179話 ヒュドラ
「……準備は出来たかい?」
「あぁ」
「それじゃあ行くよ」
その言葉と共に俺達はヒュドラの真上に転移した。
戦いは始まった。
「全てを払う地獄の火焰!!」
俺は開幕から大技を決めていく。
こいつには一切の手加減は無しだ!
「空君! 諸共してないよ」
「……これでも概念干渉だぞッ」
「でも私達の存在に気づいたみたい」
「とりあえず飛行だ」
前にオベイロン王と戦った時に何となく感覚だけなら掴めた。
流石に概念級の魔法との両立は不可だが普通の魔法との同時使用なら出来る。
「雷装衛星」
「何ですか! そのカッコいい技!」
海には何も返さない。
会話する方に意識を向けたら飛行が解除されてそのまま地面に落ちるんだわ……
「……すみません」
海が何かを察したかのように謝る。
この技は近くに電気の玉を浮かせるだけだ。
しかしただの電気玉じゃねぇ。
俺の意思によって雷の弾丸を生成して敵に飛ばすことを可能とする。
「……ゴー」
俺はボソリと呟いた。
そると電気玉から細い雷線が飛んだ。
一つ一つの威力は微弱だがこの技の強みは死角からの攻撃の対処に手が塞がっていても使える事にある。
「やっぱり意味ねぇか!」
強すぎる……
ていうかこの技は恐らく対人戦でしか使えねぇな。
そう思ってた矢先だった。
「グギハェェェェェェェ」
ヒュドラの頭が一つ粉砕した。
その粉砕したところを見ると桃花がいた。
彼女の腕には聖槍クリシャルスがあった。
「海ちゃん! 私を拾って!」
「はい!」
桃花はその言葉と共にヒュドラの体を踏み台に跳躍した。
空中で毒に犯されたブーツを脱ぎ捨てていく。
「ナイスキャッチ!」
「もっと褒めてもいいんですよ」
桃花は海に抱き抱えられると器用に背中に回り込んでおんぶ状態になった。
どうやら背中が定位置らしい。
「それはあとでね。ごめんね。私は飛行手段を持たないから」
「気にしないでください」
しかしこれでヒュドラがブチ切れたぞ。
あとは逃げるだけだな。
「一気に逃げますよ」
「そうだな」
俺はそのまま加速を使う。
一気に走り抜ける……つもりだった。
「嘘!」
しかしヒュドラが速すぎた。
あまりに速すぎた。
俺達よりも速い。
あの巨体でこの速さとか反則だろ……
「氷壁!」
桃花がサファイアは投げ捨ててヒュドラの行く手を阻んだ。
しかしヤツの毒が瞬く間に氷を溶かした。
それからヒュドラの首の一つが俺達に噛みつかんとばかりに飛んでくる。
でもそれは海がギリギリで回避。
しかしギリギリ過ぎて次はないな……
持って数秒しか稼げねぇか……
「あとどのくらいだ!」
「二キロだよ。それでこの速度で行くと一キロ地点で追い付かれる!」
仕方ない。やるか。
概念干渉レベルでの風の刃。
それでヒュドラを深く切り裂く。
「海。俺の体をキャッチしろ」
「ていうか最初から二人とも私に捕まればよかったんですよ」
「そうだな」
飛行を解除する。
身が地に落ちていく……
しかし間一髪で海がキャッチした。
「世界を刻む風の刃!!」
最強の刃がヒュドラを襲った。
奴の胴体に少しだけ切り傷が出来た。
概念級レベルでも本当にダメージが……
「お兄様! 足止めじゃなくて私の加速をしてください!」
「……制御出来るか?」
「最悪は地面にダイブしますがそうでもしないと誘き寄せられません!」
だったらやってやろうじゃねぇか!
飛びっきりの風を起こしてやろうじゃねぇか!
「超強風による全力支援」
「もっと良い名前なかったんですか!!」
「気をつけないと舌噛むぞ」
仕方ねぇだろ。
即興で付けたんだから……
「……クッ」
台風にも匹敵する強風が俺達の背中を押す。
しかし自分でやっといてあれだが凄い風だ。
それにより先程よりも何倍も早くなった。
「海! どうだ!」
「もうそろそろです!」
真央の姿が見えないが空間の歪みは見える。
恐らく真央は転移先の方にいるのだろう。
あと数百メートルか……
「すみません。コントロールが!」
しかし海が上手く風に乗れなかった。
無理もないあれほどの風だ。
そのまま俺達は地面に叩きつけられて頬からスライディングする。
でも足を止めてる場合じゃねぇ!
「……止まるんじゃねぇぞ!」
「はい!」
もう海に掴まる時間もない!
あと数百メートル走り着れば……
「……ダメ。追い付かれる!」
必死に足を走らせる。
しかしヒュドラはあまりにも早い。
やがてヤツとの距離が狭まり毒息が体に回った。
ダメだ……体が重く……
あと数百メートルなのに……
ヒュドラが規格外すぎる……
「……お兄様。桃花」
俺達は転倒した。
もう体に力が入らない……
死んだな……
「……どう……した?」
「少しだけ……醜くなります。私の姿を見ても引かないでくださいね」
◆ ◆
あと数秒稼げばいい。
しかし相手は完全な規格外ヒュドラ。
だったらこちらも理を外れた一手を打て。
「……本当にやるんですか?」
私の声が私の頭の中に響く。
周りがスローペースになる。
そんな中で自問自答。
「当たり前です。こうしなきゃ全滅です」
「別に全滅でも良いじゃないですか。あんな姿を見せるくらいなら死にましょうよ」
私は最近過去と向き合わされた。
忌々しい虐待の過去だ。
「まるで剛田の力を借りるようで屈辱ではありませんか?」
その通りだ。
虐待の末に得た能力など……
「……それでも」
私は思い出した。
剛田と顔を合わせた時に思い出した。
私に隠されていた能力の存在を。
過去に一度だけ虐待で心が折れそうになった。
その時の一度だけ使った能力。
「あれを使ってどうなりました? 虐待はより酷くなり人としての尊厳を全て奪われましたよね」
「でも……」
「しかもその能力は傷を癒しただけで誰かを殺したわけではない。もしあの時の私に殺す覚悟があったら変わっていたかもしれませんが」
その通りだ。
あれは不幸しかもたらさない。
「もしかしたらお兄様も桃花も私を嫌うかもしれませんね」
はぁ……
本当に嫌になる。
微塵でもそんなことを思う私に。
「……馬鹿言わないでください」
「馬鹿ではないです。合理的な判断です」
何が合理的だ。
あまり笑わせるな。神崎海。
「お兄様や桃花がその程度で私を嫌いになるわけないじゃないですか」
「……その根拠は?」
「お兄様や桃花は剛田とは違います。私を愛してくれています」
「どうせ偽りの愛ですよ」
だから何度も言わせるな。
どこまで私は馬鹿なんだ。
「それに裏切られたとしてもお兄様達を救えるならそれは本望だ! 全滅よりも私一人が嫌われる道を選んでやる!」
「……本気?」
「当たり前です。私は初めて守りたいと思えるものを見つけた。それを守れずしてどうして神崎家を名乗れる!」
私は微笑みを残して消えた。
それと共に頭のモヤが晴れていく。
……やってやる。
全てを敵に回しても構わない!
それでみんなを救えるなら!
◆ ◆
海が突然そんなことを言い始めた。
一体何をする気だ……
まだ打つ手が……
「この姿。虐待の記憶が蘇るから大嫌いでやりたくないんです。これをするくらいなら死んだ方がマシだと昨日の今日まで思ってましたよ」
「一体何を……」
「でもやっぱりこれも私の一つなんだと。全て受け入れないとダメだと」
その瞬間、海の周りから赤いオーラが出た。
不思議な事に目視出来る……
「鬼よ鬼よ! 儚き人の夢! 気高き私のこの身に力を貸したまえ。全ては大切な人達を守るためにッ!」
海の肌の一部が赤くなった。
まるで返り血を浴びたかのように赤い。
しかもよくよく見たら角も生えているし髪も艶が無くなってバサバサになっている。
「……鬼化!」
これが海の本来の姿なのか?
一体この状態は……
「……ハァ……ハァ……」
維持してるだけでも辛そうだ。
でも真っ直ぐと前を向いている。
「鬼蝶化!!」
海が大声で叫んだ。
それにより出てきたのは今までの蝶の羽ではない。
海の体の倍近くくらいある蝶の羽だ。
しかも色も青ではなく赤くなっている……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そうして海はヒュドラに臆することなく特攻した。
毒が肌に触れ肉が溶けるが気にする様子を一切見せない。
「この程度で誇るなぁぁぁぁぁ!」
海はガッシリとヒュドラの首を掴んだ。
それにより手が溶けていくが気にもとめない。
海はニヤリと笑うとヒュドラを持ち上げて転移門の方へと投げ飛ばした。
「私は神崎家の娘! 人の始祖だ! 魔物如きが適うわけないだろ!」
それからヒュドラは転移門に吸い込まれた。
俺達はなんとか九死に一生を得たのだ。
「……ふぅ」
海は一仕事終えたと言いたげにいつもの姿に戻った。
肌も白く髪も黒い普段の海だ。
それから真央も転移で戻ってきた。
「とりあえずお疲れ様。それと海。君の記憶を見た時にはあんなのなかったぞ」
「当たり前です。思い出したのは剛田と会った時ですから」
「やっぱり君は鬼の神崎家……」
「それが何かは存じ上げませので言えません」
あれが鬼の神崎家の力か?
俺も同じことが……
「でも分かるのはあれで得られるのは身体能力の底上げと人間離れした再生力。ほら先程の毒で溶かされた手とかも既に治ってるでしょう?」
「……本当だ」
「それとデメリットは阿呆みたいな体力消費と理性の半崩壊。少し気を抜いたら帰ってこれなくなります」
海は淡々と語っていった。
あの状態は少し強すぎるな。
「出来れば二度と使いたくない技です」
「そうかい」
しかし鬼化。
どこかで聞いたワードのような……
「……でも参ったな。君達のことがもう疑いようがなくなったじゃないか」
「どういうことだ?」
真央が意味深な事を言う。
一体何を疑っていたというんだ。
「鬼化は鬼神族と人のハーフに許された技で一時的に半身を鬼神族と同格まで上げる」
「なるほど」
「それでずっと昔に神崎家が鬼神族と交わった事があってごく稀に鬼の神崎家って言う鬼の特徴を一部覚醒させた神崎家が産まれるんだ」
たしか鬼神族は高い自己治癒力を保持する。
そう言えば俺も何度か重傷が人とは思えない速さで回復してたな。
「鬼の神崎家は私の父さんである神崎家当主ぐらいしか私は知らない。しかしその鬼の神崎家を人為的に作ろうとした人がいるって噂なんだよ」
「まさか……」
「そうだ。恐らく人為的に作られた鬼の神崎家が君達だ」




