174話 ライブトゥーミート
「だから俺は絶対におかしいと思う。そもそもどうやって街一つ消えてるのに隠蔽が出来てるんだ?」
「私も詳しいことは知りませんがでも事実表沙汰にはなってないじゃないですか。エニグマは何かしらの能力を使って上手く隠蔽してるんじゃないんてすか?」
「だからどう考えても隠蔽なんて出来ないって!」
俺と海は激しい論争をしていた。
考えてみたら間違いなくおかしい。
魔物や魔法についての隠蔽ならまだ分かる。
しかし魔法が関わった大量虐殺の隠蔽。
それはどうやっても不可だ。
死んだという事実は変わらない。
「お兄様。でも結果として隠蔽は成功してます」
「そうだが……」
何でも真央の話だと前に狂った魔法使いが米国で一万人近くの虐殺をしたという事件があったそうだ。
しかしそれはエニグマの力により一切表沙汰にはならなかった。
間違いなくこの規模の隠蔽は不可。
しかし現実として出回りは一切ない。
「うーん。謎が深い」
「ていうかもう電車が着きますよ」
「そうだな」
俺達は席から立つ。
しかし始発の電車に乗るとは初めての経験だな。
『間もなくみなとみらい〜♪』
そんな軽やかな音声と共に電車の扉が開いた。
それと共に全員が走り出す。
「しかしこのチケットよく見てみたら指定席だな」
「そういえばそうですね。まぁスタンディングで変に体を触られる心配がないのは乙女の私にはありがたいです」
そういうものか。
本当に真央はどこでこれを……
「頼む〜チケットを〜」
そして駅内はゾンビのような呻き声をあげる人が山のようにいた。
全員がチケット乞食だ。
「ていうかチケットと交換で肉体関係求める奴もいそうだな」
「馬鹿言わないでください。性交による快楽なんかよりマリンの歌声の方が快楽値が高いんですよ。どっかのドキュメント番組が検証してましたよ」
「そ、そうか……」
よくわからない。
とりあえずマリンのライブすげぇ。
……ちょっと待て。
「……使徒だ」
「え!?」
海が驚きの声を上げた。
間違いなく背中がソワッとした。
一体どこに……
「久しぶり。空」
しかし時すでに遅い。
奴は俺の背中を取っていた。
「わ!?」
「私だよ。スーだよ」
「……真央の差し金か?」
「半分は正解」
もしかしてただのライブじゃないのか?
何かが起こるのか?
「それと海ちゃん。初めましてだね」
「はぁ……」
まずはとりあえず聞こう。
何故ここにいるのかを。
「空。私と会ったらグレイプニルだよ」
「……お前が洗脳する気ないのは分かってる」
「それは事実だけど信用しすぎかなー」
「それよりお前はどうしてここに?」
スーはまってましたと言わんばかりに笑った。
俺の質問に笑顔で答える。
「私が最強のアイドルマリンちゃんだからだよ。ちなみに私の素顔はマリンの時に見せてるのと同じ。まぁ使徒とか難しいことは考えないで私のステージを楽しんでね」
……は?
いやいやちょっと待て!
なんで真央の手駒に最強アイドルがいるんだよ!
使徒で始祖でアイドルってなんだよ!
「……じゃあね」
そしてスーは人混みに消えていった。
あまりに突然のカミングアウトに反応すら出来なかった……
「帰ったら真央にスーを呼んだ音楽観賞を授業に割り入れてもらいましょう」
「そうだな」
しかし納得がいった。
このチケットって間違いなくスー本人から貰ったものだわ。
それに下手したらスーのプロデューサーって真央なんじゃないか?
あのキャパの少なさだって真央の作戦。
ていうか下手したら真央はチケットが百万単位で取り引きされてる現状を楽しんでる可能性すらある。
「そういえばマリンのライブって身分確認が一切ないんですよね」
「……完全に真っ黒じゃねぇか」
「帰ったら文句言いましょう」
たしかライブの開演は昼の一時から。
それで現在時刻は早朝六時。
「ていうかどうしてこんなに早く来たんだ?」
「物販です。マリンのライブたしかにチケット無しでは物販すら買えないというのは通説ですが実際は違いチケット無しでも買える少数限定の過去ライブグッズの再販があるんです」
「難しくてよく分からん」
「とりあえず欲しいものがあるってことです」
もっと言えば過去グッズは売れ残りを流してるわけではなく新たに作ってるとか。
それで再販じゃない場合はシリアルコードが刻まれていてプレミアムがえげつないくらいに付くらしい。
「とりあえず新規のグッズはチケット無しの人は買えないので余裕持って動いて……」
「おい、海」
「……は?」
思わず唖然とした。
そこには万里の長城を連想させるくらいのとてもつもなく長い行列があったのだ。
「さ、再販でこれですか?」
「ざっと見積もって一人五秒で捌いても一日は必要だな。恐らく半分以上の人が買えないで終わるか……」
「……冗談ですよね?」
「ま、今から並んだら絶対にライブには間に合わなくなるな」
ていうか平日でこれなのが恐ろしい。
休日だったらもっと混むんだろうな。
「お兄様。少し全てを払う地獄の火焰で大火災を起こしてくださいませんか? そうしたらあの行列も解体できると思いますんで」
「却下。流石にそこまで人として堕ちてはない」
「うぅ〜。減るもんじゃないんですから良いではありませんか……」
ていうかそこまで欲しいなら真央に頼め。
恐らく意図も簡単に用意してくれるから。
「あ、いたいた」
「……さっき別れたばかりだろ」
そして何故かスーがこちらに近寄ってくる。
お前はライブの準備をしろよ……
「いやぁ思ったより混みすぎてヤバい。いつもの事だけど本当にヤバイよ」
「ていうか何しにきた?」
「考えたらライブ会場では知り合いが一人もいないからぼっち飯なの! プロデューサーの真央も何か今日は寝てるし……ほら、私って華やかなアイドルで一人飯って言うのも凄く悲しいからしたくないの!」
随分とお喋りだな。
まぁ良いか。
「お兄様! 早く行きましょう! マリンちゃんと一緒にお食事なんて……」
「そんな大袈裟だよ~」
何ていうかあれだな。
コメントし難い。
「ていうかスー。本当に準備しなくていいのか?」
「あとでカラオケ行ってするよ。でもまだ開店してないから……」
カラオケでしてるのかよ。
なんかめちゃくちゃコメントしにくい。
「そうだ! 折角だからお洒落なカフェで朝食を済ませてみたい! 海ちゃんそれで良い?」
「はい! 全部スーに任せますよ」
そうして俺達はカフェに向かって歩いていった。
しかしこんな凄い人混みだ。
とても歩きにくい。
「あ……」
「海ちゃん!?」
そんな中で海が誰かと肩が当たって倒れた。
それによりうっかり俺と手を離してしまう。
まずい……はぐれる!
「大丈夫ですか。お嬢さん」
しかし現実も捨てたものじゃない。
なんと海に手を伸ばしすぐに立ち上がらせた男性がいたのだ。
でも男性は海を見るなり表情をを一瞬変えた。
しかしすぐに戻す。
「……アクマちゃん?」
「はい?」
「あ、すみません。あまりにもあるキャラクターに似てたもので。それでお怪我はございませんか?」
「……はい」
うん。ドS紅茶だな。
たしかに海はドS紅茶に出てくるアクマちゃんというキャラと瓜二つの容姿をしている。
「それなら良かった」
「……ドS紅茶ですか?」
「よく知ってますね。まさか本物のアクマちゃんに知ってもらえてるとは光栄です。では僕は用事があるのでこれで」
そうして男の人は人混みに紛れていった。
なんかミステリアスな感じの人だった。
容姿は中の上と言ったところで眼鏡をかけた男性。
身長は海よりも少し高いくらいか。
「おい、海」
そして海は何故か立ち尽くしている。
それも顔を赤くしてボケーとした感じで。
「……カッコよかった」
「え!?」
「すみません。さてカフェに行きましょうか」
あれはたしかに悪くはないが言うほどカッコよくはないだろ……
なんか平凡というか……
「……連絡先。交換すれば良かった」
でもこれだけは間違いない。
海のヤツ、先程の男性に一目惚れしやがったな。
まぁ出会う手段はもうないが……
「さて、行きましょうか」
「そうだな」
そうして少しライブ会場から離れていった。
そこは先程の混みが嘘のように空いていた。
「どこにしよっか?」
「私はマリ……」
「スーって呼んでね。マリンはあくまで芸名だから」
「そんな、恐れ多い……」
「私が呼べって言ってるから素直に従う」
海が珍しくあたふたしてる。
とても可愛いらしい。
「わ、私はス、スーの行きたいところならどこにでも」
「はい。よく出来ました」
スーがいい子いい子と海の頭を撫でた。
それにより海の顔が凄く赤くなる。
しかしさっきのすごい噛んでたぞ。
「ごめんね。本来の顔を晒したいんだけど流石に晒すと人集りが出来ちゃって静かに過ごせないから」
「はぁ……」
まぁ分からなくもない。
だってスーは今をときめく最強アイドルだ。
「あそこにしよっか」
「……カフェというより喫茶店ですね」
「細かい事は気にしたら負けだよ」
「そうですね」
カフェと喫茶店。
そういえばその違いは何だろうか。
こういう時に真央がいたら横から簡単に補足してくれるのだろうな。
「失礼します~」
「いらっしゃい」
喫茶店に足を踏み入れるとそこは一風変わった世界となった。
何ていうか大人な世界。
「お好きな席にどうぞ」
俺達は促されるままに座る。
それと共にメニューを渡される。
「私はココアの砂糖大盛りでお願い」
「俺はコーヒーのブラック」
「それじゃあ私はミルクティーの蜂蜜入り砂糖増し増しでお願いします」
さて、とりあえず飲み物を頼んだわけだがあとは食べ物も考えねばな。
何を頼もうか……
「ていうかスーも甘党なんですね」
「海ちゃんも中々の物だよ。蜂蜜と砂糖とはね……」
そんなことを話してるとスーが鞄を漁り始めた。
一体何を出すつもりだろうか。
「海ちゃん。チェスは出来る?」
「はい。一通りのルールは叩き込んでますので」
「私達が旅してた間では良く飲み物を楽しむ時は同時にチェスを嗜んでたからその時の癖でね」
「なるほど」
スーは携帯式のチェス盤を出して駒を並べていく。
透き通った青色の駒とどこまでも黒い駒……
「まぁ真央には一度も勝てなかったんだけどね」
「楽しそうですね」
「うん。とっても楽しい旅だった。でもこの世界に生きる者としていつまでも楽しさに浸ってるわけにはいかない。もっと言えば楽しさだけなんて事はありえないんだよ」
そして駒を並べ終えて海に合図する。
お先にどうぞと。
海も特に反抗することなくポーンを前に出した。
「それと重い話や作戦を建てる時もチェスがあったな」
スーが少し呟き海と同じようにポーンを前に出す。
なんて言うか絵になる光景だな。
「そうなんですか?」
一言話す事に駒を一つ動かす。
まるでそれがマナーであるかのように。
「うん。それで計算したかのように議題は真央がチェックメイトと同時に終わるの」
「今回もそうするつもりで?」
「それは海ちゃん次第かな」
互いに布陣を順調に整えていく。
そして整え終えたタイミングで飲み物が来た。
なんてナイスタイミングだ。
「折角だしある話をしようか」
「話ですか?」
「魔王が魔王になると決断した話。この話すると真央に怒られちゃうかな……」
スーは少しだけ悲しそうな顔をした。
しかしすぐに次の手を打つ。
「……聞きたいです」
「それじゃあ話すよ」
スーは少し息を吸った。
それからゆっくりと語り始めた。
「魔王は旅を初めました。最初は逃げるためでした。自分が鳥籠の中で死ぬのは御免だと吠えるかのように外に飛び立ちました」
のんびりと語っていく。
真央の物語を。
「その際に家庭教師を一人連れて」
真央の家庭教師か。
一体どんな人だろうか……
「最初に訪れたのは紛争地域でした。そこには最愛の妹の姿を化け物に変えられ嘆き苦しむ少年がいました。そこで魔王は初めて人の残酷さと世界の冷酷さを知りました」
夜桜の話か……
少しだけ重いな。
「魔王は紛争を止めるべく小さな手をひたすらに伸ばして足掻きました。しかし救えたのはその妹を守れなかった力無き少年だけでした。魔王は何度も何度も自分の弱さを嘆き続けました」
これが真央と夜桜。
その二人の出会いか……
「でも魔王は知っています。こうしてる今も誰かが死んで苦しんでるのを。だからその現状を見るために少年と世界を渡り歩くことにしました」
それで旅か。
ここでようやく旅に目的が出来たのか。
「魔王はそれから少年と家庭教師と色々な国を見て色々な事を体験しました」
果たして真央はそれで何を思いどう思ったのか。
しかしこの話は現在の真央を見る限りだと間違いなくバッドエンドで終わる。
「海底奥深くにある人魚の国。そこでは馬鹿な王女を勉強のために外を見せるという課題を背負わされた」
馬鹿な王女。
恐らくスーの事だろうな。
スーも旅で成長したのだろう。
「妖精の国では歴代最悪の王の劣悪な政治を正すために剣と頭脳で戦ったりドラゴンを四人で討伐してその肉でバーベキューしたりもしたし敗走もしたりした。たしかにその旅は大変であったがとてもとても楽しく尊いものだった」
淡々と語られる旅。
しかしチェスの駒は動き続けていた。
まるで彼女達の旅を表現するかのように。
「しかしそんな旅にも終止符が打たれた。魔王は親に鳥籠に引き戻された。私達は取り返そうと必死に戦った」
「……それで?」
「私達は勝った。でも代償として真央の一番の理解者である家庭教師の華恋が死んだ」
ここで名前が全て固有名詞になった。
スーの拳に力が入る。
「それから真央は自分を責めて世界を変えるために魔王になった。自分を押し殺して非道の余りを犯していった。世界を救うためだと言い聞かせて……」
そしてスーはナイトで海のキングを払った。
この勝負はスーの勝ちか。
「ごめんね。重い話になっちゃって」
「気にしないでください。私も知れて良かったですから」
気づいたら時計は九時を指していた。
随分と長い間チェスをしてたんだな。
「あ、朝食頼むの忘れた。まぁカラオケで頼めばいいか」
「……そうですね」
「海ちゃん。空。真央のことをよろしくね」
「あぁ」
本当に真央は色々な人に愛されてるんだな。
スーや夜桜の話を聞いてるとそれが良く分かる。
「それじゃあカラオケに行こっか」
「そうですね」
そして俺達はお会計を済ませてスーに導かれるがままにカラオケに行った。
「さて海ちゃん。リクエストどうぞ」
「本当にいいんですか?」
「もちろん!」
「それじゃあ“途方の彼方、君の行く末”をお願いします」
「あれか〜。たしかにあそこの高音は発声練習には丁度良いかもしれないね」
スーが迷わず曲を入れて歌い始めた。
彼女の歌声は異様だった。
まるで世界が書き換えられたかと錯覚に陥る。
「LA〜〜LA〜〜」
この感覚はあれだ。
桃花のピアノを初めて聞いた時と同じだ。
音楽で新たな世界が生まれている。
そんな別次元の芸術。
俺達はスーに魅せられ息をするのすら忘れていた。
「どう。人魚の歌声は?」
「す、すごいです」
体から力が抜かれる。
すげぇよ……
こんな事が生き物に可能なのかよ……
「でもこの歌い方だと芸術。今回はライブなんだからやるのは芸術じゃなくて娯楽じゃないと……」
「今のも十分良かったですが……」
「次の曲。いくよ!」
それからスーは三曲くらい歌った。
たった三曲。
それでスーはチューニングを終わらせたのかカラオケを終わりにした。
「付き合ってくれてありがとね」
「こちらこそあんな素晴らしいものを……」
「ライブではもっと凄いよ」
スーはそう言うと両手で突然海の手を握った。
それにより海が動揺する。
「……解除」
スーはボソリとそう呟いた。
するとサイドテールの水色の髪はマゼンタの長い髪へと変貌。
綺麗だった顔はもっと綺麗な顔に。
「私はスー・エリザベス。【容姿】の使徒。今日は君のために歌うよ」
これがスーの素顔だ。
一言で言うなら魅惑の美少女。
一目見たものを抗えない深海まで誘うような美貌。
「……え」
それからスーは海のおデコに軽く口付けをした。
まるで王子様がお姫様にするかのように。
「今日のライブは海ちゃんに捧げます。特等席で聞いてください」
「……はい」
海の顔がとろけている。
スーはそれだけ言うと水色のサイドテールの子に戻っていた。
「私だけを見てね」
「もちろんです」
そうして俺達はスーと解散した。
あとはスーのライブだけ。
何も起こらないといいな……




