135話 メイド殺し
「……白愛。そろそろ済ませるぞ」
「なにをです?」
「決まってるだろ。引越し準備だよ」
学校から帰宅して適当に時間が経ち現在は夕方である。
そして俺はこれから桃花の家に住もうとしてるのだ。
正直、桃花の家は風呂も大きいし台所も調理室と言っても過言ではないほど大きい。
つまり俺の家よりよっぽど良いのだ。
「……は?」
「住みやすい家に住むのは当たり前だろ」
「うわ……ヒモ男ですか」
いや、違ぇから!
俺はヒモ男になるわけではない!
ちょっと桃花のスネをかじって生きていくだけだ!
「そもそも高校生で同棲ってどうなんですかねぇ」
「問題ないだろ。婚約はしてるし」
白愛は本当に頭が固い。
世の中もっと柔軟に生きるべきだ。
「ていうかお前もなんだかんだ言ってここに泊まり続けじゃないか。なんならお前一人帰ってもいいんだぞ」
「すみません。私は正式に桃花様のお母様メイドになりましたので……」
「あの、聞いてないんですけど……」
「というわけですので本日一杯で空様のメイドを辞めて私は桃花様のお母様改め架純様のメイドになるのでご了承ください」
ちょっと話が進みすぎじゃないですかねぇ。
桃花宅に入ってから最近は家事ばかりやってると思ったらそんな事になっていたとは。
「本当に酷いんですよ。普段使ってる部屋を除いたら汚れがこの上なく溜まっていましたし」
「考えてみたらこんなデカい屋敷なのにメイドや執事がいない方が不自然だよな」
こんなデカい家に掃除が一人で追いつくわけがない。
その結果として必要最低限に済まされていたのか。
「まぁ今日で何とか全ての部屋の掃除を終えましたけどね」
さすが白愛。
このくらいやってくれると思ってたぜ。
「お、やっと終わったんだね」
「はい。この白愛が誠心誠意込めて全力で掃除をさせていただきました」
「そっか。それじゃあ隠し部屋の場所も全て教えるからそこもお願いしていいかな?」
「……まだあるんですか?」
白愛が唖然とする。
どうやら予想外だったらしいな。
「うん! 表向きは普通の家を装ってるからね。むしろ隠し部屋の方が多いくらいだよ!」
「……あれより多い?」
「そうだよ。私の家は表向きは三階建ての三十二部屋に地下一階の大部屋を足して三十三部屋だけど実際は地上部分だけで五十二部屋。つまり二十もの隠し部屋があってね」
うーん。何故こんなにも部屋が多いのか。
あまりの多さに唖然とするより先に疑問に思ってしまう。
「待ってください! 地上部分だけって……」
「うん! 地下は一階しかないように見せてるけど実際は地下三階まであるよ!」
もはや城だな。
ここはダンジョンと言っても過言ではない。
「……それで地下も入れた部屋数は?」
「百だよ。だから残りの掃除は六十七部屋だね。頑張ってね!」
なんていうドS。
もはや尊敬の域だよ。
「あの、三十三部屋の掃除ですら架純様の判定が厳しくて今日まで時間がかかってたのですが……」
「知ってる。でも頑張ってね!」
凄いブラック。
社会の闇だ。
「でも今日までって言うけど海ちゃんが壊した屋根の補修も入れてでしょ。だったら大丈夫だよ」
「えぇ……」
「あ、屋根の補修で思い出したけど天井の掃除もお願いするね」
ただでさえ多い仕事にこれでもかって言うかのように仕事を追加する。
これが俺の彼女だ。
もちろん自分で動くなんてことはない。
まぁ俺が言えば動くだろうが……
「架純様譲りのドSですね」
「よくそう言われるよ。でもお母さん程じゃないと思うよ」
「まぁそうですが……」
架純さんの方がSなのかよ!
桃花よりSとかそれじゃあSSではないか。
「ていうか架純さんって何やってたんだ?」
考えてみたら俺は今回はまだ架純さんの姿を一度も見てない。
何をしてたのだろうか。
「そういえば説明してなかったね。私のお母さんの専門は呪術だから夜桜を呪い殺せないかってずっと篭って試してたの」
「それで表立って戦闘には参戦しなかったのか」
「うん。本来なら敵を重くして動きを封じたりするけど空君も同じ事出来るなら私はいらないでしょって事でずっと篭って呪ってたよ」
うーん。このなんとも言えない感じ。
まぁ終わってしまったことを責めても仕方ない。
「でも夜桜の件が終わっても出てこないぞ」
「……架純様は新しい呪い方を思いついたらしく試してますよ」
呪いオタクだ。
今まで見た人の中で一番物騒かもしれない。
「なんでも魔力がない人でも突き指させる程度の事は出来る呪いだそうです」
「なるほどね」
魔力が無くても出来る?
一体何をするつもりだろう……
「まぁとりあえず架純さんが出てこない理由は把握した」
出来れば前線に出て戦ってほしかったが仕方ない。
そればかりは諦めよう。
「あと智之様達は丁度一週間後に旅立つそうです」
おそらくエニグマの仕事だろう。
仕方ない。
「了解。それと白愛さんに掃除なんかより最優先の仕事を与えるね」
「なんですか?」
「空君の家にある荷物を全てここに運んできて。あなたの収納を使えばすぐでしょ?」
「それはそうですが……」
白愛はどこか気が進まなそうだが……
桃花を言いくるめられるとは思えない。
「やっぱり高校生で同棲は……」
「ふーん。そういえば白愛さんに渡すものがあった」
「渡すもの?」
桃花は頷くと自分の胸にフリル付きのブラウスの上から手を入れて見覚えのある紙をだした。
胸の間とはなんて所に隠してるんだか……
ていうかまだ渡してなかったのかよ。
「これはここに書かれた事を守らないと混沌の狭間に連れてかれるって道具なの」
「はぁ……そんなの聞いたことありませんが」
「ちなみにこれはルークの。つまりルークはこれを守らないと混沌の狭間に行くの」
白愛が目を見開いた。
まるで信じられないとでも言うかのように。
「それってルークは……」
「うん。完全に私達の管理下だよ。彼は全裸で土下座しろって言われても私達に従うしかないんだよ」
まぁそういうことになるよな。
だって俺達の命令には絶対服従なんだから。
「桃花様は一体何を……」
「ちょっとルークが海ちゃんに手出ししたから地獄を見てもらうことにしたの。文句ある?」
「それで私は何を?」
「この紙が燃えると効力が無くなるの。そしたら私達は間違いなくルークに殺される。だからこれを世界で一番安全な白愛さんの亜空間に封印しておいてほしいの」
白愛が“そういうことでしたら”と呟いて亜空間に収納した。
これで問題ないだろう。
「それで本題なんだけど」
「……今のは本題じゃないんですね」
「もちろん。実は……」
今度はジーパンの後ろポケットに手を入れて紙切れを出した。
一体何をする気だ。
「私、うっかりその紙に“空君と同棲する”って書いちゃったの」
「何してるんですか!?」
「だから同棲しないと混沌の狭間に私が連れてかれちゃうんだよ」
いやいやそんな簡単にエイボンの書を使うな!
ていうかこれで本当に連れてかれたらどうするんだよ!
混沌の狭間が何か俺は知らないがろくなものではない気がする。
「本当に貴方って人は……」
白愛が珍しく頭を抱えている。
たしかにこうなれば同棲を許すしかないよな。
「仕方ありません。とりあえず空様の私物等を全てとってきます」
「ありがとね」
そして白愛が桃花宅を後にした。
まさかこんな使い方があるとは……
「ふぅ。緊張した」
「え?」
「あれはただの紙切れ。さすがに私も怖くてエイボンの書なんて迂闊には使えないよ」
「白愛を騙したのか」
「まぁね。ああでも言わないと白愛さんは許さないでしょ」
……ちょっと待て。
今、とんでもない事に気づいてしまったぞ。
「桃花。本当はエイボンの書って……」
エイボンの書は桃花のブラフではないか。
それなら今まで出さなかったのも説明がつく。
本当はエイボンの書なんて存在はしない。
それを桃花は偽って……
「空君の想像通りだよ。エイボンの書なんて存在しない」
「つまりルークは……」
「普通に能力だって使える。でも使ったら混沌の狭間に行くって設定だから使う事はまずないから確認する方法はないけどね」
怖い。
怖すぎる。
桃花はあの一瞬でルークを嵌める術を考えいたというのか。
「それじゃあどうして智之さんは嘘だとルークに説明しなかったんだ」
「私がお父さんを縛ってるからだよ。ちょっと昔色々あってね」
「色々か……」
とりあえず桃花が智之さんを管理下に置いてるのは分かった。
しかしルークにブラフだってバレたら大変だな。
「ただ怖いのがルークがうっかり口を滑らせてエイボンの書の話をしてしまうこと。その時点で混沌の狭間が存在しないことがバレてしまうからね」
「なるほどな」
彼は一応エニグマのトップだ。
それなりの脳はあると信じよう。
「そういえばさっきから混沌の狭間って言ってるがそれは何なんだ?」
「分かりやすく言うなら地獄でも天国でもない場所。そこでは死もなく何かを感じることしか出来ない。そして人がそこに行くとそこで無限の退屈を味わう地獄よりも酷い場所よ」
それは辛いな。
死にたくても死ねず何かが変わることもない。
ただただ虚無が続く……
「あの時はルークだからこの程度のブラフで乗り切ったけど真央だったら間違いなく見抜いてくるよ」
「やっぱり桃花から見ても……」
「チートの中のチートよ。どこか抜けた感じだけどめちゃくちゃ頭は良いよ。頭脳勝負になったらまず彼女に勝つのは不可能だよ」
分かってはいたが真央は凄い。
だって桃花にここまで言わせるのだから……
「少なくとも私は生涯真央より頭の良い人に会うことはないって自信を持って言えるね」
俺は頭は良くない。
たしかに見ただけで暗記とかは出来る。
でも回転は普通だ。
簡単に言うなら勉強だけ出来るタイプ……
「あら、二人共なんの話をしてるんですか?」
そんな時にバスローブに身を包んだ海が出てきた。
体から湯気が出ている。
しっかりと暖まってくれたみたいで何よりだ。
「なんでもないよ」
「そうですか。お風呂空きましたのでどうぞ」
「ありがとな」
俺は桃花と一緒に浴室へと向かう。
この広い銭湯みたいなお風呂もようやく見慣れてきた。
「うーん」
「どうしたんだ?」
「泡風呂に電気風呂に炭酸風呂に絹の湯。ウチって一通りのお風呂は置いてあるじゃん」
「そうだな」
今まで全部使われる事はなかった。
単純に掃除が追いついてないからだ。
そのため炭酸風呂の炭酸抜きで入っていたのだ。
話には聞いていたがまさか本当だったとは。
俺は平常を装ってるがめちゃくちゃビビっている。
「あとサウナもあったね」
「は?」
「たしかに今までは掃除もメンテもしてないから稼働しなかったけど白愛さんがどうにかしてくれたの」
「恐るべし……」
お金持ち怖い。
もうここで商売出来るだろ……
「でも私気づいたの」
「何に?」
「ここには露天風呂がないの!」
「これ以上増やすつもりかよ!」
現在で四種類。
いや、水風呂を入れて五種類。
もうおかしいだろ……
「白愛さんに言ったら明日には寝ころびの湯なら用意してくれるみたいだよ」
「用意出来ちゃうの」
「ただ室内になっちゃうのが癪なんだよねぇ」
庭は広いと言えば広いからどうにかならないこともないが相当なコストが必要だよな……
「それで他の人に見られないようにする敷居を作るのも含めて露天風呂を三日で作るように言ってあるの。もちろんそこに寝ころびの湯も置いて……」
それにあの鬼畜な量の掃除。
いくら暗殺姫と言われる白愛でも仕事が追いつかないわけだ。
「いやぁ白愛さん来てから私の家の機能は三割復活してきたよ。あのルークを嵌めた落とし穴だって白愛さんが調整してくれなきゃ稼働しなかったしね」
「実際はもっと凄いのかよ……」
「うん! 難攻不落の要塞になるよ!」
今ですら凄いと思うのにそれを上回るのか……
最終的にここはどうなってしまうのだろうか。
「あと増築して四階にテラスを作ろうと思うの!」
「……もう任せる」
考えるのをよそう。
それ以上考えるのはダメだ。
「任せてよ! 絶対に家から出なくても何でも出来る家にするからね!」
桃花なら普通に庭に遊園地も作りそうで怖い。
もし遊園地を作るならどこかの島を買い取らせてそこに建てさせよう。
ていうかその際にこの家も引っ越そう。
これは間違いなく普通の住宅街にあっていい家ではない。
最悪は白愛の収納で家ごと引っ越すのも無理じゃないだろう。
いや、この家を空中要塞に改造した方が早いか?
「それじゃあ入ろっか?」
「そうだな」
服を畳んで引き出しに入れる。
そして風呂場に行くと見違えるくらい違っていた。
「おお! 予想以上だね」
「前も綺麗だったが今の方が断然綺麗だな」
前も悪くはなかった。
ただ目の前にある炭酸風呂を除いて蓋がしてあって入れなかったし床も今ほど綺麗ではなかった。
もちろん前が汚かったわかじゃないが。
「あれが泡風呂か?」
「うん」
「……泡と言いながらジェット水流完備かよ」
しかし凄く気持ち良さそうだ……
ていうか最初の俺はどうして桃花を振ったんだよ。
振る理由がまったくないじゃないか。
可愛いし金持ちだし戦えるし。
桃花程良い人なんてこの世にいるわけないじゃないか……
「……どれから入ろっか?」
「やっぱり泡風呂だろ」
「そうだね」
果たしてこれを泡風呂と呼べるのか。
少なくとも俺は呼べないと思っている。
とりあえずシャワーで洗いっこしてから泡風呂に移動する。
俺が入ると同時に俺の上に桃花がちょこんと座る。
「そういえば他にはどんな部屋があるんだ?」
「基本的には客室になってるよ。正直かなり持て余してるんだよね」
「なんか上手く使えないものか……」
あの膨大な量の部屋をどう使うか。
実際言われてみると思い浮かばないな。
「水族館でも作る?」
「……出来るのか?」
「あとで白愛さんに聞いてみる」
なんか出来そうな雰囲気だから怖い。
でも水族館にするとしたら何を入れるか……
「あ、一つだけ良い案が思いついたよ」
「どういうのだ?」
「折角だからアリスさんの本を全て持ってこよ? あのまま誰の目にも触れないのも彼女は不本意だろうし」
たしかに悪くはない案だ。
しかしアリスの所にある本屋はかなり莫大だ。
こんな広さを誇る桃花宅でも全部入るかどうか……
「さすがに全部は無理だろうから一部抜粋って形になると思うけどね」
「なるほど」
持ち運びにはやはり白愛の収納頼みになるか。
そうでもしないとあの量は運べない。
「ていうかこの家って高層ビルにした方が良かったんじゃないか?」
「えー。見た目が綺麗じゃないから却下!」
それもそうか。
でも高層ビルの方が便利だよなぁ……
「そういえばもうそろそろバレンタインだね」
「もうそんな時期か」
「空君は欲しいチョコとかあったりする?」
バレンタインってあまり良い想い出がない。
去年はロッカーに四十三個のチョコが入っていたがどれもあまり美味しいものではなかった。
「任せる」
「分かった」
「それとバレンタインで思い出したんだがもうそろそろ学校行事でバレンタイン祭ってあったよね」
うちの学校は理事長が変わってから五月と六月を除いて毎月学園祭みたいなイベントが行われるようになった。
そして理事長は真央。
彼女は一体どんだけ祭り好きなのか……
「そんなのあったね。一体何をするつもりなんだろ?」
「詳しい事は一週間前にならないといわれないからなか」
真央の事だ。
きっとそれなりの事はするだろう。
「うーん。次はどこのお風呂行こっか?」
「サウナ行って水風呂入って上がろう」
「そうだね」
さて、サウナはどんなものか。
ちなみに他のお風呂に入らなかったのは明日のお楽しみにするためだ。
「……ここだね」
「めちゃくちゃ本格的じゃねぇか!」
しっかりとした木製の部屋。
まさかここまでのものだとは……
「もちろんテレビも内蔵済み!」
「すげぇよ。もうすげぇよ」
「折角だし朝言ってたアニメ見よっか?」
「そうだな」
そうして俺達はサウナへと足を踏み入れた。
◆ ◆
「それでサウナで長時間過ごして倒れたと。馬鹿ですか?」
返す言葉もねぇ……
もしも桃花が白愛を呼びに行かなかったらどうなっていたのか。
想像しただけで恐ろしい。
ていうかなんで桃花は平気なんだよ!
「ていうか今何時だ?」
「夜の十一時です! 白愛が仕方ないので晩御飯は作っておいてくれたので感謝してください!」
うわ、もうこんな時間かよ。
いつもなら寝てる時間だな。
「……それで晩御飯は?」
「お兄様は話を逸らさないで反省してください! そもそも何をしてたらこんなサウナで時間を潰せるんですか!」
「いや、アニメを見てたら……」
「はぁ……」
海が頭を抱えて大きいため息をつく。
しかしかなり体が温まった。
「とりあえず牛乳です。サウナに長時間いたのでかなり水分が飛んでると思いますからしっかり水分補給してください」
「悪い」
やっぱり風呂上がりの牛乳は格別である。
この一杯に適うものは早々ない。
「まったく。牛乳の方が良いだろうと思って水ではなく牛乳を渡した私も少しは褒めてほしいものです」
「海ちゃん。そこは水を渡そうよ」
桃花がすかさずツッコミを入れる。
俺的には牛乳の方が有難かったが……
「とりあえず晩御飯食べよ?」
「そうだな」
既にテーブルには晩御飯が俺達の分だけ展開されていた。
メニューは野菜の詰め物。
フレンチの一種だ。
「いただきます」
「はーい。空君あーん」
俺は桃花に差し出されたを迷わず口に運ぶ。
うん。やはり白愛の料理は絶品だな。
「……バカップル爆発しろ」
海が何か言ったのは気のせいだろ。
俺達はこうして楽しく晩御飯を平らげた。




