132話 エイボンの書
「時間止め使って裸を撮って脅迫とかどこのエロ同人ですか?」
当の海はそこまで気にしてないみたいでなにより。
でも今回は桃花に頭が上がらないな。
「……そういうば殴られたところ大丈夫?」
「はい。あの程度なら慣れてますので」
“あの程度なら慣れてる”か。
本当はそんなこと言ってほしくないな。
「ていうかルークどうする?」
「そうですよね」
時間と空間。
空間を操る方が厄介だな。
真央とルークでどちらが対処しにくいかって言われたら圧倒的に真央だしな。
「ルークの変わり身を用意出来ないでしょうか?」
「変わり身?」
「誰かがルークに変装するんですよ」
そんなのすぐにバレるに決まってるだろ。
何を考えて……
「真央のところに容姿を変える能力を使う人がいましたよね?」
そういうば夜桜の考察の時に挙げたな。
容姿どころか種族を変える能力者の話。
「ていうか空君も海ちゃんもどうして真央が力を貸してくれる前提なのかな? そもそも連絡手段は?」
「言うの遅くなってすみません。実は真央とメアド交換してます」
海。こういうのは早く言えよ。
おそらくメアド交換したのはスパイした時か。
「でも私は真央に頼るの反対かな。まだ真央の目的が見えないのが少し怖すぎるよ」
「……たしかに」
「真央はルークを狙ってる。それって裏を返せばルークなら真央の計画を止める事が出来るってわけでしょ?」
たしかにその通りだ。
だとしたら……
「まぁとりあえずルークと契約しちゃうね」
「契約?」
「うん。両者の同意の元で絶対に破れない契約を結ぶの」
まぁそれは随分と便利なことで。
そんな技術が存在してたとは少し驚きだ。
「あ、ちなみに契約は神器を使うよ」
「は!?」
「神器というのは不思議な事に契約者が死んでもこの世界に残るんだよ」
つまり真央が死んでも聖杯は残る。
闇桃花が死んでもソロモンの指輪は残る。
俺が死んでもグレイプニルは残るって事か。
「それで佐倉家に代々伝わる神器“エイボンの書”。ここに契約の内容を書いて血を垂らす。すると破った時に混沌の狭間に連れて行かれるの」
こんな便利なのはもっと早く言え。
もしもこれがあったら……
「例えば一時間勉強するって書いて血を垂らすと一時間勉強しなかった場合は混沌の狭間に連れてかれるの」
「えげつねぇな。ていうかなんでそれを真央との時に言わないんだよ」
「まぁ今まで言わなかったのはトップクラスの秘密だからって言うのと使い道が無かったっていうのが大きいかな」
まぁたしかに真央や夜桜に契約させる余裕なんてなかったがそれでも……
「これは本当に奥の手で秘密だよ。佐倉家以外の人が知るのなんてこれが初めてなんだから」
「……マジ?」
「うん。おそらくそこのルークも知らないだろうし」
こんな簡単に言っていいのかよ。
いや、俺はもう桃花の夫になるし佐倉家に分類されるし海は俺の妹だから桃花の義妹になる。
つまり問題はないということか。
「ていうか他言無用をエイボンの書で契約しないんだな」
「うん。だってそしたら他人と契約出来ないじゃん」
「それもそうか」
この上なく便利な神器の気がする。
いや、真央の聖杯の方が便利だろうか?
「あと契約内容を書いたページが焼けると契約が破棄されます!」
「おいおい大丈夫かよ……」
「もちろん対策は考えてあります!」
さすが桃花。
しっかりしてるな。
「それは白愛さんの亜空間にぶち込む事です! そうすれば白愛さん以外は誰も出せません!」
「……」
なんだ。
他人任せか。
期待して損したぜ。
「ちょっとー! 幻滅しないでー!」
「それで何て書くんですか?」
たしかに海の言う通りそこが問題だ。
契約に抜け道は作ったはならない。
「とりあえず空君と海ちゃんと私が不快に思うことはしないのと私達の命令には必ず従う。能力を二度と使わない。エイボンの書の他言無用かな」
「まぁ妥当か」
「それを三ページに分けて行います。そうすれば能力使って欲しいけどまたあんな事をされるのは嫌だーって状態を避けれるでしょ?」
なるほど。
ルークに能力を使って真央と対抗してほしい時はこの能力を二度と使わないのページだけを焼けばいいのか。
そうすると俺達を困らせる事をしないが残るしな。
「さて、ルーク。話は聞いてたから分かるでしょ?」
「僕が応じるとでも?」
まぁそうなるよな。
しかし桃花は不気味に笑った。
「海ちゃん。ちょっと真央に電話して。ルークの身柄を引き渡すから」
「やめろ! それだけはやめてくれ!」
「はーい。それじゃあ黙って契約しましょうね」
ドSだ。
すげぇドSだ。
ベッドの上じゃ正反対なのに……
「とりあえず空の小瓶を渡すからそこに血を入れて私達に渡してね」
「……はい」
ルークが渋々従っている。
さっきの高飛車な態度は何処に行ったのだろうか。
「そういえば強引に血を抜いて垂らしたらどうなるんだ?」
「それは意味はないよ。どうも血と相手の合意も必要らしいんだよ」
なるほどな。
しかしちゃんと契約したのかどう見破るのか。
「ちなみに契約に成功したら紫色に光るから安心してください」
「本当に便利だな」
俺もこういうサポート系を選ぶべきだっただろうか。
その方が色々と良い立ち回りが出来た気がする。
「お兄様のはグレイプニルで正解ですよ。あれがないと夜桜を倒せませんから」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
海が俺の悩みに勘づいたのかフォローしてくれた。
本当に出来た妹だ。
「空君。念の為にグレイプニルでルークを縛ってもらっていい?」
「任せろ」
俺はグレイプニルを出すとすぐに投げてルークの右手首を捕まえる。
かなり慣れてきてグレイブニルで何かを掴むのは容易い。
今なら空き缶くらいなら問題なく拾えるだろう。
「さて、ルーク。血を頂戴」
桃花が馬鹿にするような笑みを浮かべながらビンと剃刀を投げ入れる。
ルークは渋々剃刀で指を軽く切り小瓶に血を入れて俺達に投げ渡す。
「ルーク。契約の内容はこれでいいかしら?」
桃花は先程エイボンの書に書いた内容を一言一句間違うことなく普通の紙に書き写し渡していく。
それにしてもかなり注意を払っている。
血を小瓶にしたのだってルークに書き加えられないようにするため。
今回も同じ理由だろう。
俺だったら間違いなくそこまで気が回らない。
俺は改めて桃花の凄さを実感した。
「せめてここの能力の使用を禁ずるだけは……」
「海ちゃん。真央のメアドってなんだっけ?」
「わかったわかった! 契約するよ!」
桃花はニッコリと笑い血を垂らしていく。
そしてエイボンの書から少しの間だけ紫の光が出て契約は完了をした。
「空君。ルークを引き上げていいよ」
「分かった」
俺はグレイブニルをルークの腹に巻き付けて底から引っ張り上げる。
「……覚えとけよ」
「よし。海ちゃん。真央に……」
「すみませんでした! 二度と生意気な口は聞きません!」
桃花は笑顔を少し見せるとすぐに真顔に変わった。
それから迷わずルークの腹を思いっきり蹴った。
「違うでしょ? “すみません桃花様。素晴らしきあなたの考えにご賛同出来ず不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい”でしょ?」
「す、すみま……」
「はーい。遅い。もっとテキパキ言おうか?」
再び桃花の蹴りが入る。
鬼だ。やってる事が鬼だ。
「ねぇ真央の元に連れていかれたいの?」
「すみません桃花様。素晴らしき……」
「もっと誠意を込めて言わなきゃダメだよ」
また蹴りが入る。
しかし今度は一度ではない。
二度も三度も連続して……
「まぁいいや」
ルークの顔は完全に腫れ上がっていた。
あの整えられた綺麗な女顔は跡形もない。
「海ちゃんにした分。まだ返済出来てないからね?」
桃花は笑いながらもかなりキレている。
めちゃくちゃキレている。
「早く帰ってくれるかな? この家に海ちゃんを傷つける人を置いとく余裕なんてないから」
それからルークが地を這ってすぐに桃花宅を後にしたのを言う必要は無いだろう。




