168話 少し関係のない話
「こんな時間にこんな所に呼び出して何の用ですか?」
「ただのちょっとした依頼だよ。暗殺姫」
私は真央に呼び出されていた。
空様や桃花様。
それに海様も信用してるようだがこの女だけは間違いなく信用してはならない。
本能が強くそう訴えている。
「君の腕前は人間相手ならこの上なく一流。しかし時として人を殺さねば腕が鈍るというものだろ?」
「……」
「正直言って今の君は桃花に勝てるかどうか五分五分。そう踏んでるよ」
たしかに今の桃花様は間違いなく規格外の部類。
運動能力も凄いが何よりもあの魔法だ。
宝石一つで思い描いた事を全て行えるなど規格外にも限度というものがある。
「あと桃花本人の自覚はないようだが彼女はダンピールなんて生易しいものではない」
「……といいますと?」
「戦乙女。どんな種族同士の交尾でも生まれる可能性がある千年に一度の種族」
……戦乙女。
聞いたことがあるかもしれない。
人間族のトップを少し下回る頭脳。
森人族と同格以上な圧倒的な魔法に人魚族を連想させる芸術の才能。
鬼神族並の耐久に獣人族レベルの運動能力を保持する。
「恐らく今がその時なんだろうね。間違いなく世界の終焉はそこまで迫ってるよ」
「でも戦乙女の伝承通りなら羽は……」
「恐らくまだ覚醒前なのだろう。逆言えば桃花は今の戦闘能力に加えてまだ成長の余地を残してる。もしも完全に覚醒したら間違いなく一人で全種族に対抗出来る。下手したら彼女が世界の終焉なのかもね」
桃花のポテシャルは異常だ。
それにあの性格。
いつ世界を滅ぼしたとしても不思議ではない。
「しかも闇桃花を含めてそんなのが二人も。本当に世界はどうなるんだろうね」
「……真央はどうするつもりで?」
「今ならまだ殺せる。しかし彼女は間違いなくこの世界に有益になる存在と私は思っている」
それから真央はニヤリと笑った。
少しだけ不気味に……
「幸いにも桃花は空に依存してる。だから空がこの世界を尊く思い続ける限りは間違いなく平和だ」
「なるほど。ずっと空様が世界を尊いと思うように思考誘導するんですね。そのための学校……」
全て辻褄が合ったような気がした。
でもその辻褄が合ったのも真央に誘導されてるだけではないか?
彼女が一番得意とするのは人を自分の手の上で思うがままに転がすこと……
「さて、本題だ。君に殺してほしい人がいる」
「……誰ですか?」
「【幻】の使徒。名前はカナサラだ。出来れば生け捕りが良いんだが可能かい?」
「はい。でもどうして?」
「少し裏で良くないものが暗躍してるみたいなんだよ。それでカナサラは間違いなくその良くないものに関わってる。だから拷問して吐かせようと思ってね」
「なるほど」
前に空様や桃花様と敵対した奴だ。
たしか能力は体の一部を水蒸気にする……
「厄介なことに警護団が三百人近くいるんだ。私がやってもいいが出来れば君と繋がりがあるという嘘の情報を掴ませたい。だから君の出番さ」
「なるほど。まぁ久しぶりの運動にしてはいいかもしれませんね。最近は家事ばかりで飽き飽きしてましたから」
私はナイフを取り出す。
大丈夫だ。相手は人間。
なら私は殺せる。
私が殺せないのは再生持ちやバリア持ちと始祖だけ。
「さて、転移で行くよ」
「お願いします」
「それと敵陣のど真ん中に転移するからよろしく」
そして足元に転移門。
重力に従って落ちていく……
出るとそこは武装集団のど真ん中だった。
「誰だ!?」
「……暗殺姫。カナサラの命を貰いに来ました」
私は軽く一歩踏み出した。
それが合図だ。
一気に近づき首を掻っ切る。
一人を見せしめに殺す。
それから収納で幾万のナイフを出して投げる。
それを何度も繰り返す。
全て確実にナイフで頭を打ち抜いていく。
恐らく全員が痛みを感じずに死んだだろう。
「終わりました」
「……速さだけなら本当に規格外だな」
三百人の武装集団。
それらを倒すのにかかった時間は0.02秒。
随分と腕が鈍ったものだ。
「あ、あな……」
女の声が聞こえた。
でも既に遅い。
私はもう後ろにいる。
首元に即効性の睡眠薬が入った注射を指して眠らせる。
能力を使う暇すら与えずに。
「真央。終わりましたよ」
「そうだね。さて帰るとしよう」
今のがカナサラか。
あんまり強くはないか。
能力頼みの雑魚だな。
使徒にはそれが多いから困る。
「そうだね。あと拉致したと置き手紙を残しておこう。まぁ私の予想だが敵は彼女を見捨てると思うけどやっといて損は無いからね」
真央はそう言うとスラスラと紙にペンを走らせた。
それで書き終えたのかポイッと捨てる。
「さて、行こうか」
とりあえずあと二時間は目覚めないだろう。
今回も簡単な依頼だったな。
真央の依頼だから少し気にしたのだが……
「そうだ。あと暗殺姫にこれを渡しておこう」
彼女はまるで思い出したかのように鍵を投げた。
一体これは?
「私の書庫の鍵だ。とは言っても殆どが私が手書きでまとめた理論とか人間心理だ」
「……どうしてそれを?」
「今後必要になるからさ」
「空様や海様でも……」
しかし真央は私の問いかけに答えなかった。
しかも書庫の場所も教えない。
「書庫の場所くらい自分で探せ。そこまで私がやる義理はない」
「……そうですか」
まったく見当がつかない……
一体何処なんだろうか?
「この鍵は君にあげた。桃花に渡そうが空に渡そうが君の自由。見なかったことにして捨てても文句は言わないよ」
「……そうですか」
とりあえず持っておこう。
私は鍵を能力で収納する。
もしかして真央が最高機密情報保持図書の管理人ではないのだろうか?
それでその鍵が今の……
「さて、帰るよ」
「そうですね」
まぁどうでもいい。
時が満ちれば分かるだろう……
◆ ◆
「も、もうやめてください」
「ったく。まだ水槽二十三個しか血が溜まってないぞ」
拷問が行われてる。
後にこの街で表沙汰になる二件目の拷問だ。
「まだ海は見つからねぇ。ならお前の血で海の字を書いてやったら現れると思うんだよ」
「……う……み?」
「そうだ。そいつは俺の娘でなぁ。あぁ。また拷問してぇぜ」
この少女。
見た目から察するに女子中学生である。
女子中学生の身でありながら目玉を彫られ、顔を焼かれ、骨を砕から、爪を剥がされたのだ。
それも能力により再生させられて何度も何度も。
その時にそんな少女は思った。
海という人のせいで私はこんな目にと……
ただ同時に海に同情もした。
こんな親を持った海に……
「しかし可愛い舌だな」
少女はゾッとした。
嫌なことにこれからされる事が分かってしまったのだ。
「引き抜こうか?」
少女は絶叫した。
足掻こうと手足をじたばたさせるがそこに付いてはいない。
先程この男に切り落とされているからだ。
「はい。大人しくする」
デカいペンチで舌を掴んだ。
それで無理矢理……
ブチブチブチブチと引き抜いた。
少女は痛みのあまり涙を流す。
「あ……ぁ……ぁ……」
喋ろうとするが舌を引き抜かれた事により言葉にならない。
四肢を失い、言葉すらも奪われた。
中学生が受けるにはあまりに耐えられない仕打ち……
「さて、血も集まったしやりますか」
男は血を大筆に付けて文字を大きく書いた。
海という字を壁一面に書いた。
「やっぱり拷問するなら海一択なんだよなぁ。うんじゃあ死ね」
男は少女を水槽に入れる。
それも少女自身の血が大量に詰められた水槽。
そして蓋をする。
少女は自分の血で溺死するのだ。
「さて、これで海が俺を探すのを待ちますか」
男は鼻歌交じりにその場を後にした。




