198話 お☆ま☆じ☆な☆い
「……勝てるのか?」
「男がウジウジしない!」
真央はそう言うと俺の襟を引っ張った。
それから顔と顔が互いに息のかかる距離になる。
「……ま、真央さん?」
「私だって恥ずかしいんだ。一度しかしないぞ」
それから真央はなんと俺の唇を奪ったのだ。
優しく凄く丁寧に……
俺に甘いキスをしたのだ。
彼女の柔らかい桃色の唇が俺の唇にプルりと一瞬だけ触れる。
しかしすぐに離れた。
「ま、魔王様からのキスだぞ。そこまでしたんだ負けるわけないだろ」
真央が顔を真っ赤にして言った。
俺には桃花という嫁がいるのだが……
「真央」
「私にキスをさせたんだからこれで何の戦果も残せなかったら承知しないからな」
でもドキッとしてしまった。
それに不思議なことに不快感はない……
これは浮気になってしまうのだろうか……
「あぁ。魔王様」
「か、勘違いするなよ。好きとかそういうのじゃないからな」
どこまでこの魔王様は乙女なんだか。
ここまでさせて戦わないというわけにはいかないか。
「……ただの勝利のおまじないだからな」
「分かってるよ」
今のキスに恋愛感情なんてものはない。
そんなのは互いに理解している。
キスをしたことに意味があるのだ。
そのくらい期待しているという意味のキスだ。
「それじゃあ行ってくる」
「あぁ。良い報告を待ってるよ」
俺は引き返した。
再び天邪鬼と戦うために。
もう負ける気がしない。
「……来たか?」
「これで終わりにしてやるよ」
「目が変わったな。戦闘狂の遊び場」
再びあの忌まわしき舞台が展開される。
さて、俺に出来ることをするだけだ。
落ち着け。落ち着け。
「それじゃあ行かせてもらいましょうございます」
天邪鬼が凄い勢いで走り込んできた。
俺はどうしたい?
強くなって何をしたい?
そんなのは決まってる!
みんなを助けたい!
真央も桃花も海も全員助けたい!
そのための力が欲しい!
「ほれっ」
「……この程度ッ」
俺は天邪鬼のパンチに耐える。
初めて耐えた。
それからすぐに詠唱に入る。
言葉は怖いくらい明確に頭に浮かぶ。
「鬼よ鬼よ! 夢が導く理想郷! 未熟な俺のこの身に力を寄越せ。全ては今までの俺を超えるためにッ!」
身体中に力が湧いてくる。
今なら何でも出来る気がする……
「やっと鬼化を成功させたか」
「まぁな」
「そなたは青か」
俺はそう言われて自分の手を確認した。
すると所々青くなっていた。
海は赤だが俺の場合は青か……
「さて、お手並み拝見といこうか」
そう言うと蹴りが飛んできた。
今度は目で追えるぞ!
「ほう。今のを止めるか」
俺は反射的に右手を出して彼女の蹴りを受け止めていた。
「……今まではよくもやってくれたな」
俺は思いっきり踏み込んだ。
速さ的には絶加速強化の方が出るな。
大体その五分の四と言ったところか。
だが鬼化の一番の強味は反射神経の爆上げだ。
今まで見えなかった攻撃が見えるようになってる。
「オラッ」
「拳には拳で返すのがマナーかのぉ」
俺は天邪鬼を殴り飛ばそうとした。
しかし彼女はそれに拳で対抗。
それを確認した俺はすぐに次の一手を打つ。
「少しは面白くなってきたのぉ」
それでも彼女は対処してくる。
でも間違いなく彼女から余裕は消えた。
未だに力量に差こそあるが何とか戦える。
一方的にやられるなんてことは終わりだ。
「しかしまだ詰めが甘い。もう少し型を覚えた方が良い」
俺の頬にパンチが掠った。
しかし傷口はすぐに塞がった。
間違いなく鬼化の力だ。
「さて、少し本気で行かせてもらうよ」
そこからは彼女の連撃が始まった。
蹴りと殴りのオンパレードだ。
俺は防御に手一杯になる。
「……ハァ……ハァ……」
なんとか目で追えて反応するがキツくなってきた。
体力消費が激しくなってきた。
これじゃあジリ貧だ。
「鬼化。そろそろ限界のようじゃな」
「……そうだな」
俺はそう言い残して思いっきり後ろに跳躍した。
もうそろそろ時間切れだ。
でも真央のために一撃でも噛ませてやるよ。
「しまった!」
「悪いな」
俺は彼女の戦闘狂の遊び場から脱出したのだ。
外なら魔法も能力も使える。
「鬼化絶加速強化!!!!」
戦闘狂の遊び場には一つだけ弱点があった。
それは中で使えないだけで外からなら使えるということだ。
例えば俺が事前に脳強化をしてから入ればこの状態は継続される。
ただ中では使えないだけにしかすぎない。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
つまりこの勢いを一切殺さないで特攻出来る。
今の俺の速さは音を優に超えている。
間違いなく生物の目に追える速さではない。
自分でも制御が出来ない。
今の俺は彗星だ。
「……グハッ」
そんな速すぎる一撃。
それが天邪鬼を貫いた。
「……どうだ……一本取ったぞ」
「……さすがだ」
これでもまだ立つか。
なんて化け物だ。
「空。これで修行は終わりだ」
「そりゃ……どうも」
俺はガクンと倒れた。
もう体力の限界だ。
ここから先のことは記憶になかった。




