205話 架純さん
降りてきたのは白い貴婦人服に身を包んだ人。
名前は佐倉架純。
桃花の母親にして【呪】の使徒だ。
「……いじめ……ダメ」
基本的に口数は少ない無口系の人だ。
お酒が回れば性格は変わるが。
「……嘘ばっかり。お母さんそんなこと全く思ってないでしょ?」
「ばれた?」
「当たり前だよ。私はお母さんの娘だよ」
「うん。知ってる」
そしてドSだ。
性格の悪さは折り紙付き……
「……生ゴミ。私は犬の糞を食べさせる方が好み」
「でも生ゴミの方が用意が楽だよ」
「虐めや拷問に手間を惜しんではいけないって私は口を酸っぱくして言ってはず……」
そう言うと架純さんはライター出した。
そのままライターをつけて綾人の顔の目の前まで持っていく。
「南極で“おばさん”って呼んでくれた。その仕返し」
「や、やめてください!」
「……一生物の火傷を作ってあげる。もっと私を呪って?」
それから頬を火でジワジワと炙っていた。
頬が火に照らされて音を立てながら焼けていく。
本当にこの親子はダメだ。
もう手の付けようがない。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……可愛い……悲鳴」
「お母さん。ちょっと趣味が悪いよ」
「……ドン引きされて喜ぶ人が言っても説得力がない」
ていうか親なら注意しろ。
ダメなことをダメというのも大切だと私は思う。
真央なら間違いなくそうする。
いや、彼女はダメだと思ってないのか?
「次はその可愛い目ん玉に釘を刺そうかしら?」
「お母さん! 私もやりたい!」
「……わかった。桃花が左目で私が右目をやる」
いくらなんでもやりすぎだ。
そろそろ私が止めに入ろう。
「桃花。そこまでにしなさい」
「どうして?」
「いくらなんでもやりすぎです」
「まぁ海ちゃんがそう言うならここまでにしとくか。いやぁ綾人君。命拾いして良かったね?」
ふぅ。
なんとかなった。
これ以上はガチで色々とまずかった気がする。
「ていうか桃花。おかしくありません?」
「何が?」
「綾人の連れていたエルフの女性。一応恋人みたいですけど綾人を守ろうとも文句の一つも言いませんでしたよ」
私はケレブリルさんの方を指さす。
普通だったら止めようとすると思う?
それなのに彼女は黙って見ていただけ。
あまりにも不自然すぎる。
「海ちゃん。あのエルフを最大限に警戒して」
「どうして?」
「私の本能が言ってる。あのエルフは間違いなく何かある。身の危険を感じたら迷わず殺して」
「分かってます」
あれはまるで異物だ。
この世界の異物だ。
何を考えてるかすら分からない。
「……お母さんはどう思う?」
「彼女の声はエニグマの時でも一度も聞いたことがない。もっと言うなら綾人の指示以外で動いたのも見たことがない。まるでロボット……」
「ロボット。たしかにその表現は適切かもね」
自我が無いと言うべきなのか?
また不気味な存在を……
「ママ。そのロボットの胸から神力を感じます!」
「ルプス。神力ってなにかな?」
「あ……」
……待て。
そのまえにルプスは何者だ。
今思えば色々とおかしい。
現在は薬で統一しているが彼女の見た目も人によってバラバラ。
しかも運動能力は規格外。
今までは記憶喪失で誤魔化していたが……
「ルプスは記憶喪失なのにどうして神力なんて私も知らないようなことを知ってるの?」
桃花がルプスを問い詰めていく。
薄々感づいていたが間違いない。
彼女は記憶喪失なんかではない。
「……ママ?」
「別に怒ってないよ。ただ説明が欲しいだけかな。ルプス……いいえ、神獣フェンリル」
な!?
ルプスがフェンリルだと言うのか?
あの神話に出てくる……
「……何時から気付いてたです?」
「記憶喪失に関しては最初から。フェンリルだという確証を得たのはミネルさんと電話した時かな」
「なんで分かったです?」
「引きこもり姫がフェンリルを擬人化させたって聞いたからね。それでルプスの戦い方は狼の化身を出す。さらに始祖にも匹敵する戦闘能力」
フェンリルは狼だ。
ルプスの戦い方は狼の化身。
そもそもルプスの意味はラテン語で狼。
それだけならまだ誤魔化しが効く。
しかしあの戦闘能力。
もうフェンリルだと思うなって方が無理だ。
「ルプス。あなたの真名はフェンリルでしょ?」
「……正解です。私は神獣フェンリル。神の領域に片足を突っ込んでる世界最強の狼です」
「年齢は? フェンリルが八歳のわけないよね?」
「悪いが二千を軽く超えてます。それこそ神と人が争っていた時代から私は顕在しています」
ロリババアだ。
まさかルプスがロリババアだったとは……
なんてコメントしたらいいのか……
「……それとママ。いいえ、桃花。あなたからも神力の匂いがプンプンしてますよ」
「やっぱり。私が戦乙女なんだね?」
「知ってやがったですか?」
「まだ確証はなかったけどね」
戦乙女とはなんなのだろうか?
色々と分からないワードが飛び回る。
頭の理解が追いつかない……
「桃花。戦乙女って……」
「千年に一度の産まれる規格外の存在だよ。ありとあらゆる才を持つとされる存在。どの種族にも産まれる可能性がある突然変異種って言ったところかな」
「なるほど」
「まだ分からないことだらけで本当に古い文献に僅かに書かれてるくらいの伝説の存在として語られてたから私もあまり実感がないんだけどね」
卓越した魔法センス。
それに運動能力に理解力。
桃花はどこをとっても完璧だった。
それがようやく裏付けされた。
「それでルプス。神力って?」
「神の匂いです。戦乙女や私みたいに神に片足を突っ込んでる存在からはもちろんします。それと神器からもします」
「……それがあのロボットの胸から臭うってことね」
「はい」
なんとなく掴めてきた。
ただ桃花のお母さんと和都君。
あとその他もろもろは状況が飲み込めないみたいだが。
「……さて、あとはお母さんに状況説明か」
「待ってください!」
「ルプス。どうしたの?」
「私を怒らないんですか! 私は今までママやパパを欺き続けて……」
何をバカなことを……
そんなことで怒るほど短期ではありませんよ。
「欺いた? ルプスは最初から最後まで私達の子供。何も欺いてないじゃん」
「でも……」
「フェンリルでも悪魔でも人殺しでも何でもルプスは私達の子供なの。それは地球が滅びようとも変わらない事実だよ」
「ママ……」
「魔王になっても真央が海ちゃんと空君の母親であるのと同じようにね」
そういうことですよ。
二千年近く生きててそんなことも分からないんですか。
ルプスが何者であろうがルプスはルプスであることには変わりありませんよ。
「それとお母さん」
「色々と理解が追いつかないけど何?」
「これからヴァンパイアの国に行きたいんだけど案内をお願いしてもいいかな?」
それから桃花のお母さんの顔を青ざめた。
まるでヴァンパイアの国に抵抗があるかのように。
「言い方を変えるね。お母さんの不倫相手が収める国に少し用があるから行きたいの」
「……その言い方はダメ。それと不倫じゃない」
「それじゃあなんなの?」
「優秀な遺伝子が欲しかったから少し騙して搾り取っただけ」
「肉体関係持って子供を産んだらそれは紛れもない不倫だよ」
うわ、修羅場だ。
凄くドロドロしてる……
「……会ったら殺される。私、殺される」
「多分大丈夫だよ」
「桃花は知らない。陽が出て吸血鬼が寝込んでる間に不安の中に逃げる恐怖を……」
「完全に自己責任じゃん」
本当に何をした……
彼女は一体吸血鬼の国で何をした?
「ていうかお父さんにその話はしたの?」
「まだ言ってない。桃花があの人の子じゃないってバレたら間違いなく離婚になる」
一番不憫なのはお父さんじゃないですか?
実は自分の子供だと思ってたら見知らぬ男と出来た子供でしかもその理由が遺伝子。
もしも知ったら家庭崩壊は避けられない。
「ていうか桃花もまだお父さんに拷問趣味も言ってないでしょ」
「当たり前じゃん」
「前に同盟を結んだ。私は桃花の拷問趣味を誰にも言わない代わりに桃花はお父さんにドラキュラ王との事は誰にも言わないって……」
本当にこの親子は隠し事多すぎじゃありません?
真面目に桃花のお父さんに同情しますよ。
「吸血鬼の国に案内してくれないなら同盟は破棄させてもらうよ」
「……正気?」
「うん。ぶっちゃけお父さんとかいても邪魔なだけだし」
それに関してはなんとも……
私の父親は……
「それと桃花。この指輪って結婚指輪?」
「そうだよ」
「……結婚おめでとう。今度会った時に結婚祝いを渡すね」
「ありがとう!」
まず親なら突っ込むべきだと思う。
桃花はまだ高校生だ。
その年で結婚なんて間違いなく異常だ。
そこに突っ込みを入れるべきだと私は思う。
「それでここにいるフェンリルが私達の娘のルプス」
「……神崎ルプスです」
「神崎? あなた人間の始祖と結婚したの!?」
「そうだよ」
まずはそこか。
定期的に電話したりしないのか……
少なくとも私は真央と二日に一回は電話している。
まぁ学校で会うがやはりそれとは別に……
「……なるほど。あの時の男の子か」
「そうだよ」
「あの子かなり弱いから桃花。守ってあげなさい」
「はーい」
さて、まず全て説明しなければならない。
それで互いに情報を照らし合わせねば……
「あの、架純さん」
「なに?」
「少しお時間を……」
◆ ◆
「……なるほど。ついに真央が動いたのね」
「はい」
「それで始祖について一通りも理解。あとフェンリルの事も理解したわ。それとこれからやることもね」
理解が早くて助かった。
やはり日頃からこういう案件には慣れてるだろう。
「しかしエニグマとしても真央のテロ行為を見逃せないのも事実。世界の均衡を保つのも仕事のうちだからね」
「……分かってます」
「でも真央は殺さない限り止まらないでしょうね。和解はまず無理」
「やっぱり真央を殺すのですか?」
私は恐る恐る問い詰める。
真央は私にとって大切な人だ。
いくら人殺しとは言えしんで欲しくはない。
「……無理よ。引きこもり姫が直々にそう言ってる」
「殺す気はないのですか?」
「悪いけど殺せるなら殺す。でも真央の戦力はあまりにも強大で私達じゃ手も足も出ないってこと。彼女は本当に上手くやってるよ」
そういう見解か。
たしかにそうであるが……
「でも桃花や海ちゃんが加わるなら話は別。勝率もグッと上がる」
「本気でそう思いますか?」
「少なくとも引きこもり姫はそう思ってるみたいよ。つまり真央を生かすも殺すもあなた達次第よ」
……私達次第か。
私は真央を殺せるだろうか?
そんなの考えるまでもない。
間違いなく無理だ。
私にとって真央はあまりにも大切な人になりすぎた。
母親を殺すなんてとてもじゃないが……
「お母さん。私は第三の選択肢を探すよ」
「ふーん。かっこいいこと言うようになったじゃん」
「……真央も助けるし世界を滅ぼさせもしない。私は両方を取る。それが真央が望まぬことだとしても」
「真央。世紀の極悪人にして魔王。それなのに彼女は色々な人に愛されてるのね」
当たり前だ。
真央はたしかに魔王だ。
でも誰よりも純粋で優しい。
必死に頑張り足掻く姿が私は好きだ。
そんな人が好かれないわけない。
「……真央。どうしてこんなにも人に愛されながら道を踏み外したのかしら」
「架純さん。真央は人の道は外れていませんよ。本当に外れていたら人を殺す度に泣いたりしませんよ」
「……自分で殺して泣くなんて馬鹿じゃないの」
「真央は周りからは天才と崇められますが彼女の本質は凄く単純でバカなんですよ。娘の私なら分かりますし多分お兄様も本能的にそれは理解してますよ」
真央が人を殺したことに変わりはない。
でも悪いが私は善人ではない。
人殺しに関して怒る気もないし裁く気もない。
だから真央に罪を償わせる気はさらさらない。
ただ真央がこれ以上苦しまない道を選んでほしい。
今の私の望みはそれだけだ。
「さて、そんな話し込んでたら夜も遅くなりましたね。そろそろ寝ましょうか」
「……これは荷造り明日か」
「そうですね。あと完全に忘れてましたが私はお風呂は明日の朝にしますがみなさんは?」
「今から沸かしてたら寝るのいつになるか分からないから明日の朝に私もする」
桃花のお風呂は大きいがために沸くまで時間がかかるのが難点だ。
それと考えてみたら掃除も白愛がいない以上は凄く時間がかかる。
……これは誰が風呂掃除やるか決めとかないと。
「……風呂掃除どうしましょ?」
「僕がやりますよ」
「和都君。かなり大変ですよ?」
「僕はこのくらいしか役に立てませんから。それと起きる時間に合わせてお風呂も沸かしときますね」
それじゃあ和都君に甘えてしまおう。
私は悪いが早く部屋に戻りたい。
柔らかいベッドに倒れ込んで蜂蜜をたっぶり付けたクッキーを頬張りながらマンゴーのジュースを飲み溜まったアニメを消化したい気分だ……
色々と私は忙しいのだ。
「それじゃあおやすみなさい。海ちゃん」
「えぇ。おやすみなさい」
そうして私はルプスを連れて部屋に戻った。




