170話 桃花さんは今日も頑張る
地を這いつくばる。
この時の私は年にして六歳。
顔を除く体の至る所に傷がある。
爪は割れ、体は泥に塗れ、髪はガサガサ。
なんて不潔な子供だろうか。
「……ハァ……ハァ……」
そして私は下水道にいた。
臭い。臭い。臭い。臭い。
それでも私は四つん這いになりながら駆け回る。
目の前には黒光りの虫がいる。
それを必死になって追っかけている。
「……捕まえた!」
なんとか追いつき、手で押さえつける。
これの名前はたしかゴギブリ。
見てるだけで不快な虫。
「……ごめんなさい」
ゴギブリを掴み迷わず口に頬り込む。
歯でカチ割ると苦い汁が溢れる。
三日ぶりの食事だ。
少しだけ胃袋が満たされる。
「……帰らなきゃ」
久しぶりのご馳走だった。
これでまだ頑張れる。
それから私は汚い水に目線を向ける。
「水。飲める時に飲まないと」
泥水の方がまだ綺麗だ。
それでも私はそれを手で救って迷わずゴクゴクと飲む。
水には何か変なのが浮かんでる……
ていうかガソリンとかヤバい奴も混ざってる。
めちゃくちゃ不味いがそんな事は言ってられない。
「オェェェェェェ」
思わず吐き出してしまう。
まだ慣れない。早く慣れなきゃ。
そうすれば雨に頼らずとも乾きを癒せるようになる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
せっかくのお水なのに吐き出してしまうなんて。
私は本当にどうしようもない人間。
もう自分で自分が嫌になる。
「……でも、すみません」
そして私はドブ水に顔を付けた。
そのまま無理矢理吸い込んでいく。
気持ち悪いよ……
「……早く帰らなきゃ」
私はすぐに顔を上げて走った。
今はお父さん達の目を盗んで抜けたがバレたら大変だ。
無我夢中で走った。
もう痛いのは嫌なの!
「海。遅いじゃないか」
「すみません!」
「それにこんなに汚らわしい姿。恥を知れ!」
思いっきり私の腹に蹴りが入った。
もう慣れた。
この程度で済んでよかった……
「そうだ海。最近面白いのを買ったんだ」
目が怖い。
全てが怖い。
「これはスペインの長靴って言うんだ。足を出してみなさい」
金属の鉄のプレートが二枚あった。
逆らったら何をされるか分からないので恐る恐る足を出す。
「……こうですか」
「本当に汚い足だな。ほれ」
すると金属の鉄板は足の内側と外側に置かれ、くさびが打ち込まれていく。
すると鉄板同士の感覚が狭まっていき……
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
足が潰れた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
足の骨がバキバキと音を立てながら割れていく。
まるでクルミ割り器だ。
私の足がクルミを割るみたいに壊されていく。
皮膚は潰され肉はブヨブヨ。
「この程度で叫ぶなよ」
痛いよ……
誰か助けてよ……
「ったく。完全に潰れてんじゃねぇか。おい、剛田」
「はいはい。癒せ」
剛田。
私の親の一人で彼が癒せと言うと傷が全て治る。
それで私は何度も何度も……
「たしかお前がいなかったのは二十三分だ。つまりあと二十三回潰さねぇとな」
「や、やめて……」
「は?」
また足が潰された。
痛みのあまり頭がおかしくなりそうだ。
もう嫌! こんなのは嫌!
「そういえば爪も残ってるな。剥がすか」
あぁ……
どうして私ばかり……
◆ ◆ ◆
「海ちゃん。大丈夫」
まただ。
また記憶が激しくフラッシュバックした。
ルプスは念の為に家に残してきた。
この場にいるのは桃花とお兄様と私の三人だけ。
そしてここには剛田の匂いが残ってる。
それにより記憶が激しく……
「……ちょっと休んでもいいですか?」
「もちろん」
爪もある。
足も潰れていない。
でも……
「グレイプニル」
「空君。どうしたの?」
「何かあってもすぐに対応出来るようにな。念の為だから心配するな」
「そっか」
怖いよ。怖いよ……
またあの時には戻りたくないよ。
それでも私は無理矢理言葉を出す。
「大丈夫です。行きましょう」
私は蝶の羽を出す。
これなら私を守ってくれる……
「そうだね」
そして私達は歩み始めた。
剛田の元を目指して……
「この扉の先だね。開けていい?」
「……どうぞ」
桃花が扉を蹴破った。
力強く蹴破った。
「失礼するよ」
「だ、誰だ!」
「ゴミに名乗る名前なんてないよ」
「……海か。やっと俺の元へ……」
目が怖い。
彼の動きが怖い。
何もかもが怖い。
そう思っていた時だった。
「海ちゃんの名前を気安く呼ばないでほしいな。私の大切な妹であなたが呼んでいい名前じゃないの」
「アッーーーーーーー」
剛田の足が切れていた。
まるで豆腐のように……
「空君。早いよ」
「悪い。どうやら俺も相当キレてるらしい」
今のはお兄様の能力……
あんな強いのを簡単に……
「い、癒せ!」
でも剛田の足は再生する。
やっぱり彼は無敵で……
「お前ら何をするんだよ! 俺はただ……」
「何って拷問かな。一ついい事を教えてあげる。他人にしたことは私達を例外として必ず自分に返ってくるんだよ」
「……は?」
……あれ?
剛田はこんな弱かっただろうか?
もっと強かったような……
「ていうか俺は【痛】の使徒だぞ! お前らクソガキも使徒みたいだが俺には適わねぇよな! 俺が可愛が…… 」
「黙れ。墜ちろ」
剛田が言い終わる前にお兄様が雷を落とした。
それにより剛田の体が焦げた。
しかしお兄様はお構いなく剛田をつまみ上げた。
「剛田。今から勝負してみるか?」
「あ……あ……ぁ……ぁ」
「勝負してみるかって聞いてんだよ!」
お兄様が声を荒あげて怒鳴った。
そして剛田の体を頬り投げる。
「い、癒せぇぇ」
剛田の体が回復していく。
でもお兄様も桃花も驚き一つ見せない。
しかし剛田も黙ってやられる男ではない。
「あんまり舐めるなよ! 刃!」
そう言うと銀色の刃が現れた。
それは真っ直ぐ桃花へと……
「遅せぇ。それと俺の大切な嫁に手を出すんじゃねぇよ」
しかしお兄様は風で刃を切り伏せた。
桃花は刃に眉一つ動かさなかった。
まるでお兄様が守ってくれるのが分かってたみたいに。
「お前の能力は“言葉にしたものを具現化する”だったよな?」
「そうだぞ! 最強なん……」
「使用者がゴミで折角の良い能力が可哀想だな」
お兄様の顔にいつものような笑みはない。
ただ軽蔑の目だけがあった。
「海ちゃん。動ける?」
「はい」
「だったら蹴りをつけよ」
この程度なら私でも……
今の私なら簡単に……
そう思い私はお兄様の袖を掴んだ。
「海。やるのか?」
「はい……これは私の獲物です」
「そうか」
私は銃を取り出す。
どこまでも黒く冷たい銃。
でも凄く安心感がある。
これは私の相棒だ。
「う、海。親にこんなものを……」
「娘を苦しめる親なんてどこにいるか!」
そして太もも目掛けて撃った。
震える手を無理矢理黙らせて撃つ。
弾丸は怖いくらいに真っ直ぐ太ももを貫いた。
血がプシャーって出る。
「私は神崎海! 私の親は母親の真央一人でお前らなんか親じゃない!」
否定する。
全てを否定する。
「あんまりふざけたことを言うなよ! カミナリ!」
軽い電撃が私に飛んできた。
でも私の蝶化のバリアはまったく破れない。
頭の中が落ち着いてきた。
どうしてこの程度に怯えてたんだろ。
「な、なんだよ。それ……」
「お兄様のよりも弱いですね。おやすみなさい」
私は腹にありったけの力を込めて膝蹴り。
それにより剛田は意識を喪失した。
あれから剛田を無理矢理覚まさせて真央の骨折を治させた。
それから剛田の身は桃花に一任された。
恐らく殺してくれただろう。
私の長かった呪いはやっと終わったのだった。
◆ ◆ ◆
「……ここは?」
「やっと目が覚めたんだね。私の家の地下室だよ。間違いなく普通に探索してたら一生使っても来れないだろうけどね」
私は優しいから丁寧に説明してあげる。
どうやらこの馬鹿にも言語を理解するくらいの能力はあるみたいだね。
少し侮っていたのに謝罪しなきゃ。
「さて、あなたは自由です。能力も使えます。もしもここで私を殺せば解放されるでしょう」
「……俺を舐めてないか? これでも最強クラスの能力保持者だぞ」
「最強クラス?」
ダメ。やめて。
もう笑いが止まらなくなるから。
あんなゴミが最強とか……
真央の転移やルークの時止めの方がよっぽど厄介。
「それなら私を殺してくれるかな?」
「ほのお!」
そう言うと部屋が炎に包まれた。
うわ、弱えぇ。
非戦闘員の空君にも劣るじゃん。
「ばくおんぱ」
指を鳴らして音の爆弾を作る。
それにより音で風圧が生まれて炎を掻き消した。
はぁ……本当に小物ね。
「……は?」
「バン」
人差し指をアイツに向けて手で銃の形にしてそう言う。
するとアイツの肩が吹き飛んだ。
原理は簡単。
音を固めて弾丸にしてそれを指で弾いて飛ばしたのだ。
もし頑張れば硬貨でも代用できるだろう。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「バン。バン。バン」
どんどん穴を空けていく。
結局のところ自分の肉体が一番最強だ。
ちなみに音の能力の応用案はまだ数個あるが恐らく暇潰し以外で使う機会なんて来ないだろう。
あ、でも真央と戦う時は使うかも……
「もう戦意喪失かな?」
彼から返事はない。
この程度で心が折れるなんて本当に情けない。
「俺をどうする……」
「決まってるでしょ。拷問するの。海ちゃんがされたことの五倍酷いことを貴方にこれからするの」
それと彼は馬鹿みたい。
海ちゃんに手を出して私が許すわけないだろ。
世界が許しても私が許さないから。
私の大切な人から笑顔を奪わないでほしいな。
「この魔物知ってる? 少し前に拾ったの」
瓶に入った小さな百足の魔物。
習性が凄く私好みである。
「これは脳ムカデ。南米の方に生息する魔物なんだけど人間の脳に住んでそこで感情を喰らう魔物なの。それで私がこれを調教したわけ」
もっと言うなら人間の脳を刺激して動かしたりもしてくれる。
それと意外と魔物は単純だ。
私の音の能力で上手く刺激してあげれば命令に忠実に動くようになる。
でもエニグマ推定ランクはDで戦闘能力は皆無なんだよね。
ちなみに名前はシモベェ。
「まぁ百聞は一見にしかずって言うしやってみよう」
やっぱり入れるとしたら耳だよね?
鼻より耳から入れた方がシモベェも気が楽だよね。
それとも目をくり抜いてそこから入れた方がいいかな?
いや、耳でいっか。
「や、やめてくれぇぇぇぇぇ!」
「海ちゃんがそう言った時にあなたはやめたのかな?」
まぁどうでもいいけど。
だって海ちゃんを苦しめたことに変わりないし。
「行ってらっしゃい。シモベェ」
シモベェはサァァァって耳から待っすぐ脳に向かう。
本当に可愛い私のペット。
「癒し! 癒し! 癒し! 癒し!」
よし。
シモベェはちゃんと働いてくれたね。
私がシモベェに覚えさせた芸は脳を刺激して人にずっと“癒し”と言わせること。
それにより剛田に半永久的に能力を使わせる。
「さて、お決まりだけど爪を剥がそっか。とりあえずこのバケツが一杯になるまで」
私はペンチを手に取る。
爪剥がしはかなり得意だから安心してほしい。
「いちま〜い」
メシメシと剥がしていく。
しかしすぐに生えてくる。
さすがシモベェだね。
「に〜まい」
その度に剛田の目から涙が溢れる。
きっと嬉しさのあまり泣いてるんだろう。
本当に感性がイかれてるねぇ。
……まぁ冗談だけど。
「さ〜んまい」
でもまだこんなの初っ端よ。
これからもっとエスカレートさせるから安心してほしいかな。
「や、やめてください! なんでもするから」
「シモベェ待て」
ん?
なんでもするかぁ……
「分かった。なら今から自分の喉に手を突っ込んで胃袋を出してみてよ。それが出来たら殺してあげる」
まぁ出来ないと思うけど。
ていうか出来たら人間やめてると思う。
「ちなみに時間は三十秒ね。よーい。ドン!」
剛田は馬鹿みたいに手を突っ込んだ。
もう胃袋とか出せるわけないのに。
「シモベェ。いいよ」
そうすると癒し! 癒し!とまた叫び始める。
発音する度に自分の手を噛んで本当に滑稽。
それでもう手は血だらけだ。
今度は歯を使った拷問もしたいな。
「あ、そう言えば私は空君以外の男性器が嫌いなの。今から苦悩の梨で潰すね」
私はズボンを下ろしていく。
うん。不愉快。
でも男はこれを潰すと本当に良い声で鳴くんだよね。
本来は女性に使う道具だけど私のは改造済み。
「まず尿道に無理矢理入れます」
苦悩の梨は見た目はその名の通り梨だ。
本来は肛門とかに入れて中で傘みたいに開いて人体を壊す道具なんだけど私の場合は男性器だね。
だから尿道に入るように小さめに作ってある。
そして尿道に練り込んで中で開いてブチ壊す!
「バーン!」
剛田の顔が歪んだ。
痛みのあまりギャグ漫画みたいな顔になってる。
でもシモベェのおかげですぐに再生する。
「バーン。バーン。バーン」
楽しくてつい何度も入れては開くの動作を繰り返してしまう。
その度に血飛沫が舞って服が汚れのはアレだが彼の表情はそれに匹敵する価値がある。
「あ、まだ胃袋出せなかったんだ。残念時間切れ」
私の脳内タイマーが時間切れを告げた。
本当にやる気あるの?
「それじゃあ次は鉄の処女! やっぱり拷問って言ったらこれは外せないと思うんだ」
「も、もうやめてくれよ……」
「あんまりふざけないでくれるかな。海ちゃんに君達がしたのはこんなの比にならないよね?」
凄くイラつく。
私はイライラしながら拷問椅子を引っ張ってくる。
座る部分が刃物になってて体中が切れる。
私は剛田の顔を握り思っきりその椅子に叩きつけた。
それを何度も何度も繰り返す。
「ねぇ? まだ自分のしたことを理解出来ないの?」
「理解しました! だからどうか……」
「ダーメ。罪の精算が終わってないからね」
でも早く空君の膝の上に帰りたいなぁ。
彼の悲鳴は最高だけどやっぱり空君の声の方が好き。
「まぁいいや。もう飽きたし気が向いたら来るわ」
そう言って私は帰宅準備を始める。
まずはハゲタカの娘を出しておこう。
ハゲタカの娘という拷問器具は首と手首と両足を強引に固定して無理矢理キツい体制での体育座りをさせるというもの。
私はそれで彼を彼を固定して、先程出てきた鉄の処女に彼を投げ捨てた。
そうするとキモい悲鳴が鳴り響いた。
この程度で叫んでんじゃねぇよ。
鉄の処女は中が空洞になったる鉄人形だ。
もちろん大人の一人なら簡単に入る。
ちなみに中には多量の棘がある。
「おいで」
さて、あとは最後の準備だ。
私は真央から貰ったもう一つの奴を呼ぶ。
名前はABC-テキトウって言うロボット。
これに拷問を行なう動作をプログラミングしたから私がいない間も拷問してくれるはず。
特にハゲタカの娘とかを使って放置してると死んじゃうから気をつけないとね。
「四日に一回は食事を持ってきてあげるから餓死の心配はしなくて大丈夫だよ。さて残り五十年。頑張ってね」
私は部屋を後にした。
彼の絶叫が響き渡るが部屋を出たら聞こえなくなった。
完全防音は本当に良い。
「今日の晩御飯はなにかな〜」
私は鼻歌混じりにクルクル回りながら階段を上っていった。
やっぱり今度は拷問してくれる人をバイトで雇おうかな。
そっちの方が良い気がしてきた。
まぁなんでもいいや。
とりあえず今は帰ろう。
愛しい空君に甘えるために。




