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世界調整  作者: 虹某氏
5章【未来】
221/305

218話 西園寺華恋

 あれからすぐに吸血鬼の国へ……なんて事にはならなかった。


「……なるほど。主食は豆か」


 吸血鬼の国に行く。

 その前にまだやることがあるからだ。

 それは鬼神族の生活文化の把握だ。

 そのために俺はここに三日ほど滞在することになっていたのだ。


「肉は高級品で週に一度出るかどうか。逆に魚は頻繁に出て日々のオカズになる」

「そうじゃ。それと香辛料は全て真央頼みのため配給は少ないな」


 段々と生活レベルが分かってきた。

 基本的には鬼神族の場合は戦国時代の生活レベルと非常に良く似ている。

 ただ家の中だけは凄く近代的だが……


「次に金銭価値と税金についてだが……」

「それはよい。どうせ空なら理解してるであろう?」

「まぁな」


 ただ一番の問題は娯楽の少なさだ。

 この国の人は常に暇を持て余している。

 そのせいであのような殺し合いが……


「まだ問題はあるぞ」

「……識字率の低さですね」

「そうじゃ。基本的に鬼神族は知識には無関心じゃ。それに文字など知らなくてもこの村の中で生きていく分には問題なしだ。それにより識字率が低くなっておる」


 これが主に文明の成長を止めている。

 鬼神族は現状に満足して文明を発展させようとしていないのだ。

 悪い意味で欲が無いのである。


「たまに神童って言う人間レベルの頭の良さがある種族が産まれるのじゃがな」

「今は?」

「生憎いない。一番新しい神童は華恋じゃったからな」


 ……母さんについて少し知れた。

 なぜかそれが凄く嬉しかった。


「華恋について知りたいなら教えてやってもいいぞ?」

「お願いします!」

「少し長くなるのぉ……」


 ◆ ◆


「天邪鬼。どうやったらそんな泥だらけになるの?」

「ちょっと近所の子供を懲らしめたんじゃ」

「もう。始祖がそんな無闇に力を振るっちゃダメでしょ」


 この時の妾は十四歳であった。

 華恋も同じく十四歳。

 私と華恋の関係は幼馴染で親友じゃった。

 あの日が来るまでは……


「しかし華恋はそんな紙の束を持って何をしておる?」

「これは本よ。私は本を読んでるのよ」

「本?」

「天邪鬼は知ってる? この村の外には首があの木くらい長い獣がいるそうよ」

「興味ないな」


 華恋は変わり者であった。

 昔に海岸を散歩してたら偶然見つけた紙の束。

 それを深々と読んでいるのだ。

 書かれてるのは変な記号と絵。

 妾にはわけがわからなかった。


「多分この記号は俗に言う文字って奴ね。でも何て書いてあるかさっぱり」

「華恋でも分からぬのか?」

「ううん。絵から何となく伝えたいことは分かるわ」


 華恋は村一番の天才であった。

 なんと言っても驚かされたのはお金の数え方。

 華恋は硬貨百枚を一瞬で計算したのだ。

 その方法は十枚重ねて十つの山を作るというもの。

 すると不思議なことに硬貨はしっかり百枚あったのじゃ。


「一回外の世界を見てみたいな」

「そんなことを言ったら私のお父様に殺されるぞ?」

「知ってる。この村から出ることは死に値することはよく知ってる。でも興味があるんだもん」


 妾の種族は島から出ることが一切許されぬ。

 仮に出ようにも辺り一面が海じゃ。

 出る方法など分からぬ。


「……私は青色が凄く好きなの」

「どうしたんじゃ?」

「少し大人になった時の事を考えてね。私達は大人になったら結婚して子供を作る」

「そうじゃな」


 華恋の考え方は独特だ。

 他の人達とは全く違う。


「そしたら何て名前を付けるのかなって」

「それが好きな色とどう関係かあるのじゃ?」

「うーん。分かんない!」


 華恋は本当に不思議な子じゃ。

 しかしだからこそ話していて面白い。


「ただ空も海も青い。そして私は青色が好きだから子供に名前を付けるなら空と海かな……なんてね」

「華恋の話は相変わらず難しい」

「そうかな?」


 それから華恋は空に手を伸ばす。

 愛おしそうに手を伸ばす。


「一人の名前は空。どこまでも自由に羽ばたいてほしいから」

「海の方はなんじゃ?」

「海って波があるじゃん。あれって凄くない?」


 本当にわけがわからぬ……

 波のどこが凄いというのだ……


「だって何度も何度も動くんだよ。すごい生命力があって元気じゃない?」

「あれは生きておるのか?」


 華恋はそれに笑顔で返す。

 華恋が笑う時は答えをはぐらかす時だ。

 昔からそう決まっている。


「私はもう一人の子供には凄く元気でいてほしい。だから海って名前をつけようと思うの!」

「そうか」


 その時の妾はなんて思っただろうか。

 昔過ぎて思い出せぬ。

 ただ一つだけ言えるとしたら華恋の子供は最悪の形で産まれ、その名前を付けられるということだ。

 今でも思い出しただけで腸が煮えくり返りそうになる。


 とりあえず私と華恋はそんな感じに生きていた。

 少なくとも十六歳まではそうであった。

 しかし十六歳にして彼女の人生は大きく変わる。


「ここが鬼神族の村か」


 この村に一人の侵入者が現れたのじゃ。

 その者により妾の親は殺された。

 鬼神族はただ一人を除いて震えるしかなかった。

 無論じゃが妾もただ震えていた。


「目的はなにかしら?」

「殲滅って言ったらどうする?」


 しかし一人だけ震えてない人物がいた。

 それが華恋じゃ。

 西園寺華恋という鬼神族最高の知恵者じゃ。


「……どうして殲滅するの?」

「暇潰しだな」

「そう。だったら私があなたの暇潰しになるわ。だから皆には手を出さないで!」

「気に入った。来い」


 華恋は自分の身を投げ出して妾達を逃がした。

 そうして華恋は外の世界に行くことになる。

 神崎陸という人間の始祖に拉致られて……


「……お前、随分と良い体だな」

「やめて……」


 華恋はそれから身体を撫で回されたという。

 嫌だ嫌だと否定しても体を無理矢理撫でられる。

 胸に尻に秘部まで余すことなく全て……


「なんなら引き返してもいいんだぞ?」

「……好きにしてください」


 しかし神崎陸に女性の体など興味はない。

 奴はただひたすらに華恋の嫌がる表情を見るためだけに身体を撫で回していたのだ。


「それでいい」


 しかし華恋にとっての地獄はそれからだった。

 神崎家の本拠地に帰ると早々に犯された。

 朝から晩まで一睡もすることなく犯された。

 しかも薬も使われてただ従うしかない牝犬にされていった……


「華恋。喜べ。お前の腹に双子が宿ったぞ」

「そうですか……」

「鬼神族との子供だ。間違いなく戦力としてはトップクラスだな」


 それから華恋は子供を孕まされた。

 それが今の空と海の事じゃな。

 子供に罪はないと分かってはいても未だに妾は空達を認めることが出来ぬ。

 特にあの男の血が流れてると思うと……


「それとお前の記憶を覗かせてもらった」

「……え?」

「それでお前の意志に免じて子供達の名前は空と海にしてやろうと思うんだ」

「嫌! 嫌! それだけはやめてください!」


 空と海。

 その名前は華恋にとって幸せの記憶だ。

 そんな名前を不幸の中で産まれた子供に付けたくはなかったのだ。

 しかし陸はそんなことは百も承知。

 彼の生き甲斐は人の絶望を見ることじゃからな。


「……その顔が見たかったよ。華恋」

「お願い……します……それだけは……」


 華恋は涙を流す。

 しかしそれは陸を喜ばせるだけに過ぎなった。


「そうだ。それとお前にはとある気持ち悪い女の面倒を見てもらう」

「……え?」

「もちろん住み込みでな」


 それから華恋は捨てられた。

 華恋は高い高い塔に閉じ込めれたのだ。

 ある女性と一緒に……


「……初めまして。私は神崎真央。ただの奇形児さ」


 その女性の名前は神崎真央。

 神崎家の厄介者であった。

 ここで神崎真央の秘密を一つ言うとしよう。

 神崎家の女児は例外なく殺される。

 しかし真央だけは殺されなかった。

 それはある物があったからだ。


「奇形児?」

「そうだ。女性の体でありながら男性器が付いてるなんて奇形児と言わずなんて言う?」


 真央にあったのは男性器。

 それにより男性か女性か見分けが付かず監禁という形に至っていたのだ。


 まぁ現在では真央は自分で手術して男性器など跡形もなく消えて普通の女の子であるが……


「私はずっと退屈していたんだ。これからよろしくね」

「誰が神崎家なんかと!」

「すまない。私は人と関わるのが初めてで人間の心というのがよく分からないから教えてくれると助かる」


 華恋は真央の首を絞める。

 真央はそれに文句一つ言わなかった。

 それどころか歓声を上げた。


「これが苦しいということか! 実に不快な感じだが一つ知識が増えたよ!」

「そう……ですか!」

「殺意を向けられる! それも初めてだ!」


 それから華恋は力を抜いた。

 真央が喜ぶのを見て嫌になったのだ。

 どうして神崎家なんかを喜ばせているのかと。


「……華恋」

「気安く名前を呼ばないで!」

「名前が無いと会話するのに不便だと私は思うんだ。本にはそう書いてあったし何度シュミレーションしてもそう行き着くんだ」


 真央は今まで本しか読んだことがなかった。

 だから本で得たこと以外は何も知らない。

 知識はあるが無知である。

 それが神崎真央であった。


「私のことなんて放っておいてよ……」

「それでもいいが君がどうしてそう私を邪険にするか教えてくれないと何かモヤモヤするんだ」

「いいわよ! 全部言ってやるわよ!」


 それから華恋は全てをぶちまけた。

 真央に全てを言った。

 自分のされたことを全て……


「そうか。だったらまずは特効薬を作らないとな」

「は?」

「当たり前だ。君に使われた薬物は恐らく依存性の高い麻薬だ。だからまずはその依存性を抜くための特効薬を作る必要があるんだ。幸いにもここでは言えば何でも一週間後に来るからね」


 真央から出たのは同情でもなんでもなかった。

 ただ目先の問題を解決する案だけだった。

 華恋は思わずその態度に息を飲んだ。

 それから怒りが込み上げる。


「神崎家はッ!」

「終わってしまったことは仕方ないだろ。恐らくここに君が寄越されたのも子供を産むためだと私は思う。幸いにも私なら出産に関する技術は情報としてなら保持してるからね」


 この時の真央は人の感情が分からない。

 真央に一切の悪意はなかった。


「すまないが私は人の心が分からない。もしも君を不快にさせたなら心の底から謝罪をしよう」

「……え?」

「悪いことをしたら謝る。それが人として当然だろ」


 華恋は驚いた。

 神崎家より謝罪が出たことに……

 それから華恋は全てを理解した。

 真央はただ知らないだけなんだと。


「……真央」

「なんだい?」

「私の名前は西園寺華恋。華恋と呼んで」

「いいとも」

「それと私のお友達になってくれる?」


 華恋は思った。

 もしかしたら真央なら変えられるかもしれないと。

 真央ならこの希望ない未来に光をくれるかもしれないと思ったのだ。


「私も友達は欲しかったところさ」


 そうして華恋と真央は友達になった。

 華恋は真央のお陰で生きる気力を見出した。

 華恋にとって真央は救いでもあったのだ。


「華恋。この嫉妬ってなんだい?」

「それは真央には少し難しいかな。複雑な人間関係の中で生まれるものだから」

「なるほど。やはり実際に外に出ねば分からない事が多いな。ここは閉鎖されすぎてて人間関係が広がらないからね」


 華恋は真央の家庭教師になった。

 真央に感情を教える家庭教師になっていた。

 その時の真央は十七歳。

 華恋は十九歳であった。


「いつか出たいが恐らくは不可能だろう。外には見張りが多すぎる」

「そうね」

「私が生かされてるのだって使えるからに過ぎない。ここにいて分かったが私は思ってた以上に天才で私の構築する理論は神崎家に莫大な富を生み出してるみたいだ」


 華恋はあれから双子の子供を産んだ。

 しかし神崎陸によって引き離されてしまう。

 たったの一度も抱くこともなく……


「私の子供。どうしてるかな?」

「恐らくは殺されてるだろうね。特に一人は女の子だし殺されない理由がない」

「そうだね」


 華恋と真央は間違いなく死んでると考えていた。

 少なくとも何度考えてもそう結論が出ていた。


「華恋。そろそろ見回りが来る。傷跡を偽装するためのシールを貼るんだ」

「そうだね」

「それと鎖と手錠。あとはホログラムを作って片足が飛んだように見せておこう」


 もしも真央と良好な関係だとバレたら間違いなく二人は引き離されるだろう。

 だから必死に犬猿の仲を演じていた。

 もっと言えば奴隷のような扱いをしてると偽造していたのだ。

 そしてその事に誰一人として気付くことはなかった。


「華恋。私はホットケーキを食べたい!」

「さっきプリンを食べたばっかでしょ!」

「頭を使うと糖分が必要なんだ!」

「はいはい」


 時には遊び。

 時には教え合い。

 時には喧嘩もする。

 そんな感じで平和な時間が流れていった。

 しかし五年程経ったある日、事件が起きた。

 華恋と真央が一生忘れられない事件が。


「……ハァ……ハァ……」

「真央! 大丈夫!」


 真央が高熱を出したのだ。

 ちゃんとウイルス対策もしていた。

 栄養バランスも最先端の注意を払っていた。

 間違いなく風邪を引くことはない。

 しかし真央は引いたのだ。


「……華恋……怖いよ」

「大丈夫。私は傍にいるよ」


 華恋は真央の手を必死に掴む。

 それに真央は笑顔になる。


「私が眠るまで手を握っててくれ」

「うん」


 これが華恋と真央がこの塔で過ごす最後の夜。

 真央は安らかな寝息を立てて華恋は目なクマを作る。

 一人はこの上ない安心感に包まれ一人はこの上ない不安に押しつぶされる。


「ねぇ……真央。大好き」


 華恋は一人そう呟いた。

 華恋は望む。

 真央がずっと笑える未来を。

 世界が絶望に落ちた時に自分に希望をくれた人の幸せをひたすらに望んだ。


 真央は望む。

 華恋と笑い合える未来を。

 この狭き塔に閉じ込められた自分に外の世界を教えてくれた人といられる未来をひたすら望んだ。


「うーん。完全復活!!」


 あれから真央の熱は完全に下がった。

 しかし彼女にはある変化が訪れていた。


「……真央……良かった……」

「それじゃあ華恋。旅に行こうか。こんなクソみたいな鳥籠から抜け出す時が来たよ」


 真央は笑いながらそう言って手を差し伸ばした。

 華恋にその意味は一切分からなかった。


「やっと私にも神崎家の能力が目覚めた。昨日の熱はその前兆だ」

「嘘!?」

「それで私の能力は最高な事に転移だ! もうどこにだって行ける。私達二人で世界を見よう!」

「うん!」


 華恋は満面の笑みで頷く。

 真央の手を掴む。

 真央はそれを受け入れ外の世界に羽ばたく。

 そうして世界を知らない少女二人だけの旅は始まったのじゃ。

 世界を見るための旅……いや、華恋と真央の物語がやっと開幕したのじゃ。

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