203話 海の騎士
「……どうして!」
私は声を荒あげた。
ドS紅茶は私が一番好きな作品だ。
それが終わるなんてあまりにも耐えられない。
「もう決めたことなんだ」
辛い現実。
理不尽な運命。
それらが私に襲いかかる。
もう動くアクマちゃんを見えないと思うと涙があふれそうになってくる。
「それで僕は新作を書く。もちろんドS紅茶みたいに成功する保証はどこにもない。ただのギャンブルさ」
「なんで……そんなことを……」
それから彼は私の目を真っ直ぐと見た。
まるで告白でもするかのように……
「君のために物語を書きたいからだ。君のためだけに物語を紡ぎたいと思ったからだ」
「……え?」
「ドS紅茶は僕の性癖だけを注ぎ込んだ物語。でも次は君に満足してもらうためだけに物語を紡ぎたいんだ。僕の全てを使ってね」
そういうことか。
これは私がどうこう言う資格ないな。
もうカッコよすぎますよ……
「会ってからまだ半日も経ってない。でも僕には君以上の人に会えるとは思えない。今思うとドS紅茶を書いたのは君と出会うためだったのかもしれない」
「……まるで運命ですね」
「そうだ。だから運命の人である海にだけ捧げる物語を僕に書かせてくれないか?」
私は泣きながら頷いた。
この涙は二つの涙だ。
ドS紅茶が終わる寂しさの涙。
それと彼が私のためだけに書いてくれるという嬉しさの涙だ。
「……ぜひ……お願いします」
やっぱり良いことあった。
生きてると良いことがあった。
幼少期から何度も地獄を見てきた。
でもやっと抜け出せた。
この世界は常に光に満ちている……
暗い闇を進んだ先に待ってるのはやっぱり光だ。
馬鹿みたいに盲目的にこの世界の存在を信じてきて良かった。
やっと報われた……
「お願いされました」
お兄様。桃花。ルプス。真央。
それに和都君……
ほら、大切な人がこんなにも増えましたよ。
やっぱり生きていて正解だったじゃないですか……
「……和都君。これからもずっと私に寄り添ってくれますか?」
「もちろん。君が化け物になろうがこの身は君だけの物だ」
この一ヶ月で変わった。
私の世界が変わった。
ようやく光が生まれた。
人の暖かさに優しさを知れた。
誰かを蔑む以外の生き方を知れた。
恋愛というものを知れた。
それになによりやっと心の底から笑えた。
「……和都君。私がどんな女だろうと捨てないでくださいね」
「当たり前だ。君が拒むまで僕はずっとそばにいる」
まだ言えない。
和都君に私の虐待の過去は言えない。
舌を抜かれ足を潰され眼球をもぎ取られ骨を折られ内蔵をぶちまけさせられた凄惨な虐待。
消したくても消せない過去。
それを言うことは出来ない。
でもいつの日か……言えたらいいな。
ありのままの私を受け入れてくれたらいいな。
「僕は漫画家だ。その前に君の騎士であり続ける。君だけの騎士であり続けるよ」
「でも、私より弱いじゃないですか」
「弱い。でも君を守りたいと心の底から思ったんだ。海ちゃんの過去に何があったかなんて知らない。でも嫌なことがあったのは顔を見れば分かる」
私もポーカーフェイス下手ですね。
もっと上手くならないとダメですね……
「でもこれからは嫌な事を体験させない。海の騎士としてあなたの不幸を全て討ち滅ぼしたい」
「騎士様。私の騎士様……」
彼なら全て任せられるかな。
私の弱いところを全て支えられるかな。
「どうか。私をあなたの騎士にしてください」
「いいですよ。和都君は私だけの騎士ですよ」
やっと見つけた。
私が大切に思える人を。
「……そのために使徒になりたいですね」
「和都君ならなれますよ」
彼が使徒か。
なってもおかしくないか。
そしたら彼もこちら側の世界に……
「なってみせますよ。海ちゃんを守るために」
ちゃん付けは変わらないか。
少し騎士口調に合わないがそこはどうでもいい。
私は彼がそこまで私のことを思ってくれたのが嬉しい。
「……少しお取り込み中失礼」
「わ!?」
思わずバランスを崩してしまう。
それにより頭を地面にぶつけそうになるが誰かによって私の身を支えられた。
なんとか最悪の事態を避けられたみたいだ。
「海ちゃん。私も君の騎士だからね」
「……桃花。あなたは騎士以前にお兄様の嫁でしょ」
「嫁であり騎士なんだよ」
「それで何の用ですか?」
相変わらず凄まじい運動神経だ。
あの距離からすぐにここまで来て私の身体を支えるとは……
「晩御飯はアルパカで良いか聞きにきたの」
「相変わらず変なお肉を使いますね」
「アルパカ肉を舐めてはいけないよ。あれはかなりイける肉だよ」
「まぁ任せます」
それから桃花は優しく私を降ろした。
あぁ。今の私は色々な人に愛されてるな。
改めてそれを実感した。
「それと和都先生」
「はい?」
「海ちゃんを悲しませたら承知しないからね。私は海ちゃんの騎士である以前に姉であり親友なんだからね」
「分かっています」
「ならよろしい。それじゃあ今から十分後に晩御飯にするよ。外に来てね」
相変わらず早い……
ていうか桃花の料理を食べるのなんて久しぶりだ。
基本的にはお兄様か白愛が料理担当……
「……そういえば桃花さんと海ちゃんの関係は?」
「姉妹であり親友ですかね。もちろん血の繋がりはありませんが一ヶ月も同棲してると姉のように感じますよ」
「つまり言い方は悪いですが桃花さんは海ちゃんに寄生を……」
あー。
そこの説明してませんでした。
折角なので今してしましょう。
「逆ですよ。そもそもこの家は桃花の家で私達は居候してる身ですから。むしろ寄生してるのは私の方ですね」
「ほへっ!?」
「ちなみに桃花は私よりも強いです」
言ってて思うが桃花には頭が上がらないな。
だって彼女に全て支えてもらってるんだから。
「え……海ちゃんよりも強い?」
「はい。それで私の双子の兄の妻です」
「分かったような分からないような……」
たしかに複雑な関係か。
まぁそのうち慣れるだろ。
「とりあえず桃花が一番偉いんですよ。そう思っててください」
「なるほど……」
さて、そろそろ移動しましょう。
一体どんな料理を作るか楽しみです。
そんな期待に胸を膨らませながら私達は外に移動します。
「海お姉ちゃん! 遅いです!」
「……すみません」
ルプスが私に抱きついて文句を言う。
私は微笑みながら彼女の頭を撫でた。
本当にルプスは可愛い。
「海ちゃん! 食べたい部位は?」
「え、急にどうしたんです!?」
私は辺りを見渡す。
目の前にはアルパカの死体が一つあるだけ。
あれ、そういえば今日の晩御飯って……
「桃花!? まさか!」
「そうだよ! 私が解体して言われた部位を切り落として提供する焼肉にしたの!」
「なるほど。それで外なのですね」
室内だと煙が篭ってしまう。
それなら外でやった方がいいという判断だろう。
現に目の前には七輪まである。
炭火焼きとはなんて贅沢な……
「とりあえずハラミでお願いします」
「了解!」
そう言うと桃花は目の前で派手にアルパカの腹を包丁で割いていった。
それから肉を部位ごとに仕分けして適度な大きさに切り落として皿に盛り付けてて私の目の前に運ぶ。
「お待ち!」
「それじゃあいただきます」
私は早速七輪で肉を焼いていく。
それから十分に焼けたのを確認したらいつの間にか目の前に置かれていたタレに付けて食べる。
「美味しい!」
甘辛いタレと肉が絶妙にマッチしてる。
しかも凄く肉が柔らかい。
少し噛むと肉汁が溢れる。
それと味的には牛の赤身に近いですね。
少し臭みもありますが他の肉と比べるとあまり気になるものではありませんね。
それに匂いにどこか羊っぽさもありラム肉が平気なら全然イけますね。
「ルプスはどこの部位にする?」
「小腸!」
「小腸ね。了解」
ルプスはいきなりホルモンに行きますか。
なかなかに話の分かる子ですね。
「あ、部位は適当に言ってもらって大丈夫だよ。どこでもちゃんと美味しくなるように切るから」
「それじゃあ僕はモモ肉でお願いします」
「モモね。了解」
注文が入ると相変わらず凄まじい速さで解体していく。
その様は見ていても飽きない。
これが目でも楽しむ料理か。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
桃花は料理は下手ではない。
むしろ上手い部類だ。
ただお兄様や白愛がおかしいから埋もれてるだけ。
「アルパカって初めて食べるが悪くないな。それに目の前で解体するのがなんとも言えない……」
「言えば人肉以外ならどんな肉でも出てくると思いますから気軽に言ってくださいね」
前に桃花に人肉について聞いたことがある。
あれはとても不味くて食べるものじゃないとか彼女は言っていた。
だからおそらくないだろう。
……待ってください。
よくよく考えてみたら味を知ってるって事はつまりは食べたことが……
いや、それ以上考えるのはやめましょう。
「マジっすか」
「えぇ。少なくとも獅子や像なら間違いなくありますね」
「……パネェっす」
少なくともアルパカはまだマシな方です。
それしか私は言えません。
「響は食べたい部位ある?」
「シェフのおまかせで」
「分かった。それじゃあ脳味噌にするね」
「それはやめろぉぉぉぉぉぉ!」
「いや、絶対美味しいと私は思うんだよ。だって脳味噌だよ。不味いわけがないよ!」
少なくとも味覚に関しては変人です。
特にゲテモノを好む辺りが……
「なんていうか賑やかですね」
「いつもの事ですよ」
私はそんな会話をしながら肉をもう一枚焼く。
うん。やっぱり美味しい。
「桃花。このお皿が尽きたら次はステーキでお願いしてもよいですか?」
「分かったー」
アルパカのステーキ。
言葉の語呂からして美味しそうである。
「そういえば綾人ってどうなったんです?」
「あれならあそこで伸びてるよ。海ちゃんが投げてからまだ気を失ってるみたい」
そこまで強く投げたつもりはないんだが……
どうやら思ったより軟弱だ。
「そうだ。綾人で思い出したけど一つ提案があるの」
「なんですか?」
「みんなで綾人をいじめない?」




