214話 魔王宣言
第七十六回始祖会談というものが開かれる。
その前に少しだけ話を合わせておきたい。
それでここに来るということらしい。
「始祖会談の前に話し合うのはよくあることだ。現に私もオベイロン王のところやドラキュラ王のところに訪れてただろ」
「……なるほど」
「電話でもいいんだがそれだと相手の表情が読めないし戦力の把握も出来ないからね」
なんていうか一つの国みたいだな。
少なくとも俺はそういう印象を受けた。
「始祖というのは言うならば種族代表でもある。だからそれなりの礼儀とマナーも必要になる。それに新国家の具体案の提示もしておかなければならない」
「その第七十六回始祖会談はいつ行われるんだ?」
「予定では私が世界調整を終えた翌日。そこで今後の種族的な動きや生活レベルなどを決める予定だ」
なるほどな……
本当に大きなことを決める時しか始祖会談は行われないんだろうね。
「世界調整を終えても私はすぐには死なないよ。私が死ぬのは世界調整がされて二年くらい経ったらかな。それまでは色々な問題解決に奮闘させてもらうさ」
「そうか」
安心しろ。
お前にはあと三十年は生きてもらう。
俺が必ずお前を救うと決めたんだ。
「……真央。お前に隠し事は出来ないよな」
心の中でずっとモヤモヤしていた。
知の神に言われたあれをどうするか。
俺が魔王になるか否か。
でも答えがやっと決まった。
真央の“二年後に死ぬ”という発言。
それで俺の道は決まった。
俺は真央を助けたい。
真央が死ぬところなんて見たくない。
「空。どうしたんだい?」
「お前は俺のどんな想いでも受け止めてくれるか?」
「もちろんだ。私は君の教師でもあるがその前に母親でもあるんだよ」
その言葉を聞いて安心した。
真央なら全て受け止めてくれる。
「悪いが俺は神にはならねぇよ。俺は魔王になる」
「な!?」
「真央が魔王の時代は終わりだ。お前は部下として俺に従え」
俺はそれから白愛の方へと歩いた。
それで白愛の方をまっすぐと見る。
「……お前の力が必要だ。今ここで再度俺のメイドになり俺に力を貸せ」
「そんなこと……」
「頼む。真央を救うために俺にメイドとして……いや、暗殺姫としての力を貸せ」
この真央の拠点の中。
ここでも真央に対抗する戦力を集めるのは容易い。
だってここにいる人達は真央が大好きだから。
「……空。冗談もいい加減にしないか」
「冗談なわけないだろ。俺はお前の死体を見たいとは思わない」
「どういう意味だ?」
「お前が魔王として世界調整を行えばお前は間違いなく死の道を選ぶ。だから俺が変わってやるよ。俺が魔王になってやるよ」
明確なビジョンはない。
これはただの宣戦布告でしかない。
俺は真央をかなり評価している。
もちろん真央に最後の最後まで隠そうと思った。
しかしそんなのは不可能だ。
真央に隠し事なんか出来るわけない。
だから敢えてここで言ってやる。
「……私の今までの積み重ねを冒涜するのかい?」
「そうだ。真央のことを冒涜するのが真央が生きる道なら冒涜だってしてやるし否定だってしてやる」
「どうやら本気みたいだね。なら私から無理矢理にでも魔王の地位を奪うといい」
俺は鬼化をする。
それからすぐに真央に接近して地面に押し倒す。
まるで獣のように真央を押し倒す。
「……今の俺ならこの一瞬で四回はお前の手足を落とせるぞ」
「空がそんなことをしないのは私はよく知ってるから止めなかった」
手足を落として世界調整が終わるその時まで真央を牢屋にでも入れておく。
そうすれば真央の命は救うことが出来る。
しかしそんなことはしない。
真央がそんなことで止まらないのは良く知ってる。
「しかし空。魔王になるって言うがどうするつもりなのか知りたいよ」
「お前がこれからしようとしてることをそっくりそのまま俺が代役としてやるんだよ」
「……分かった」
俺は真央から離れる。
それと共に真央が立ち上がった。
「一週間だ。一週間で私が全てを任せられると判断したら君に魔王の座を譲り渡そう」
「……言ったな?」
「今から二時間後に私の部屋に来い。そこで全ての仕事を押し付けてやる。それに耐えられたら君に魔王として世界を絶望に落としてもらうよ」
そう言うと真央は立ち去った。
随分とスムーズに物事が進んだ。
正直言うとかなり予想外だ。
「……空様」
「白愛。真央を死なせないために俺に力を貸せ」
「でも魔王に空様がなるってことは……」
「俺は真央とは違う。魔王になっても自殺なんて道は選ばないから安心しろ」
それから俺は階段を降りていく。
洞窟の中なのに階段まであるとは実に不思議だ。
前にアリの巣みたいだと思った評価は変えよう。
ここは間違いなく魔王の城だ。
魔王城である。
つまり俺の城だ。
「白愛。付いてこい」
「……空様! どこに行くつもりですか!」
「使えるものは全て使う。それだけだ」
そして降りた先は牢獄だ。
そこには色々な人が呻き声をあげている。
どれも真央が生かす価値があると判断した捕虜。
「……空君!」
「桃花。お前の力を全部俺に貸せ」
「もちろん! 私は最初から最後まで空君だけのものだし空君も私だけのもの! そんな私が空君から直々に求められたら……」
俺は牢屋の鉄柵を素手で破壊する。
それから桃花の手足に付けられた拘束器具も壊す。
「……ソロモンの指輪。契約はキャンセルしてないなら呼び出せるよな?」
「もちろん! 来て! ソロモンの指輪!」
それから目の前にカランカランとソロモンの指輪が落ちてきた。
俺はそれを迷わず拾い指に付ける。
「お前は俺の物だ。だったらお前の所有物も俺の物だよな?」
「もちろん」
闇桃花に白愛に俺。
戦力としては充分に揃った。
これが新規魔王軍だ。
さて、革命といこうか。
悪いが真央は魔王からお姫様にクラスチェンジだ。
「空君。これからどうするの?」
「俺は魔王になる。その時に障害が生まれたらお前達に破壊してもらうつもりだ」
「分かった!」
「でも真央は殺すなよ。彼女が死んだら俺が魔王になる理由が無くなる」
これだけは伝えておかないと桃花が暴走する。
それだけはなんとしても避けねばならない。
「……分かった」
「俺は一時間だけ仮眠をする。それまで休憩時間だ」
◇ ◇
あれから俺は部屋に戻り仮眠をした。
もちろん何の目的もないわけじゃない。
知の神に俺の答えを言うためだ。
俺はすぐに寝落ちして知の神の舞台に招かれた。
「空。少し独断専行が過ぎるよ」
「……お前の力も貸せ。真央を救うにはそれしかない」
「分かったよ。君が魔王になれメリットは私にも充分にあるからね」
とりあえず客観的な意見が欲しい。
そうしないと真央には勝てない。
「空。今の君の戦力は闇桃花と白愛の二人で間違いないね?」
「無論だ」
「それに対して真央の戦力は天邪鬼にダークナイトに夜桜にスーと来た」
三対五か。
そして天邪鬼という最強戦力も向こうにいる。
状況としては少し悪いか。
「そう。今の戦力はね」
「……海と合流。そうすればルプスに桃花に海に響の力を借りられるってことか」
「そういうことだ」
そうすれば戦力は七対三になる。
天邪鬼は恐らくルプスと闇桃花で止められる。
こちらの方が有利になったな。
「だから空のやることは闇桃花と白愛を連れて鬼ヶ島からの脱出だ。それで海と合流するのが一番現実的だ」
「そうだな」
それから真央を正面から叩きのめす。
そして俺の方が適任だと告げてやる。
もうそれしかないだろう。
「しかし真央もそこまで甘くない」
「じゃあどうしろと?」
「海達は絶対に君を取り返しに再び乗り込んでくる。その時に真央に反旗を覆して魔王の座を奪うんだ」
「そっちの方が現実的か」
この島から脱出なんてリスクを背負う必要はない。
海達が来てから合流すればいいってことか。
「だから私としては君にあのタイミングで魔王宣言をして欲しくなかったんだけどね」
「どうせ真央にはバレる」
「バレたところで真央は確証を持てないよ。だからバレたとしても君になにかすることは不可能だった」
「悪いが俺はそこまで真央を甘く思ってねぇよ」
絶対に真央は何かしらの手を打つ。
だったらコソコソなんてやらず堂々とやる。
それだけだ。
「……それと空。そろそろ一時間が経つ。続きは夜の睡眠の時に話そう」
「そうだな」
その言葉を最後に俺は目を覚ました。
さて、真央のところに行くか。
俺はそのままベッドから立ち上がり彼女の部屋に真っ直ぐ向かっていく。
そして扉の目の前に来て扉をノックする。
そうすると真央の声が聞こえた。
「どうぞ」
俺は何も返さず部屋に入る。
すると部屋の中はそこら中に紙の山があった。
しかもどれも見たこともない数式がズラリと書かれている。
「まずはこれを頭に付けてくれ」
「なんだこれは?」
「魔王の必須アイテムだよ」
真央はそう言うと俺にヘルメットを手渡した。
しかしそのヘルメットには三十本近くのコンセントに繋がれている。
まるで電気ショックで殺す処刑器具みたいだ。
「……やってやるよ」
俺はそれからヘルメットを付けた。
すると頭が割れそうになった。
――間もなく鋭い痛みが脳裏を過ぎる。
「アッ…………」
痛い! 痛い! 痛い!
思わず声が漏れる。
脳が焼かれる。
血管という血管がブチブチと音を立てて切れる。
それから頭の中には超高速で文字列の羅列が走る。
その後には目から血も溢れ始める。
「やっぱりダメか」
真央はそう言って俺からヘルメットを強引にもぎ取った。
それと共に体から力が抜け膝を着く。
なんとか助かった……
今のは一体なんなんだ……
「インターネットに書き込まれた情報をリアルタイムで脳に書き込んで伝える機会だ。私は暇な時はこれを付けて世界情勢を常に把握している」
「……正気……じゃねぇな」
「普通の脳ならまず情報量に押し潰されて耐えられない。それは君が身を持って知ってるはずだよ」
そんなのに意図も簡単に耐えてるのが真央。
本当に彼女という存在が規格外だ……
「これが魔王のお仕事の一つだ。世界に転がる情報を全て把握して絶対に後手にまわらないようにする」
「……他にもあるのか?」
「当たり前だ。あとは基本的に計算だよ。誰がどんな行動をするのか先程の情報と照らし合わせて全てを把握して仲間に最適な指示を送る」
それから真央は俺の方を呆れるように見た。
まるで子供のイタズラを見た母親のような目だ。
「やっぱり君に魔王は務まらないよ。魔王に私以外の人間がなるなんて不可能だよ」




