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冬の教室

 返された小テストの点数を見たら、ちょうど図書館で勉強した範囲だったせいか満点だった。ちょっとだけ嬉しいけど、特に褒めてくれる人もいないからそそくさと机にしまう。

 でもそれを希空のあたちは見ていたみたい。


「……へーえ? 満点ー? アンタ、ガリ勉だもんねーえ? 女捨てちゃうとさ、よりどころがソコしかないもんね?」

「生物学上は女じゃん? 小山田が女子高生というよりオバチャンなのは仕方ないにしてもそこは女でよくない?」


 生物学上は女とか、中二病的な言葉のチョイスだなと心の中でつぶやく。

 教室内で私は何を言われても反応しないように努めている。どうせ希空のあたちは言葉で私を傷つけようとする程度だろうし。せめてこんな時だけは鼓膜が仕事しなきゃいいのにとは思うけど。

 スクールカースト上位に君臨する希空のあたちは、机を隠したり落書きとか、あるいは花を置いてお葬式ごっこをしたりとかはしない。

 

 だってそれをやると明確な“イジメなるからだ。

 客観的に誰が見ても“イジメ”と見える状況のハードルは高い。

挨拶代わりに背中を強く叩くとか、悪口を言うとか、それを“イジメ”なのだと言っても聞き入れて貰えないって、もう中学の頃から知っている。


 希空のあは成績こそ良い方じゃないけど、こういう部分は頭の回転がいい。

 誰が見ても“イジメ”とわかるような真似はしないタイプだ。あくまでも“悪ふざけ”か“友達同士のケンカ”に見えるように計算できる女の子。――母娘でよく似ている。

 “イジメ”と“悪ふざけ”が内実は同質のものであっても、言葉から受ける印象のせいで悪意が緩くなるって、そんな不条理さは当事者じゃないとわからないだろう。


 だから私は沈黙する。

 下手に反応を返せば、余計に相手が喜ぶだけだから。

 好きなように言わせて黙っていれば、壁打ちに飽きて立ち去ってくれる。

 気にしていない素振りで、昨日買ったばかりのシャーペンの芯を入れ替えようとした時だった。


「……アタマがイイヒトの御利益欲しいなあ? その芯、チョーダイ?」


 希空のあが私の手から真新しい芯のケースをもぎ取った行動に驚き、慌てて顔を上げてしまった。

 私の反応を見た希空のあの色つきリップを塗った唇が、満足げにきゅっと吊り上がる。ケースを振って芯を自分の手のひらに取り出し、止めてと私が取り返そうとしたところでケースは横に居た女子の手に渡ってしまった。


「返して!」


 焦った私が手を伸ばしたら、希空のあがわざとらしく態勢を崩して手のひらの芯を床にばらまく。

 パキ、ペキ、と、虚しい音が希空の足元から響いた。


「やだぁ。乱暴な事するから手が滑っちゃったー」


 体をずらすふりで動いてさらに内履きの底でシャーペンの芯を粉々に踏み砕く。

 なんで? どうして?

 それ、私のだよ?

よく聞けば虚しい音は希空のあの靴の下だけじゃなく、希空と仲の良い女子の靴からも響いていた。


「……ひどいよ……あんまりだ……私、なにもしてないのに……」


 言ってから愚問だと思った。

家族がいて、居場所があって、学校生活も充実している希空のあには私の言葉は通じない。

 私にとってシャーペンの芯が一本でも大事なものだ。少ない小遣いの中から1円単位でも捻出するのは悩まなくちゃいけないのに。

 昂る感情を必死に抑えたけど、バラバラに踏み折られた芯の残骸を見て怒りで語尾が震えてしまう。

 ――本当に、私が、なにをしたのか。

 行き場所がないから図書館に行く。図書館で本を読んで勉強する。そのおかげでテストでもいい点数が取れた。

 それだけ。

 それの何が気に入らないというの?


 テストの点で居場所が引き換えられるなら、そうして欲しいくらいなのに!


「手がちょっと滑っただけじゃん。なによ、芯ごときで必死なっちゃってみっとなーい。頭良くても人間が歪んでいるしぃ。……だいたい、大学行く学費なんてないじゃん! うちに借金があるアンタがいくらお勉強頑張ってもムダじゃないの?」


 違う、そうじゃない。

 私だって高校を卒業したら、伯母が決めた仕事先で働かなきゃいけないのは分かっている。大学に行きたいために勉強しているんじゃない。――そんなの、とっくに諦めているよ!

 でも勉強しか寂しい気持ちを紛らわせる方法なんて分からない。認めてもらう方法がない。

なによりも進学しないからって、努力しなくてもいいとも思っていないだけ。


 お父さんとお母さんが死んでから、なにもかも全部諦めなくちゃいけないから、だから、せめて勉強でも家事でも、私の手が届く範囲だけは頑張りたかった。

 居場所がなくても、誰にも認められなくても、私が頑張った証拠が目に見える形で欲しがるのは、そんなに悪い事なの?


「……シャーペンの芯ぐらい恵んであげるわよ。バッカみたい。ねえ、芯ごときで怒っちゃう貧乏人に芯を恵んでやってよ」


 言いながら自分の席に戻った希空のあは、ケースからシャーペンの芯を一本取り出して私に投げつける。

 それを見たクラスメイトの何人かが、希空の真似をして私に芯を投げつけてきた。


「俺も恵んでやるよ。代わりに今度ノート見せろよな?」

「じゃあ俺は2本やるからパンツ見せて貰おうっと」

「小山田のパンツ、やっす!!」


 男子の品のない笑い声と、女子の嘲る笑い声。

 髪や肩にシャーペンの芯を乗せて、私は唇を噛み締めて我慢するしかなかった。


 この時の私は我慢しかできないように、伯母たちに躾けられていた。


 あれから私はさんざんひどい言葉を浴びせられて小突かれる。

 クラスメイトが投げつけた芯。私はそれを一本も拾うこともせず、だんまりを決め込んで席についたから。

 恵んでやったのにとか、好意を無駄にする嫌な奴とか言われたけど構わない。

 私にもちっぽけなプライドはある。そのプライドが希空のあたちの目の前で、床の落ちた芯なんか拾いたくないと言っていたから。

 なにを言われても今更だ。

 なにを言われても泣いたりしない。


 絶対、泣くもんか。


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