22話 心の穴
「……まだエニグマについては分からない事が多いのでなんとも言えません」
正直に答える。
俺が知ってるのは概要だけだ。
内容だって予想が半分。
流石に俺だってカッコイイや面白そうで選ぶ馬鹿ではない。
それにエニグマは恐らく命懸けの仕事だ。
いつ死んでもおかしくない仕事なのだ。
流石にそれに付き合いたくはない。
「そうだな。まずエニグマのについて説明しよう」
「お願いします」
「まずエニグマについてどんな仕事についてか話すとしよう」
たしかエニグマは世界に五つの支部があり超能力が関わってる事件の対処に加え魔法とかも取り扱っていると桃花は言っていた。
俺の中でエニグマは不思議現象やオカルトの何でも屋という印象だ。
「俺達エニグマの仕事は魔法に超能力などの世間一般では存在しないとされるものの隠蔽や調査。それに対処等を行っている」
「はい」
予想通りエニグマが隠蔽してるのか。
魔法とかの存在が現代では妄想で留まっているのは間違いなくエニグマのおかげだ。
「他にも異種族についての調査も行っていたりする。まぁ異種族っていうのはヴァンパイアや妖精にマーメイドとかだな」
やはりそういったものは存在は実在するのか。
そしてそれを知ってしまった以上は今までの日々には戻れない。
そんな気がした。
「一ついい事を教えてやろう。火のない所から煙は立たぬ。つまり噂や伝承として存在する以上それは存在するというのがエニグマの考えだ」
架空の生物でも架空になった時点で存在するというわけか。
いや、エニグマの場合は実在するから架空の生物として伝承されたと考え方なのだろう。
なら、一つだけ気になる事がある。
「それじゃあ異世界は存在するのですか?」
異世界の有無だ。
現代では異世界を題材にした話は多い。
それはエニグマの方針通りだと異世界が存在するから異世界の話があるという事になる。
「あるぞ。現に柊綾人という異世界帰還者だってエニグマにはいるしな」
正直否定されると思ってた。
しかし返ってきた答えは肯定。
しかも異世界から帰還者もいるとした。
そもそも異世界とはなんなのだろうか?
異なる世界と書いて“異世界”だ。
つまり並行世界の地球だとも考えられる。
そこら辺もエニグマに入れば分かるだろうか?
俺は異世界への興味を隠せずにいた。
チャンスがあったらもっと細かく聞いてやろう。
「異世界ってホントにあったんですね」
「おっと異世界についてはトップクラスの機密事項だから誰かに言うでないぞ」
やっぱりかなり重要度の高い秘密なのか。
口を滑らせてくれてラッキーだな。
下手したら一生知り得なかった情報だ。
「さて、君はエニグマについて理解したね」
「はい」
これで説明は終わりか。
たしかに理解したし質問も思いつかない。
強いて聞くとしたら給料くらいだ。
しかしそれはどうでもいいな。
この家を見る限りだと間違いなく高収入だ。
「それで君はエニグマに来るかい?」
たしかにエニグマはとても面白そうだ。
しかし彼はまだエニグマのリスクについて話していない。
それに答えは今日出す必要があるわけではない。
とりあえず返答は保留だ。
「まだ決めかねています」
「困ったなぁ……」
頭を掻きながら佐倉さんがそう言う。
とても嫌な予感を感じさせる声だ。
一体どうするつもりだ?
「君は知りすぎた。入ってくれないと殺すしかないんだよ……」
「お父さんでも神崎君に手を出したら殺すよ」
桃花が殺気を露わにした。
まさか親でも遠慮なく殺せるというのか。
しかもそれは逆説的に父親より桃花の方が強いという証明……
しかしそれには及ばない。
俺は桃花を手で抑止する。
「お前は俺より優位に立ってると思ってないか?」
「実際私は君より強いよ。たしかに正面からなら五分五分かもしれない。でもこちらには魔法があるんだぞ。その不確定要素に対処出来るのかい?」
たしかに俺一人なら厳しいかもしれない。
でもこの状態でもお前になら簡単に勝てる。
なぜなら今この場には……
「お前。白愛の存在忘れてないか?」
親父の時とは違い白愛がいる、
この程度なら多分白愛なら余裕だ。
白愛が近くにいる限り俺は絶対に死なない。
そしてもう一つ分かった事がある。
「おいおい。暗殺姫を過大評価し過ぎじゃないか?」
彼はヘラヘラしながらそう言う。
過大評価もなにもお前が白愛に勝てるわけないだろ。
それに……
「いや、あなたは白愛には勝てませんよ。しかもあなたは俺を殺すつもりありませんね」
こいつは本気で殺す気ではない。
そもそも殺すなら毒でも盛った方が確実だ。
それから仲間になれば解毒剤をやると言えば良い。
それなのに何故正面から殺そうとした?
答えは一つだ。
「あなたの今の行動は俺を試したんですよね?」
彼は俺を試した。
何故かは分からない。
しかしそれは今から問い詰めればいい。
「正解だよ。お詫びしよう。私は君を試した」
「やっぱりそうでしたか」
「どうして気づいたのかね?」
彼がそう問いかける。
たしかに毒の方が確実とかの理由もある。
しかし一番は違う。
「あなたがまだ倒れてないからです」
「ほう」
もしも本気で俺を殺す気ならとっくのとうに白愛に倒されている。
白愛が本気の殺気に気付かないわけがない。
つまり白愛が止めなかった以上彼は本気ではなかった。
「さて、どうして試したんですか?」
俺は彼に問い詰める。
大体検討はついてるが念のためだ。
「エニグマに相応しい人物が見るためだ」
やっぱりそうか。
正直エニグマは秘密の多い組織だ。
強ければ入れるというわけではないだろう。
「それでどうでしたか?」
「あの場面で君はまず最初に戦力差を理解した。そして私の心理を見抜いた」
戦力差の理解?
そんなのは白愛さえいればこっちの方が上だ。
白愛がいれば俺は無敵だ。
心理を見抜いた?
それも白愛を信じてたからに過ぎない。
白愛なら彼に敵意があるなら必ず倒してくれると信じたにすぎない。
俺は白愛を信じただけでなにもしてないのだ。
「それを出来る頭の回転の良さ。ますます君がエニグマに欲しくなったよ」
「過大評価ですよ」
それは過大評価としか言えないだろう。
俺は彼が考えてるような人間ではない。
「今はそういう事にしておこう」
エニグマに入るつもりはまだない。
将来についてはもっと考えて決めたい。
こんなに簡単には決めたくはない。
「私達はいつでも良い返事を待っているぞ。そしてもちろん白愛様と海君も同様に歓迎しよう」
白愛がエニグマに入ればあらゆる問題が解決する。
逆に入らないのが不思議なくらいだ。
海は悔しいが俺の完全上位互換のような存在だ。
戦闘能力だって俺より高くそれに知識もある。
「そんなことより本題に入ろ?」
桃花がそう言う。
たしかに本題より脱線しすぎたな。
「そうだったな。たしか能力者を捕縛したとか言ってたな」
そもそも今回は親父の身柄を渡すために呼んでもらったのだった。
彼は俺をエニグマに勧誘しに来た訳では無い。
「それでその捕縛した能力者は今どこにいる?」
その質問には白愛が横から答える。
こういう場面は白愛に任せるのが一番だろう。
捕縛以降は全て白愛に任せたわけだし……
「地下室に捕縛して入れました」
「なるほど」
そういえばこの家には地下室があったな。
結局あそこに入れたのか。
正直中には入ったことないからどうなってるかは知らないが……
「とりあえず体がボロボロですので……」
「それはいい。それとその犯人は本当に神崎陸なんだな?」
佐倉さんは親父の名前を呼ぶ。
間違いなく見た目は親父だった。
「手の平で触れた者の好きな記憶を消すという能力です。それは空様と海様のお父様しか持ってない能力のはずです」
「……間違いなく陸の能力だな。しかし私にはあの優しかった彼がそのような事をする人物には思えないし君達みたいな子供だけで倒せるとも思えぬ」
どうやら彼は親父とも面識はあるようだ。
そして彼も俺達が捕縛した親父はあまりにも違うと思うのか。
「それは私も同感です」
「何か裏がありそうだな」
間違いなく裏がある。
あれは完全に中身は俺の知ってる父親ではない。
超能力は神崎家以外も使える。
そして全員が口を揃えて親父ではないという。
もしも俺の予想通りなら……
「あの一ついいですか?」
「なにかね?」
「あくまで妄想ですが多分親父は中身はもう別人だと思います」
多分中身は親父ではない。
それは比喩的な意味ではない。
「……というと?」
「おそらく誰かが親父と中身だけ入れ替わっているか憑依しているのではないでしょうか?」
個人的にはそんな気がする。
そういう能力があってもおかしくないはずだ。
それなら話の筋も通る。
とりあえずここからは入れ替わったと仮定して話そう。
「なるほど。それじゃあ親父さんは別にいるのか」
もし入れ替わりならたしかに親父は存在している。
憑依でもなんとか意識を呼び起こす方法があるだろう。
しかし……
「それはおそらくもうないかと」
「どうしてそう思う?」
「俺が乗っ取る側の人間だったら生かすメリットがないので殺します」
少なくとも俺だったら絶対に殺す。
生かしておくメリットがないだけならまだいい。
でも乗っ取りの場合は下手したらそこから足が付くかもしれない。
それに口振りから察するに親父もこちら側の人だ。
戻る方法を見つける可能性だってある。
「なるほど」
さて、問題はいつ入れ替わったかだ。
海が来たのが土曜日の夜だ。
白愛は前の木曜日に海が家を出たと言っていた。
木曜日までは本物の親父と一緒だったはすだ。
なら入れ替わったのは金曜かは日曜の間となる。
この三日で親父の身に何があったのか。
「とりあえず陸は死んだという認識でいいんだな?」
「はい」
親父が死んだという事実を第三者から聞いて俺は複雑な気持ちになる。
俺は親父が嫌いだ。
大嫌いだ。
親父はいきなり俺の前から消えた。
それは今思うと海のところに行った時だろう。
それと入れ替わりで白愛が来た。
それに関しては感謝してもしきれない。
でも親父は俺が小さい時に言っていた。
『空は僕が守るから何も気にしなくていい。僕がずっと近くで守るから』
あの時は意味が分からなかったが俺はこの言葉に強い安心感を覚えた。
そしてその約束を破り俺を一人にした親父をもちろん許してはいない。
だから俺は親父を一発殴りたかったしそれで許すつもりだった。
でも死んでしまったら許すことも出来ないじゃないか……
今の仮説は否定してほしいという思いがあった。
そんな事はありえないと言ってほしかった。
しかし肯定されてしまった。
「……空様。お辛いのですね」
白愛がそう問いかける。
「いや……そんな……事は……」
「辛い時は泣いても良いのですよ」
白愛の一言で涙が止まらなくなっていた。
俺は親父が嫌いだ。
そして大好きだ。
俺は親父に死んでほしくなかった。
「なんでだよ!なんで親父が死ななきゃならなかったんだよ!」
押し込めていた感情が溢れだす。
どうして親父なんだよ……
なんでアイツは親父の体を選んだんだよ!
「空様」
一言。
たった一言僕の名前を呼び白愛は俺の頭を掴み自分の太ももの上に優しく乗っける。
やってる事は膝枕だ。
柔らかい太ももに涙が零れ落ちた
「今は泣いていいのですよ。人は泣く事で悲しみを乗り越えていくのです」
白愛は先程と同じ事をいう。
しかしそれが俺の心を更に楽にする。
「……白愛」
「はい」
白愛の名前を呼ぶ。
そして彼女はそれに返事する。
「白愛」
もう一度俺は白愛の名前を呼ぶ。
何をして欲しいのか分からない。
でも何かをしてほしい。
「はい。私はそばにいますよ」
そうだ。
白愛のその言葉が欲しかったんだ。
白愛の声でさらに涙が溢れる。
親父は死んだ。
でも俺にはまだ白愛がいる。
「気が済むまでお泣き下さい。今は許します」
「……あり……がとう」
とても安心する。
でもだからこそ色々な事を考えてしまう。
親父との色々な思い出を……
そういえば小学校の時に親父が授業参観に来なくて怒ったな。
親父はヘラヘラしながら謝ってそれが俺の怒りをさらに煽ったな。
ある眠れない時には子守唄をうたってくれたりしたな。
テストで満点を取った時は御褒美にハンバーグを作ってくれた。
――でももうそんな親父はいないんだ。
親父は死んだんだ。
あれだけ嫌いだった親父がいなくなって嬉しいどころか穴がポッカリ空いたような気分になる。
俺は口では嫌いって言ってるけど心の底では“大好き“だったんだ。
「大事な物は失って初めて大事だったと実感出来ます。でもそれはとても理不尽ですよね。だって大事って分かってるから失わないようにするんですから」
それを察したように白愛が話す。
たしかにそれはとても理不尽だ。
この上なく理不尽だ。
「……そうだな」
俺はそれらを肯定する。
なんでこんなに理不尽な仕組みになっている?
俺はひたすら自問自答する。
しかし答えは出ない。
「大多数の人はその言葉の意味を全ての物を失わないようにしようって解釈する人が多いですが空様はどうやって解釈しますか?」
白愛のそれを聞いて気づく。
それには別の解釈がある。
その答えが俺の求めてる答えなのかもしれない。
「ちなみに私は違います。だって全ての物を失わないようにしたら疲れてしまいますもん。だから私は自分で選んだものだけを失わないようにします」
白愛の話を聞いていたら少し落ち着いてきた。
でも悲しい事には変わりない。
「それでも俺は……」
「貴方様ならそう言うと思いました。今は泣いていいのです。悲しんでいいのです。でもいつかはそれを乗り越えなければならない。そしてそこから学ばねばならないのです」
その通りだ。
このままウジウジなんかしてられない。
「大切な人を失うとはどういう事かを学ぶのです。そして失わないために最善を尽くすのです」
「……そう……だな」
もう二度とこんな思いはしたくない。
ならもっと学べ。
「貴方様の大切な人は誰ですか?」
白愛がそう問いかける。
そんなの答えは最初から決まっている。
「……白愛だ」
迷うことそう言える。
探せば大切な人はもっといるだろう。
でもこの中で白愛が一番だ。
なにがあっても白愛だけは失いたくない。
今は強くそう言える。
「そうですか。照れますね」
「……聞いたのは白愛だろ」
「そうですね」
とても優しい声で俺を包み込む。
彼女の声が――
彼女の体温が――
彼女の言葉が――
俺の傷を癒していく――
「なら私を全力で守ってください。大切な人を奪う者はなんですか?」
そんなのは色々だ。
挙げ始めたキリがない。
「人の悪意や不運の事故に病だってあるでしょう。でも全部対策は出来ます。もう二度と自分が悲しまないために技術をもっと身につけましょう」
悪意ならそれを打ちのめせる力を。
事故ならそれを事前に予測する力を。
病ならそれを治せる力を。
この言葉は悲しんでる人にかける言葉ではない。
しかし、俺にはとても効果があった。
下ばっか向いていられない。
たしかに親父は死んだ。
でも、まだ全部を失ったわけではない。
今残ったものを失わないために全力を尽くせ。
それが俺のこれからする事だ。
「……白愛。ありがとな」
俺は白愛の膝枕から抜ける。
もう泣かない。
これ以上は悲しまない。
守りたいものはしっかり守る。
「大丈夫か?」
「あぁ」
雨霧さんが心配してくれるがもう大丈夫だ。
かなり落ち着いた。
しかし事件はその後に起きた。
「お兄さま」
「どうした?」
「そこを変わってもらってもよろしいですか。そして控えめに言って火炙りされてください」
海が突然物騒な事を言い始める。
それにしても控えめにいって火炙りって控えめに言わなかったらどうなるのだろうか?
「いや、そう言われても……」
「そうですね。今から二つ選択肢を用意しましょう。そこを私と変わり膝枕。その後首を吊って死ぬかそれとも今この場で首を落とされるかどっちがいいですか?」
どっちを選んでも死ぬしかないじゃないか。
なんて酷い理不尽だ。
「それに白愛も白愛よ。私という人がいながらそんな事するなんて……!」
「私は海様の物でもあり空様の物でもありますから」
海の目つきが怖い。
しかし、今は海よりも怖い人物が一人いる。
「ねぇ神崎君。私の太ももじゃダメかなぁ?」
そう桃花だ。
ていうかダメとかの問題ではない。
あれは流れ的に仕方ない。
「いや、その」
「ダメかなぁ?」
しかし桃花は有無を言わせない。
「あのですね……」
「そうだよねー。神崎君は白愛さんみたいなお姉さんタイプの女性が好きなんだよねー。私みたいな属性には興味ないよねー」
桃花は声のトーンが変わらないからこそめちゃくちゃ怖い。
この場で一番怖いのは桃花だと改めて実感する。
「あの、勘違いなさってるようですが空様は私の空様ですよ」
「そっか〜。白愛さんは何時から神崎君を取られないと錯覚していたのかな?」
「それは錯覚ではなく事実ですよ」
白愛はそんな桃花にお構い無しに煽っていく。
今にも戦争が起こりそうな雰囲気だ。
いや、起こっていると言った方が正しいな。
「そういえば白愛」
そんな危機的な状況の中で海が白愛に話しかけた。
よかった。ようやく救われる。
しかしそれは儚き幻想だった。
「斧ってどこにあるかしら?」
「それなら廊下を出て突き当たりの左の物置にありました」
「分かったわ」
なんでここには斧があるんだよ!
それに白愛は場所を伝えるな!
もう突っ込みが間に合わない。
この場面はカオスそのものだ。
斧を片手に海がやってくる。
「それではお兄様。白愛に膝枕された事を地獄で悔やんでください」
「ちょっと!タンマ!タンマ!」
ヤバイ。
これは洒落にならない。
当たったらガチで死ぬ。
そして海が斧を振りかぶった時だった。
「さて、この辺りにしましょう」
白愛がポンと手を叩いた。
そしてその声でシーンと静まり返る。
海の手から力が抜け斧が落ちる。
桃華はポカーンと呆気にとられている。
「そろそろお父様もどきのところに行きますよ」
「そ、そうね」
真面目な雰囲気になりみんなが立ち上がった時に桃花のお父さんが口を開いた。
「桃花と雨霧はここに残れ」
「どうして?」
「少し刺激が強いからだ」
いや、多分何が起こっても桃花は動じない。
間違いなくそう言える。
「私も残りますね」
しかし刺激が強いってどういう事だろうか?
とりあえず桃花のお母さんと雨霧さん。
それに拗ねる桃花を部屋に残し俺達は地下室へと向かった。
地下室は一部屋しかなく凄くジメジメしていて不快な場所だった。
壁には剣や斧などの色々な道具が立て掛けられている。
「ここが地下室か?」
「はい。あちらで横になってるのがお父様です」
親父はロープに縛られたまま気絶してるな。
「白愛よ。止血とかは出来るな?」
佐倉さんがそう白愛に質問する。
一体何をするつもりだろうか?
「はい。応急処置の道具は持ち歩いておりますから」
「そうか」
佐倉さんは親父の体を持ち上げて近くにあったバケツに親父の手だけ入れる。
とても嫌な予感がする。
「何をするつもりですか?」
「アイツの能力は手の平に触れた者の記憶をだっていうのは知ってるよな?」
「はい」
彼は壁にかけてある斧を手に持つ。
やろうとする事に察しがつく。
それだけはダメだ。
人の道を踏み外しすぎている!
「こうするんだよ」
俺の静止は間に合わず彼は斧で親父の右の手を落とした。
親父は痛みで目が覚めたのか絶叫し始める。
血は見事にバケツにどんどん溜まっていく。
バケツは血を集めるためか。
そういえば昨日の人生ゲームの途中で海が神崎家の血は神の血が流れてるから能力が目覚めるとか言っていた。
そんな逸話のある血だ。
おそらく何かに使えるのだろう。
「お前!」
でもこんな事が許されるわけがない。
犯罪者とは言っても傷つけていい理由にはならない。
「こうでもしないと輸送も難しいのでな。さて、次は左手だ。その前に止血を頼むぞ」
佐倉さんは淡々と手を落とした理由を語っていく。
白愛が辛そうな表情をしながら親父の止血をする。
「……はい」
こんなことがあって良いのだろうか?
たしかにコイツは外道だった。
しかし手を奪う必要があるのだろうか?
それこそもっと別の方法で対処も出来たはずだ。
「終わったな?」
「はい」
「それじゃあ左手もいくぞ」
そう言うとまた新しいバケツを出して左手をそこにセットして左手を斧で叩き落とす。
「アアアアァァァぁぁぁぁぁぁ!!」
親父の悲鳴が地下室を包み込むが外に漏れることはない。
誰もこんなのを望んだわけではない……
ただ親父を捕縛出来れば良かった。
「さて、これでアイツは無力なただの人になった。左手の止血もしてやれ」
「……はい」
白愛が左手を止血していく。
エニグマはこんなことばかりやってるのだろうか?
「とりあえずこれで問題はないだろう。明日の昼にはこの身柄を連行するから安心してくれ」
彼は何事もなかったかのように話を再開する。
俺はそれに少しだけ恐怖を覚える。
どうしてそんなことが出来る?
「知ってはいたけどエニグマってずいぶんと非人道的な事をするのね」
海はこの行いにそこまで衝撃を受けていないようだ。
いつもと表情が変わらない。
彼女にはこの程度の光景は見慣れているのだろう。
「そうだな。しかし無力化には仕方ない事なのだよ」
「じゃあその貯めた血は?」
「血は貴重な資源だ。それも神崎家の血となればなおさらな」
「そう」
海は興味をなくしたように話をやめた。
満足いく答えが得られたのか興味がなくなったのかは分からない。
「空様。血には魔力が含まれると言いましたよね」
「あぁ」
「しかしそれは半分は本当でもう半分は嘘です」
「というと?」
どういう意味だろうか。
半分が嘘とは……
「家系的に引き継ぐ事も出来ますがそういうのを抜きにすると魔力が含まれる血は百人に一人いるかどうかなのです。しかもその中でも格差があります」
格差ね。
恐らく良質な魔力の方が高威力の魔法を使えたり上手くコントロール出来たりするのだろうな。
そして俺は全て察した。
「なるほど。つまり魔力の含まれる血は貴重でその中でも神崎家の血はその中でも格上ってわけか」
「はい」
考えてみれば魔法を使うのに自分の血である必要性はない。
小瓶にでも良い魔力の血を入れて必要になったら使うのでも問題はないわけだ。
そして神崎家の血はその中でも最良。
そんな血を無駄に流す方が勿体ないだろう。
「さて、それで空君も理解出来ただろ?」
「だからといって……」
「君は勘違いをしている。無力化のために手を切り落としたにすぎない。決して血のために切り落としたわけではない」
そう言われたらそこまでだ。
でも俺にはこの男は血のために切り落としたようにしか思えなかった。
「さて、戻ろう。桃花達も待たせてる事だしな」
「……そうだな」
俺達はこの凄惨な現場を後にして上の方に戻った。
「お父さん。どうだった?」
上に行くと桃花がそう佐倉さんに聞く。
下で行われた事をそのまま言うわけにはいかないだろう。
「特に収穫はなかった」
「そっか」
佐倉さんが嘘を吐いたのはあのような行為を行ったことを隠すための嘘だろう。
桃花達はあのような事をしてるとは知らないのだ。
いや、桃花なら察しはついてるかもな。
「様子も確認出来た事だし帰るとしよう。それと空君」
「なんですか?」
「明日の午後四時に身柄を受け取りにくる。それまでに良い返事を待っているよ」
そしてお父さん達は帰っていった。
それに便乗して雨霧さんも大学に行った。
おそらくお父さん達はエニグマの本部に報告等もあるのだろう。
「……今からなら学校行けるけど行く?」
桃花がそう聞いてくる。
まだ時間は十二時を回っておらず午後の授業なら問題なく受けれるだろう。
しかしあんなのを見たあとで行く気にはならない。
「いや、今日は休むよ」
「そっか。海ちゃんは?」
「私も休むわ。ここにいた方が面白そうだしね」
面白そうってなんだよ……
なんでもいいが……
「それとお兄様が地下室での白愛とのやり取りや宝石魔法を見た反応で分かりました」
「なにがだ?」
「お兄様は魔法をまったく知りませんね」
「……あぁ」
その通りだ。
ていうか今さら確認を取ることだったのだろうか。
「それどころか神崎家皆殺しの事件も詳しくは知らないんじゃありませんか?」
そういえば白愛が前に親父と海と俺を残して神崎家の人はみんな殺されたと言っていたな。
「その通りだ」
「なら今から言うわ。神崎家を皆殺しにした男の名前は夜桜百鬼よ」
……夜桜。
とても印象に残る名前だ。
こんな名前を忘れるわけがない。
桃花は一度だけ俺の前でこの名前を漏らした。
経緯を考えれば神崎家なら誰もが知る名前だな。
神の血を引く神崎家かどうか確認するなら夜桜の名前を出すのが一番早い。
反応したら黒。
無反応だったら白。
そうやって俺の正体を桃花は確認したのだろう。
「夜桜の能力は『略奪』で殺した人の能力を全て奪う事が出来る。そして能力を目当てに神崎家含む多数の能力者を殺した。所持してる能力数は未知数でエニグマでも最重要危険人物として記録されてるわ」
能力欲しさに神崎家を殺したのか。
俺にはこの話がとても他人事とは思えなかった。
神崎家が関わってるのだから他人事ではない。
しかしそれとは別にいつか自分が関わる気がする。
「ここまで情報が割れてるのに捕まらない理由は単純に強いからよ」
「まぁそうだろうな」
「強すぎて捕まえられないなんて事例はこれを含めて二つしかないわ」
「……もう一つは?」
「白愛よ。白愛だって人を殺してるんだから手配されない訳ないじゃない」
言われてみればそれもそうだ。
しかし白愛は普通にエニグマの人と話していたが……
「白愛が現在手配されてないのはエニグマが過激思考を持っておらず大規模テロ等は行わないと判断した。それに白愛には絶対に勝てない。だから逮捕を諦めて陣営に引き込もうとした。そして結果として白愛はもう誰も殺さない事を条件に中立となったのよ」
「なるほど」
エニグマとしてもこれ以上は被害も出ていないし妥協点って感じで目を瞑ったのだろう。
いや、瞑るしかなかったって言った方が正しいか。
「それじゃあ夜桜も似たような感じなのか?」
「いいえ。一回だけ使者を送ったそうよ。でも結果としてその使者の生首が送られてきた。そして夜桜は晴れて完全にエニグマとの敵対関係をとったわ」
「なるほど」
「さて、そろそろお昼にしましょう」
そう言って海は立ち上がりダイニングに移動する。
昨日はそこで死闘をしたがもう完全に直っている。
白愛が直したのだろう。
そして白愛がいつの間に作ってたのか料理を並べていく。
「白愛。ありがとね」
「メイドとして当然の事をしたまでです」
どうやら今回は俺の分もあるらしい。
少しだけホッとする。
「でもお兄様の分を用意したのは何故かしら?」
「作るなと命令がなかったので作りました」
「……ミスったわ」
大体そんなところだろうとは思ったよ。
俺は特に気にすることなく食べ始める。
相変わらず白愛の料理は美味しい。
そして食事をしてると白愛が話しかけたきた。
その内容は驚きのものだった。
「そういえば空様は魔法を使うつもりありますか?」
白愛が魔法を使いたいかって聞いてきたのだ。