118話 お薬
「うん。いいよ」
「悪いな……」
「気にしなくていいよ。でも痛い思いしても怒らないでね」
桃花と戦うのは初めてだ。
恐らく本気でやらなきゃ勝てない。
「……アリス。能力でエクスカリバー出してもらっていいかしら?」
「そうだね。流石に傷を負うのはまずいよね」
海がアリスに言って場所が草原になった。
特に互いに気を使う必要もない。
場所は整った。
「ルールは敗北を認めるか致命傷を負うまでね」
「分かった」
「それと白愛さん。ちょっと棒というか鉄パイプ用意してもらっていい?」
棒?
それが桃花の武器なのか。
「はい。長さは1mくらいで良いですか?」
「うん。丁度良い」
白愛から桃花に鉄パイプが投げられた。
桃花はそれを華麗にキャッチしてクルクルと回す。
「やっぱり魔法使いって言ったら杖だよね」
「これは杖じゃなくて棒だぞ」
「そっちの方が頭を叩いた時に火力が出るんだよ」
少し冗談を言い合った後に互いに神妙な顔つきに変わる。
「海。合図してくれ」
「わかりました」
ゴクリと唾を飲む。
最初が肝心だ。
桃花はどう動く……
「始め!」
合図と共にズドンと大きな音が鳴らす。
俺は桃花に向かって雷を落とした。
しかしこれで終わるわけがない!
「グレイプニル!」
そのままグレイプニルを桃花に飛ばす。
まずは彼女の太ももを貫いて……
「強化。少し動きが遅いよ」
桃花が強化だと!?
完全に想定外だ。
「ごめんね」
そのまま桃花は俺に回し蹴りをした。
首が変な方向に曲がりかける。
なんて速さでなんて威力の高さ……
「飛ばさないのはわざと。追撃が楽だから」
そのまま溝に何かが突き刺さる。
彼女が持っていた鉄パイプ。
それで思いっきり突いたのだ。
「グッ」
「気管を突いたから息をするのも厳しいはずだよ」
桃花は跳躍。
クルリクルリと八の字を書きながら空中で鉄パイプが回る。
「貫いて」
勢いを殺すことなく俺の心臓を目掛けて落ちてくる。
無論、鉄パイプで貫こうと先端を向けて……
「……加速!」
「ごめんね。それは織り込み済みなの」
その言葉を聞いた時には既に彼女の足が俺の目の前にあっと。
俺はそのまま顔面を蹴り飛ばされる。
体が吹き飛ぶがなんとか倒れまえと着地体制を整える。
「さすが私の彼氏!」
しかし桃花は遠慮をしない。
俺の頭をかち割ろうと鉄パイプで殴りかかってくる。
これは仕方ないがやるしかない!
俺は頭の上に手を掲げて鉄パイプを受け止める。
「……この判断は正しいよ」
手が痛ぇ。
間違いなく今ので折れた……
「加速強化!」
でも構ってる暇はない!
俺は思いっきり加速する。
誰よりも早く……
そして勢いを殺さずそのまま桃花に蹴りを……
「ごめんね」
そう思っていた。
しかし俺は間違いだと気づいた。
彼女の手にはエメラルドが握られている。
「切り刻んで」
その瞬間、風の刃が俺を襲った。
ズタボロに体が切り刻まれる。
「……もう降参する?」
痛てぇ。めちゃくちゃ痛てぇ。
切り傷自体は浅いが切られた場所が多すぎる……
「するわけないよね。私が選んだ人だもん」
考えろ。
どうやったら桃花に一撃を入れられる……
「それじゃあ行くよ」
違う。
やるのはいつも通りでいい。
もっと単純でいい。
速い相手との戦い方は俺が一番良く知ってるだろ。
「……パイプによる突き」
「さすが空君! 私の動きに慣れてきたね!」
俺は体を逸らして回避。
そうだよ。
やるのは予測だよ。
予測して動けよ。
「グレイプニル」
俺はグレイプニルを呼び戻す。
もう戦い方は分かった。
「第二ラウンドって言ったところかな?」
「……そうだな」
喋る度に切られた口に痛みが走る。
ほんとにやってくれたな……
「いくぞ!」
「いつでも準備は出来てるよ」
俺はグレイプニルを鞭のように扱う。
まずはグレイプニルで桃花の頭をぶん殴る。
「……まぁそうなるよな」
「うん」
しかしグレイプニルは鉄パイプによって絡め取られた。
そのまま桃花は力任せに引っ張り俺を釣り上げる。
でも予想内だ。
「……お返しだ!」
釣り上げられると同時に先程の桃花と同じように風の刃を大量に飛ばす。
それと同時に桃花の体を重くする。
これで回避は不可能だ!
「ごめんね。私の動きはちょっと体が重くなったぐらいじゃ止まらないの」
しかし格の違いを見せつけられた。
桃花は全ての刃をあっさり回避。
そして俺をそのまま自分の元へ寄せて膝蹴りを入れる。
「……ゴホッ」
あまりにも重い一撃。
胃の中の物が逆走しそうになる。
しかし桃花は休憩する暇を与えない。
俺の顔を鷲掴みにして地面に思いっきり叩きつけて顔を力強く踏む。
「私の手にはルビーがあります。空君を燃やそうと思えば二秒で燃やせます」
「……」
「降参してくれるよね?」
もう完全に負けた。
諦めるしかないな。
「あぁ。降参だ」
その言葉と共に眩い光に包まれた。
光が俺の傷を癒していく。
「……勝者は桃花ね」
海が勝利宣言を行った。
あまりにも企画外だった。
以下に俺が井の中の蛙か思い知らされた。
「空君!? ごめんね。少しやりすぎた」
思いっきり桃花が俺に抱きついてくる。
そして俺を労る。
「手の骨。折れてない! 切り傷。治ってる! その他諸々の痣になった形跡。無し!」
「……エクスカリバーで傷を受ける前に戻したんだから当然だろ」
「そうだね。でもやっぱり不安なものは不安だよ」
あまりにも大きな壁。
本当に桃花は強すぎる。
「空君。私は君の隣に立つに相応しい人かな?」
「当たり前だろ。むしろ俺の方がお前の隣にいていいのか不安になる」
「空君より私の隣に適任の人なんていないよ!」
笑いながらそう言うが彼女は俺に無傷で勝つぐらいには強い。
魔法の腕は当然として他でも俺は適わない。
俺の攻撃は全て見切られて当たらない。
桃花は確実に一手を入れてくる。
洗礼された棒術にそれをサポートするかのような格闘術。
でも、それらは彼女のサブウェポンにすぎない。
彼女のメインは魔法だ。
そして魔法はたった二回しか使ってない。
「空君はこれから強くなるよ。だって私の彼氏だから」
「なんだよそれ……」
負けて慰められる。
あまりにも哀れすぎる。
そしてこれは俺が挑んだ試合。
その事実が拍車をかける。
「とりあえず戻ろっか?」
「そうだな」
アリスが能力を解除した。
先程までの桃花宅に戻る。
「……お兄様」
「何すんだよ!」
戻ると共に海が俺にチョップした。
一体何を……
「何時までメソメソしてるんですか」
「……悪い」
「“悪い”じゃないです。そもそもどうして桃花に勝てるって思ったんですか?」
「勝てるなんて……」
「どうせ神器を手に入れた事で調子に乗ってんじゃありませんか? いい薬ですよ」
そうかもしれない。
俺は調子に乗っていた。
自分がどこまで通用するか見たくて桃花に戦いを挑んだ。
少しは通用すると思ってた。
でも結果は散々だ。
「悪い。今日は寝るわ」
「そうですか。さっさと寝て頭でも冷やしてください」
心のどこかで桃花を下に見てたのかもしれない。
俺はただ自信が欲しかっただけなのだろう。
桃花に勝つ事でこの中で白愛を除いたら俺が一番強いってなりたかっただけなんだ。
本当に醜い……
頭に浮かぶのは自分への罵倒。
そればかりが思い浮かぶ
俺はどうすれば良い。
俺に足りないのはなんだ……
俺はそんな葛藤の中で眠りについた。




