138話 密告ゲーム《前編》
あの手紙を読んでから気が気でない時間を過ごしてきた。
一体目的はなんだ……
差出人は分かっている。
俺だけを呼び出してどうするつもりだ?
「さて、五時間目と六時間目のわけだがこの総合の時間でテスト明けに行われるバレンタイン祭の話をしよう」
たしかテストは来週の月から木まで四日。
それで金曜日にバレンタイン祭だ。
「と、言いたいが一つ問題が起きた」
その瞬間クラスがガヤついた。
まるでなんだなんだと言うかのように。
「桃花君」
「はい。先生」
先生に呼ばれると桃花が起立した。
そういう事はクラス委員を使うのだが先生は何故か桃花ばかり使ってるな。
たしかに有能だから仕方ないと言えば仕方ないが。
「実はある男子の密告によりクラス内で海ちゃんが来たその日に美少女選手権が行われてるのが分かりました」
その言葉で男子の顔が青ざめた。
それからすぐに疑心暗鬼の目に変わる。
「果たしてそれで一票も入らなかった女の子はどれだけ悲しむでしょう。それを考えてみてください」
そう言われると全員が顔を下に向ける。
しかし桃花も言い方が上手いものだ。
「あなた達は容姿の差別という人として最もしてはならないことをしました!」
思ってもないことをスラスラと言えるものだ。
桃花の彼氏として言うが桃花は絶対にそんな事を微塵も思わない。
むしろブサイクなのだから差別されて当然という態度をとるのが桃花だ。
まぁそういう傲慢な部分が凄くすきなのだが。
「……しかし投票を行われたのは仕方ない。そしてそれを見ないとはもったいないというものです」
あーなんとなくやりたいことが分かった。
相変わらずの策士だな。
「なので代表者。投票結果を伝えに前に来てください」
「はい!」
男子一人が立ち上がって桃花の元へ向かっていく。
桃花は誘導したのだ。
怒る気はないよと猫の皮を被り誘き出したのだ。
「……ねぇ馬鹿なの?」
「ふへ」
「女子の皆さん! 犯人はこの涼原王太君です! なんと彼はドMのあまり裁きを求めて自首しました! その勇気を讃え彼に問いましょう! どうやって罪を償うつもりなのかを!」
ここでドSを発揮するか。
甚振る展開になって桃花の顔が先程より元気になってる気がする。
「……騙したな」
「騙される方が悪いのよ」
桃花と涼原の小さな声のやり取り。
悪いが海の鼻が良いように俺の耳は特別製でヒソヒソ話くらいなら簡単に聞こえるんだよ。
「涼原君。どうするつもりですか?」
「違う! 俺は悪くない! あそこの松竹が主犯だ!」
「は!? 俺違ぇし! 全部お前が始めたんだろ!」
この罪の押し付け合い。
人はなんて醜いものだろうか。
「ねぇねぇ。私分かってるよ」
桃花がひょこんと近寄って二人にだけ聞こえる声が話しかける。
さて、彼女は次にどんな舞台を用意してくれるのだろうか。
「二人共無罪だって。真犯人を教えてくれるかな?」
「「竿橋凛矢です」」
なるほど。
直訳すると桃花は仲間を誰か一人に罪を被せれば見逃してやると言ったのか。
その結果彼等はなんの躊躇いもなく仲間を売った。
「そっか。竿橋君はどうやって償うつもり?」
「……僕はやってない」
「それは無理があるかな。だってクラスで二人もあなたが犯人だって言ってるだもん」
「それでも僕は!」
ここで桃花が言い終わる前に手を叩いた。
桃花がこれだけのカオスで終わりにするわけがない。
もっと人間関係をぐちゃぐちゃにかき混ぜて壊すはずだ。
これだと竿橋が罪を全部被り女子全員の反感を買い彼は嵌められたと思い続け一生人を信用出来なくなるだけだ。
桃花がこの程度で終わらせるわけない。
「このクラスの男子は二十人。そこで私は考えました」
嫌な予感しかしねぇ。
絶対に腹の探り合いになるやつだ。
「今から紙を配るのでそこに誰にも見せずに匿名で主犯の名前を書いて渡してください。私も大人しくそこで一位になった人を犯人として扱います」
男子全員から歓声が上がった。
そして桃花は俺の方を見て誰にも聞こえない声で呟いた。
“密告ゲームの始まり。楽しそうでしょ”と。
桃花は俺の聴力のことを知っての事だろう。
これはえげつないぞ。
人と人の信用を天秤に掛けたゲームだ。
もっと言えば逆人気投票。
ここで一番票数が入った人は“お前が罪を被れ”って言われてるのようなものだ。
間違いなく精神的なダメージが大きいだろうな。
「それじゃあ配るから男子だけ受け取ってね」
そうして先生が桃花から紙を受け取り前から順に配っていく。
俺も紙を一応受け取っておこう。
書く名前は拓哉でいいか。
そう思ってスラスラ書いていく。
「空君。書き終わった?」
「あぁ」
俺は桃花に紙を渡す。
桃花はそれを何も言わずに受け取った。
「さて、開票します」
壁には大きく投票結果が張り出された。
一体桃花はいつあんなものを……
ちょっと待て!?
「うーん。困った」
「どうして俺に十七票なんだよ!」
今は夜桜と竹林が休みで全部で十八名。
そこから俺を除くと十七。
つまり全員で結託して俺に入れやがった!
完全に嵌められたッ!
「ちゃんと犯人として扱うんですよね。桃花さん」
誰かが席を立った。
こいつが俺を嵌めた主犯だ。
しかし一体どうやってクラス内で伝達させた。
あの状態で伝えるのは無理のはずだ。
「……闇王煉獄。どういうつもり?」
え、アイツの名前ってそんな名前なのかよ。
闇王ってめちゃくちゃカッコイイ苗字だな。
「どうもこうもこれは正当な投票結果であなたが言い出した事ですよ桃花さん」
妙に腹立つ言い方だ。
しかしここまで頭が回る奴がいるなんて予想外。
「まさか神崎はカッコイイからという理由で見逃すわけではありませんよね? 彼は人の気持ちを無視した極悪非道の大犯罪の主犯ですよ?」
「……」
桃花が人差し指の爪を噛む。
傍から見たらイラついてるように見えるだろうがアレは違う。
桃花が考える時の癖だ。
まだ桃花は諦めていない。
「……誰の入れ知恵かな?」
「入れ知恵なんてとんでもない。神崎が真犯人だからみんな正直に入れただけですよ」
ここからやるのは一つだ。
おそらくバックに誰かいる。
そいつを見つけるところからだ。
「冗談でしたでは済みませんよ?」
「……言われなくても理解してるから大丈夫だよ」
まずはどうやって投票結果を俺に統一させたか。
なんかしらのトリックがあるはずだ。
まずはそれを見つけないと話にならないな。
「悪いが俺はやってない」
「おやおや。たしか投票数は十九で貴方だけが投票してなかったはず。それは貴方が主催者である何よりもの証拠じゃないですか?」
「省かれたんだよ」
あんまり言いたくないが実際そうだ。
俺はクラスから省かれたのだ。
「いやいや貴方程の人を省くわけないでしょう?」
美少女選手権の主催者は実はこいつなんじゃないか?
涼原が最初に出たのはこいつが合図したから。
そう考えれば筋は通る。
桃花が立った時からコイツはこの展開を予想して俺を嵌めるつもりだったのではないか?
「……一ついい事を教えてやるよ」
「どうした?」
ダメだ。
考える時間が足りない。
だったら時間を稼げ。
「俺は極度のドMでな。裁かれたくて自分で投票した」
「嘘を言うな」
「たしかに証明する手段はない。これは匿名だしな」
ここで大きく息を吸う。
よし。落ち着いたし新たな可能性を突きつけてやろう。
「でも俺の言うことが本当だとしたら誰か一人は鈴木に入れた事になる。それに関してはどう説明するつもりだ?」
「個人的に嫌ってただけだろ」
「そう言われればそれまでだがその可能性を検証しないのは怠慢じゃないか? 怠慢により生まれた冤罪は星の数ほどある」
あとはニヤリと含みのある笑いを見せる。
最悪な展開はここで投票によって犯人を決める展開。
そうなったら多数決は良くないとか適当な理由でやめさせてやればいい。
「でも俺には一人だけすごい心当たりがあるんだよ」
「なんだ?」
「海。お前が犯人だろ」
さて、あとは海に罪を全部被せて終わりにしよう。
それが一番楽だろう。
「考えてみたらお前が来た初日に投票が行われるなんておかしいじゃないか。俺の予想だが自分が誰よりも可愛いと思われてるのを女子全員に知らしめるために自作自演したんじゃないか?」
「お兄様。ここまでの想像力があるのなら小説家になる事を進めます。最近では“小説家になろう”ってサイトで簡単に小説を挙げられますから帰ったらやってみたらどうです?」
これで第三者から見た犯人候補は大量になっと。
少なくとも全員が俺だと思うこともないだろう。
「そもそもお兄様はどうして私に入れなかったんですか?」
「言っただろ。俺は極度のドMで裁きを受けたいと……」
「矛盾してます。だったら今は理想的な場面なんですからさっさと裁かれればいいじゃないですか」
やばい。
海を敵に回したのは間違いだった。
俺が先程言った発言が墓穴に変わってきている!
「そもそもドMなんて大嘘ですよね。お兄様が鈴木拓也に入れたと思わせないための」
考えろ。
俺はどうすれば……
『キーンコーンカーンコーン』
そんな時に授業を終えるチャイムが鳴った。
戦争は終わる兆しを見せない。
「続きは六時間目だ。とりあえず十分休憩な」
しかし先生の一言で強制的休戦になった。
この十分どうやって使うか。
それにかかってくるな……
俺はそんな緊迫した状態で休憩時間を迎えた。




