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冬の始まり 

 冬が近づいて寒さが本格的になって水仕事が辛くなる。手も唇も荒れて、そろそろ安いハンドクリームかリップクリームが必要になってくるなぁ。どうしよう? 両方買うには財布の中がちょっと厳しい。

 来月には1000円カットで髪を切りたいから、その分は少し避けておかないといけないし。

 シャーペンの芯もそろそろなくなるから、今日か明日には購買にいかないと。

 ……よし。ハンドクリームは来月まで我慢して、今月はドラッグストアで99円のリップクリームを買うことにしよう。

 唇が切れると痛いしね。


 しかし今日は特に風が冷たい日だ。

 裏地のないペラペラな通学コートでは冷たい風を防げなくて、強い風に負けないよう身体を屈めるようにして歩くしかない。

 今の私は埴輪ルック。体操ジャージのズボンを下に履いて登校です。

 女子高生の心意気、生足など私には不要! あれは下に暖かいペチパンツやアンダーパンツ、80デニールのタイツか、最低限ストッキングがないとできっこない。

 99円のリップクリームにも悩む私がタイツとか無理。そんなの買っちゃうと、月1000円のお小遣いでは回らないから。

 女子高生のロマンとか女子力よりも、ただ財布の事情が最優先の世知辛い理由が私を埴輪にする。


 それにしても寒いな。早く教室に行こう。体を屈めてなるべく風に当たらないように歩いていた私の背中に、いきなりドンと強めの衝撃が走って前のめりになってしまった。

 俯き加減で歩いていたせいで躓きそうになったけど、どうにか踏ん張って堪えた私の脚力を褒めて欲しい。


「よー。小山田。姿勢悪いな? 俯いて歩くとか地面に小銭でも落ちてないか見てんの?」


 背中を叩く衝撃の強さには親しみはなく、これがスキンシップだったとしても力に遠慮がない。

 内心の怒りを抑えて表情から不快感を消して振り向けば、学校でも女子人気がある加々見祥吾かがみ しょうごが笑って立っていた。

 ブリーチした髪と細く整えた眉毛からも、自分のルックスを効果的に見せるすべを知っている同じクラスの男の子。

 やだな。彼が居るということは……。


「やだぁ。ショーゴってば、そんなモサい子と並んでると笑われちゃうよぉ? ショーゴは格好いいんだもん。ちゃんと釣り合う相手にしないとぉ?」


 やっばり従姉妹の希空のあも一緒だった。


 希空のあは加々見くんの自称・彼女。私が作ったお弁当を、自分の手作りと称して手渡している相手が加々見くん。

 なぜ自称・彼女なのかといえば、今年の春に男女グループ数人で街を歩いていたら、どこかのティーン雑誌に二人だけ声をかけられたんだそう。高校生カップルとして撮られた写真が雑誌に載ったせいで、希空そらの鼻息は荒い。

 希空の中で加々見くんにふさわしいのは自分なのだと、雑誌を切り抜きながら確信したんじゃないかな。


 加々見くんは勉強もスポーツもそれなりにできるし、ルックスも悪くないから女子には結構人気がある。いかにも身近なアイドルな存在だ。

 希空のあも洗面台で時間をかけてアイプチしたり涙袋作ったり、希空きららと姉妹揃って身だしなみには人一倍気を使うからルックスは悪くないし、並んでいれば確かに目を惹いて読者モデルにはなれるレベルだろうな。

 ちなみにその雑誌が発売したとき、私はわざわざ離れた場所のコンビニに5冊も買いに走らされたっけ。 


「いや。小山田がさ、小銭でも探しているみたいに歩いているからおかしくて。腰の曲がったばばあかよって話」

「ええー。もぉ、恥ずかしいことしないでよね! アンタのせいで私の評判が落ちたらどうするのよ。……まぁ、有海あみは存在そのものがウチの家系の恥だけどさ。恥ずかしいの我慢して家に置いてやっているんだよ?」


 ひでえ……と加々見くんはゲラゲラ笑うけど、じゅうぶん君の態度もひどいよ? 希空がうるさいし、ほかの生徒の目もあるから口に出して言えないけど。

 だって彼らはスクールカーストの上位者だ。対する私はカースト底辺。

 カースト上位に逆らうなんて、楽しくない学校生活がさらに辛くなるだけだもん。


 学校というちっぽけな社会はちっぽけだからこそ閉塞的で窮屈だ。

 私は望んでこの高校に進学した訳じゃないから、余計にそう思うのかも。

 本当はもっとレベルの高い高校も狙えたのだけど、伯母が希空より偏差値の高い高校に進学することは許してくれなかった。

 居候のくせに生意気だということらしい。


 希空のあに合わせて進学した高校も、中学時代と変わらずに希空の召使い状態だし。ランクを落としたおかげで成績は良かったけど、それだって希空の為の便利な辞書かテスト用のヤマくらいにしか扱って貰えない。


「ショーゴ、もう行こうよ! こんな子相手にしてもしょうがないしぃ。購買で暖かいココアのみたいしぃ? ――ショーゴに色目使うなよ、ブス」

 

 爪磨きでピカピカになった爪で私の耳を引っ張り、こってりとリップを塗った唇を耳に寄せての一言だった。つやつやな唇。割れたりあかぎれも無縁な唇と指だ。

 いかにも男の子に好かれそうな。

 加々見くんだって希空のあに言い寄られて満更じゃないと思う。

 ……でも私は加々見くんに興味ないっていえば、それはそれでまた怒るんだろうな……。


 私は希空のあみたいに、あんなふうに恋する顔で誰かを見ることはない。誰かを好きになることもないし。

 希星きらら希空のあも、私が恋もできないダメ女みたいな言い方をするけどしょうがない。

 

 私は誰かを“好きになる”って気持ちが分からなかった。

 もっとわからないのは、私がどうやったら“人に好かれるか”ということ。


 誰かを、恋人を好きになるってなに? それって問題集より難しいの?

 わからない。わからないよ、そんなの。



 でも私もいつか誰かを好きになって、好きになってくれる人が見つかるのかな? 

 それくらいの夢なら見てもいいよね?


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