143話 真央の隠し刃
あれからかなり時間は経った。
桃花は無事だろうか……
俺は真央に情報が行くのを見据えて真央との共有を解除していない。
共有はグレイプニルに触れれば解除可能なためその気になればすぐに解ける。
「……もうそろそろ八時間だな」
ルークは何も言葉を返さない。
返したら混沌の狭間に連れていかれてると信じてるからな。
桃花を真央が助けてくれるのを祈るしか出来ない。
真央が桃花を助けるメリットはゼロ。
むしろデメリットの方が大きい。
それでも俺は真央に助けてもらうしかない。
自分が無力過ぎて怒りを覚える。
「ルーク。もしも俺がお前に“息をするな”って命じたら息をした瞬間に混沌の間に連れてかれるのを忘れるなよ」
「……」
「桃花に何かあったら今の話を覚えとけよ」
とは言うものの俺はもうルークを許すつもりはない。
心の中でルークを殺して世界が荒れるかルークを殺さず世界が今まで通り平和に続くか天秤にかけてるところだ。
ガチャリ。
そんな事を考えてるとシートベルトから俺の身は解放されて晴れて自由になった。
「……ルーク。命令だ」
しかし俺も自分では分からないがかなりイラついてるらしい。
さすがに桃花程ではないが俺も自分で思ってる以上にキレやすいみたいだな。
俺は質問する前にかなり間を空ける。
簡単な事だ。
ルークに命じた“喋るな”が解けるのを待っている。
「竹林の場所はどこだ」
「……僕の胸ポケットに地図がある。そこの病院だ」
間違いなく普通の病院ではないだろうな。
さて、勘だがそろそろ真央が来るかな。
「なんだこれは!?」
地面に穴が空いた。
どうやらビンゴだ。
予想通り真央が来たらしい。
「なんでもありだな」
穴に落ちるとそこは港だった。
あの穴は真央の転移門か。
まさかこんな使い道もあるとは……
「ルーク・ヴァン・タイム。久しいね」
「……神崎真央」
「私はこの上なくキレてるんだよ。海ちゃんを傷つけたことに加えてその他もろもろ」
俺はそのまま車から出る。
真央の顔を見るとそこに笑顔は全くない。
遠目でも分かるくらいキレていた。
「でも一番はやっぱり西園寺華恋を殺した事だね。私も夜桜もスーもこの日をどれだけ待ち望んだことか」
西園寺華恋。
それは真央がよく使う偽名だ。
少なくともそう思っていた。
でもそれは違うらしい。
おそらくは真央の大切な友人の名前だろう。
そして文脈から察するにルークに殺されている。
「随分と無防備じゃないか」
「君が能力を使うと混沌の狭間に連れていかれるのは知ってるからね」
ルークは下唇を強く噛んだ。
よっぽど悔しいのだろう。
「チェック・メイトだ。死んで詫びろとは言わない。ただ苦しめ!」
真央が怒鳴ると共にルークの下から夜桜が出てきて殴る飛ばした。
それによりルークはゴミのように吹き飛ぶ。
「……クッ」
「お前が華恋にした事を考えれば軽いだろ。華恋はお前にどれだけ苦しめられたと思ってる」
夜桜からも尋常ではない憎悪を感じられる。
もうルークは終わりだな。
「空。悪いね。本来なら君に殺させるんだがルークと私の因縁はマリアナ海溝よりも深くてね。なんと言っても私に世界を教えてくれた最も大切な友達を殺されてるんだ」
何も言い返せない。
俺もこいつを殺したいが真央のあの表情を見たらそんな事は言えなくなった。
「真央ぉぉぉぉおおお!」
「そんな人の名前を大声で呼ぶものではないよ。君はただ豚のように喚けばいい」
真央は冷たい目で見下している。
夜桜もこの時ばかりは手を止めている。
「お前が僕の神崎家をめちゃくちゃにしやがって! それさえなければエニグマは今以上に大きく完璧な世界管理を出来ていた!」
「そっくりそのまま返すよ。お前さえいなければ私達は華恋と一緒にまだ楽しい旅を続けられていたし私が魔王になることもなかったよ」
そう言うと真央はナイフを夜桜の前に投げた。
一体何を考えてるのだろうか。
「ルーク。このナイフで自害しろ」
「そんな事するわけ……」
「私はずっと君の殺し方を考えていた。君を夜桜に殺させて能力を奪わせるのが普通。でも私は私欲を優先した。それは君を苦しめて殺すという私欲。そして私は君が一番苦しめて殺すのは拷問でもなく自害だと判断したんだよ」
俺は真央の足元を見た。
そこにはいつの日か見た黒猫がいた。
真央はそれを優しく抱き抱える。
「ルーク。この猫は可愛いだろ?」
「しまった!」
「さよならだ」
ルークの体は勝手に動き始めた。
まるで催眠にでもかかったかのように。
それからすぐに
――自分の首をナイフで切り開いた。
「ありがと。スー」
「やっと終わったね。真央」
ルークの死体から血溜まりが広がっていく。
まるで花を開くかのように。
「あ、いつか見た男の子だ。私はスー。よろしくね」
「……こちらこそ」
思わず挨拶をしてしまった。
黒猫に……
「ちなみに私の能力は自分他人問わず自由に容姿を変えてなおかつ私を一ミリでも可愛いと思った相手を完全な管理下に置くことが出来るの」
「チートじゃねぇか!」
「そうかな?」
このスーと名乗る黒猫の能力。
あまりにもえげつない。
しかも使徒だ……
動物のくせに。
「あ、私は知的種族だよ。見た目は能力で変えてるだけ」
「彼女は正真正銘の私の隠し刃だよ。必中のね」
あまりにも強すぎる洗脳。
能力は前に海と考察した通り種族単位の変化である。
しかし可愛いのベクトルが小動物に抱く可愛いでも発動するとは……
「さて、これで“南極の引きこもり姫”も出てくるかな」
なんか新ワードが出たぞ。
引きこもり姫とは……
「せっかくだから空に面白い話をしよう。ルークはエニグマトップの影武者だよ」
「は?」
「まぁ実際は本物のトップは何も出来ずに黙ってることしか出来なかったけどね」
ちょっと待て!
つまりルークを殺しても何の支障もないのかよ!
「ルークは新生エニグマのトップで本物に成り代わろうとしてる輩だったのさ。ルークのせいで本物は手詰まりで動けずに困っていたところなのさ」
その後に真央は笑いながら“まぁ彼女はそれでも重い腰は動かさないだろうけどね”と付け足した。
姫ということは女性だろう。
しかしエニグマのトップも女。
ラオベンのトップである真央も女。
やはり女性の方がトップになるのは向いているのだろうか。
現に桃花も海もやたらと優秀だし……
「引きこもり姫。人類最後の砦にして私の計画の最終問題ね」
「引きこもり姫をお前は殺すのか?」
「さぁ? 今は殺すパターンと殺さないパターンの二通りの作戦があるがその時にならないと分からないね」
真央の脳内では何パターンも作戦があるのか。
それは恐らくミスしてもすぐに移行できるようにするためだろうな。
「それと空は早く帰った方がいい。桃花の熱が少し常識では考えられないくらいあったからね」
「それは本当か!?」
「あぁ」
たしかに熱が異様にあったがまさかそこまでとは。
あれより悪化しなければ良いが……
「熱は厄介な事に徐々に上がってきてたよ」
「それを早く言え! 俺を桃花のもとへ連れていけ!」
「分かったよ」
真央はすぐに転移で桃花宅の方へ送ってくれた。
俺は急いで家に入る。
「お兄様。ご無事……」
「悪い。それどころじゃないんだ!」
「桃花の事ですね。今すぐ行ってあげてください」
海が話をすぐ分かってくれて有難い。
心の中でこの上ない感謝をしつつ桃花の所へ向かう。
「……空君!」
「桃花!」
ヤバい。凄い熱だ。
少し近づいただけで湯気で熱さが伝わる。
まるで某ゴム人間が強化モードになった時のような感じ……
「私、隠してたことがあるの……」
「今は喋るな!」
「……私……試練を……受けてるの」
試練?
あの使徒になるためのやつか!
「それで……試練を……クリアしないと熱が……」
そういう事か!
俺の場合は回数制限だった。
桃花の場合は体力が続く限りってことか。
相変わらず悪趣味なことを!
「本当の……私を……教えて」
試練内容は分からない。
かと言って今の桃花に詳細に話せるほどの体力はない。
真央の共有で割り出すのがいいか?
いや、真央は俺との共有でこの話を聞いてるはず。
それなのにここに来ないってことは自分達でどうにかしろってわけか。
「一度しか言わないからよく聞けよ」
「うん」
だったら俺が助けてみせる!
桃花がいつも俺を助けるみたいに今度は俺が!
俺が一世一代のプロポーズをしてやるよ!
お前には俺の言葉が一番の応援になるんだろ!




