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世界調整  作者: 虹某氏
4章【嘘】
176/305

175話 スーの歌による世界生成

「はーーい! お待たせ。マリンだよ!」


 ライブは何事も無く始まった。

 俺の手には真央から授かりし二本の光る名刀“サイリウム”が握られている。

 もちろん名前はしっかりとある。

 一つは氷のように冷たい青き光を放つ“ブルームーンソード”でもう一つは返り血に染まりし名刀“ブラッドブレード”だ。


「それじゃあ、最初はキモ美の主題歌から行こうか。さぁ準備はいい? ミュージックスタート!」


 その掛け声と共にアップテンポな曲が流れ始めた。

 俺はそれに合わせて(サイリウム)を振る。

 勝負は始まったか……


 ◆ ◆


 目の前には巨大なドラゴンがいた。

 デカい雄叫びを上げている。

 この場には五百近くの人達がドラゴンを狩らんとばかりに剣を握っている。


「僕達は諦めることを知らず〜♬」


 バックミュージックにスーの歌声が流れる。

 それと共に人々は興奮を始めてドラゴンに刃を突き立てにいく。


「ウォォォォォォォ」


 しかしその程度の刃はドラゴンには届かない。

 カキン。カキン。と鈍い音が何重にも響く。

 しかし誰一人として諦めの目は見せない。


「面白えじゃねぇか!」


 誰かが叫んだ。

 それと共に活気づき全員が我こそが先にと言わんばかりにドラゴンに飛び交る。


「……海。いくぞ」

「はい!」


 俺達も戦いに身を投じた。

 右でまずは鱗を狙う。

 しかしドラゴンの鱗は固く一切の剣を通さない。


「……クッ」

「兄ちゃんよ。表面は俺に任せな!」


 しかし誰かが援護してくれた。

 その誰かは大きな斧で鱗を破壊する。


「ウォォォォォォォォォォォ!!」


 俺はそれに乗じて顕になった肉を二本の剣を使い切り裂いていく。

 連撃だ。

 何十連もの激しい連撃を行う。


「この勝負。もらったぜぇぇぇぇぇぇ!」


 そんな時だった。

 誰かがハンマーのような鈍器でドラゴンの頭をカチ割った。

 それによりドラゴンは頭から粉砕して倒れた。


「さぁ次の曲を行くよ!」


 ……これがスーの歌。

 なんて臨場感と一体感だ。

 会場は一体となっている。


「シャラァァァィァァァァ!」


 まるで戦いの舞台にいるかのような錯覚だ。

 いや、間違いなく戦いの舞台にいる。

 そうさせるのがスーの歌だ。

 わかりやすく言うならこれは仮想現実。


「全ての始まりは君の言葉だった〜♬」


 今度は蛇みたいな東洋の龍。

 おっさんみたいな髭を生やして雷の雨を降らす。


「お前らァァァァァ。まだまだ行けるかぁぁぁぁ!」

「当たり前だッ!!」


 まだ始まったばかり。

 楽しもうぜ。このライブを!


「お兄様! 踏み台になってください!」

「了解した」


 そのためにはまずあの龍の足元に行かねば……

 そう思ってた時だった。


「弓兵! 龍を撃ち落とせぇぇぇ!」


 弓の雨が龍を襲っていった。

 それにより龍はダメージを受けていた。

 しかしあと一歩足りないな、


「クソっ。火力が足りねぇ」

「俺達に任せろ」

「やれるか?」

「誰だと思ってやがる」


 俺はそのまま突進した。

 それから跳躍する。

 龍に刃を伸ばすが高くて届かない。

 だがそれでいい。


「海!」

「はい!」


 海も俺に続き跳躍。

 それから俺の背中に着地。

 そのまま背中を駆け上っていき俺の剣先を踏み台に蹴り飛ばす。


「蛇風情がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 海は鮮やかに短剣を奮った。

 それにより羽が欠けて龍は落ちていく。


「あとは火力組に任せな!」


 落ちた龍は地面で待機していた人達に嬲り殺されていく。

 斧で頭を砕き、鍵爪の武器で肉を抉る。


「それじゃあ三曲目いくよ!」


 その結果、龍は青い粒子になって消えた。

 しかしまだ終わらない。

 むしろ始まったばかりだ。


「よっしゃぁぁ!おらっ!」


 今度は高層ビル一つ分の大きさはあるミノタウロスか。

 次こそは俺の仕事だな。


「全員で足を斬れ! それと遠距離組は目を貫き視力を奪え!」

「それには及ばねぇよ」


 まどろっこしい!

 俺は一人で特攻する。

 最初は斧での大振りの攻撃。


「……ナゥ?」


 しかし前宙して回避。

 ミノタウロスは状況が飲み込めないかのような声を挙げた。

 それがお前の最後だ。


「絶対剣舞総連撃!!」


 それから俺は連続技を叩き込む。

 なんとなくスーのライブの楽しみ方が掴めてきたぜ。

 魔物達(楽曲)動き(曲調)を掴みそれに合わせて各自の武器(サイリウム)を奮っていく。

 それが楽しみ方だ。


「……あいつ。やるじゃねぇか」

「そりゃどうも」

「青年の勇気を無駄にするな! 全員前に進め! 剣を震え! ここで戦わずしてどうする!」


 誰かの熱い声に応えて全員がここぞとばかりにミノタウロスに攻め始める。

 これがライブの一体感か……


「四曲目行くよ!」


 ミノタウロスを倒すと同時にすぐに新しい魔物。

 しかし全員が待ってましたと言わんばかりの雄叫びを挙げた。

 会場はどんどんヒートアップしていった……


 ◆ ◆


「これで終わりだぁぁぁぁぁ」


 全員がボロボロだ。

 皆の武器は折れて為す術はない。

 しかし誰一人として絶望していない。

 唯一残った俺は剣で王様衣装に身を包んだ骸骨の首を跳ねた。

 長かった……

 本当に長い戦いだった。


「やったぞ! 勝ったぞぉぉぉぁ!」


 声援が上がった。

 喜びの声援が上がった。


「今日は私のライブに来てくれてありがとね」


 彼女のライブは本当に凄かった。

 まるで戦ってるかのような錯覚に陥った。

 いや、実際戦っていたのかもしれない。

 少なくとも俺の体は戦っていたと言っている。

 頭からアドレナリンがドバドバ出て興奮がまったく醒めない。

 また彼女の歌を聞きたい……


「全五十二曲。みんな楽しんでくれたかな?」

「オォォーーー!」

「それなら良かったよ」


 楽しくないわけがない。

 あの興奮に爽快感に達成感。

 それになによりも会場の一体感。

 どこを取っても完璧だった。

 たしかにこのライブは人気が出るわな。


「はい。ここで重要なお知らせです。三ヵ月後になんとオーストラリアでのライブの開催が決定しました。イェイ!」


 マジかよ。

 ぜってぇ次も参加してやる。


「場所は決まっておりませんが海の近くでやりたいと思ってますのでよろしくお願いします」


 丁寧にスーは挨拶した。

 まるでやり切ったと言いたげに。


「それじゃあみんな。気をつけて帰ってね。帰るまでがライブだぞ」


 そうしてスーは舞台から退場していった。

 しかし最後のスー可愛い。

 すげぇ可愛いよ……

 スーちゃん……


「いやぁ凄かったですね」

「あぁ」

「まだ体中に感覚が残ってます。目を瞑ればすぐにでも思い出せそうなくらい体に染み込んでます」


 でもあのライブを聞いたあとだと明日からだるい。

 もうやる気が……


「空。ライブ終わったみたいだね」

「……真央か」

「そうだ。これからスーと夜桜と回らない寿司屋を貸し切って打ち上げする予定なんだけど参加するかい?」

「是非参加させてください!!」

「良いとも」


 あぁ真央神様。

 なんて素晴らしい計画を建ててくれるのでしょう。


「そういえば今何時ですか?」

「夜の七時だね。スーも良くここまでぶっ続けで歌えるものだと思うよ」


 つまり六時間か。

 スーは六時間もの時間を一切の休憩なく歌ったのか。


「とりあえずスーを向かいに行くよ」


 真央が手を翳して転移門を作った。

 それに俺達も続いていく。


「……ふへぇ~」


 スーの元へ行くと彼女は水を満タンまで貯めた水槽にプカプカと浮いていた。

 まるで力尽きたかのように……


「あ、海ちゃん。おつかれー」

「……大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫大丈夫。ちょっと体が重いだけだから」


 そしてよくよく見ると足が魚になっている。

 やはり本当に人魚で……


「いつもは能力で人になってるけどやっぱり人魚の姿の方が楽なんだよ」

「そうですか」

「魚の部分。まぁ鱗があるところには触らないでね。そこは人の体温で触られると私が火傷するから」

「……本当に魚なんです」


 つまり鱗のある部分には魚の特性が適応されて無いところでは人の特性になるということか。

 それによくよく見るとエラもある。

 つまり人魚はやはり水の中での呼吸も……


「スー。これから打ち上げだけど来るかい?」

「もちろんいくー。でもあと数分休ませてくれないかな?」

「あぁ分かった」


 しかし大きな水槽だな。

 それこそ水族館にあるような水槽だ。


「あぁ。やっぱり海水は良いよ〜」

「ちなみにスーのライブ衣装は水着になっていてすぐに水の中に飛び込めるのさ」

「流石に全裸でいるのは人目があれだしね〜」


 これである程度スーの事も知れた。

 あと知らないのは鬼神族と獣人族だけだな。


「ちなみに私は始祖だけど王様じゃないよ。今はまだお母さんの世代だからね。だからオベイロン王やドラキュラ王とは少し立場が違うの」

「なるほど」

「それと始祖は様々で神崎家や私の家系みたいな血筋で決まるのもあればオベイロン王みたいに力を聖火の如く受け継ぐのもあるの」


 それは初耳だ。

 まぁ知ったからなんだというわけではないが。


「種族で分けると吸血鬼と人魚と人間が血筋で獣人と鬼神と妖精が力の受け渡しなの」

「なるほど」

「それでもうそろそろ世代交代の時期だからみんな後継者を探してるの」


 しかし力の受け渡しか。

 それはもしかして他種族にも出来るんじゃないか?

 例えばオベイロン王が海に力を渡すとか……


「あ、でも人の始祖は最近世代交代したばかりだね。武力で他を制圧してって自分一人にしてって感じだけどね」

「人聞きの悪い事を言うな。私は飛んできた火の粉を払っただけだ」

「まぁそうだね」


 しかしオベイロン王は誰に力を渡すつもりだ?

 それらしき候補を見かけなかったが……


「あと空。おそらく人の始祖の後継者は君になると思うからそこのところをよろしく頼むよ」

「……は?」

「私だって後継者はアーサーにしたいさ。でも人間は血筋だけ。そうすると海か空の二人になる。そう考えるとやっぱり後継者は君しかいないんだよ」

「なるほど」


 つまり消去法か。

 まぁ仕方ない。


「私がダメってどういうことですか!」

「ダメじゃないよ。ただ君を正式な始祖。すなわち人の代表にはしたくないだけさ」

「どうして!?」

「幸せになってほしいからだ。君には始祖とか関係ない普通の生活を送ってほしいからね」


 悪いが血なまぐさいのは俺の仕事だ。

 海の仕事じゃねぇよ。


「だったらどうして私に能力を……」

「自衛のため。最低限の自衛を出来るようにするためだよ」

「それじゃあドラキュラ王の元へ行ったりは……」

「あれは観光。分かりやすく言うなら修学旅行みたいなものさ」


 あれその程度の認識だったのか……

 なんかめちゃくちゃ大きなイベントのつもりでいた。


「……ッ」


 海が悔しげに下唇を噛む。

 まるで私は動けるとでも言いたげに。


「さて、スー。そろそろ動けるかい?」

「うん。よゆー」

「それじゃあ寿司屋に行くとしますか」


 海は弱くない。

 もし戦闘になったとしても間違いなくトップクラスの戦力として考えられるだろう。

 でも真央は海に戦ってほしくはないのだ。

 海に戦いのない普通の幸せを与えたいのだ。


「そうだ。明日は二日ばかり遠出するよ。暗殺姫によろしく伝えておいてくれ」

「どうした?」

「黒魔女の件。そろそろ対処しなきゃ不味いだろ。恐らくだが黒魔女は良い勉強になるよ。特に桃花のね」


 黒魔女が桃花の勉強になる?

 真央は一体どんな展開を読んでいる。


「一つ言うとしたら黒魔女は人間だ。でも誰よりも芯がしっかりしてる人でもある。間違いなく強者だから舐めてかからない方が良いよ」

「……真央と黒魔女の関係はなんだ?」

「いや、顔は知らないよ。ただ君達が関わるみたいだから少し調べただけさ。ちなみに今回の件に関しては私は一切の手助けをしない」

「そうか」


 なんて言うか言い方が冷たいな。

 まるで不満でもあるかのような……


「あと竹林にルプス。それとアーサーの助けも禁止だ」

「どうしてだ?」

「君達の勉強にならないからね」


 勉強にならないか。

 別に勉強する気はないんだが……


「あとこの二日間は少し竹林の力を借りたいっていうのもあるからね」

「……なにをする気だ?」

「ちょっと黒魔女の捜査さ」


 何かあるのか。

 真央は間違いなくなにかを隠してる。


「それと空。ルプスを戦力としてどう思っている?」

「少し強いくらいだ。でも間違いなくあの肉体にしては不自然すぎる。彼女は何者だ?」

「……そうか。とりあえず始祖よりも上位の存在とだけ言っておくよ。しかしオベイロン王はあんなのをどこで見つけたのか」


 まだ知らないことが多すぎる。

 今謎なのを挙げると“鬼の神崎家”に“引きこもり姫”。

 それにルプスそのものやアリスが海に渡した謎の本。

 挙げたらキリがないだろう。

 しかも厄介なことにどれも重要そうな匂いがプンプンしてくる……


「まぁ難しいことは後にして今は打ち上げだよ」


 ◆ ◆


「うん。やっぱり魚は良いものだよ」


 スーはバクバクと寿司を平らげていく。

 これって共食いじゃないか……


「夜桜。竹林の方はどうだ?」

「ボチボチって感じだな。少しは戦えるようになってきたがやはり体力が足りてない」

「そうか。しかし体力はそう簡単には出来ないだろ?」

「あぁ。だから俺的には竹林に聖杯を使うべきだと思う」


 そういえば真央も神祇持ちだったな。

 しかも能力を一つ開花させるという正真正銘のチート神器だ。


「うーん。聖杯ねぇ」


 真央が黄金の器を呼び出して手で振る。

 基本的に契約済みの神器はどこにあろうと任意で手元に呼び出す事が出来る。


「彼の場合は能力を軸に戦うべきだと俺は踏んでいる」

「そうなんだよ。しかし彼が反逆の刃を向けない保証がない」

「……海に能力渡したお前がそれ言うか?」

「あれは仕方ない」


 もしあそこから湧いてる水を一滴でも飲めば俺にも新たな能力が芽生えるだろう。

 能力はあって損はないし……


「まぁいいや」


 真央はボソッとそう呟き小瓶に聖杯の水を入れた。

 一体どうするつもりだ?


「とりあえず渡しておくよ」


 そして真央はその小瓶を驚くべき使い方をした。

 なんと俺に投げ渡してきたのだ。

 俺は迷わずキャッチする。


「本当にいいのか?」

「あぁ。君が使ってもいいし桃花にあげてもいい。ただ一つ条件を付けるとしたら黒魔女の件が終わってからだよ。まぁ口約束だから破ろうと思えば破れるが魔王との約束を破る意味が分からないほど馬鹿じゃないだろ?」


 そう来たか。

 俺が盗み飲む前にあえて渡す。

 そして言葉で縛るか……


「本当に大事な時に使うんだよ。能力は間違いなく強力な武器だからね」

「……あぁ」

「とは言うけど大事なのは使い方だよ。どんなに数を揃えたって極めた一つの能力には適わないの」


 スーが横から口を挟んできた。

 そういえば前にそんな事を……


「あとは神様とのお話かな」

「お話?」

「そうそう。神様ってかなり気前良いから意外と簡単に能力の強化をしてくれるよ。私だって最初のうちは自分の容姿しか変えられなかったもん」


 なにそれ……

 初耳なんですが……


「最近だと桃花もお願いして音を固めるって言うのを追加してもらったみたいですね」

「なにそれ。聞いてないんですが……」

「もしかしてお兄様って神との関係が良好ではないんじゃないんですか?」


 おい、その言い方すごく刺さるからやめろ。

 もっとソフトに……


「安心しろ。私も夜桜も能力の強化なんてしてもらったことはない」

「そうなよか……ていうか真央は何の使徒なんだよ?」

「内緒さ。私のは人に誇れるようなものじゃないからね」


 そういえば使徒の【〇〇】の部分ってそこまで意味あるのだろうか。

 能力と内容が合ってないのが多すぎる。

 特に桃花なんて【嘘】の使徒なのに能力が音だからめちゃくちゃ噛み合ってない気がする。

 夜桜も【妹】の使徒と言うが能力は略奪だ。

【妹】の使徒なら妹の身体能力を上昇させるとかの方がしっくりくる。


「まぁとりあえず今出来ることをするのが人の在り方さ」

「そうだな」


 俺達はそれから雑談をしながら呑気にその日を楽しんだ。

 しかしその時の俺はまだ知らない。

 黒魔女の事を……

 黒魔女は俺達の心に大きく傷を残すことを……



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