216話 王様として
「アナはどうしたいの?」
「そういうリサは?」
あれから現在三日が経った。
俺はただただ無気力だった。
なにかをする気も起こらない。
「私はクッキーを食べたいな」
「でも小麦粉がないかしら……」
俺はただただ人形遊びを見ていた。
ソフィアがやる魔訶不思議な人形遊び。
「空。私は退屈よ」
そう言ってソフィアは人形遊びをやめた。
彼女の年齢は十歳足らずだ。
見た目的には十二歳。
しかし中身は十歳の少女だ。
人形遊びは十歳には年相応の遊びと言えるだろう。
ただ一点を除いては……
「人形は可愛い。でも私の役者に過ぎないの」
彼女は空気を指で撫でる。
すると勝手に人形が動いた。
彼女の人形遊びが普通の人形遊びとは違う点。
それは人形が勝手に動いているということだ。
「真央からの聖杯の能力。人形を自由自在に動かすことが出来るか」
ソフィアの部屋の一つに入ったことがある。
その部屋には壁一面にフランス人形が敷き詰めれていた。
もしもあれが動いて襲ってくると思うとゾッとするな。
「ポルターガイストって言ってほしいかしら」
「……でも動かせるのは人形だけじゃねぇな」
「それと私はフランス人形より日本のドールの方が好きかしら。ドールの方が可愛いわ」
彼女の部屋は全部で五つある。
その部屋全てに違う種類の人形が敷き詰めれている。
フランス人形や日本人形など昔ながらの物の部屋もあれば藁人形など一風変わったもの。
それからアニメのフィギュアはドールと言った海が好きそうな萌え系なものまで様々だ。
そしてソフィアは萌え系のが一番好みだとか。
「……お人形は愛した分だけ可愛くなるって理論があるわ。ただ私が一番愛せるのがドールってだけで他の人形さんでも十分に可愛くなるのよ」
「そうか」
「そして愛した分だけ可愛くなるのは人も同じだよ。だって人形っていうのは人工的に作られた人間なのだから」
ソフィアは満面の笑みでそう言った。
子供ながらに深い事を……
「これでも私は魔王の英才教育を受けてるんですからそんじょそこらの小学生高学年と一緒にしないでください!」
「……英才教育ね」
「たしかに真央は平気で嘘をつくし意地悪だってしますがあれでも私は世界で一番尊敬してるんですよ」
本当に真央は色々な人に愛されてるな。
ここにいる人達と話してると言葉や雰囲気から真央が大好きだって事が嫌でも分かる。
「空。真央の睡眠時間知ってますか?」
「……知らないな」
「十時間です。真央は一ヶ月に十時間しか睡眠を取らないんです」
おかしいだろ……!
そんなんで体がもつわけ……いや、既に持っていないか。
もう真央の体は……
「もしも世界調整だけならもっと睡眠時間を増やせると思います」
「だったらなぜ減ってるんだ?」
「授業をしてるからですよ。私達が起きてる間は授業をします。それにもっと言うと一緒に食事をしたりと団らんを忘れない。真央は世界調整を行ってはいますがそれと同時に私達が寂しくならないように最大限の気を遣ってるんですよ」
たしかに言われてみれば……
考えてみたら真央は異常だ。
学校で俺達に授業をする。
そして真央の性格からしてソフィアを疎かにしてるとは考えにくい。
つまり真央は俺達の授業をした後に転移で帰りソフィアに授業。
そしてさらにその後は響を鍛えて……
「いくらなんでもお人好し過ぎるだろ……」
「だから私は真央を尊敬してるんです。他人のためにあそこまで出来る人なんて世界中を探しても真央しかいませんよ」
それだけ言うとソフィアは再びお人形遊びに戻る。
本当に彼女は自由気ままだな。
「……考え事してしまうのも暇だからかな」
俺は一人ボソッと呟いた。
ここ三日間は真央の授業以外は特に何もしてない。
はっきり言って暇なのだ。
「やぁ空。そんなソフィアと遊んでばっかいると傍から見たらロリコンにしか見えぬぞ」
「……天邪鬼さん」
「その顔だと悩んでるようじゃの。ちっと妾に付き合え」
天邪鬼さんはそう言って俺に手を差し出す。
俺も特に何も言わずに手を掴む。
「ソフィア。少しのあいだ空を借りるぞ」
「私に許可を取らなくても良くてよ。だって空は私の物じゃないから」
天邪鬼さんは絶対にこの島から離れることはない。
彼女は真央の中でも一番の戦力。
だから想定外の攻撃があってもすぐさま返り討ちに出来るように彼女にここを守らせているとか……
「どこに行くんですか?」
「少し鬼の村じゃ。たまには外の空気を吸うのも悪くないであろう?」
たしかにそれもそうかもしれない。
俺はずっと洞窟の中で過ごしていた。
そんな引きこもり生活を送ってたら気分が暗くなっていくの当然か。
「それにお主はまだ世界を知らぬ。はっきり言うと見解が狭いって奴じゃな」
「……どういうことですか?」
「国が違えば文化も違い生活水準も違う。それをイメージする力が欠けていると言ってるのじゃ」
天邪鬼さんの言うことは正論だと思う。
俺は何も知らない。
自分の周りのこと以外何も……
「おぬし。真央の運営する学校に通ってたそうじゃな」
「はい」
「その時の生徒の様子を簡潔に妾に言ってみろ」
俺は天邪鬼さんの問いかけに応えようとした。
しかしまったく言葉が思い浮かばなかった。
他の生徒ってどんな顔をしてたっけ?
「そう難しい事は聞いておらぬ。常に笑顔が溢れていたとか空気が重々しかったとかそういうのを聞いておるのじゃ」
「……分かりません」
「そんな近くのことすら分からぬなどよっぽど周りに無関心なんじゃな。周りに関心を持つのは人として大切な要素であるぞ」
仕方ないだろ……
俺にとっては心底どうでもいいのだから。
そんなモブの話は……
「モブでもモブなりに必死に足掻き毎日を生きるというものだ。そして足掻きを理解し見届けるのは上に立つ者の責任であると妾は考えるのだ」
「……」
「これから行くのは鬼の村。そこで空が何かを得られることを妾は強く望むぞ」
得られるものか……
もしかしたら俺の人生に見落としがあったのかもな。
その見落としが無ければ……
「それと一つ覚えておけ。空は人の始祖すなわち人の代表……もっと分かるように言うなら王である」
「王か……」
「王としてたった一度の失敗も許されぬ。絶対に何事も成功を収めねばならない。それは王としての義務であるぞ」
でも俺は王じゃない。
俺は王様にはならない。
俺には関係ない話だ……
「空が王であることを拒もうがそんなのは関係ない。なにせお主は始祖である」
「そんな勝手な!」
「始祖になった時点で王になるしか道は無きだ。それにお主が失敗するところをお主の嫁である桃花は見たいと思うかのう?」
「じゃあどうすれば!」
俺は声を上げた。
答えが分からない。
そんな失敗しないなんて……
「学べ。失敗しないように色々と体験して学べ。幸いにも今は真央がいる。真央なら多少の失敗はフォローしてくれるであろう」
天邪鬼さんはピシッと指を指してそう言った。
誰も彼も“学べ”ばかりだ。
そんなに俺が不出来かよ……
「さて、ここら辺じゃな」
「何もねぇじゃねぇか」
突然、天邪鬼さんは足を止めた。
しかしここはまだ森の中だ。
村なんて無い。
『偽りの霧は生命の輝きに晴れ、真実を覆い隠す影は夢という名の光で振り払わん』
……詠唱か?
これは精霊術ってやつだな。
桃花の家にあった古文書で軽く読んだことがある。
原理は不明で空想の産物として扱われていたが……
「空。一ついいか?」
「なんですか?」
「これは精霊術でも何でもなくて妖精王オベイロンが作った声帯と特定の言葉によって作動する擬似結界という魔道具なのじゃが……」
これ普通に恥ずかしいやつだ!
ていうかどうして考えてる事が分かるんですか!
「うん。考えてる事が分かるのは第六感ってやつじゃな。お主の産みの親である華恋は特に鋭かったぞ」
「第六感か……」
「興味あるなら教えてやろうか?」
「遠慮します」
あんなスパルタはもう懲り懲りだ。
流石に俺だって殴られる趣味があるわけじゃない。
「そうか……」
そんなたわいもない話をしてると目の前に霧がかかり始めた。
それから五分ぐらい経つと目の前に村が現れる。
言っちゃ悪いが貧相な村だ。
家は藁で作られていて暴風とかで軽く吹き飛びそうな感じしかしない。
「貧相じゃと思ったな。それは外観だけで中は普通に電気も通るし水道も通ってるから安心しろ」
「……そんな風には見えないんですが」
「そういう仕組みは真央に聞け。家の設計とかは真央が全てやったため妾は一切知らぬ」
真央やっぱりすげぇな。
藁の家の中に現代の文明を入れるとは……
「まったく。水道栓も電線も無しでどうやってこの仕組みを作ってるのか気になるところじゃ」
「それこそ真央に聞けばいいんじゃないですか?」
「もちろん聞いたが専門用語の羅列で妾にはさっぱりだ。どうも魔法理論と元素学を合わせて行ったそうだがまったく分からん」
元素学ってなんだよ……
化学で一括りに出来るだろ。
それとも真央が新たな学問でも作ったのかよ……
「従来なら不可能な加工を全て夜桜の創造を使い行う事により真央の理論を現実化させそれをドワーフの少女により組み立てさせる事により可能してるとか言っておったな。どうも世界乱数の調整を明確化して量産化がうんたらとも……」
「世界乱数ってなんだよ……」
「知らぬ」
はぁ……
これガチで真央しか理解出来てねぇんじゃねか。
恐らくだが真央しか知らない理論を幾つも利用して可能にしているぞ。
「さて、まずは空に手伝いをしてもらおうかのう。人間の学校の定義で言うならちょっとした職場体験……いや、社会見学じゃな」
「それで何を……」
「たしか今の時期はトマトの収穫時期じゃ。なので今回はそれの収穫を少しばかし手伝ってもらおうかのう。報酬としてトマト鍋をご馳走してやろう」




