冬の出会い
――今日は日曜日だ。
早朝から夜の9時まで、私は伯母宅に帰っちゃいけない日。
伯母一家は今日みんなでドライブに行くんだそう。希空は加々見くんに電話して、どんなお土産がいいか尋ねたりしている。希星は新しい服に育を通して姿見の前で自分チェックに余念がない。
伯母もいつもより化粧が濃いし、伯父は家族の安全第一と、タイヤの空気圧を調べに近くのガソリンスタンドに出かけている。
だれもがドライブを楽しみに浮きだっているのが分かる。
……むろん、その家族の集まりに私が居てはならないのはいつもの事。
ドライブで沸き立つ伯母一家を尻目に、乾燥機に入れてあった洗濯物にアイロンをかけて畳み、朝食の洗い物と掃除、あとは帰宅後にすぐにお風呂に入れるようにお風呂掃除。
そこまでやってから、伯父さんからドライブに誘った事が嬉しかったらしい伯母が、上機嫌で私に500円玉を差し出した。
「これでなにか食べなさい」
「……ありがとうございます……」
500円。これが私の今日の昼食と夕食だ。
安いパンを買って残りを浮かそう。2回もシャーペンの芯を買っちゃったし。
伯母に頭を下げてから二階に上がって着替え、伯母たちより先に図書館に向かう。
私の持ち物は500円が増えた小銭入れと教科書と筆記用具。喉が渇いた時に飲む水道水を入れたペットボトル。あとは100均の2枚組タオルハンカチと、この前薬局で買った99円の荒れ止めリップクリームと駅前で貰った質の悪いポケットティッシュだ。
たったこれだけ。
家出をしようと思った中学時代でも感じたけど、私の荷物の少なさがそのまま自分の価値の少なさに思えてしょうがない。
そんな気持ちを振り切るように図書館に行ったけれど、日曜日は混雑していていつもの席には座れなかった。
隅の方に腰を下ろしてノートを開く。取り出したシャーペンの芯は、教室で芯を踏み折られた放課後に100均で買ったもの。
月1000円で雑費と筆記用具台を賄う私には、それ以上の金額の芯は買えなかった。
教科書と図書館の辞書を開いて重要項目をノートに書き写す。けれどすぐにペキっと芯が折れてしまった。
私の筆圧が高いせいか、100均の芯は脆くてペキペキとすぐに折れる。ノートの隙間に折れた芯が挟まって汚れ、私はその汚れを見るたびに惨めな気持ちを我慢しなくてはならなかった。
ペキペキと折れる芯。
いろいろな我慢してきたことがこんな風に容易く折れそうで怖い。
その恐怖から逃れるように必死にノートを書き写す。
集中しているうちに昼になり、空腹を覚えた私は寒空の下に出ることにした。図書館は暖かいけれど、飲食は禁止されているから。
薄っぺらい私服の上に羽織るコートは、学校にも着ているヤツで私服と同じでペラペラ。風がますます冷たくなった今の時期だとちょっと辛いな。
風を避けようと俯き加減になって、そこで“小銭を探している”と加々見安売りくんに言われたことを思い出して顔を慌てて向かい風に胸を張った。
よし、その姿勢のままスーパーまで歩いてパンを一つ買おう。それが昼食。午後も図書館に戻って閉館ギリギリまで粘る。
日曜日は閉館時間が早いから、その後はショッピングセンターのベンチで時間を潰して帰宅時間まで街をうろつこうかな。
友人も六に居ないし、お金もない私は、歩いて時間を潰す方法しかない。でも夜になるし、なるべく明るい場所を選んで歩いてそれから――。
考え事をしながら適当に商店街を歩いていたら、いつもは通らない道で出てしまって足を止める。
商店街の裏手は閑静な住宅街だ。
さすがに迷子にはならないだろうけど、気分転換に知らない道を歩いてみようかな。なにか面白いことがあるかもしれないし。
そうしてヤケクソのように知らない道をずんずん歩いていた私の足元に、ざっと何か細かい物があたった。なんだろうと視線を下に向ければ、足元にあるのは落ち葉と砂埃。それが私の足にかかったみたいだ。
「おおう、これは大変な失礼をしたね、お嬢さん」
お嬢さん? 誰の事?
お嬢さんを探して周囲を見回すけど、目に入るのは住宅街から少し離れたところにあるちょっとおんぼろなアパートと、アパート前の自販機で。それらの周辺に居るのはぼんやり立ち尽くす私と、箒を持った白人のおじいちゃんだけだった。
やせぎすなおじいちゃんは箒を持ったまま申し訳なさそうの眉を下げている。
「申し訳ないね、お嬢さん。ちょっと箒をもって年甲斐もなく張り切ってしまって……ああ、足が汚れてしまったかな? とんだ粗相をしてしまったようだね」
耳に優しい声が私の鼓膜を撫でる。まるで羽毛で撫でられたような、そんな柔らかな響きだった。
声は小さめだけどゆったりとした優しい声だ。
見れば深い皺を刻んだ外国人のおじいさんが、私の足元を見ておろおろとしている。
なるほど、結論。
この状況下では“お嬢さん”は私らしい。
希空をはじめ、女扱いされないから自分に向けられた言葉だとは思わなかった。
「お嬢さん、クリーニング代は支払わせてくれないか? 若いお嬢さんの足を汚してしまうとは……」
この程度の汚れなんてどうってことはない。クリーニング代も不要。むず痒くも“お嬢さん”と呼ばれ、掃いていた枯葉を足にかけられた私が上品な老紳士に向かって第一声を放つ。
「おじいさん、日本語が上手ですね」
――これが私とジョナサンの出会いだった。