは当然だろ」
そう言って真央が渡したのは鞄だった。
少しデザインが渋い皮の鞄だ。
「なんとこれは物理法則を無視して象一匹分の質量が入る魔法のバッグなんだ」
「それは凄いな……」
「最近ちょっとサンプルを手に入れたからちょっと解体して仕組みを覚えたのさ。もう既に量産化の目処も立ってるから特に気にすることじゃない」
いや、すげぇよ……
これ一つでアカデミー賞は容易いだろ……
それほどまでもの物だ……
「空。一つ言うが私は既に国が喉から手が出るほど欲しがる技術の物を数百は生み出してるぞ。ただ表舞台に公表してないだけで」
「は!?」
「いや、うん。だって言う必要もなかったし私にとって殆どは特に使い道の無い技術だし……」
まぁ考えてみたら当然か……
だって真央だもんな。
「それじゃあ空も起きたところだし行くとしよう」
「行くってどこに……」
「吸血鬼の国だ。私は早く海にも誕生日プレゼントを渡したくてウズウズしててね」




