215話 魔王に救いはない
それでも俺は諦める気にはならなかった。
俺の中で真央の存在なそれほどまでに大きくなっていのである。
「……魔王として私は常に人を絶望に叩き落とし人類の壁とならなければならないんだよ。そのために情報は必要不可欠だと私は思う」
「でも俺は……」
「今の君はただ強いだけだ。唯一無二の存在じゃないんだよ。だから魔王にはなれない」
真央は俺を慰める。
でも慰めてもらったところでお前は……
「……空。この世界には適材各所という言葉がある。それで私が魔王として適任だから付いてるに過ぎない。まぁ何が言いたいかというと無理に魔王に固執しなくても君には他に役割があるよ」
「それだとお前が死ぬ! 俺が変わりに魔王にならないと真央が死ぬ!」
真央は絶対に死なせたくない。
俺は真央が好きだ。
恋愛的な意味じゃない。
ラブじゃなくてライクの方で好きだ。
また前みたいに真央の授業を桃花や海と受けたい。
「もうあの日々には戻れない。それが現実さ」
もしもまだ時間逆行が出来れば……
そうすればもっと別の手で……
「何を考えてるか大体分かるよ。たしかに時間逆行をすれば全てが変わるかもしれない。でも君は三回という人類に許された過去改変の権利を全て使い切ってしまったんだろ?」
「あぁ……」
「無いものに頼っても仕方ない。今打てる手で何が最善なのかを考えるんだよ」
今打てる手で真央を助ける……
そんなことを……
「それにわたしは魔王の席を君に明け渡す気はサラサラない。あんな地獄を君たちに体験させられるか」
真央はそう言うと右手で自分の頬に触れる。
すると体がボロボロと零れ落ち始めた。
「お前……」
「この体はスーの能力で作った偽りの体に過ぎない。これが本来の私さ」
そこには骨と皮しかない人がいた。
一切の肉はついてなく、髪は白髪混じりでボサボサで今にも倒れてしまいそうなぐらい細い足。
それに目玉もギョロリと飛び出て皮膚も凄くガサガサで先程の真央とは比べ物にならない
今の真央の姿は見ていて凄く痛々しい。
「……あんな機械を使ってたら体がストレスに耐えられなくてこうなるのも無理はないよ」
それから真央は地面に倒れ込んだ。
しかし一向に立ち上がる気配はない。
「体は衰弱し切って自分で歩くどころか立つことすら出来ない。この現代世界で魔王になるというのはそういうことだ」
俺は真央のことを何も知らなかった。
彼女はずっと一人で魔王として戦っていたんだ。
「……真央!」
それからスーが慌てて部屋に入ってくる。
スーはすぐに真央に触れる。
すると真央に肉が付き、髪に艶も戻る、
いつも通りの見慣れた真央になった。
「スーの能力は他者自分問わずの変装。その変装の際に種族すらも変えることが出来る。応用すれば肉体を若返らせることも可能なんだ」
「まさか……」
「体がボロボロになる度にスーの能力使って治してずっと誤魔化してきたのさ。この姿の私は大体二十五歳の時の姿かな。まだ魔王になる前で肉体が健康的だった時の私さ」
たった七年であんなに……
いや、下手したらもっと短い期間だ。
彼女はずっと無茶を続けてきた。
「空。これが真央の現状だよ。少しは分かった?」
「あぁ……」
スーの問いかけに俺は頷く事しか出来なかった。
今までの真央を見て俺は勘違いしてた。
真央は笑って毎日を過ごしていた。
だからそこまで大きな負担はないと思った。
でもそれは違う。
真央は俺達に心配をかけないために笑顔を作っていたんだ。
「魔王という仕事に一切の救いはない。誰も認めてはくれないし尊敬もされない。それなのに肉体はどんどん朽ちていくの。あなたにその魔王になる勇気が本当にある?」
俺は黙ることしか出来なかった。
なぜならここまでの負担を考えていなかったから。
俺の発言はあまりに軽率過ぎた。
「それに真央はこんなになっても一切の歩みを止める気配を見せない。それで真央の思い通りにならなかったら彼女の人生は一体なんだったの?」
「それは……」
「私は真央が心の底から胸を張ってその人生に意味があったと言えるものにしたいと思ってる。真央がここで全てを投げ出したら間違いなく真央は胸を張って生きられない」
スーは誰よりも真央のことを考えていた。
だからこそ真央に協力する道を選んだ。
真央を魔王にする道を選んだのだ。
「……それに魔王をやめたとしても真央は五年後には間違いなく死んでるよ。それほどまでに体を酷使したんだもん」
「そんなのはスーの能力で!」
「ならない。私の能力じゃ脳までは変えられない。真央の脳は既に情報量が限界に等しいの。例えるならパンパンに膨らんだ水風船にずっと水を入れてるようなもの」
俺は膝を付いた。
頑張ればどうにかなると思ってた。
しかし現実はそんな甘くない。
「スー。そこまでは言わなくていい」
「でも……」
「もしかしたら何かしらの能力で延命出来るかもしれないだろ。人間の可能性を諦めるんじゃないよ」
もう既に詰んでいる。
どう足掻いても真央を助けられない。
もしも真央に魔王を辞めさせたとしてもそれは真央が死ぬのが三年くらい伸びるだけでしかない。
「まぁ私は魔王として死ぬつもりだから最後までその答えを変えるつもりはないけどね」
「お前はどうしてそんな強いんだよ……」
俺は真央にずっと思ってたことを問いかける。
真央は誰よりも強い。
戦闘が出来るとかそういう意味じゃない。
誰よりも心が強い。
常にどんな時にも前を向き……
「魔王だからだよ。魔王が弱かったら格好がつかないだろ」
「そういうことを聞いてんじゃねぇよ……」
もう既に時遅しだった。
もしも少しでも早く動けていたら……
「空。安心しろ」
「今のを聞いてどう安心しろって言うんだよ……」
「私はまだ戦える。手足だって動くし言葉を発する事だって出来る。それに何より思考することが出来る。それだけ出来れば充分だろ」
……嘘だ。
手足は既に動かない。
スーの能力で動かしてるに過ぎない。
言葉を発することが出来る?
本当は無理して喋ってるだけじゃないか?
「さらに言うならば私が死んだとしても空や海は私の事を忘れないでいてくれるだろ。ならこの世界に思い残す事なんかないだろ?」
「……嘘つくなよ」
今のは嘘だ。
そんなのは鈍感な俺でも分かる。
真央には思い残す事しかない。
まだやりたいことが沢山あるはすだ。
しかし真央はそれについては答えない。
「ここから先は楽しい話だけをしたいよ。もっと分かりやすく言うなら明るい未来の話だ」
「……未来ね」
「最後くらい内戦なんてことは勘弁してくれ。仲間同士で戦うほど暗いことはない」
明るい話ね。
でもそれは真央のことから目を背けるということ。
そんなことを俺は……
「私はダークファンタジーやシリアスな話より明るいコメディや青年が俺TUEEEEをしてる異世界物の小説の方が好きだよ」
「急にどうしたんだ?」
「私の人生を小説で例えるならずっと死や血が付きまとうダークファンタジーだと思ってね。魔法も能力もあるんだからファンタジーと言って問題ないだろ?」
……そうだな。
でもだからなんだって……
「そんなダークファンタジーの物語を歩んだ私でも最後くらいはコメディな俺TUEEEEで物語を終わらせたいと思うんだよ」
「なるほど……」
「俺TUEEEEをするだけの戦力は十二分に揃ったと私は思っているよ」
たしかにその通りだ。
夜桜や天邪鬼にスー。
真央の戦力はこの上なく強大になっている。
「でも相手が君達じゃ勝ったところ胸クソ悪い。だから私と敵対しないでほしいんだ」
そしたら真央は死ぬ。
そんなことに俺は耐えられない。
でも魔王にならなかったところで真央は……
「安心しろ。私は転生するから」
「……それも嘘だ。お前はこの前に“私みたいな罪人が転生するわけがない”と言った」
「そっちが嘘かもしれないよ?」
もう分かるんだよ……
真央が俺達に心配させまいとしてるのが見るからに分かるんだよ……
「それに海がドラキュラ王から貰った冥府の笛。それを使えば死者を蘇らせ……」
「真央。嘘はダメだよ」
スーが真央の言葉を遮った。
そう言えば冥府の笛なんてものがあったな。
「真央の場合は肉体が死ぬ。そして死んだ肉体に魂を入れても無意味だよ」
「どういうことだ?」
俺は思わず聞き返す。
少し意味が分からない。
肉体的に死ぬのは死人には共通だろ。
でもその言い方だと……
「ごめん。語弊を招いたね」
「分かりやすく頼む」
「銃で撃たれて死んだとかなら肉体の外傷を治してから魂を入れれば蘇るの」
スーは分かりやすく手でジェスチャーまでしながら丁寧に俺に伝えていく。
おかげで凄くイメージしやすい。
「でも頭が粉砕した、寿命によって死んだ等の治しようの無い外傷の場合は肉体が死んでるから蘇らない訳だよ」
「それじゃあ真央は……」
「死因は脳の容量オーバーだからどう足掻いても治せない外傷になるね。だから冥府の笛を使って冥府から魂を引っ張って入れても意味がないの」
クソっ!
どう足掻いてもダメなのかよ……
「……もう全て手遅れなんだよ。どうやっても真央は五年以内に死ぬ」
「なにか方法があるはずだ! そうだろ?」
「ないよ。どうやっても真央は死ぬよ」
なんだよそれ……
ていうかどうしてそんな大切な事を言わなかった。
もっと早く言ってくれれば……
「真央がもしも君にもっと早く言ったとしても何も変わらなかったよ。空と真央が会ったのは大体二ヶ月前くらいだからその時には既に手遅れだよ」
最初から詰んでいた。
どこにも真央を助けるルートは無かった。
たったそれだけの話なのに……
「私はあの時に間違えんだよ。華恋が死んだあの時から全て間違えた」
「……真央」
「少しだけ昔話をするよ」
◆ ◆
雨が降っている。
場所は山奥にある神社。
もっと言うなら神崎家の本拠地。
そして辺り一面には死体が転がっている。
それとこの場にはたった三人しかいなかった。
「華恋! 華恋! 諦めるな!」
黒髪の女性が必死に叫ぶ。
その黒髪の女性が私“神崎真央”だ。
これは私が華恋と死別した時の話だ。
「……もう私は終わりだよ……だってお腹に……穴が空いてるんだよ?」
彼女の腹には大きな穴が出来ていた。
喋っているのが奇跡としか言い様がなかった。
「……あの少年に……私の言葉……届いたかな?」
「神崎家の生き残りか……」
「でも子供……子供に罪はない……」
華恋はその少年にある言葉を授けた。
その時の華恋は既に虫の息。
でも華恋は何故かそのセリフを言いたいと思った。
“あなたにも守りたい人が見つけられますように”と見ず知らずの少年に言った。
彼女は本能的にそう伝えるべきだと思ったから。
「……ごめんね……もうダメみたい」
「華恋! 華恋!」
「最後に……真央が無事で良かった……そして……次は皆が笑って生きる……世界を見たいな」
そうして華恋は力尽きた。
私の手の中で力尽きたのだ。
体がどんどん冷たくなっていく。
彼女は間違いなく死んだのだ。
「あああぁぁぁぁ私のせいだ! 私がお父様なんかに捕まらなければ! 対策しようと思えば出来た! それなのに……」
「……真央」
近くにいたスーが声をかける。
しかし私の耳には届かなかった。
もしも届いてたら変わったのかな……
「あの時に……華恋に嫉妬して! 勝手に外に出なかったらあんな事にはならなかった!」
私は必死に叫ぶ。
自分の失敗を悔いるかのように叫
天に向かって必死に声を荒あげる。
「……ルークの時間停止にあの蜻蛉返りの能力。誘拐されるなっていう方が無理な話だよ」
「そうだ! ルークはどうなった!」
「……悪ぃな……逃げれられた。それに神崎陸の野郎も逃がしてしまった」
私は再び発狂した。
敵討ちすら出来なかった事実に。
「私のせいで! 私のせいで!」
「……違うよ……私達が作戦とか全て真央に任せて……自分で考えるのを……放棄してたからだよ」
それからスーも泣き始める。
私達は不幸の根源である神崎家をほぼ殺した。
しかしそれと同時に仲間を一人失った。
「……スー。華恋のセリフを覚えてる?」
私は泣きながら問いかける。
ここで私の運命が変わる。
私の未来が変わった。
「誰も死なない世界が見たいだ。私達で作ってやろう」
「……本気?」
「当たり前だ……華恋の最後の望みだ。手伝ってくれ……いや、手伝ってください」
私はその時に思った。
必ず世界を変えてみせると。
そう心に強く誓った。
「……私は魔王だ。魔王としてこの世界を変えてやる! この世界に抗ってやる!」
私はこの時に全て捨てる覚悟を決めた。
もう誰も失いたくない。
そして華恋との約束も果たしたい。
その想いしかなかった。
私の視野は完全に狭まっていた。
「何だってしてやる! どんなことだってしてやる! それで華恋の見たい世界が出来るなら!」
その時から私は温情を捨てた。
何人だって殺してやる。
その先に華恋の望んだ世界があるなら。
私は完全に壊れた。
◇ ◇
それから私は何人も殺した。
計算とシュミレーションをしたところ全員が笑える世界を作るには新国家を作るしかない。
もっと言うなら国を一つにする。
そのためにはデータが不足している。
そのデータを集めるためには人を殺さなければならないと結論が出た。
「さぁ殺し合うといいよ。生き残った最後の一人だけは生かしてあげるから」
――時には一つの村で殺し合いを行わせた。
「この迷路から抜け出したら生き延びられるね。ただ二十分で水没するが頑張ってくれたまえ」
――時には何人も拉致して地獄の遊戯を開催した。
「さてここにあるのは君の恋人の死体だ。私は一ヶ月後にここに来る。安心したまえ。恋人を食べれば生き延びられる時間だ」
――時には悪魔に等しい行いをした。
そうして私は人の道を外れていった。
あの日から私は完全に壊れていた。
しかしそれだけじゃなかった。
私は自分の体まで使用したのだ。
インターネットの全てを掌握したあとありとあらゆる書き込みを把握するために私インターネットに書き込まれたありとあらゆる情報は全て能にダイレクトに伝えるヘルメット型の機械を開発した。
それが私の寿命を縮めるとも知らずにね。
もちろん気づいた時には既に遅かった。
私は一人じゃ歩けない体になっていんだ。
「……出来た。これで全てが上手くいく!」
そうして私は世界調整の計画を完成させた。
それから最後の実験を行うために学校を作り……
◆ ◆
「現在に至るというわけさ。本当にどうして華恋の意味の言葉を私は間違えて捉えたんだろうね」
初めて聞いた真央の過去。
大まかには聞いていたがここまで細かく聞くのは初めてだ。
「……やはり私は人を殺し過ぎた。もうその時点で死ぬしか償う方法はない」
「そうか……」
もしも華恋……いいや、母さんが生きてら恐らく未来は変わったんだろうな。
しかし母さんが死んだのが現実だ。
「でも君達と授業をしてるうちにあまりにも楽しくて私に生きたいって願望が生まれてしまったんだ。もう遅いのに本当に馬鹿だと思うよ」
「真央……」
「これは恐らく神が与えた罰なんだろうね」
真央は泣いていた。
ただただ泣いていた。
「……私は生きたい! でもそれは出来ない! ならせめて華恋の言ってた皆が笑っていられる世界を私は作ってやる! 今までの私の人生を意味が無かったものには絶対にしない!!」
もうここまで言われたら引き下がるしかない。
俺が魔王になる意味がない……
魔王になっても救うことは出来ないのだから。
「真央。俺に世界調整を手伝わせてくれ」
だったらせめて彼女が悔いなくしなるようにする。
それが今の俺に出来ることだ……




