102話 神崎 空
「具体的に私はどうすればいいの?」
「そうだな。桃花に手を貸してほしいのは夜桜と戦闘になった時で……」
いや、もっと大事な事がある。
うっかり見落とすところだった。
「どうしたの?」
「いや、他にもやってもらいたいことがあった。お父さんに全て話して増援に来て欲しいんだが……」
「分かった!」
問題は信じてもらえるかどうか。
そこは桃花に任せよう。
彼女ならきっとどうにかしてくれる。
「あとルークさんが来るのが火曜日の夜。それまでの間に夜桜にバレたくない……」
「なら良い案があるよ。佐倉家は医者とも面識があるから……」
なるほどな。
たしかにそれならいける。
ナイスだ桃花。
「おっ。空君も察しが良いねぇ」
「インフルエンザを偽装して休む。そうすれば1週間くらい休んでも不思議に思われないって事だろ?」
「正解! 夜桜と会う機会を減らせばバレにくくなるでしょ」
とりあえず待機か。
これまでの間は少しだけ退屈だな。
「それと私と会うのはルークさんが来てからだね。夜桜に私と会ってることは極力バレない方が良いでしょ。基本的にはメールで互いに状況報告でどう?」
「それでいい」
今度こそは上手く行く。
全て上手くやる。
「桃花。俺がやることってあるか?」
「特にないよ。最後の戦いに備えて」
「でも……」
「大丈夫だから私に全て任せなさい!」
そうするのが一番か。
結局俺は楽な事ばかりして……
「そろそろ私は帰るね」
「夜道には気をつけろよ」
「心配ありがとね。それとクッキーとジュース美味しかったよ」
そして桃花が帰っていった。
あとは待つだけ。
もしこれでダメだったら……
「空様」
「どうした?」
「神器の契約はしないんですか?」
するわけないだろ。
今の俺には負荷に耐えられない。
「しなければ負けますよ」
「したくても出来ないんだよ。察しろ」
「本当に勝つ気でいるなら神器は必要不可欠。それをしないなんて怠慢ではございませんか?」
いや、俺が契約して動けなくなる方が問題。
神器は時が満ちれば……
「今やらないで何時するんですか?」
「お前。どうしたんだ? 少しは休めよ」
白愛の様子が何かおかしいぞ。
まるで壊れた機械。
「しっかり休んでるから大丈夫です。それより神器を……」
これしか言わない。
いい加減イラついてきた。
「お前。さっきからなんなんだ?」
「私は思ったことをそのまま……」
「悪いが今のお前は妨害しようとしてるようにしか思えねぇ。今日の朝のアレだって言う必要あったか?」
「はい。空様が道を踏み外さないために……」
そうか。
おそらく今の白愛は情緒不安定。
頭の中がグチャグチャになって追いついてない。
こんな姿だが中身は生まれて五年のホムンクルス。
五歳児と言っても過言じゃない。
そんな子が耐えられないのも無理はないか。
なんて言っても生存本能を恋愛感情と間違えるぐらいの子供だ。
「悪いが俺はとっくのとうに道を踏み外してる。二周目で桃花をこの手で殺したあの日からな」
未だにあの感覚を覚えてる。
彼女の血の温度は手に怖いくらいこびり付いている。
もうこれは呪い。
一生付きまとうであろう。
俺は罪を背負って生きていく。
人の道を踏み外した外道だからな。
「いい加減黙れよ。俺が全て解決してやるから大人しく見てろよ」
「嫌です」
「白愛。悪かったな」
そうだよ。
根本的に全ておかしいんだよ。
「何がですか?」
「お前は休んでろ。考えてみたら五歳児を働かせるなんて異常だ。そんな事続けてると俺は労働基準法で裁かれてしまうよ」
少し小粋なジョークを入れながら話す。
五歳児を頼るなんてどうかしてる。
そんな状況だったから白愛は歪んだ。
「そんな事……」
「お前は“頼られる側”じゃなくて“頼る側”だろ」
またあの感覚だ。
三周目の最後に起こった感覚。
海と桃花はあの時に白愛を見捨てて逃げようと言った。
そして挙句の果てに海が捨て駒になって時間を稼ぐとも言った。
その時に俺はキレて怖いくらい冷静に頭が回った。
これと同じ事が起きている。
何をすればいいのか。
答えが浮き出るかのように分かる。
「白愛。何をしたいか言ってみろ。俺が全てやってややるから」
「私はただ空様が幸せに……」
「違うだろ。もっと欲に忠実になれよ」
白愛に一歩近づく。
そして顎をクイッと持ち上げて俺の方に顔を向けさせる。
「黙って俺の言うとおりにしろ。メイド」
「……はい」
白愛から手を離すと両膝をついて力が抜けたように倒れた。
これでいい。
全て上手くいく。
「白愛。まだ自分でも何がしたいか分かってないんだろ。主人として命じる。自分のしたい事を見つけてそれを行え」
「……分かりました」
そうだよ。
まずは目先の問題から解決するべきだったんだよ。
白愛が使えない。
その状況で夜桜を倒す。
やる事は一つだけだ。
「俺はもう寝る。部屋にいるから何かあったら叩き起こせ」
そう言い残して俺は自分の部屋に戻った。
俺の部屋は特にそれと言った特徴はない。
ベットがあり勉強机がある。
少し他者と違う事と言えば大きな鏡がある事くらいだろう。
その鏡に俺の姿が移る。
不思議な事に顔とかは変わっていないはずなのに前見た時とはまるで別人に見える。
特に目が……
「……違うだろ」
ガシャシャンと割れる音がした。
俺は鏡を素手で殴り割ったのだから当然だ。
特に理由なんてない。
強いて言うなら覚悟を決めるためだ。
「過去の俺は打ち砕く。そうしなきゃ前に進めねぇ」
手から血が滲んでいる。
ガラスの破片が思いっ切り食い込み肉を裂いている。
しかしこの程度の痛みは慣れた。
俺は乱暴に手からガラス片を抜き取る。
そしてそれを投げ捨てる。
「さて、勝負といこうぜ。神崎空」
これから行われるのは自分との戦い。
すなわち神器との契約だ。
知の神は言っていた。
自分の器を見極めろと。
それはあの中に俺でも耐えられる神器があるって事。
腐っても神器だ。
多少グレードが落ちようが協力である事には違いない。
夜桜の妹である姫を殺せる神器とは契約出来ないだろう。
少し悪い気がするが割り切るしかない。
甘い自分も甘い理想も全て捨てろ。
「知の神。宝物庫に俺を連れてけ」
その瞬間、景色は見慣れた真っ暗な部屋に変わる。
目の前には紫髪の縦ロールの幼女。
服装はいつもと違い青薔薇を連想させるドレス。
「正装の私とは初めましてだね」
「そうだな。俺がここに来た理由は分かってるだろ?」
「もちろん! だからこそ君の覚悟に免じて私は面倒な正装を着たのさ。世界の英雄が生まれる時に正装じゃないなんてマナー違反な神になりたくないからね」
何が世界の英雄だ。
俺ほど英雄という言葉から程遠い人物はいない。
俺はどこまで行こうが外道だ。
「それにしてもほんの数分前までは神器の負荷には耐えられないなんて嘆いてたのに契約に来るとは君も面白い人だねぇ」
「どうでもいい。俺は力が必要なんだ。望んだ結末に行けるだけの力がな」
「そう言うと思ってたよ! って言いたいけど私は残念な事に“嘆いてなんかない”って言うと思ったよ」
ホントにどうでもいい。
でも軽いジョークに乗ってやるか。
「嘆いてねぇよ。悲観してただけだ」
「この返し実に良いよ! 君を私の使徒にして本当に良かった」
気に入ってもらってなによりだ。
でも気を抜くのは禁物だ。
「空。私からのアドバイスだ。武器は選ぶなよ」
「どういう事だ?」
「槍とか剣の形状をした物は選ぶなって事だよ。武器として作られた物は例外なく負荷が大きいからね。私は耐えられると思われる人を一人しか知らないよ」
なるほどな。
つまり羽衣や指輪とかは負荷が少ないのか。
「でも武器として作られた物じゃないと姫は殺せないからそこは覚えておいてくれ」
「分かってるよ。姫を助けるのは別の方法を探す」
「君も随分と変わったね」
変わらきゃ同じ過ちを犯す。
変わるのは当たり前だろ。
「準備はいいかい?」
「お前に会った時から出来てる」
「それじゃあ行くよ!」
景色が一新する。
俺はもう間違わない。
ここからだ。
俺はここで生まれ変わる!




