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夏の悲劇

 お隣のおばさんからもらったクッキーは初めて会った従姉妹たちのお土産になった。ケイちゃんのママがケイちゃんとお揃いで作ってくれた浴衣も、ゆーくんがくれた折り紙セットも、保育所の先生がくれたクレヨンも。

 両親が事故死したのは冬の終わりだったけど、連絡を受けた伯母夫妻が迎えにきたのは夏の盛りになってだった。

 伯母が迎えに来るまでの間、私は一時的に児童養護施設のお世話になっていた。伯母夫妻は引き取る準備が整うまで、迎えに行くのは待って欲しいと言っていたみたいだ。

 そりゃいきなり子供が増えるんだもん、しょうがないよね。


 お父さんとお母さんがいない日々にも慣れ始め、ようやく伯母が迎えに来てくれたと喜んだのも束の間だった。親戚とか、従姉妹とか、ケイちゃんやゆーくんから聞いていいなぁと思ったことがあったから、私はしらずに期待していたんだと思う。

 でも繋いだ手はあっという間に振りほどかれて、皆から貰った物を叔母は取り上げてしまったのだ。


 あみのだもん、かえして! そう言ったら伯母も伯父も嫌な顔をして吐き出した一言が今でも忘れられない。


「恥曝しの娘の物なんて何も必要ないでしょう?」



 あんなに煩かった蝉の鳴き声さえも、耳の奥がざぁざぁして聞こえなくなるくらいの衝撃だった。

 寄る辺を無くし、両親とも死別して心細かった私は、「必要ない」の言葉に、本当に自分が誰からも必要とされない、要らない子になってしまったのだと分かったから。


 事故は私から、お父さんとお母さんを奪った。

 お父さんもお母さんも居ない私は、誰からも必要されない要らない子。何かを奪われても我慢するしかないんだ。

 伯母が私に最初に教えたことだ。



 いつだったかな。中学生のころ、あまりにも辛くてケイちゃんやゆーくんが居る生まれ故郷に帰ろうと思ったことがある。


 帰ろう。帰りたい。帰りたいよ、お父さんとお母さんが居た場所に。


 泣きながら呟いて自分の物を古ぼけた旅行鞄に詰めたら、自分の持ち物はそれでおしまい。

 たった一つの鞄が自分の持ち物の全部だと知って愕然としたっけ。

 ケイちゃんのママが作ってくれた浴衣の生地をリサイクルして作った巾着袋。浴衣を着ていた従姉妹がお祭りで着て汚してしまい、捨てるならとその切れ端を貰って自分が作ったものだ。

 ゆーくんがくれた折り紙は一枚だけ貰って、鶴の形に折ったままアルバムに挟んである。先生がくれたクレヨンはもう残ってないけど、折り紙の裏側にお父さんとお母さんと私の絵を、貰ったクレヨンの黒一色で書いてあるから、それが思い出の品かな。

 替えの下着が数枚と、制服と体操着。普段着は少ししかない。ぜんぶ従姉妹のおさがりと、福袋で従姉妹が気に入らなかった服が何点かだけ。

 そして一番大事なお父さんとお母さんの位牌と、一緒に撮った小さなアルバム。


 これだけ。


 .十数年生きて、私が得た物は、これだけ。


 これだけの価値しか私にはなかった。


 涙は出なかった。

 もう泣けなかった。


 知らなかったよ。


 人間は自分のために泣く涙は、辛すぎると涙が止まっちゃうんだね。



 結局、私は故郷に行かなかった。ううん、行けなかったんだ。

 電車賃がなかったこともあるけど、私の人生がこんなちっぽけな鞄に収まってしまう無価値さに悲しくなったからだ。

 だから私は思った。

 お父さんとお母さんと一緒に暮らした場所。

 あそこへ行くのは、いつか誰かに必要とされて、自分の価値を自分で見つけた時にしようって。




 「ちょっと有海あみ今日の帰りに、私がいつも買っているファッション雑誌を買って来なさいよね。今日は合コンだし、そんなの見っとも無くて持ち歩けないじゃない?」


 そう言ったのは従姉妹でも年上の希星きらら。大学生の希星は自分磨きに余念がない人だ。


「いいわね、ちゃんと買って来なさいよ」


 私が磨いておいたパンプスを履き、そのまま家を出ようとする背中に慌てて声をかける。希星が言っているファッション雑誌は2冊もある。ティーン向けじゃないだけ、値段は少々高くなっている。


「え、あ、待って! 本を買うお金……」


 私の慌てた声に希星が立ち止まって振り返る。綺麗に口紅を塗った唇が、嘲るようにきゅっと吊り上がって笑いの形になった。


「なによ。それくらい立て替えて……ああ、そうか。あんたお金無いんだっけ? これっぽっちの本代も立て替えられないなんて惨めだよね。ま、しょうがないか。ちゃんとレシートもって来なさいよ。泥棒の娘なんだし、お釣りとか胡麻化しそうで怖いからねー?」

 

 ブランドの財布から千円札を二枚引き抜き、玄関先に投げるようにして希星は足早に出ていく。ひらひら落ちていく千円札に心が切り裂かれた気がした。

 そんなことしない。お母さんも私も泥棒じゃない。千円札を拾いながら零れた私の言葉は、この家の誰にも届かないって知っている。



 学校帰りのコンビニの雑誌コーナーに希星きららが欲しがっている本があったはず。もしなかったらバスに乗って本屋まで行かなくちゃいけないから、それはちょっと辛いな。バス代を節約して歩かないといけないし、時間的に晩御飯の準備に間に合わないかもしれないからだ。

 どうかコンビニにありますように。


 私の小さな願い。

 それは小さな出会いと共に果たされることになる。


四話目の【秋のすれ違い】で、一番くじで誤認識をしていたので、修正のため一度削除しています。後で纏めて更新します


ここまでありがとうございます。

あまり主人公は伯母一家に虐げられるシーンばかりでもアレなので、本命のジョナサンに会うまで、ジョナサン関係者とちょろりエンカウントしていこうと思います。

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