211話 怠惰の精算
「海ちゃんの実力ってこんなもんだったけ? もっと強くなってると思ったんだけど凄く期待外れ」
桃花の蹴りが腹に入る。
もちろんバリアを貼ってはいるが概念干渉を含む蹴りの前では一切無意味だ。
「真央もどうしてこんな雑魚を生かしてるのかな」
それから血反吐を吐く。
少し臓器が傷ついたか……
「……でも……あと二体……ではありませんか?」
「悪魔の数? お望みなら百近くまで増やしてあげようか?」
あれから隙を見て何体かの悪魔は破壊した。
しかしまだ残ってる。
それに破壊したところで桃花に一切のダメージはない。
つまり無意味だ。
「そもそもさっきから海ちゃんの攻撃は掠りもしないじゃん」
今度は三発の平手打ちか。
速すぎてまったく目に追えていない。
「戦乙女の真の能力“天翼解放の前だとやっぱり全て等しく無力になるんだね」
「……あんまり人を舐めるな!」
私は桃花に殴りかかった。
しかし意図も簡単に拳は止められる。
それから回し蹴りが入って地面に叩きつけられる。
「だったら舐められないくらい強くなりなよ。これは強くなるというのを放ったらかしにした海ちゃんの罪だよ。海ちゃんが犯した怠惰の罪の精算だよ」
怠惰か……
たしかにその通りなのかもしれない。
私達はあまりに遊び過ぎた……
でも……
「だったらあなたの狂気の罪も精算しないとしませんといけませんね」
私は立ち上がり桃花の方を見る。
今の私は鬼化をしている。
このくらいの傷なら一瞬で治る。
理論的には痛みにさえ耐えればいつまでも戦える。
そして私は痛みに慣れている。
「随分と口が減らないね」
「あなたの攻撃は所詮はその程度なんですよ」
「少し今のはカチンときたかな。絶望で海ちゃんの顔を染めてあげる」
再び悪魔が次々と現れた。
場面は振り出しに……
いや、もっと最悪の状態になったか。
「海ちゃんって自分が傷付くのには慣れてるみたいだけど他人が傷付くのには慣れてないでしょ?」
「……何をする気ですか?」
「簡単なことだよ。この悪魔達を他の人達が戦ってる場所に援軍として送るの」
そんなことはさせるものか!
誰一人として悪魔の相手までする余裕はない。
全員がそのレベルの強敵と戦っている。
「やっとやる気になったみたいだね」
「えぇ。やっぱりあなただけはここで殺します」
それから蝶の羽で空を踊る。
なんとしても桃花だけは殺さなければ。
彼女だけは生かしてはいけない。
そういう類の人間だ。
「……遅いよ」
少し飛んでから平手打ちと膝蹴り。
そのあとに首を掴まれた。
まったく目に追えない。
今の彼女はあまりにも速すぎる。
「いくら尋常じゃない再生能力って言っても首の骨を折ったら死ぬと私は思うの」
「……なにを?」
「それとも心臓を貫いてあげようか? まぁとりあえず言いたいことは鬼化をしても殺す手段なら山ほどあるって事だよ」
息が苦しくなってきた……
でもせめて桃花だけは……
私は必死に超電磁砲を出そうと手を伸ばす。
しかし届かない……
「桃花。私は海を殺したら承知しないと言ったはずだよ」
「殺してもいいじゃん」
「それは私が許さない。どうせ殺して事後報告で済ませるつもりだったんだろうがそんなことはさせない」
そんな中で桃花の手の力が緩んだ。
私の身が地面に落ちる。
「海。大丈夫かい?」
何とかなった……
この場に来たのは真央だ。
真央が私を救ってくれた……
私は敵に助けられた……
「まったくこの戦力で乗り込むなんて無茶をして。勝てる気でいたのかな」
「……真央……後ろ……」
私は真央に伝える。
桃花が真央を殺そうと構えているのを。
しかし真央は笑って答えた。
「知ってるさ。スー。頼んだよ」
「はーい。桃花は天翼解放を解除して正座で反省してね」
そう言うと森の中からスーが現れた。
それにより桃花が地面に落ちて正座待機する。
相変わらずの化け物っぷり……
「真央。だから私は桃花にソロモンの指輪を返すのに反対したんだよ」
「でもソロモンの指輪を一番使いこなせるのは桃花だろ」
「それもそうだけど彼女は少し危なすぎると思うの」
「まぁそれは同感だ」
なんとか一命は取り留めた。
真央に助けられるという形で……
「天邪鬼や夜桜。それにダークナイトや私辺りなら加減を知ってるよ。でも桃花だけは完全に別物じゃん」
「だから今回の一件で加減を覚えてもらおうと思ったのだが……」
「あれは悪いけど無理だと思うよ。あれの目には神崎空しか映っていない。神崎空以外の人間なんて彼女からしたらゴミでしかないと思うよ」
知っている。
だからあの桃花だけは早く殺さないと……
そうしないと全てが手遅れになる。
「私としてはやっぱり殺処分するべきだと思う」
「スー。彼女はまだ十七歳だ。成長するのはこれからだろ」
「あれはそんな甘い生物じゃないよ。たしかに武器してはこの上なく強いけど下手したら私達を殺しかねない一種の爆弾だよ」
「……帰ったら少し考える」
さて、次の課題だ。
問題はスーと真央からどうやって逃げるか。
それが一番の問題だ。
「海。君を家に返すがその時は綾人の身柄はここに置いていってもらうよ」
どうやって綾人を生かして帰るか。
それが今の最大の課題だ。
「……悪いですがお断りします」
「来たのはジェット機か。恐らく帰還にもそれを使う予定だろうね」
「何をするつもりですか?」
「もしそのジェット機を破壊したら海ならどうやって帰るかい?」
想定した手ではあった。
だけど対策する時間もなかった。
その結果として真央が気付かないことに祈るという手しか打てなかった。
しかし運命は残酷に笑う。
真央は簡単に気づいていた。
「海達がスーに対する有効打が無いのは知ってるよ。だから時間をかけて一人一人無力化させていくよ」
その一言から私の身は動かなくなった。
これはスーの能力……
「スーの能力は知っての通り少しでも可愛いと思った人を完全な洗脳下に置く。そしてスーの可愛さは世界的に見ても上位。相手が人間なら間違いなく少しは可愛いと思うだろうね」
「チートが……」
「そんなのは分かってたことだろ。海は私達がチートだと理解した上で戦いを挑んだのだろう」
そんなことを言いながら真央はスタスタと歩く。
私達のジェット機の方へと目指して……
「ごめんね。スーの能力は対策済みだよ」
「な!?」
しかしそんな時だった。
私の体が誰かに抱き抱えられた。
それと共に煙幕が巻かれる。
「桃花!?」
闇桃花じゃない方の桃花だ。
本家の方の桃花がここに来た。
私を助けに来たのだ。
「ある程度の状況は掴めたでしょ。そろそろ撤退するよ!」
桃花がこちらに来てくれて助かった。
下手したらこのまま私は殺られていた……
もしも彼女がいなかったら……
「スー! 桃花を抑えろ!」
「ダメ。さっきから止まれって命じてるけど私の洗脳が効かないよ」
「一体どんな対策を……」
しかし桃花の顔は凄く辛そうだった。
本当にどんな手でスーから逃れている?
「答え合わせは……帰ってからね!」
そのまま走り続ける。
まるでいつかの鬼ごっこの時みたいだ。
あの時も森だった。
間違いなくあの時の経験が今この場で生きてる!
桃花の動きがそれを証明している。
「スー。転移でジェット機のところに先周りするよ」
「分かった」
「あと動けるのはダークナイトと暗殺姫。桃花と海を抑える戦力としては充分か……」
◆ ◆
「まだ動くのかよ!」
「……当たりめぇだ」
拙者は何とかジェット機に着いた。
そして綾人を投げ入れて夜桜と交戦中。
あとは桃花と海とルプス待ちだ。
「獣……」
「その動きは見切った」
夜桜が獣化しようとするが拙者が蹴り飛ばす。
彼の獣化には僅かに時間を必要とする。
時間に換算して三秒だ。
その三秒の間に大きな衝撃を与えると獣化は発動しないのだ。
「……桃花の予測通りだったな」
「あの女は超能力者かよ!」
普段なら夜桜に一撃なんて無理難題だ。
しかし睡眠薬を吸った今なら動きが鈍い。
拙者でも多少なら戦える……
「大人しく立ち去ってくれるとありがたいんだけどな」
「……悪いが……うちの魔王様から綾人の能力は……絶対に奪えと指示を受けてるんでね」
早く来てくれ……
そろそろ魔神開放の負荷が限界だ。
「……響! 下がるです!」
そんな時に声が聞こえた。
凄く幼い声だ。
それからすぐに夜桜の体が吹き飛んだ。
「ルプス!」
「ママと海お姉ちゃんはまだですか!?」
「悪いがまだだ」
それよりルプスの体がボロボロだ。
そこら中から血が出ている。
だけど掠り傷が主な傷でそこまで大きな傷はなさそうでもあるな。
「……妾に背中を見せると随分と舐められたもんじゃのう」
「しつこいです! 天邪鬼!」
それから和服に身を包み一本角を生やした銀色の髪の女性が現れる。
彼女が恐らくルプスとの交戦相手か……
「響は手を出すなです。あの女めちゃくちゃ強くて秒殺されます」
ルプスがそこまで言うなんて……
どんな化け物だよ……
「……下手したら人類最強かもしれません」
「そんなのにか?」
「はい。少なくとも私が傷付いてる時点で分かるでしょう?」
拙者はゴクリと唾を飲んだ。
完全に絶体絶命じゃねぇか……
「……行きます」
それからルプスが消えた。
消えると同じにデカいクレーターが天邪鬼の真下に誕生する。
間違いなくルプスの攻撃だろう。
しかし天邪鬼はその攻撃を右腕一つで受け止める。
「なかなかに重い一撃だのう。お返しじゃ」
しかし天邪鬼の方が僅かに上。
ルプスの腹に拳が練り込む。
それによってルプスが少なくない吐血をする。
「……はぁぁぁぁぁぁ!!」
しかしルプスは一切動じない。
それどころかすぐにカウンターを決める。
天邪鬼の手首を掴み、地面に叩きつけた後に思いっきり顔を叩き潰す。
「拙者も……」
「響様。すみませんね」
そう思った矢先だった。
拙者の首元にはナイフがあった。
少しでも動いたら首が落ちるだろう。
「……暗殺姫」
「今は白愛という名前ですよ。人の名前を間違えるなんて些かマナー違反じゃありませんか?」
拙者は後ろに目をやる。
するとそこには黒塗りの甲冑の男がいた。
そいつは綾人を身柄を担いでいた。
「……間に合ったみたいだね」
「……真央」
「響。久しぶりだね」
それと共に真央もスーも現れる。
全員勢揃いかよ……
「とりあえずこのジェット機を破壊させてもらうよ。ダークナイト頼んだよ」
「御意」
やめろ!
それだけはさせねぇ!
「な!?」
拙者は強引に体を動かした。
それにより首にナイフが擦れて切れる。
血がジワジワと溢れてくる。
大丈夫だ。
桃花なら治してくれるはずだ……
「七十パーセント・魔神解放!!」
それから限界まで魔神を使う。
頭がギンギンに痛くなり、目から血が溢れてきて手がど変形していくが人命には変えられない。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
それから黒甲冑を弾き飛ばす。
跳躍して宙を舞った綾人を受け止める。
「何を考えてやがる!? スー。早く止めろ!」
「魔神解放を解除して跪け」
しかし真央がすぐにスーに命じる。
それと共に拙者から力が抜けていく。
「……響!」
「スー。ルプスの動きも止めろ」
「はーい。跪け」
それからすぐにルプスも膝を折った。
でもこれなら拙者達の勝ちだな。
「ごめん! 遅くなった」
桃花が海を担いでやってきたのだ。
長くてもあと数秒。
これで全てが決まる。
そして桃花なら負けねぇな。
お前に全て託したぜ……




