1話 日常
時は冬である。
風が吹く度に体がブルりと身震いする。
そんな中で僕は、人目の少ない校舎裏に来ている。
目の前にいるのはクラス一の美少女の佐倉桃花である。
何故、校舎裏に来たかというと彼女に呼ばれたから。
彼女の顔から嫌でも彼女の緊張してるのが伝わる。
「……言いたい事は分かってると思う」
佐倉さんは覚悟を決めたように小さな口を開いた。
もちろん分かっている。
間違いなく告白だろう。
「私ね。前から神崎君が大好きだったの。頭も良くて体育の授業とかでも凄くカッコいい。そんな神崎君が大好きなの」
流石にそこまで言われると照れる。
でも悪いが答えは決まってる。
「だから、付き合ってください!!」
佐倉さんは顔だって悪くはない。
というよりめちゃくちゃ良い。
頭も良い。
運動神経も良い。
胸もクラス一と言っても過言ではないレベルである。
そんな茶髪のツインテールの女の子だ。
「ごめんなさい」
しかし俺は断る。
今の俺は付き合うとか考えられない。
それに一人の女性に責任を持てるとは思えない。
「せ、せめてメアドだけでも」
「ほれ」
そして俺はメアドを書いた紙を渡してその場を後にした……
◇ ◇
「お前、まさか桃花ちゃんを振ったのかよ」
「あぁ」
佐倉さんの告白が終わるのを丁寧に待っていてくれた友人。
鈴木拓也だ。
「持ったいねぇな」
「まだ僕に彼女は早いよ……」
「やっぱりお前は白愛さんを狙ってるんだろ?」
白愛さん。
フルネームは青井白愛
僕のメイドである。
「僕とあの人は釣り合わないよ」
「そういうものか……」
白愛さんは凄い。
料理をさせれば天下一品。
掃除も完璧。
そして運動というか戦闘も出来る。
僕も白愛さんに戦い方を学んである程度は戦えるようになったつもりだ。
まぁ彼女の教え方はかなりスパルタだけど……
「白愛さんが来たのっていつだっけ?」
「二ヶ月前。お前が転校してきた三日前」
「そっか」
未だになんであんな凄い人が僕のメイドなのか分からない。
あの人にはもっと相応しい人がいるはずだ。
「それじゃあ俺はこの後に用事あるから」
「また明日……って明日は土曜か」
「空らしくないミスだな」
「……悪いかよ」
そんな馬鹿話をして拓也と分かれた。
僕はそのまま自宅を目指す。
僕の家はマンションでその二階だ。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
そして白愛が出迎えてくれた。
彼女はメイド服に袖を通したとても品のある女性だ。
髪は黒髪で肩まであるセミロング。
胸は桃花程ではないがある。
「空様。あまり女性の胸をジロジロと見るものではありませんよ」
「……手洗ってくる」
僕は逃げるようにその場を後にした。
いつも通りの日常だ。
そんな日々が続くとこの時までは思っていた。
「そういえば空様。学校のテスト見ました」
「ちゃんと満点だっただろ?」
「はい。満点でした」
白愛は今では僕の保護者代理でもある。
親父は白愛と入れ替わるようにしてどこかに行ってしまった……
母親は生まれつきいない。
それに兄弟も無しだ。
つまり完全に白愛と二人暮らし。
「満点より上を取れと何度も言ってますよね」
「いや、無理だから」
白愛は少しばかり常識が欠如している。
百点のテストがあったら百二十点を求めるのが白愛。
少しばかし理不尽な存在だ。
「まぁとりあえず本日分の勉強もしますよ」
「はいはい」
「“はい”は一回でいいです」
基本的に僕は白愛に勉強を見てもらっている。
白愛は常識こそ欠如しているものの知識はある。
「とりあえず今日は数学で良いですね?」
「任せる」
「では数学にしましょう」
そして数学の勉強が始まった。
ちなみに僕は現在、高校二年生だ。
それなのに勉強する範囲は高校ではない。
何故か大学だ。
「高校の勉強をするべきだと思うんだが……」
「貴方様が全てマスターしてるのは知ってますよ」
たしかに一通り覚えている。
実際に定期テストだってオール満点を難無く取れる。
しかしだな……
「楽はさせません」
「勘弁してくれよ……」
そして白愛の授業が始まった。
一日の勉強時間は大体一時間。
その後は何故か戦闘訓練になる。
「とりあえず腕立て伏せを千回しといてください」
「……毎回思うんだがそれって意味あるのか?」
「貴方様は神崎家の人間です。それなら多少は戦えないとダメです」
僕の苗字はたしかに神崎だ。
しかし神崎家だから強くなくてはならない理由が分からない。
親父は神崎家について何も言ってなかった。
普通にありふれた家系のはずだ。
「まぁ神崎家については十八になった時に全て話しますよ」
「……今じゃダメなのか?」
「はい」
一体神崎家に何があるのだろうか。
もしかしたら代々何処かのSPでもやってたりするのだろうか。
今思えば親父の体はかなり鍛えられていた。
あながちそれもありえるかもしれない。
「終わったら晩御飯にしますよ」
「とりあえずやっちゃいますか」
そして僕は腕立て伏せを始めた。
最初こそキツかったが今はかなり楽になった。
これも成長だろう。
「終わったよ」
「お疲れ様です。とりあえず晩御飯のビーフシチューです」
時計を見るともう夕食の時間になっていた。
時の流れというのは早いものだな。
僕は“いただきます”をして料理を食べ始める。
「そういえば学校はどうでしたか?」
「告られた」
「……またですか」
「あぁ」
告られる事は少なくない。
でもどれもOKするには至ってない。
理由は先程述べた通りだ。
「そういえば味はどうですか?」
「美味しいよ」
特にゴロリと入ってくる具材にしっかりと味が染み込んでるのが良い。
肉は口に入れた瞬間に簡単に崩れる程柔らかい。
まさしく美味の領域だろう。
「それなら良かったです」
「そういえば冷蔵庫に食材が入ってないがどうやって料理してるんだ?」
「内緒です」
僕の家の冷蔵庫は基本的には空だ。
それに関わらずこのメイドは料理を作る。
そこで一つだけ疑問が生まれる。
彼女は一体何処から食材を出しているのだろうか。
僕には彼女には何かがある気がしてない。
「そうか」
しかし今はそれを探る術はない。
謎を謎のままにしておくしかないのだ。
でも何時かは暴く。
「白愛ってここに来る前は何をしてたんだ?」
「内緒です」
彼女は謎に満ちている。
ウチに来た経緯やそれまで何をしてたのか。
そもそも彼女とは何者なのか。
あまりにも隠してる事が多い。
親父ならその謎を全て知ってるのだろうか。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
僕はビーフシチューを食べ終える。
それから空になった器を白愛さんに渡す。
「冷蔵庫が空の件。たしかに不便かもしれませんね。なので明日買い出しに行くので付き合ってもらっていいですか?」
「あぁ」
買い出しくらいは別にいい。
もしかしたらそこで白愛について何か分かるかもしれないな。
そんな期待を込めて今日という日を終えて明日の買い出しに付き合うことにした。
この時の僕はまだ知らない。
自分がどういう存在なのかを。
そして自分が何を成すのかを。
まだ僕が僕の時の時間だ。