165話 何度でも——
決勝の相手は予想通り仮面か。
姿はブカブカのパーカーで形でも誰か分からないが分かる。
竹林に聞く必要もない。
辺り一面が決勝だけあり緊迫感に包まれた。
「……これでお前に負けたら俺の存在意義がなくなるな。桃花」
「そんなことないよ。空君は空君ってだけで存在価値があるよ」
仮面の正体は俺の最愛の嫁である桃花だ。
桃花は決して料理が下手なわけではない。
それこそ普通の高校生とは思えないレベルで上手い。
この程度の大会なら氷の女王とか俺みたいな規格外がいなければ間違いなく優勝出来る。
「ていうか私だって気づいてた?」
「当たり前だ。歩き方に息遣いに指。お前だって特定するには十分だった」
「きゃっ! 嬉しい!」
桃花はずっと右手だけで料理していた。
俺の指輪を隠すために。
だから指輪での識別は不可。
しかし指輪と顔だけで確認する俺ではない。
「隠したいわけじゃないよ。ただこの程度の料理で空君から貰った世界で一番大切で私の命であり原動力である指輪を汚したくなかっただけだよ」
「知ってるよ」
「でも今から作るのは愛しい空君のためのチョコ。だから右手も使わせてもらうよ」
……俺はそこまで気を遣わなかったな。
これからは注意しないとな。
そうしないと桃花に失礼だ。
「空君。どんなチョコがいい?」
「桃花一つ良いことを教えてやろう。チョコは何を貰うかじゃなくて誰に貰うかだ。お前から貰うチョコなら何でもいいに決まってるだろ」
「もう! カッコよすぎるよ!」
俺が作るのは決めている。
チョコ味のマカロンだ。
マカロンを送る意味は“特別な人”というもの。
俺にとっては桃花は大切で絶対に手放したくない人だ。
だから桃花にはこれしかない。
「空君。待っててね」
桃花がドンと机の上に瓶を置いた。
赤いドロっとした液体が入ってる。
「私の経血だよ」
それは美味しそうだな。
桃花の経血が入ったチョコとはこの上ない贅沢だ。
本当にバレンタインとは良いイベントだ。
これほどまでにバレンタインに感謝したのは初めてだ。
「ありがとな」
「どういたしまして」
俺は何を入れようか。
やっぱり血だろうか……
ちょっと手首を切ってチョコと混ぜ合わせ……
いや、目の前で俺が傷付くのは桃花が嫌がるよなぁ……
かと言って指先を切ったくらいじゃ血の量が足りない。
やっぱり俺は普通にやるか。
「ねぇ空君は何チョコがいい? 普通のチョコ? 生チョコ? トリュフ?」
「なんでもいい」
「分かった。それじゃあ普通のにするね」
桃花の方を見ると食材は経血以外は普通の物だった。
一体どんなチョコになるのだろうか。
いや、桃花のチョコより先に自分のチョコを完成させねばな。
「あーして。こーして。そーして。こうするの!」
桃花のチョコ作りが可愛すぎる!
もう天使過ぎるだろ!
今すぐ隣に行って一緒に作りてぇ!
「真央。コメントをどうぞ」
海は審査員席にいる。
どうも決勝限定のスペシャルゲストらしい。
枠組みとしては美少女コンテスト優勝者。
「ごめんね。決勝ではなく準決勝に誘うべきだった」
「私は経血入りチョコなんて嫌ですからね! 普通に受け入れてるお兄様がおかしいのですからね! いくら愛があっても経血とか無理ですから!」
「概ね同感だ。うん。空じゃなくて氷那月さんを勝たせるべきだった」
「そうですよ。これは真央の責任でもあるんですよ!」
「……すまない」
うーん。普通の感性だとそうなるのか。
桃花の経血ならOKだと思うんだよな。
「さて、そろそろ俺も作るか」
まずは卵白だ。
それをボウルに入れてかき混ぜる。
その際にグラニュー糖を混ぜるがそれは数回に分けて行おう。
そして角が立つまでメレンゲを泡立てる。
その後はココアバウダーに粉砂糖、アーモンドプードルを混ぜていく。
もちろん粉類はしっかり混ざるように気を遣いながら……
◆ ◆
そしてなんとかマカロンを作り終えた。
俺史上最高の出来だ。
「桃花も出来たか?」
「もちろん」
桃花が軽やかに元気良くそう言った。
とても可愛らしくて良き。
「最初は空君から……」
「私は待ったをかけるよ」
桃花の言葉を遮り真央が叫んだ。
一体なんだというのだ。
「いやぁ二人の愛はこの上なく強いと思う。それこそ私達の入る隙がないほどに」
照れることを言ってくれるじゃねぇか。
しかし入る隙がないね。
「そこで私は決勝では私達は一切のチョコを食べずに相互で食べさせ合い互いに評価するデスマッチ制を推奨したい」
これはメリットしかないな。
桃花のチョコを他に渡さなくて済む。
「あぁいいぞ」
「それじゃあ空君のチョコくれるかな?」
俺はラッピングしなかった事を後悔。
でもないものを悔やんでも仕方ない。
それに桃花は言っていた。
何を貰うかじゃなくて誰に貰うかだってな。
「あぁ」
「……マカロンだ。空君はその意味を分かって?」
「当たり前だ。桃花。俺の特別な人」
真っ直ぐと目を見て言う。
もう桃花に対して照れはない。
照れて桃花との一言一句の会話を逃したくない。
俺はもっと桃花と話したい!
桃花のために命の灯火を全て使いたい!
「お前は俺にとって特別な人だ。何度だって言ってやる。お前が飽きたって言っても叫んでやる」
「……空君」
「桃花。お前は俺の嫁で世界で一番大切な人だ!」
「……私もだよ!」
桃花が抱きついてくる。
それを俺は受け止めてクルクルと回る。
桃花の笑顔。
いつまでも見ていたくなる。
「何度もお前への想いを伝えても次から次に溢れてきて止まらねぇよ……」
「私もだよ。空君。大好き!」
好きだ。
これが間違いなく好きという感情だ。
桃花と会って初めて分かった。
桃花が俺に与えてくれたんだ。
俺の人生を華やかにしてくれた。
「私は空君のお嫁さんにして下僕。空君にとっての私は?」
「桃花の夫にして騎士だ。そうありたいと思ってる?」
「ありがとね。これからも私を守ってね」
守るさ。
俺の全てを犠牲にしようと。
世界の全てを敵に回そうとも守る。
いや、世界の全てが敵になろうとも桃花と二人なら勝てる。
「さて、空君のチョコ。もらおうかな」
「……口に合うといいが」
「合わないわけがないよ。だって空君は私の夫なんだよ」
クルクルと回るのをやめて止まる。
桃花がそっと地に足を置いた。
「空君。世界で最上のチョコを私をちょうだい?」
「あぁ。くれてやるよ」
俺はチョコマカロンを持ってきて自分で食べる。
それから少し砕いて桃花にキスをした。
そのままマカロンを桃花の口に入れる。
いつかされた口移し。
今度は俺からだ。
「空君!?」
桃花が少し驚いた表情をする。
あの時は俺も驚いたよ。
その仕返しだ。
「……こうだよ」
でも桃花はすぐに受け入れる。
それどころか舌を巧みに使い俺をリードする。
まるでこうした方が上手く唾液と混ざると言いたげに。
「どこで覚えたんだ?」
「イメージ練習だよ」
「そうか」
舌と舌とマカロンが濃密に絡み合う。
しかもチョコマカロンだからめちゃくちゃ甘い。
でも生涯で一番舌が喜んでいる。
「……あん……あ……ぁ」
先程より力強く。
桃花から少しだけ甘い声が漏れる。
ヤバいなこれは……
「……空……君」
桃花が俺の名前を呼び終わる時にマカロンは無くなっていた。
またやりたいな。
「桃花」
「……優勝だよ。空君」
「馬鹿か。まだ俺はお前のチョコを食べてねぇよ」
楽しみを奪うな。
俺は桃花の全てを味わいたいと思ってる。
「……このチョコは空君だけだからね」
「当たり前だ。何を積まれてもやらねぇよ」
俺は桃花からチョコを受け取った。
さて、この世で最も価値のあるチョコをいただくか。
「……貰うぞ」
「いいよ。私を食べて」
パキリとチョコを歯で砕いた。
チョコはとても甘かった。
舌にねっとりと絡みついていく。
しかし本命はこれからだ。
「どうかな?」
桃花の経血が溢れる。
それがとても美味しかった。
血の鉄っぽさがチョコの甘さと良い感じにブレンドされている。
間違いなく高度な計算された一品。
しかも力が溢れてくる……
「私は吸血鬼で始祖でダンピールだよ。血にかなりの魔力を保持してるから相当力が出ると思う」
馬鹿か。
愛しいお前のだから力が溢れてくるんだよ。
お前の血じゃなきゃこうもならねぇよ。
でもな……
「優勝は俺だな」
「そうだね」
どちらのチョコが優れてるか。
こんなのは最初から決めようがない。
でも俺は無理矢理に判断基準を作った。
それは桃花を笑顔に出来るチョコだ。
桃花が作ったチョコより俺の作ったチョコの方が桃花を笑顔に出来る。
だから俺の勝ちだ。
「空君。優勝おめでとう。それと私に最高のチョコをありがとね」
「あぁ」
この大会はこれで幕引きだ。
あとは少し色々とやってから閉会式か。
「はい! というわけで優勝は神崎空だ! 盛大な拍手よ!」
とは言うものよ拍手をする者はいなかった。
まるで困惑してるようだな。
「いやぁ甘かった。凄く甘かった。甘くて吐きそうだ。まぁ私から言うのはそれだけだね」
甘いか。
この勝負は甘い勝負だったな。
「さて、次は恋分コンテストか。二十分後にやるから参加したい人は集まるように」
これはパス。
大人しく見学だ。
そして俺達はコンテストも終わり移動した。
「パパ! ママ! 凄かったです!」
ルプスが俺に抱きついてくる。
俺は彼女をヤレヤレと思いながら抱っこした。
「君達。少し自重しなさい」
「自重して得があるのか?」
「うん。ないね」
だったらする必要はないだろ。
真央は一体何を言ってるのか……
「ルプスもちゃんと待っててえらいえらい」
桃花が優しくルプスの頭を撫でた。
それによりルプスは幸せそうな表情を見せる。
何故かルプスは短い時間ながら溶け込んで俺達の子供みたいになってるのだ。
「はぁ……ルプスちゃん。可愛い」
惚れ惚れとした顔をするのは海。
一番のルプス中毒で重傷者。
「海お姉ちゃんはチョコ作らないの?」
「作りたいけど食べ物を作るのは苦手なんですよ」
「そっか〜。人によって得手不得手は違うからそれでいいと思うよ」
ルプスは桃花に似ていい子だな。
今度クッキーでも焼いてやるか。
「なんですか! この天使は!」
「俺達の娘だ」
しかしルプスの過去。
それがかなり謎なのが気掛かり。
今度ルプスの記憶も探さないとな。
「真央はルプスについて分かるか?」
「もちろん。全て把握してるよ」
「それを……」
「言わないよ。安心したまえ。時が来たら教えてあげるから」
またそれか。
鬼の神崎家と言いルプスと言い真央は隠し事が多い。
「桃花も無理矢理吐かせようと思わないことだ。たしかに君達は力をつけてるが君達を倒すのはまだ容易い」
「……本当にそうかしら?」
「あんまり舐めない方がいい。分かりやすく具体的に言うならば本気の夜桜一人で君達三人が束になっても一分で片付けられる」
ゾクッとする。
覇気が違う。
「そして暗殺姫こと白愛も十分に調べて戦闘能力を数値化させた。もし暗殺姫と手を合わせたとしても私の敵じゃない」
「……そうだね」
桃花が珍しく引いた。
やはり俺達は真央の手の上か。
「なに。何度も言うように君達が変な事をしない限り私は手出しはしないよ。ただ今回のは手出しをしたらどうなるか分かりやすく明確に教えてあげただけだ」
まぁ分かっていた事だ。
今は従おう。
「さて、私はそろそろ準備があるからこれで失礼するよ」
真央はいつものようにスタスタとヒールを鳴らしながら去っていった。
そろそろ本腰を入れて真央との対抗案も考えねぇとな。
そうして俺はバレンタインの甘さと現実の厳しさが交差する中に取り残された。




