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世界調整  作者: 虹某氏
4章【嘘】
158/305

157話 崩れ

「……やっぱり狭いな」

「そう? かなり密着出来て私はいいけどね」


 俺達は早速あの棺桶を使うことにした。

 周りはクッションで出来ていて人である俺でも寝心地は良いと思える。

 でも問題が一つある。

 それはめちゃくちゃ狭いのだ!

 これは間違いなく一人用だ。


「……ねぇ……空君」


 桃花が喋る度に温かい息が当たる。

 柔らかい胸の感触は常に腕にある。


「これってかなり複雑な術式で常に温度と湿度が一定だから熱くなることも寒くなることもないんだよ。それどころか体温を探知して心地良い温度にしてくれるの」

「……魔法には血が必要だよな?」


 今思えばかなり不思議だ。

 海の超電磁砲(レールガン)と言いこれと言い常に魔法が発動しているのだ。

 まったく血を必要とせずに。


「それは術式を付与(エンチャント)してるからだよ」

付与(エンチャント)?」

「そう。これは魔法と違ってかなり複雑だから時間をかけて説明するね」

「頼んだ」

「任せて」


 しかし本当に俺は魔法について一握りしか知らないんだな。

 もしかして俺の【知】の使徒の知って“無知”のことなのではないだろうか。

 遠回しにそんなことを言ってくるなんて本当にあの幼女、知の神は性格が悪いな。


「悪いけど……私はそろそろ寝るよ。おやすみ」


 そう言うと桃花から寝息が聞こえた。

 本当に彼女は寝付くのが早い。

 桃花がこんなすぐに寝れる人だと知ってるのは世界に何人いるのだろうか。

 それを知れるのは夫である俺の特権だ。


「スゥ……スゥ……」


 この寝息。

 間違いなく桃花はこの上ない快眠をしている。

 俺はもう既に寝息一つで桃花がどのくらい心地良く寝れるか分かる領域にまで来ている。

 やはり吸血鬼の血と棺桶の相性は良いのだろうか。


「さて、俺も寝よう」


 なんていうか桃花の寝顔を見てると凄く眠くなる。

 こんな狭くて寝にくい場所でも簡単に寝ら……


 ◆ ◆


「……空君」

「……桃花か。おはよう」

「朝からヤるの? 私はいいよ」


 そう言われて俺は気づいた。

 何か右手に柔らかい感触がある。

 間違いなく桃花の胸だな。

 よく揉んでるから間違いなく分かる。


「でもここじゃ狭いね」

「そうだな」

「出よっか?」


 桃花はそう言って棺桶の蓋を空けた。

 外はかなり眩しいな。


「……早くぅ〜」


 桃花が何の抵抗もなくスラリと寝間着を脱いでいく。

 綺麗な肌を惜しげも無く晒しブラとパンティーしか纏わない姿を簡単に見せる。


「分かったよ」


 そして俺も服を脱いでいく。

 それから俺達は少しだけ仲を深めていった。


 一通り終えてから桃花が選んだ服に適当に身を包み一階へと朝食を取りに降りていく。

 朝食は毎回白愛が作っている。


「桃花様。空様。おはようございます」

「おはよう。今日のメニューは何かしら?」

「今日はオムライスにしましたよ」

「そう。ありがとね」


 桃花は軽くそう言って席についた。

 そういえば桃花と白愛が親しげに話すのをあまり見ないな。

 ていうか白愛は常に動いていて話したりする余裕すらないって印象だ。

 まぁこんなでかい屋敷の家事を一人でやってるのだから当然と言えば当然か。


「……はぁ……おはようございます。ていうかなんで皆さんはこんなにも早起きなんですか?」


 海が欠伸をしながら降りてきた。

 青色のジャージ。

 それが海の寝間着だ。


「安心して。私達も今起きたところだよ!」

「そうですか。今日のメニューは?」

「オムライスだって!」


 今起きたと言うが実際は二時間前には起きてたけどな。

 少し部屋で桃花とイチャイチャしてたから降りるの遅れたけどな。


「……今起きたですか。その割には桃花から男の臭いがしますが」

「お、海ちゃんもオブラートに包むようになったね! でももう一声かな」

「そうですか」


 しかしかなり寝惚けているな。

 一体海は何時まで起きていたのか。

 仕方ないからアレをするか。

 そう思いながら俺は洗面まで行き水を汲む。

 そして海にバシャァァァと容赦なくかける。


「目覚めたか?」

「はい。おかげで意識は覚醒しました」

「いつも思うけど本当にこの起こし方でいいのか?」

「はい。やっぱり全身を冷やすのが一番効率良いです」


 毎度の事で慣れたが最初の方は戸惑ったものだ。

 最初は徹夜をしていた時に海が眠気に負けそうになり俺達に水をかけてくれと頼んだのが始まりだ。

 それから海が眠い時は水をバケツ一杯かけるのがお約束となっている。


「お兄様。早く乾かしてください」

「はいはい」


 そして火と風を巧みに使って海から水分を飛ばしていく。

 濡らして乾かす。

 それが日課だ。


「ありがとうございます。さて、今日の予定は朝食を食べ終えたら学校に行き部室へ。そしたら真央が妖精の国へ私達を連れていくから観光とミネルからの依頼をこなす」

「概ねその通りだ」


 うん。完全に目も覚めたみたいでなにより。

 しかし傍から見たら俺が虐めてるみたいに勘違いされな。

 虐めるのは桃花の役割であり俺の役割ではない。

 あまり褒められた行為でないと理解してるが桃花が誰かを理不尽に蹴落として虐めてるのを見るのは眼福でもあるからな。

 だから見かけても特に注意とかしたりはしない。

 そもそも民間人如きが桃花に歯向かうこと自体が間違いなのだ。


 やっぱり俺って性格悪いな。


 そして間違いなく狂い始めてるな……


「空君。どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 もしも桃花みたいに誰かを虐める事が出来たらどんなに楽しくて気持ち良いだろうか。

 誰かの顔を歪ませるのはどんなに心地良いだろうか。


「やっぱり空君を選んで良かったよ。だって私と同じ匂いがするもん!」

「同じ匂い?」

「うん! 嘘で自分を隠す匂い! 隠し事する空君は私みたいで凄く好きだけど辛くなったら全部吐き出してね。私は何があっても空君だけは嫌いにならないから」


 なんだろうか。

 何故か桃花の言葉に鎖のような何かを感じた。

 初めて闇桃花に感じたのと同じようなあれを……


「空君。私は君が思ったる以上に嘘も隠し事も多い。私が不倫で出来た子供なんてまだ軽い方。私はこれでも【嘘】の使徒なんだよ」

「その嘘を明かす気は?」

「悪いけど今はないよ。だって空君は私が嘘を抱えてるって知っても愛してくれるでしょ? まぁ隠す程の物でもないから機会が来たら言うしまぁどうしても知りたいなら言うよ」

「……そうか」


 なんていうかやっぱり桃花は怖いな。

 まぁその怖さが桃花の魅力でもあるんだけどな。


「……言わないのは空君の前でだけは強い私でいたいからってだけだから安心して」

「お前に不安になる要素なんてねぇよ」


 もしかしてら桃花は世界を敵に回すかもな。

 そんな性格をしている。

 そして世界の脅威に成りうるだけの力を個人で保持している。

 でも俺はそうなっても桃花の隣を選ぶだろう。


「桃花。悪いけど私は不安になる要素ありますよ」

「海ちゃん?」

「闇桃花。あれは桃花の可能性の一つでもっと言えば見境を無くした桃花の本質でもありますから」

「そうだね」


 もしも今の俺が闇桃花と会ったら戦えるだろうか。

 もしかしたら受け入れてしまうのではないか?


「話を聞いた限りだとあれは間違いなく私。私と思考回路が瓜二つだもん。もしも海ちゃんを大切に思えなかったらああなっていたと思うよ」

「……」

「海ちゃん。君は私のブレーキでもあるんだよ」


 今の桃花と闇桃花の違い。

 それは海に手を出すか否か。

 俺と付き合っているか。

 たったその二つだけである。

 裏返せば闇桃花に今言った二つがあれば今の桃花と何の変わりもない。

 もしかしたら俺はまだ闇桃花に囚われてるのだろうな。

 闇桃花の姿を今の桃花に重ねていて、また闇桃花に憧れてあのような理不尽の暴君になりたいと思っているのかもしれない。


「でも私思うんだ。きっと闇桃花と私はとても気が合わない。だって自分同士だからね。多分会ったら三秒で殺し合いだね」


 桃花のサラリとした発言。

 それに背筋がゾクッとする。

 この一瞬で悪魔を見た。

 “真央は狂気的なまでの自己犠牲を極めた悪魔。私は逆に狂気的に自己愛を極めた悪魔。私と真央は同種だけど別種なの“

 桃花の口からそんなに言葉が聞こえた気がした。

 桃花は口を動かしていないのに……


「まぁ私は桃花が好きですから何でもいいですけどね」

「そっか。ありがと」


 もしかしたらこの世界にまともな人なんていないのかもしれない。

 みんな狂っているのかもしれない。

 生きてるのは狂人だけなのかもしれない。

 少なくとも俺も海も桃花も白愛も真央も身近な人は全員狂っている。


「そろそろ食べよっか?」

「そうだな」


 俺達はその言葉と共に話を切り上げて食事に入る。

 オムライスは卵口の上で溶け、ケチャップライスが良いアクセントとなっており非常に美味だ。


「そういえばお兄様」

「どうした?」

「白紙の本の意味ってなんですか?」


 海が突然そんなことを聞いてきた。

 白紙の本か……


「アリスの家で私が持ってきた本を覚えてます?」

「あぁ」

「不思議な事にその本は白紙なんですよ。そしてあの本は不自然に物理法則を無視して落ちたので間違いなくアリスからのメッセージだと思っています」

「なるほど」


 たしかにあのギュウギュウ詰めの本棚からあの一冊だけ落ちるのも考えにくい。

 間違いなくこの本は俺達に何かを伝えようとしてるのであろう。


「ずっと考えてたんですがまったく答えが思い浮かばなくて。最初はわたし自身の物語を紡いでってメッセージかと思ったんですよ」

「それで?」

「でもこの本はどんなインクでも弾いて書けないんですよ。それどころか水も弾きますし火でも燃えませんし……」


 いや、怖えよ。

 なんで今の今までそれを隠してたんだよ。

 感動的な話だと思ったらまさかのホラーだったとは。


「少し気味悪いね」

「それはないです。アリスの本ですから」

「あ、そうなのな」


 しかしアリスはどうしてそんな本を本棚に入れた?

 そんな呪われてそうな本を……


「ちなみに現物はこれです」


 海はどこからともなく本を出した。

 本当に肌身離さず持ち歩いてるんだな。


「……これは私もよく分からない。ただ一つ言えるのは魔法に近い何かで傷一つ付かないように出来てる」

「やっぱりそうですか。ありがとうございました」


 桃花が一通り分析し終えたのを確認して海が本を受け取る。

 また一波乱ありそうだ。

 それもルークみたいな生易しいものじゃなくて試練になりそうな難易度が高い何かが……


「あとで真央に聞いてみるか」

「そうですね。どうせここまでの話も共有で聞いてたと思いますし」


 しかし真央に二十四時間盗聴されてるのもまだ慣れぬ。

 でもそうしないと真央がすぐに助けに動けないからな。


「……あの、すみません」


 そんなことを考えてると白愛が話に入ってきた。

 彼女から入ってくるとは珍しいな。


「その本は呪われてて近くにいる人の精神を汚染する可能性はありませんか? そうすれば先程の皆様の異常な思考回路にも説明がつきますし」

「それはないかな。だって白愛さんが正常だもん」

「やっぱりそうですよね」


 いや、十分にありえる。

 だって白愛は人造人間(ホムンクルス)だ。

 呪いの対象外となってもおかしくない。


「……海ちゃん! もしかしてアリスはその本の秘密を解けって意味で渡したんじゃないかな?」

「……そうかもしれませんね」


 そんなわけない。

 みんな分かってるが口には出さない。

 もうこの話題は終わりにしたいのだ。

 少し未知過ぎてあまりに怖すぎる。

 これはそういう類の話だ。

 俺達はこの恐怖から目を背けたいのだ。


「さて、ごちそうさまでした! 早く行こ?」

「そうだな」


 そうして俺達は逃げるよう着替えてから学校へと向かった…。

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