158話 妖精の国
「……来たね」
部室に来ると真央が真剣な顔をして立っていた。
やはり全部聞いていたのだろうか。
「あの本。私はこの上なく不気味に感じている。それこそ世界の終末級の何かの引き金になりそうなね。海。これは絶対に手放さずに持っておくんだよ」
「……はい」
「君達の黒い部分はまぁ血筋のせいだろ。意外と血の繋がりって馬鹿に出来なくてね。子は親に似るものなんだ。だからまぁ神崎陸。あのクズの血の影響だと私は思うよ」
それだとしたら吐き気がするな。
あの親父と同類とは……
「でもあそこまでクズになってないのは君達の母親の血だろう。顔も知らないであろう母に感謝するんだね」
「あぁ……」
「さて、仕事は早急に終わらせるに限る。竹林は私と少し話があるから行かないってことで構わないか?」
「分かった」
「とりあえず向こうに行ったら夜桜がいるから基本的には彼に従うようにね」
おいちょっと待て。
今回は夜桜が同伴するのか?
「それじゃあ行ってらっしゃい」
しかしそんな疑問を口に出す間もなく足元に転移門が展開され俺達は妖精の国へと落とされた。
「ちーっす」
「……夜桜」
「まぁ概ね真央から話は聞いてると思うが俺が今回のガイドをさせてもらうぞ。なにせ妖精の国は世界の裏側に存在する普通なら妖精の導きが無ければ人間じゃ観測不可能な国でかなり広いからな」
「なるほど」
世界の裏側ね。
つまり完全に理から外れた世界に来たわけだ。
「それとこの国は常に昼だって事だけは念頭に置いておけ。あと真ん中にあるデカい木。それが妖精王の家となってる。いわゆるツリーハウスってやつだ」
“なにせ天気もずっと晴れだから屋根はいらないんだぜ”と夜桜が笑いながら付け足した。
「基本的に異種族の国は人には見えない。吸血鬼は結界があり妖精族は世界の裏側で人魚族は深海。鬼神族は人類未発見の島だからな」
今回この国に訪れたのはミネルからの依頼。
依頼の内容はこの紙袋を中身を見ずに妖精王に届けろというものだった。
もしも俺達が真央の手を借りなかったらどうやってここまで来れば良かったのか彼に小一時間問い詰めたいな。
「それじゃあ行きますか」
「……あぁ」
そうして俺達は真ん中の木を目指していった。
妖精の国の街の雰囲気は城下町といった感じだった。
道路とかは石畳でファンタジー世界を連想させる。
ちなみに城下町に着いてからは馬車で移動している。
「この国に住んでるドワーフは高層ビルとかを作る技術をもちろん持っているがこっちの方が雰囲気的に好きなんだってよ」
「なるほど」
「基本的にはどれも空気を汚さないエコなものよ。車とかガスとか一切無いだろ? 困った時は魔法を使うスタンスでな」
言われて見れば街灯の一つすらないな。
しかし生活に不便な感じはしないな。
「おっと。これを渡すのを忘れていた」
そう言うと夜桜は財布を渡した。
かなりズッシリとしている。
「人間のお金はこの世界じゃ使えないし両替も出来ないからな。とりあえず今日一日遊べるはずだ」
「悪いな」
「気にすんな」
それから移動する時はこの国の紙幣と言語について軽く教わった。
アリスとかミネルは基本的に英語を使ってくれるから会話に困ることはなかったし吸血鬼もフランス語だから何の問題もなかった。
まぁ竹林は話についていくのがやっとだったみたいだが。
しかしこの国は別だ。
「さて、着いたぞ」
でも着く時には会話出来るレベルにはマスターした。
白愛と同クラスとまではいかないが夜桜の教え方も決して悪くはないな。
「ていうかお前らどうして三十分で言葉を完全にマスター出来るんだよ……」
「そのくらい普通だろ?」
「まぁ真央は五分だしそこまで驚くことではないか」
いや、そこは唖然としてほしかった。
なんていうか軽く流されたな。
ていうか真央は五分で一つの言語覚えてるとか規格外すぎるだろ……
「しかしこれが異世界俺TUEEEE系の現地民の気持ちか。まぁ良い経験をさせてもらったよ」
夜桜がわけのわからないことを言っている。
しかし海と桃花は何故か理解出来てるようだ。
「やっぱりあれだな。始祖とそれ以外なら絶対に埋まらない溝があるんだな」
まぁそういうことだろ。
俺達から言わせればどうして三十分もあって理解出来ないのか不思議なくらいだし。
「やぁやぁ人の始祖。お初お目にかかります」
そして馬車から降りると緑と白を基調としたタキシードに身を包んだ男性が現れた。
しかも背中からは黄緑色の透明の羽が生えている。
「僕は妖精王ドレイク・オベイロン。オベイロン王と気軽にお呼びください」
イケメンと言えばイケメンだがどこか胡散臭い。
そんな感じの人だ、
「それと夜桜も久しぶり。あと人の始祖達は例のブツを持ってきてくれたのかな」
「……あぁ」
「ずっと楽しみにしてんだ。ドS紅茶」
……は?
まさかこの中身って……
「それにアクマちゃんに似た子に配送を頼むのは中々に良いセンスだと僕は思うよ」
「お兄様。まさか……」
「どうやら俺達は凄くどうでもいい依頼を受けていたらしいな」
完全にしてやられた!
あの自由人に!
「問題そこではないです。あの中身は間違いなく円盤。一番最初の一巻の発売日はまだ先。つまりエニグマは職権を乱用してフラゲをしたということです。これは到底人として許される行為ではないと思います」
「お、おう」
「……このクズ野郎! 恥を知りなさい!」
えぇ……
海の怒りの理由が理解出来ない。
でもこれだけはハッキリ分かる。
海はこの上なくブチ切れている。
「おやおや。ドS紅茶という作品を創れるくらいしか価値のない人間如きがこの僕に文句を言うと言うのかい?」
「えぇ。あなたのしたことは死罪にも匹敵しますから」
海が蝶化を行う。
いつも通りの美しい羽が展開される。
「……同じ妖精族か? いや、これは能力か」
「正解です」
「見直したよ。羽がありアクマちゃんと瓜二つというとても良い容姿。うん。君は人間族じゃなくて妖精族として扱おう」
まぁたしかに海は妖精と比喩しても良い見た目だよな。
それほどまでに神秘的だ。
「ふざ……」
「でも戦力差は理解した方がいいよ」
その瞬間、海の頬に紅色の線が出来た。
間違いなくオベイロンは海を切った。
「腐っても僕は始祖だ。君たちぐらい一捻りで殺せる」
「……」
この野郎……
人の妹に……
「あぁぁぁぁぁぁ僕のバカバカバカバカバカ! なんでアクマちゃんに傷を付けてるんだよ! 何をしてんだよ! ホント死ねよ! このクソオベイロンが!」
文句を言おうとした矢先だった。
オベイロンは急に自虐を始めた。
しかも地面に頭を打ち付ける自傷もやっている。
彼の綺麗な頭は自傷により血だらけだ。
「違う! そんなことをやってる場合じゃない! 手当の方が先じゃないか! ちょっと我慢してて! すぐに薬草取ってくるから!」
そう言うとオベイロンはツリーハウスを駆け上っていった。
一体なんなんだあれは……
「ほんのかすり傷なのに反応が凄くオーバーです」
なんていうか初めて見る人種だ。
怒る気すら消え失せた。
「やぁやぁ。遅くなってすまない! これは妖精の国の国宝の一つ。世界樹の葉だ。どんな傷でも一瞬で完治する。さぁ頬を出して」
「……はい」
そして海の頬に葉が触れた。
その瞬間、光強く輝き海の怪我は消えていた。
「ふぅ。良かった良かった。もしも傷が残ったら死んでも死にきれないことだったよ」
「はぁ……」
「それと君を少しでも傷つける人がいたら言ってくれ。妖精族が全勢力をあげて地獄の底まで殺しに行くから」
あ、これは真央と同じような奴だ。
言ってることがまんま真央だ。
「これでも僕は始祖。間違いなく戦力としてはこの上なく優秀だと自負してるよ」
オベイロンは痛いウインクを決めた。
でも彼が強いのも事実。
こんなふざけた野郎だが一切の気を抜いていない。
彼は自傷する時以外に一回も地へと足をつけていない。
「微妙に飛んでる理由かい? それは簡単さ。そこにいるドラキュラ王の娘。能力は音だろ?」
「えぇ。どうしてそれを?」
「風が教えてくれたのさ。それと常に微妙に飛んでるのは音を扱う少女の前で地面に足を着くなんて自殺に等しいからね」
貫禄が強者のそれだ。
動きには一切の隙がない。
「それでそこの少年は“一度受けた攻撃の再現”で使いこなせるのだけで言えば火と風と雷。それに強化、また他にも重さを変える事が可能。さらに直に触れた相手は能力を一切使えなくなるグレイプニルと言う鎖の神器を扱う」
俺の能力も全て割れてる……
もう既に全ての手が割れている。
「情報は武器さ。持っていて損はないよ。僕はそう真央に教わったからね」
「なるほど」
「僕は一度真央に手酷くやられているんだ。その時にお説教を受けて成長したのさ」
“あの頃の僕は馬鹿だったよ”と笑って付け足す。
一体過去の彼はどんなのだったのだろうか。
「僕は昔と違って非交戦主義者だ。出来る限り戦いたくはない」
「ずいぶんと丸くなったものだな」
「夜桜。もう過去の僕は忘れてくれないか。戦うなんて馬鹿のすること。本当の賢者は暗殺で犠牲を出さずに終わらせるって事を理解したから僕はもう非交戦主義者だ」
彼についてずっと観察しているが全くもって隙が見当たらない。
手には常に宝石を隠し持っているしこちらから少しも目を離さない。
「オベイロン王。そんな警戒しなくても大丈夫だぞ」
「僕がちょっとした動きを見逃してこの国の民に少しでも被害出たら大変だ。だから僕は僕が出来ることを全てするよ」
「そうか」
「……こいつらは信用して問題ないぞ」
「警戒は王の義務だ。どんなに信用出来る人であろうと王様だけは誰かを信用するなんてことがあってはならないんだよ」
俺達は三人の始祖にあってきた。
人の始祖である真央。
吸血鬼の始祖のドラキュラ王。
それに妖精族の始祖のオベイロン王。
誰もが自分の理念というか強い思想を持っている。
だからこそ強い。
「それと始祖の卵達よ。始祖は何があっても自分のしたいことを譲らない。それだけは覚えておくといい」
「……分かりました」
「うん。いい子だ」
オベイロン王は雰囲気と口調は優しそうな人だな。
まだ本質を知るまで関わってないから何とも言えんが。
「それで夜桜。真緒の計画はいつ行うんだい?」
「五ヶ月後だそうだ」
「分かった。それまでに我々も準備しておくよ。座標はオーストラリアで合ってたかな?」
「あぁ。真央曰くあの国は島国である程度の土地もあり気候も安定してるからユートピアの設立には丁度良いそうだ」
「なるほど。理には適っているな」
一体真央達はオーストラリアで何を行うつもりだ?
まったく掴めない……
「それと空。君にだけ話があるんだ」
「どうして俺の名を……」
「風が教えてくれたからね」
また風か。
しかし俺にだけ話とはなんなのだろうか。
「それと紅茶はダージリンでいいかな?」
「はい」
そうして俺だけが何故かオベイロン王と話すことになった。




