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冬に向けて

 唇が干上がった湖の底みたいにカサカサ割れてして辛い。

 笑ったら絶対に唇が引っ張られて切れちゃいそうだ。


 ……まあ、笑うこともないんだけどね。


 学校でちょっと話すくらいの人はいても、カースト上位の希空のあが私を見下しているため、自然と空気はそれに同調しちゃっているし。

 家族団欒の場所に私は入っちゃいけないから、テレビもあまり見なくて、クラスで人気のお笑い番組も知らないから、流行りの話題にだって乗れない。

 もう何年も大声で笑ったり泣いたりしてないな。――別にいいけど。


 唇の表面を撫でている内に先生が来て、朝のHR(ホームルームが始まる。


「二学期になってから言っていた地域貢献のボランティア活動だが、このクラスは状況があまり芳しくないぞ。今学期中に主立った成果が聞けなければ、学校側からボランティア先を斡旋することになるからな」


 担任の倉田先生はそう言って私たちを睥睨する。

 ……ボランティアって先生に決められてやるもんだっけ? 自主性っていったい……。


 でもボランティアかぁ。清掃活動が多いんだろうな。あとは子供の遊び相手とか、老人のお世話とか? 

 掃除なら得意だから問題なくやれるかな? 私はそんなことを考えながら授業に向けて準備を始める。

 ボランティアはグループごとに活動内容とレポートを義務付けられているんだけど、私のグループは希空のあと加々見くんを含めた5人。残りの二人は希空のあや加々見くんと仲がいい子たち。

 つまり、そういうことだ。


 HR後、希空のあが仲の良い友人――悪い言い方をすれば腰巾着――の倉前さんを連れて、私のところへ詰まらなさそうな顔でやってくる。


有海あみ、ちゃんとレポートを連名で書いておきなさいよ。ボランティア内容は、アンタに決めさせてあげるから」


 要約すれば、ボランティア活動をするのは私一人。でも全員でやったことにしてレポートを提出しておけってことだ。

 ……うん、だと思った。

 希空のあの態度は、ボランティア内容を私が決めていいことが最大の譲歩と言わんばかりだ。

 頭にくるけど私は黙って頷く。

 希空のあたちと一緒にボランティアをしても、負担はこっちばかりに来る気がするし、それなら自分一人のペースでやった方が何倍もましだからね。

 満足そうに笑って去る希空の背中を見ながら、どんなボランティアがいいかと考えていた。



 下校時間になって私は大声で笑い合う加々見くんや希空のあを尻目に、そそくさと学校を出た。

 授業が終わって夕飯の支度までの間、この短い数時間が私にとって比較的自由に過ごせるひと時だ。

 希空のあは加々見くんや友人たちと何処かに遊びに行くことが多く、希星きららも帰りは遅い。伯父さんは仕事だし、伯母さんはカルチャースクール通いで留守にしていることが殆ど。

 もっとも伯母さんか希空のあが帰宅するまで私は外で過ごさなくてはならなかった。家族じゃない私に家の鍵を預けるのは、伯母さんたちにとって不安だから、


 だから私はほとんどを図書館で過ごす。

 空調は効いているし、本を読んだり、勉強したりも無料で出来るなんて素晴らしい。

 ああ、そうだ。

 ボランティアは絵本の読み聞かせとかでもいいのかな。

 今日は休館日だから無理だけど、今度図書館に言ったらボランティアができるか聞いてみよう。


 図書館に行けない私は、夕食の食材を買うついでにドラッグストアへ向かって歩き出した。ちょっと距離があるけど、移動手段の基本は徒歩だから苦にならない。健脚なのです、えっへん。


 カサカサな唇のまま、学校の帰りに寄ったドラッグストアは商店街の一角に店舗があった。

 まだ少し時間が早いせいか、商店街の人通りは少なめ。

 前に人気アニメのモデル地になったとかで、それを起爆剤に商店街を盛り上げたそうで、その成果が実ってシャッター通りには至らず、今でもそこそこ賑わった商店街だ。

 昔ながらの八百屋や魚屋も残っているし、郊外の大型スーパーにも負けていない。


 ドラッグストアもちょっとしたスーパー並みに商品が揃っていて驚くけど、品数は最低限だから食材は商店街で見繕うことにして店内をうろうろと歩く。

 コスメも多く扱っているなぁ。……私には関係ないか。今どきコスメに興味を持たない(持てない)女子高生は少数派なんだろう。


 ビューティーケアじゃなく、ただの健康ケアとして探すのは薬用リップ。このカサカサの唇が少しでも良くなるように商品を求めて店内を見回す。

 ようやく目当ての値段に見合う、籠の中で投げ売りされている薬用リップを手に取った。

 周囲はコーナーになっていて、陳列したリップクリームの中に薬用なのに口紅みたいに色がついているものがあって目が引き寄せられる。

 たぶん希空(のあが使っているのは、こんな感じのリップだ。花びらみたいな唇になれるリップ。

 ……ほんの少しだけ、うん、少しだけ、いいなって思っちゃった……。


 可愛い色のリップから無理やり目を離し、私はお徳用の安い薬用リップをレジに出した。


 少し沈んだ気分でドラッグストアから出たら、鬱屈を吹き飛ばす妙な光景を目にしてちょっと驚いてしまった。

 人が犬に噛まれている。

 この一言だけなら事件か事故かというところだけど、噛んでいるのは子犬で、脹脛を噛まれているのは男の人だ。

 スポーツマンなのかな? ボクシングをやっている人みたいに目深にフードを被っている。

 かっぷりと脹脛に噛みついた子犬は、ふんすふんすと鼻息荒くドヤ顔。対する男の人は、そろそろと歩いて自発的に子犬が離れるのを待っているみたい。

 そこは振り解かないんだ。優しさなのか犬が怖いからなのかどっちだ!


 脹脛に子犬を着けたまま、おっかなびっくりしながら歩く姿に申し訳ないけど、ちょっと笑ってしまった。


 表情筋がこわばっていたけど、それが初めて今日笑ったんだと気がついて、子犬と男の人にありがとうって心の中で呟いた。 

 ほんの少し笑っただけで気持ちが明るくなるって、なんだか凄いなあ。


子犬に舐められてるのはあの人です。

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