147話 【嘘】の使徒の初勝負
「それで竹林の病院ってどこ?」
「ちょっとナビいいか?」
「どうぞ」
俺達はあれから色々とあり一旦家に帰り車で向かっている。
もちろん車は桃花の運転。
白愛は留守番だ。
ていうか桃花は何故普通に車を運転してるのか。
一応未成年だぞ。
「ここの山の頂上だ」
「了解。飛ばすよー」
ガタンガタンと車が荒く揺れる。
しかしこんな山奥に病院があるとはな。
「海は結局今日買った服に着替えなかったのか」
「はい。どうも嫌な予感がするので何時でも戦えるように」
「……嫌な予感?」
「はい。こうなんか大事な事を見落としててそれが大きな問題になるような……」
特に見落としなんかしてないなずだ。
エニグマの管理病院とはいえ既にルークはいない。
だってしっかりと殺したのだから。
「まぁ気には止めておくよ」
しかし参ったな。
そんなことなら真央との共有を切るんじゃなかった。
流石にデートの話が聞かれるのは恥ずかしいから切ってしまったがそれが裏目に出るとは。
「私も一応宝石は一通り持ってきたよ。それに車なら棒も搭載してるしね」
「たしか桃花は棍術が得意なんだよな?」
「そうだよ。剣術とかも出来るけど一番得意なのが棍術なの」
こうなるなら白愛を連れてくればよかった。
海よ。頼むから悪い予感するなら行く前に言ってくれ。
「ていうか絶対に何か起こるよ」
「どうしてですか?」
「だって海ちゃんがフラグ建てちゃったじゃん。私も嫌な予感してたけど敢えて言わなかったのな」
「……それ関係あります?」
「少なくも私はあると信じてるよ」
俺も海に同じく無いと思う。
口に出そうが出さまいが結果は変わらないはずだ。
「ほら、口は災いの元って言うでしょ?」
「あれってそこからきてるのか?」
「さぁ?」
しかし何かあれば正面突破だ。
今の俺達なら問題ないだろう。
「……ほら、やっぱりそんな気はしてたんですよ」
桃花が車を急ブレーキさせて止める。
病院に着いたからだ。
丁寧に敵までいて……
「ルーク。死んだんじゃなかったのか?」
「まさか。あれは変わり身だよ。僕と同じ顔に整形した別人。残念だったね」
「だから見落としてるって言ったじゃないですか……」
まぁルークなら問題ないな。
だって能力を使えないし俺達の命令には絶対服従なんだから。
「さて、蜂の巣になろうか?」
ルークが右手を挙げると後ろから大量の軍人らしき人が俺達に銃を向けている。
「さて、僕は耳栓するとしよう。君達の命令が聞こえないなら従う必要はないからね」
「……お兄様。桃花。私の近くに来てください。ていうか抱きついてください。そのくらいの方が安心です」
「分かった」
俺と桃花は海に抱きつく。
海の身体はほんのりと暖かく柔らかかった。
「打て」
「最も美しき蝶の羽!!」
海が能力名を喋ると羽が展開された。
弾丸は羽により貼られたバリアにより全て弾かれていく。
「……なにが微弱だよ」
「でもこれは恐らくですが核は防げませんよ」
「当たり前だ」
やっぱり海の能力はチートだな。
恐らく俺の攻撃は全て防げるだろう。
「もう蹴散らしていい?」
「出来るのか?」
「もちろん」
桃花はそう言うと地面を軽く足で叩いた。
その瞬間、ルークを除く軍人達が全て破裂した。
辺り一帯が血の海に染まる。
「……は?」
「私の能力は音だよ。そのくらいわけないよ」
地面を伝え音の振動を相手に伝えそれで粉砕したというのか。
しかも俺と海とルークは粉砕しないように計算して……
少し化け物すぎるだろ。
「なんだよ! 今の! ぼ、僕の私兵が……」
「内緒。とは言っても耳栓してるから聞こえないか」
桃花は笑顔でルークに近づいていく。
まさか俺の嫁が一瞬で人の集団を蹴散らすクラスだったとは……
「さて、悪い子には昔からお仕置きって相場が決まってるわけだ。出来るだけ苦しんでから今度はしっかりと死んでもらうよ」
ルークの顔色が一気に悪くなる。
それに対し桃花は更に笑顔になり蹴り飛ばした。
「……ウッ」
「まだまだいくよ」
そこからは桃花のリンチが続いた。
殴る蹴るは当然ながら踏みもした。
その度にルークは醜く泣きじゃくる。
「ちょっと耳栓取ろっか?」
桃花はルークから耳栓を奪い取り遠くに投げ捨てる。
彼が能力を使えればこんな簡単にことは進まなかったであろう。
彼の敗因はたった一つ。
桃花のブラフにハマったことだ。
「そういうば男の人なのに随分と綺麗な爪だよね。剥がしていい?」
「や、やめ……」
「やめなーい。あなたが私にしようとしたことを忘れたなんて言わせないよ」
桃花はペンチすら使う事なく素手で剥がしていく。
その度にルークが痛みのあまり叫び散らす。
「でも血で赤くなっちゃって綺麗じゃないかな」
「このサイコパスが……」
「へぇー。そんなこと言っちゃうんだ。まだ立場を弁えられないのかな。ちょっとキツイお仕置きだね」
そういうと桃花は右耳に指を入れた。
あぁ本当にえげつないな……
やっぱり女って怒らせると怖ぇわ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ルークは右耳から血がポタポタと垂れている。
桃花のやった事は簡単だ。
音を使った鼓膜破壊。
その痛みは尋常じゃないだろう。
「それじゃあ自害しよ……って危ないなぁ」
桃花がルークに命令しようとした時だった。
桃花の額に目掛けてナイフが飛んでくる。
しかし桃花はそれを難なく指と指で挟んだ。
「そこまでです」
飛んできた方向を見るとそこには女の人がいた。
かなりの巨乳で白衣を着た紫髪のショートだ。
「私はルークの秘書で【幻】の使徒。カナサラでございます」
「ふーん。私は桃花。【嘘】の使徒でそこにいる空君のお嫁さんだよ」
さて、そろそろ俺も動くとしよう。
念には念をで三人で戦うぞ。
「でもルークだけは殺させてもらうね」
「どうや……」
時は既に遅かった。
カナサラが言い終わる前に桃花が地面を軽く叩いていた。
強烈な振動は地面を伝わりルークに。
ルークはすぐに血を撒き散らし粉砕する。
「……音ですか?」
「さぁね。でもあなたの戦う理由はないんじゃない?」
「いいえ。流石に貴方は危険すぎます。桃花」
「そっか。じゃあ殺されても文句言わないでね。あなただって私を殺そうとするんだから。それとも撤退する? 私だって無闇矢鱈に人を殺すわけじゃないし深追いはしないよ」
「するわけないじゃないですか」
しかし相手は病院の屋上からこちらを見下ろす位置にいる。
ここで音を使ったら病院を破壊してしまうな。
「……室内戦か」
中に入ってカナサラの元へ向かい桃花が直接触れて粉砕するしかないか。
しかし中にはまだルークの私兵がいるんだろうな。
「とりあえず桃花はおんぶ。お兄様をいつも通りお姫様抱っこで運べばいいですね」
「……いつも通りって一回だけだろ」
たしかに合理的ではある。
しかしそう言いながらも俺は海に体を預ける。
中にルークの私兵が残ってるとしたらいつ撃たれてもおかしくない。
しかし海の近くなら全て弾けるわけだ。
「それじゃあ行きますよ!」
「二人背負ってても飛べるんだね!」
「当たり前です。桃花は適当なタイミングで勝手に降りてください」
なんて考えてた俺が馬鹿だった。
海で飛行して屋上にそのまま突撃するつもりだ。
もう本当に規格外……
ていうか当たり能力だ。
「えい!」
桃花はすぐに降り立ち扉を凍らせた。
相手の逃げ道を奪ったのだ。
そしてどこからか鉄の棒をだしてグルグルと回転させる。
「……使徒じゃないのに能力持ち。どんなトリックですか?」
「言うとでも」
「そうですね。普通は言いませんよね」
さて、俺も海に抱き抱えられながら宙という安全地帯から攻撃といきますか。
ナイフ如きじゃ海のバリアは割れないしな。
「……雷!?」
「悪いが威力は抑えめだ。建物に影響が出るからな」
桃花と戦ってる中でカナサラに雷を落として桃花の援護をしていく。
しかし桃花とやりあいながら雷を回避したりと中々に高い運動神経だな。
「思ったより強いじゃん」
「……この規格外!」
「でも遅ーい」
桃花の突きがカナサラに直撃した。
しかし不思議な事が起こった。
棒はカナサラを間違いなく貫通している。
しかし血が少しも出ていない。
「……なるほど。体が水蒸気で出来てるんだね」
「一撃で見破りますか」
「だって棒を振動させて返ってきた揺れが水蒸気のそれだったもん
「知識まで豊富ですか……」
相手は水蒸気と来たか……
体の構造がそもそも違うタイプの能力者に会うのは初めてだが厄介だな。
風はもちろん雷とか炎も効かないだろうしな。
つまり俺の攻撃手段は無しと来た。
「ていうかお兄様は重さを変える能力があるんですから自分の体を軽くして私の負担を減らそうって発想はないんですか?」
「悪い。すっかり忘れてた」
「まったく……」
あと俺が使えるのは音と重さを変えるくらいか。
どれも使い道は……
「空君。相手は攻撃する時は実体化するからそこを突けば空君でも対処出来るよ」
「なるほど」
「どうしてあなたがそれを!?」
「普通に考えれば分かるよ。だってそうしないと武器が持てないでしょ?」
たしかにそうだな。
つまり夜桜の獣化や海の蝶化と同じ部類か。
名付けるなら水蒸気化。
「……海って全身を蝶に出来たりするのか?」
「出来るに決まってるじゃないですか。メリットがないのでしませんが」
つまり攻撃を受けるタイミングでその位置だけを水蒸気にしてくる可能性が高いな。
そうしないと服とか落ちるだろうし。
だったら雷とか一気に全身を攻撃されるのに滅法弱い。
回避は出来るだろうが武器とかを全て手放すわけだからな。
「お兄様。何を考えてるのか大体分かりますがそんな大規模攻撃すれば病院が半壊します」
「……そうだよね」
困った困った。
ここは素直に桃花に任せてしまおうか。
「空君。私の活躍見ててね!」
「随分と舐めたことを!」
「舐める? 当たり前だよ。あなたはその程度の相手なんだから」
桃花にとっては小物らしい。
もしも俺一人だったら……
「ていうかお兄様のグレイプニルで簡単に無力化出来るじゃないですか」
「そういえばそうだな」
「本当に馬鹿ですね。じゃあ落としますよ」
え、ちょっと待ってくださいよ!
急に落とさ……
「大丈夫?」
「悪い」
しかし桃花が簡単にお姫様抱っこでキャッチ。
なんかお姫様抱っこばかりされてるなぁ。
「空君も戦う?」
「あぁ。グレイプニルとあいつはこの上なく相性が良いからな」
「たしかにそうだね」
動きは早いが俺と同レベルと言ったところ。
だったら簡単だな。
「……グレイプニル」
俺はグレイプニルを呼び出す。
当たればその瞬間勝ちだ。
「……ルークから話には聞いているぞ」
「随分と有名なことだな!」
俺はグレイプニルを飛ばして体を絡めとろうとする。
カナサラはそれを跳躍して回避。
しかし桃花はその隙を見逃さない。
「……右手貰うね」
「しまった!」
「水蒸気なら簡単に凍ってくれて楽だよ。それじゃあドーン」
桃花はカナサラの右手を掴むがカナサラは水蒸気にして抜け出そうとする。
でも桃花の方が一枚上手で隠し持っていたサファイアを使って右手を凍らせすぐさま音で破壊した。
それによりガシシャンと割れる音が響いた。
「そんなに凍ってたら凍傷になっちゃうね」
「……クソっ」
「それに右手まで失っちゃて本当に可哀想」
夜桜みたいな再生は無しか。
一度与えたダメージが蓄積出来るって凄く楽だな。
「覚えてろ!」
それからカナサラは全身を水蒸気にして撤退した。
彼女の着ていた服だけがその場に残されている。
「空君。追う?」
「いや、いい。そこまで恨みがあるわけじゃないしな」
「そっか」
そういえば初めての無傷での勝利だな。
やはり桃花がいると全体的に楽だな。
「……終わったみたいですね」
「あぁ」
「それでは面会に行きましょう。それとシャワーも浴びたいです。誰かさんのせいで血の匂いが凄く体に染みついてしまったので」
海が桃花の方をチラリと見た。
桃花は手を合わせて必死に謝っている。
「桃花の攻撃は強力ですがそれ故に惨死体にならざるおえませんね」
「だからごめんって。今度ケーキ奢るから!」
「責めてはませんよ。ただケーキは貰いますね。まぁ奢りぐらいじゃあなたの財布はまったく痛まないでしょうけど」
「それなら良かったよ〜」
しかし改めて下を見るとエラい光景だな。
どこを見ても血、血、血。
それに内蔵が露わになって散らばっている死体。
戦い跡を示すかのようにばら撒かれてる銃。
誰一人として死んだことにすら気づいてないような顔をしている。
少し前の俺なら間違いなく吐いていた。
でも今は吐かない。
俺は随分とそういう光景にも見慣れてしまったもので今では何とも思いやしない。
「それじゃあ竹林のところ行こっか?」
忘れてはならない。
この地獄絵図を展開したのは俺の嫁だということを。
俺の嫁ならその程度の事は造作もないということを。
そしてこの程度の殺戮では心すら痛めないということを。




