201話 清掃活動
「つまり遊園地のゾンビまだ残ってるの?」
「そうです」
私は車の中で桃花に私の考えを説明している。
電磁パルスで電子機器が全て壊されたなら間違いなくゾンビとかの情報は出回ってない。
つまり誰も対処してないのだ。
それどころか誰も気づいていない。
「しかし国内全域にそれを行うなんて真央はなんて兵器を開発してたんでしょう……」
「たしか公開されてる情報でも首都一つが限界だったはずだよ。間違いなく真央は人類の誰もが到達出来てないレベルの技術を持ってるってことだね」
しかし真央の凄いところはあくまで情報機器の破壊に止めていることだ。
部屋の明かりとかは普通に使える。
電気が全て止まってるわけじゃないのだ。
こんな高度な調整までするとは……
「真央の技術力は人間の何十年先を行ってるんだろうねぇ」
「まさか魔法よりも科学が厄介なのは少しばかり予想外でしたよ」
テレビとかは携帯、それにパソコンは使えない。
しかし冷蔵庫や電子レンジなどは無問題だ。
果たして電磁パルス兵器はここまで繊細なコントロールは出来ただろうか。
間違いなく否である。
真央は的確に電波を受け取れるものだけを破壊していたのだ。
「……電磁パルス兵器よりもっと上の武器ですね」
「そうだね」
しかし間違いなく死者は出る。
それこそ数百万人単位で……
「従来の電磁パルス兵器なら電気は一切使えなくなるはずなんだけどねぇ……」
「電気が通ってない状態とは少し違いますもんね」
「もしかしたら電磁パルス兵器とは理論が根本的に違うかもね」
真央ならやりかねない。
彼女一人で新たな理論を立てていたとしても不思議ではないだろう。
「……拙者には全く分からないんだが」
「とりあえずインターネットが一切使えないという認識でOKですよ」
「おう」
しかし厄介すぎる。
これじゃあノアの箱舟以外の情報が一切掴めない。
それどころかアララト山に行く飛行機も使えない。
こんな状態じゃ間違いなく空港は閉鎖だろう。
「……桃花」
「心配しないでいいよ。地下室に自家用ジェット機があるから」
「本当に何でもありますね」
とりあえず問題はなさそうですね。
少し桃花を見くびってました。
「とりあえず私達の動きにそこまで問題はないかな。ただエニグマとの連絡が取れないのが不便かな」
「それじゃあ神器の情報は……」
「その程度ならお父さんの書庫を漁れば分かるよ」
「はぁ……」
なんていうか色々と規格外です。
もう常識破りもいいところですよ。
まぁ今はその現状に感謝しますが。
「真央の最大のミスは私を生かして返したことだね。私と空君の二人まとめて拉致すれば良かったのにね」
「……多分違います。真央がやろうとしてることには私達が攻め込むのが前提なんです」
逆言えば攻め込まければなにも始まらない。
もう既に真央の手の上で踊らされているのだ。
「でも助けに行かないって案はないよ」
「私が言いたいのはそういうことじゃありません。もしかして真央は私にお兄様を取り返させることまで計画に入ってるんではありませんか?」
「なるほど」
そうする理由は分からない。
私は真央と違い天才ではない。
だから天才の思考の理解なんて出来ない。
でも推察だけなら可能だ。
「……そして助けに来なかった場合のパターンも想定してるでしょうね」
「結局どうするの?」
「助けに行く以外の道はありませんよ。どうせ何をしても真央の思惑通りなんですから」
「海ちゃんならそう言うと思ってたよ!」
それなら真央のことを考えなければいい。
私は私のしたいことをしてやる。
「あ……」
「桃花。どうしました?」
「柊綾人。彼なら真央と面識もないから不意を突けるんじゃないかなって思って」
「なるほど。引きこもり姫はそういう意図で寄越したのかもしれませんね」
「間違いなくそうだと思う。引きこもり姫はめちゃくちゃ頭良いからこの程度のことなら……」
どんどんピースが揃っていく。
明確な勝利のビジョンが生まれていく。
「さて、雑談もここまで。遊園地に着いたよ」
桃花が車を止めた。
あの楽しかった遊園地は凄く不気味だ。
もう空気がどんよりしていて入る気すら失せていく。
「とりあえず門は閉まっててゾンビが外に出るってことはなさそうだね」
「桃花。殺せますか?」
「……頑張ってみる」
黒魔女の日から桃花は人を殺せなくなっていた。
もっと言うなら人の形をしてたら殺せない。
出来ても気絶が限界……
「ううん。殺すよ」
「桃花?」
「いつまでも甘えてはいられないからね。海ちゃん。ここは私一人に任せてくれるかな?」
「はい」
桃花はそう言い残して柵を飛び越えた。
しかし少し不安だ。
「ルプス。響を守っててくださいね」
「海お姉ちゃんは?」
「私は少し桃花に付き添います」
「せ、拙者も……」
「あんな光景は見ない方がいいですよ」
あれはただの地獄絵図だ。
間違いなく人が見る光景じゃない。
「それにルプス一人残すのは可哀想ですから」
「ルプスも連れていけば……」
「あれは非常に教育に悪くてお兄様と桃花に怒られるので却下です」
私は蝶化をして空を舞って桃花の場所を目指す。
しかし上から見ると一面ゾンビだらけだ。
あとは色々なところに血が跳ねている。
「……本当に気持ち悪いですね」
それから私はすぐに桃花を見つけて降り立った。
幸いにも彼女はそこまで動揺してないみたいだ。
「……ごめんなさい」
桃花はそう呟き靴底を鳴らした。
それと共にゾンビ達が粉砕する。
桃花の音の能力か……
「……海ちゃん」
「桃花」
「すぐ終わらせるから待っててね。探知」
桃花は辛そうな表情をしながらゾンビ達の位置を割り出していた。
まるで今にも泣きそうな感じで……
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「桃花。あれは魔物じゃなくて人ですよ」
「それでも……」
「気に病むことはありません」
やっぱり私がやるしか……
桃花みたいな範囲攻撃は出来ないので時間はかかるけどその方が負担が……
「海ちゃん。私の手を握ってて」
「はい?」
私は思わず首を傾げてしまった。
どうしてそんなことを……
まぁ構いませんが……
「……ごめんね。でも海ちゃんの手は暖かくて強くて安心するの」
「そうですか」
そういうことですか。
その程度のことで桃花の気が楽になるなら手の一本や二本ぐらい貸しますよ。
「ありがとね」
「桃花も随分と甘えん坊なんですね」
「……みんなには内緒にしてね」
「分かってますよ」
それから桃花は何度も深呼吸した。
まるで心を落ち着かせようとしてるかのように。
「……少しだけ私の話を聞いてもらっていい?」
「もちろんですよ」
「私は強くなりたかったの。自分を守るために強くなりたかったの」
ポツリポツリと言葉を漏らしていく。
今にも泣きそうになりながら必死に……
「でもそのうち強い自分以外の自分が分からなくなって弱い自分を誰にでも見せられなくなって!」
「……分かりますよ」
「弱い自分を見せて舐められるのが嫌だった! 常に誰かの上でありたかった!」
分かります。
私も強くなりたいですから。
もう何も奪われないために強く……
「でも人の本質は変わらないんだよ……私は力を得ても何をしても弱いという本質は変えられない」
「そんなこと……」
「あるよ。人は変われるって言うけどあれは変わってない。自分の本質を受けいれて次のステージに行けたから周りからはそう見えるだけなんだよ。言っちゃうなら開き直ってるだけなんだよ」
何も言い返せなかった。
鬼化の時の私。
あの時に思ったのは“嫌われても構わない”だ。
それを開き直りと言わずなんて言うのだろうか。
「……戦闘とかで見たら強くなったって自負してるよ。でも佐倉桃花はずっと心は弱いままなんだよ」
「心が弱いですか」
「うん。周りの目ばかり気にしてありのままの自分を見せられないのが私。嘘で塗り固められたのが私だよ」
そうですか……
だったら私の言えることは一つですね。
「本当の桃花。ありのままの桃花ってなんですか?」
「……え」
「その嘘で塗り固められた桃花も桃花ですし心が弱い桃花も桃花です。全部が積み重なって桃花という人物なんですよ」
「そんなこと……」
「では聞きますが私達に見せてない本性ってなんですか? 拷問好きの部分も本当は心が弱い部分も私達は全て見てますよ。まだ隠してるっていうんですか?」
私は冷酷に突き放すように言った。
それが桃花のためになると思ったから。
今の桃花に必要なのは甘い言葉や根性論じゃない。
現実だ。
「……オシャレが好きで」
「そういう女の子な桃花も私もお兄様も知ってますよ」
「実は仲良くなった人にはキツい事をあまり言えなくて……」
「知ってますよ。響とあなたの会話を見ればそんなの一目瞭然じゃないですか」
まったく……
桃花は私達を舐めすぎだ。
私達がそこまで桃花のことを知らないわけないだろ。
これでも一回体を重ねた仲なんですからね。
「桃花。隠し通してるつもりだったみたいですが全然隠せてませんよ」
「それじゃあ中学時代に私の陰口を言った子を拷問して殺したってことは……」
「それは知りませんが桃花ならこの程度のことをしてても不思議じゃないって思ってますよ」
「え、嘘!?」
まったく……
これでも一ヶ月同じ屋根の下で暮らしてるんですよ。
「はぁ……あなたは私達に一切の嘘をついてませんから安心してください」
「そ、そうかな……」
「何だったら桃花の髪の本数から秒単位での睡眠時間でも言ってあげましょうか?」
「どうしてそんなところまで知ってるの!?」
逆にどうして知られてないと思ったのでしょう……
髪の本数を数えるのとか朝飯前だし睡眠時間とか汗の匂いから逆算して求めるなんて容易いじゃないですか。
「でもちょっとだけ安心したかも……」
「そうですか」
「海ちゃん。ありがとね」
「気にすることではありませんよ。友達ならこの程度当たり前でしょう」
桃花は私の唯一無二の大切な友達だ。
そんな彼女が苦しんでるのに手を差し伸べないわけがないだろ。
「立てますか?」
「うん」
「戦えますか?」
「うん!」
よし、もう大丈夫だろう。
私の出る幕はこれで終わり。
ここからは桃花の出番だ。
「……壊れて」
桃花は靴底を大きく鳴らした。
それにより遊園地全域が音を立てて崩れていく。
ジェットコースターや観覧車が跡形もなく粉砕していった。
当然のことながらゾンビ達も粉砕している。
「相変わらず派手ですね」
「もうこの敷地内の物を全て壊した方が早いと思ってね」
桃花の能力はデタラメだ。
音なんて可愛く言うが実際はただの衝撃波。
破壊力と範囲もトップクラス。
「さて、帰りましょうか」
「そうだね」
そうして私達は遊園地を後にした。




