202話 暴走思考
遊園地のゾンビも蹴散らした。
そして現在は帰路だ。
「海ちゃん。神器探しだけど三日待ってもらってもいいかな」
「どうしてです?」
「色々とやりたいことがあるからね。まず神器の情報に旅路のプランニング。それと今回は真央の転移がないから間違いなく密入国がバレるから行く先に話を付けたりとかしないと面倒だからね」
「なるほど」
たしかに国にバレて事情聴取も面倒だ。
最悪は桃花の音で殺せるとは思うが指名手配は出来れば避けたい出来事である。
「それと大事なことを一つ思い出したから」
「大事なこと?」
「多分こんなことになってるし私のお母さんが心配して帰ってくると思うの」
なるほど。
たしかに電磁パルスの影響は馬鹿に出来ない。
普通に考えればそうなるか。
「だからそこでお母さん経由でエニグマともっと正式なコンタクトを取りたいの。でも私だってあんまり待ちたくないから三日だけ待つ。それでいい?」
「構いませんよ」
「なら良かった」
こういう場面なら経験豊富な人が一人欲しい。
正直なところこのメンバーだと不安が大きい。
私達はどんなに強くても所詮は高校生。
まだまだ世界を知らなすぎる。
そんなメンバーで世界旅行など……
「多分この面子だと臨機応変に対応出来ないからね」
「桃花も同じことを考えてたんですね」
「そりゃそうだよ。私も自分一人で何でも出来るなんて思ってないよ。やっぱり大人からの意見も今は欲しいところだよ」
もしもこの話を真央が聞いたらなんて言うでしょう。
いつかは一人でやらなきゃ成長しないとか言うでしょうか。
それともその判断は正しいと褒めてくれるでしょうか。
「……海ちゃん。真央のこと考えてる?」
「はい」
「私達は彼女一人に知らず知らずのうちに頼り過ぎてたんだと思う。そろそろ卒業する時なんだよ」
「なるほど」
つまりこれは卒業試験と。
桃花はそう言いたいのだろう。
「さて、到着と」
そんな会話をしてるうちに無事に家に着いた。
家の前では綾人が待っていた。
まだ帰ってなかったのか。
「……おい」
「どうしたんですか? 大人しくホテルにでも行ってれば良かったじゃないですか」
「どこもやってないんだよ……」
真央の電磁パルスの影響か。
恐らく殆どのお店がやってないんだろうな。
「スマホも使えねぇ。コンビニもホテルも開いてねぇ。しかも電車も飛行機すら停止中だ。一体なんなんだよ……」
はぁ……
しかし家の前にいて体調を崩されてもあれだ。
ここは仕方ないか。
「……桃花。部屋は空いてましたよね?」
「え、入れるの!?」
「だって風邪ひいたら可哀想じゃありませんか」
「海ちゃん。たしかに部屋は余裕あるけど流石にそれは優しすぎるよ……」
そうだろうか?
目の前に困ってる人がいたら自分に不利益ない限りは助けるのは普通だと思うのですが……
「まぁいいや。綾人達は二階に行ったら突き当りまで歩いて右に曲がって三つ目の部屋を使って」
「まったく。最初から鍵くらい空けとけよ。どんだけ外で待たされたと思ってんだよ」
「ねぇ。なんなら家に入れなくてもいいんだよ。感謝こそされど文句を言われる筋合いはないと思うんだけど」
「まったく。これだからビッチは嫌いなんだよ。大体見た感じ高校生だよな。それなのに結婚指輪付けて結婚して人妻とかどんなビッチだよ」
桃花の顔が引き攣っている。
さすがに善意でやってるのにその言い方はない。
私でもそう思う。
「ママ……」
「ルプス。大丈夫だからね」
「その歳で子供までいるのかよ。どうせ養子のガキだろうがそれで楽しむ家族ごっこは楽しいですか?」
桃花がキレるギリギリまでいく。
しかし桃花は抑えた。
なんとか心を落ち着かせたのだ。
「桃花?」
「大丈夫だよ。そんなことでキレるような子供な私は卒業したつもりだから」
凄く大人だ。
でも私はかなりイラッときている。
今すぐにでも殴り飛ばしたい。
「大人ならそもそも最初から家の鍵を開けとくと俺は思うんだけどな。大体そういう気遣いが出来ない時点でまだガキだよね」
かなりイラついてきた。
桃花に変わって私が一回殺してやろうか?
「大体逆ギレしないのは当たり前。逆ギレしないくらいで『大人な私すごーい』なんて自己陶酔も凄いよな」
そこまで言われても桃花は何も言い返さない。
私は今すぐにでも文句を言いたい。
しかしそれはダメだ。
桃花が耐えている。
その行いを無駄にするわけにはいかない。
私がキレたら桃花がやってる事が無駄になる。
「ねぇそういう時の謝り方って分かる?」
ニヤニヤしながら綾人は桃花に話しかける。
こっちが下手に出てるから良い気になりやがって。
「体で払うんだよ」
綾人は桃花の耳元でねっとりとした声で言った。
それから彼の手が桃花の豊満な胸に触れ、欲望に任せて揉みしだいていく。
桃花の胸は彼の手によりぐにゃんぐにゃんと変形しているが桃花は必死に我慢していた。
「この大きな胸を使って俺にご奉仕すればいいんだよ」
「や、やめて……」
「ねぇまだわからないの。君が俺に何をしたか」
ダメだ。もう我慢は出来ない。
このクソガキがッ。
「この勇者である俺に……」
「おい、いい加減にしろよ」
しかし私より早く動いた人物がいた。
その人物は綾人の手をがっしりと掴んで桃花から綾人を引き離していた。
「……響?」
「桃花。大人になるとハッキリ言わないは違うぞ。嫌だったら嫌だとハッキリ言うべきだろ」
響が桃花を助けたのだ。
彼ってこんなにカッコよかっただろうか?
いや、カッコよくなったのか。
少なくとも今の彼はめちゃくちゃカッコいい。
「なんだよ! お前は関係ないだろ!」
「目の前で困ってる人がいたら迷わず助けるのが拙者としての在り方なんでね」
「そん……」
綾人が次の文句を言おうとする。
しかし彼の口が動くよりも早く動いた人物がもう一人だけいた。
「ママをあんまり泣かせるなです」
ルプスだ。
ルプスは綾人を押し倒して首に爪を当てていた。
今すぐにでも引き裂けるぞと言いたげに。
「ママも海お姉ちゃんも手を出さなかった理由も分かるです。でもそれが悲しむママを放って置く理由にはならねぇです」
ここは二人に任せていいだろう。
今はそんなことより……
「桃花。大丈夫ですか?」
「う、うん」
今は桃花に寄り添うことの方が大切だ。
幸いにも触られただけでそこまで大事には至ってない。
ただ心に大きな傷を付けた以上は彼を許す気にはならないが……
「こ、怖かった……体が怖いくらい金縛りにあったみたいに動かなくなって……」
「もう大丈夫ですよ」
「それで声出すのもやっとだった……」
私は桃花の背中を摩っていく。
男性に迫られる恐怖はよく分かる。
私も虐待時代に路地裏に放置されて浮浪者に犯されそうになったことが数え切れないくらいあった。
だから良くわかる。
あれは本当に怖い……
「……海ちゃん」
「大丈夫ですよ。もう怖いものはありませんよ」
さて、もうこうなってしまったら仕方ない。
あとは私に任せてもらおう。
元はと言えば家に入れようって言った私の責任でもあるんだ。
「ルプス。響。少し退いてもらってもよろしいですか?」
「お、おう」
「分かったです」
二人とも話が早くて助かる。
私はイラつきを隠せずに綾人の首を掴んだ。
それから思いっきり力を入れる。
メシメシに音が鳴る。
「いいですか。一度しか言わないのでよく聞いてください」
「な、なん……」
「桃花に許可なく触れていい男性はお兄様だけだ! お前が異世界を救った勇者であろうがこの世界の神であろうがその事実だけは捻じ曲げられると思うなよ! 覚えておけ!」
私はそれから思いっきり投げ飛ばした。
まったく人妻に手を出すとはどんな教育をしたのか見てみたいものだ。
教育さえ良ければ人は変われる。
それは真央が響で実践済みだ。
一回真央の元に預けてやろうか。
まぁ彼女も変わろうとしない人間に手を差し伸べるほど善人ではないだろうが。
「綾人様!」
そういえばエルフのメスがいたな。
お前がそんな甘やかしてるから歪んだろ。
「お前らよくも綾人様に恥を……」
「そっくりそのままお返します。よくも私の大切な親友を傷物にしてくれましたね」
「平民が勇者である綾人様に従うなど……」
「あまり笑わせないでください。あんなのが勇者になるくらいならそこの響がなった方が何千倍もマシですしあの程度で現代魔王の真央に勝てるとは到底思いませんね」
彼女にもかなり文句はある。
私はそのまま詰め寄って彼女の襟を掴んだ。
「勇者って言うのはこの世界では魔王を倒した者に与える称号です。もし勇者を自称するなら真央を倒したらどうです?」
真央はあの程度に殺られる程甘くない。
悪いがあの異世界勇者野郎に真央が負けるビジョンはまったく思い浮かばない。
「……真央?」
「ご存知ないんですか。この世界に見参する最初にして最後で理不尽に全てを喰らう魔王……いいえ、ただの優しい女の子の名前ですよ」
程度が知れる。
エニグマトップである引きこもり姫は間違いなく真央のことを把握してる。
それなのに彼等は知らない。
一体どんな扱いをされてるか想像に容易いですね。
「それじゃあ庭くらいは譲るので今夜は野宿でもしてくださいね。流石に性犯罪者と同じ屋根の下で寝れるほど私達も肝が据わってるわけではありませんから」
それから私は部屋に入った。
桃花と響とルプスも続いて入っていく。
「そういえば海ちゃん。性犯罪者って……」
「胸を勝手に揉んだ。それは強制わいせつ罪を成立させるには十分な材料ですよ」
だからあれは性犯罪者って言い方で正しい。
たとえ起訴しなかったとしても犯罪者であることには変わりないのだから。
「しかしそんなことより……」
この匂い。
間違いなく彼だ!
私の和都君の匂い!
彼はまだ桃花の家にいる!
「……海ちゃん」
「和都君。どうしてここに?」
「帰ろうとしたら電車も止まってるみたいでしかもスマホも繋がらなかったからここに……」
あー今すぐにでも抱きつきたい!
でもそんなことしたら嫌われちゃう。
我慢するのです!
今は我慢なのですよ!
最初から攻めすぎたら失敗します!
よし、まずは無難に……
「なら泊まっていきますか?」
「……いいんですか?」
「部屋は余ってるんですから使わない方がもったいないじゃないですか」
とりあえず彼が責任を感じない言い方をする。
もしも責任を感じてしまったら大変だ。
ていうかそれがドS紅茶の執筆が遅れでもしたら私はどう責任を取れば……
「あの海ちゃん……ここ私の家なんですが……」
「桃花。お黙りなさい」
「ひゃ、ひゃい!」
あーー。
どうしましょ! どうしましょ!
しかし同じ家に泊まるんですよ!
これってもしかして夜這いとかありえるんじゃないですか?
そこで私は処女を散らして幸せな生活へと一歩を踏み込んで……
ダメです! 妄想は大概にですよ!
こういうのは落ち着いて慎重に……
「そういえばドS紅茶の執筆どのくらい進みましたか?」
「とりあえず来週分の原稿を終えた。まぁとは言ってもこの状況じゃ発売出来るか怪しいけどな」
わー!
つまり今ここには生原稿があると!
幸いにも今週号は読んでます!
誰よりも早く来週分の原稿を読めるとは!
「正直言うと締め切り少し過ぎてんだけどな」
「読ませてもらってもいいですか!」
「もちろん。だって君のために書いたんだから」
あーーカッコいい。
もうカッコいいよ。
はぁ……和都君。
好き……
「海ちゃん。どうした?」
「な、なんでもないですよ」
もうかっこよすぎて鼻血が出そうです。
正直抑えるのがやっとです。
だって“君のために書いた”ですよ。
少しパワーワード過ぎますよ!
「それでは早速読ませてもらっても?」
「どうぞ」
それから私は和都君に案内された。
はぁ……手を取って案内してほしい。
そこから“マイプリンセス。足元にお気をつけて”なんて言われてみたりしたい。
いつの日か言ってくれないでしょうか……
あぁ少し考えてたら熱が……
「海ちゃん。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど……」
「なんか顔が赤かったので……」
気遣いまで完璧!
彼はやっぱり私の王子様!
もう最高すぎる人生だった……
これなら明日死んでもそれでいいや……
「カッコよすぎる和都君のせいですよ」
「またまたご冗談を……」
「あら、意外と本気かもしれませんよ」
その後に私達は笑いを交わす。
あぁ本当に彼氏とは良いものだ。
たしかに私はどちらかというと女の子の方が好きなのは否定しない。
しかし和都君レベルのイケメンとなれば話は別だ。
とにかくカッコいいのだ。
桃花や響は普通の容姿と言うが私から見たらイケメンだからそれでいいのだ。
たしかにお兄様には若干劣るが中身補正でお兄様よりよっぽど上をいく。
「それで今回はどんな物語なのです?」
「アクマちゃんがゾンビだらけの廃遊園地に行きそこで紅茶を飲むって話なんだが……」
「早速取り入れてきましたね」
「漫画家足るもの経験したことを取り入れるのは礼儀だよ。それがどんなに死者や悲しむ人が多い出来事だとしても」
なるほど。
そういうものなのだろうか。
「自分で経験したことほどリアルに書けるものはないと僕は信じてる。だから経験したことは出来る限り書き記したいんだ」
「それじゃあアクマちゃんって……」
「あれは完全に僕の趣味だよ。漫画家の仕事はリアルをそのまま伝えるんじゃなくてリアルと妄想を合成してそれを物語にして伝える職業だからね」
「なるほど」
少し難しい。
でもいつかは分かるようになりたいな。
「それと海ちゃん。大事な話があるんだ」
「はい?」
「ドS紅茶。あと八回で連載を終える予定なんだ」
その時、私の目の前が真っ暗になった。
その辛い事実は私の心を砕くには十分過ぎたのだ。




