210話 偽りの序奏曲
「……血の匂いがしますね」
私達は鬼ヶ島に降り立った。
森の中は血の匂いが仄かにしていた。
これは既に手遅れかもしれない。
それと厄介なことに……
「時猫だね」
「はい」
桃花の言う通りここには時猫という魔物がいる。
なんてものを放し飼いにしてるんでしょうか。
時猫は近くの時間の流れを三分の一にします。
つまりこの森で一分経つと外ではお湯を注いだカップラーメンが完成してます。
「……つまり真央には考える時間が山ほどあるんですよ。この森を突破するのに二十分かかれば真央は考える時間が一時間生まれます」
「長居すればするほど不利になるってわけね」
この森に時猫がいるという情報を知れた。
それだけでも充分すぎる戦果と言えるだろう。
あとは相手の戦力だ。
「……桃花。綾人の位置を音で割り出せますか?」
「もう既に割り出してる。あっちの方向だよ」
血の匂いと同じ方向か。
間違いなく負傷してるな。
とりあえずここは私が行きますか。
「桃花とルプスは陽動をお願いします。響は私に付いてきてください」
「おう」
「最も美しき蝶の羽」
私は蝶の羽を生やして飛行する。
久しぶりに技名を言った気がする。
今までこれを使う機会と言ったらそんなことをしてる暇がない場面だったから仕方ないと言えば仕方ないだろう。
それから私はすぐに綾人を見つけた。
「そこまでですよ。夜桜」
しかし彼はすでに虫の息。
もうそろそろで夜桜に殺されるところだった。
私は彼の血で出来た剣を銃で受け止める。
「……随分と早いな。海」
「あなたに彼の能力を奪わせるわけにはいきませんから相当急いで来たんですよ」
「果たして守れるかな?」
そう言うと空から岩の大陸が降ってきた。
これで私達を下敷きにする気か。
恐らく創造の能力を使って作ったのだろうな。
「まったく。人をあまり舐めない方がいいですよ」
私はその岩を拳で破壊する。
いまさらこの程度で倒せると思わないでほしい。
「まぁ予想通りか」
「さて、それじゃあさよなら」
それから私は上空に舞う。
なぜなら響が追い付いたからだ。
ここは響に全て任せよう。
恐らく彼なら大丈夫だ。
さて、私はなるべく敵とこの森の中にあると思われる本拠地の情報を集めねば……
◆ ◆
「随分と派手に森を焼いてくれたのぉ」
「ダメならそう看板を立てるべきだと私は思うな」
私はありったけのルビーを使って森を焼いていた。
敵の慣れたフィールドで戦う馬鹿がどこにいる。
「……お主が本家桃花か?」
「そう言う貴方は?」
「私は鬼神族の始祖の天邪鬼だ」
その名前を聞いた私は迷わず強化を使った。
強化なんて負荷が大きすぎるから普段なら絶対にやらない技だ。
でも彼女だけは別だ。
「私の空君に手を出した罪。ここで償ってもらうよ」
「随分と気性が荒いのぉぉ
私の拳は彼女に掴まれた。
でもそれでいい。
全ては作戦通りだ。
「ルプス!!」
「はい!」
背後に回り込んだルプスが彼女に回し蹴りをする。
しかしギリギリで首を引っ込めて回避。
でもその程度なら想定内だ。
「ごめんね。私は有言実行なの」
ルプスに気を取られたところに膝蹴り。
こればかりは回避出来ずに入る。
それから掴まれた手をそのまま利用して背負い投げをして思いっきり地面に叩きつける。
「グハッ」
「串刺しの罪よ!」
空いた左手で胸ポケットからサファイアを出して氷の槍を生やして彼女の腹を貫く。
しかし鬼神族はこのくらいで死ぬ種族じゃない。
そんなのは百も承知だ。
「……正直予想外じゃ。ここまで強いとはのぉ」
「なんでもいいよ。ただ私の腹の虫は収まりそうにないから大人しくサンドバッグになってくれると嬉しいかな」
「それは御免かな」
そんな会話をしてると目の前に彼女の拳が飛んできた。
驚くことにまったく見えなかった。
やっぱり種族の壁は大きいか……
しかしギリギリで拳は止まる。
「ママに手を出すなです」
ルプスが抑えたからだ。
これは完全に参ったな。
彼女の攻撃は一切見えないときた。
大人しく撤退に専念した方が良さそうだ。
「……さすが神獣フェンリル」
「これでも八分の一って言ったところです。肉体を取り戻したら肉球で叩き潰してやるです」
「それは怖い怖い」
それからルプスと天邪鬼の殴り合いが始まった。
一切私の目には追えない。
こればかりは少し想定外だ。
でも私の仕事には問題ない。
私は私の出来ることをするとしよう。
◆ ◆
「響。この蹴りはどう対応するか教えたよなぁ!」
「覚えてるよ!」
拙者は綾人を背負いながら必死に逃げていた。
間違いなく夜桜には勝てない。
拙者は彼に戦い方を教わった。
だからこそ勝てないとハッキリ分かる。
今は撤退だ。
とりあえず綾人をジェット機に入れる。
その後は防衛戦をして海達を待つ。
これが今回の動き……
「……十パーセント・魔神解放!」
「次の攻撃行くぞ!」
夜桜が拙者の真下から出てくる。
彼の得意技の影移動だ。
それに関してはかかと落としで対応する。
「まだまだ甘ぇな!」
しかし靴が掴まれてしまう。
だが拙者だって成長した。
一応仕込んどいて正解だったぜ。
「悪いな」
そのまま靴を脱ぎ捨てる。
それからポケットからスイッチを出す。
これを押して勝負ありだ!
「どうだ!」
拙者は迷わずスイッチを押した。
それから紫色の煙幕が辺り一面に立ち込める。
これは強力な催眠ガスだ。
夜桜の無力化は……
「なるほど……考えたな」
しかし驚くことに彼は立っていた。
やはりこの程度じゃダメか。
知ってはいたが……
「……さて……勝負は……」
いや、違う。
間違いなく彼に効いている。
現に彼はウトウトしてるではないか。
眠気と戦ってるといったところか。
これなら何とか逃げ延びられるかもしれない……
◆ ◆
私はひたすらに飛び回っていた。
しかし不思議なことに辺り一面が森だ。
これはホログラムやなんかで隠されているな。
しかしとりあえずは島の全体図だ。
「……半径十キロって言ったところでしょうか。辺り一面が森になっていて砦等の人工物は一切無しと」
これは森を焼くしかないな。
しかし桃花が火を付けたところは既に消化されているのが分かる。
しかも上からみたらそこまで大きく焼け野原になってはいない。
「まぁ植えられるてる木は全てナナカマドですから当然と言えば当然ですか」
ナナカマドは燃えにくい木として有名である。
まぁ木の中で燃えにくいというだけだが。
ただここまで火が移ってないことを考えるとそうなるように距離を計算して木が埋められているということでもあるだろう。
「……さて、そろそろですか」
「随分と察しがいいんだね。海ちゃん」
そんな感じで観察してると桃花が現れる。
もちろんソロモンの指輪を持っているヤバイ方の桃花だ。
「真央からの命令で殺しはしないけど火ダルマくらいは覚悟してね」
「なら貴方は地面に叩きつけられて背骨が折れないように気をつけてくださいね」
彼女は普通に飛べるのが厄介だ。
私のアドバンテージが活かせない。
「鬼化」
とりあえず本気で戦うしかない。
そもそも響が綾人を助けたら撤退をするつもりで私達はいるのだ。
裏を返せばそれまでの時間を稼ぐだけでいい。
しかもここは上空で時猫の影響を受けない。
何が言いたいかというとここで五分稼げばなんと響のために私は十五分も足止めしたことになるのだ。
いやぁ時猫バンザイ!
「……成長したのは海ちゃんだけじゃないよ」
「どう成長したのか見せてもらいたいですね」
「この我がヴァルキリーの身に全てを裁く力を授けよ」
そう言うと桃花から紫色の邪悪な天使の羽が生えてきたのだ。
恐らくこれが戦乙女の能力。
私の鬼化みたいなものだろう。
「ソロモンの指輪第一の能力。悪魔召喚」
桃花はそう言うと何処からともなくグロテスクな生き物が現れた。
私の二倍くらいの大きさのある小腸でその先端に充血した人間の目。
さらに白い羽根まで付けて飛行能力もある。
まさしく悪魔という名に相応しい見た目。
「とりあえず実力を見よう……」
「あんまり舐めないでください。私は舐めれるのは嫌いなんですよ」
私は銃を出して迷わず引き金を引いた。
それで悪魔を撃ち抜く。
もちろんセットしたのは一番威力が高い赤の弾丸。
それにより悪魔を燃え尽きて落ちていく。
「すごーい! 私の元いた世界の海ちゃんは悪魔に為す術もなく惨殺されたのに!」
「……その時の私を私は知りませんからコメントのしようがありませんね」
「それじゃあどんどん行くよ」
それから次々に悪魔が生まれる。
一つはデカい目玉でその瞳孔を除くと人間の胎児が存在していた。
見ているだけで吐き気を覚える。
また別の一つは羽根の生えた豚。
しかし脳天は裂けて中からムカデがうじゃうじゃと出てきていて、目から人間の手が出ている。
そして見た目をまとめていたら気分が悪くなってきた。
もうこれ以上は辞めておこう。
「……随分と悪趣味ですね」
見る人によっては一生物のトラウマになる。
そのくらいまでにグロテスクだ。
「まぁどれも弾丸で……」
私が悪魔を撃とうとした時だった。
私の手が蹴り飛ばされて銃が落ちる。
「……撃たせないよ」
「戦乙女の能力を解放して強化された桃花と戦いながら悪魔の対処ですか。随分と高難易度ですね」
「悪魔はどんどん増えるから安心してね」
今までの中で一番キツい戦いになりそうだ。
そうして私の地獄の空中戦は幕を開けた。




