プロローグ
小山田有海・17歳。
義理の息子四人ができました! しかも全員年上です!
――なんでこうなったかな……。
午前6時のアラームより先に目が覚めた。よく眠れて健やかな目覚めに私は大きく伸びをする。
ふわりとした羽毛肌賭け布団。夏とはいえエアコンで体を冷やし過ぎないようにと薄く軽く作られたそれは、いつも私に心地よい眠りを提供してくれて手放せない。
冬用の羽毛布団もそうだけど、ダウンは寒暖差のない地域で育てられた若鳥ではなく、寒暖差の激しい寒い地域で親鳥になるまで育てられた、ハイプレミアムな一品なのだそう。
親鳥。素晴らしい。
親って偉大。親って包容力がある。
けれど。
親って、普通は子供より年上だよね?
『ママ、ママ、エミリーが行き倒れている!』
その声はパジャマから制服に着替え、朝ごはんとお弁当を作り終えた絶妙のタイミングで急報を告げてきた。
いいけどね。もうじき朝ごはんだし、いいけどね。
“ママ”発言以外はな!
玄関の向こうからインターフォンのマイク越しで響いた声に、エプロンを着けたまま深く、ふかぁく溜息をついて扉に向かう。
「……山」
『川!』
古式ゆかしい合言葉――まあ、声で誰か分かっているけれども――念のためドアホンの画面を覗いて確認する。鍵を開ける前に画面で来訪者の確認を習慣づけるようにと、入れ替わり立ち代わりのべつ幕無しに脳みそへ叩き込まれたのだから。
誰にって?
――ドアホンの向こうにいる連中にだよ!
ドアの向こう側に映る風景は今日も変わりなく輝いて煌めいて物陰に引っ込みたい気分になる。
早朝からきっちりスーツを着込んだいかにも仕事ができそうなクールビューティ、絵本の中の王子様のような品の好い貴公子、行き倒れたダイナマイトバディ美女を米俵よろしく肩に担いだ鋭い顔つきのワイルド美形、さらには高校の制服姿にも関わらず宗教画に居る天使のような美少年がぞろぞろとドアホンの矩形に収まっていて、私は軽い眩暈を感じながらもう一度深く思い溜息をつく。
……纏めて見るとイケメン密集って朝から破壊力半端ないな。なにこの視覚に対する大量破壊兵器たち。私の網膜はHPが0だよ!
一人だけも十分すぎるのに、四人+一人とか、なに顔面偏差値をガン上げしているのかな? どこの国のどの部門の視覚による我慢大会なのか問い質したい。
見目麗しさに目の保養とか感嘆して言っていた時期のは遠い過去です。むしろ黒歴史です。見た目に騙された自分の過去と向き合い、夢の残滓を埋めて沈めて隠ぺいした場所に正座して反省したい。
昔の私に告ぐ。
イケメン無罪とか言う夢はすぐに廃棄するんだ。イケメンは有罪だ。ギルティギルティギルティなギルティ大安売りなのだ。
それはもう産業廃棄物のレベルで棄てていいんだからねっ!
『ママ。返答がないようだが具合でも悪いのか? ……あいにく主治医はこの有様だが、仕事となれば起きると思うのだが?』
イケメンその1・長男。黒髪をソフトオールバック気味にし、秀でた額と涼し気な琥珀色の瞳が知性を示すベンジャミン・フォスター、30歳。眼鏡とスーツは肌の一部です。できる男は早朝でもスーツです。スーツが戦闘服です。というか、スーツ以外持っていない疑惑すら出てくる企業戦士。
『ベン。ママは小さなレディだよ? 朝はいろいろ身支度があるだろうし、ここはドアが開くまで待つべきだよ?』
イケメンその2・次男。黄金を梳ったような少し長めの豪奢な金髪と、晴れ渡った青空と同じ色の瞳を持つエドワード・フォスター、26歳。世の女性が思い描く王子様を体現した美貌なのに、なぜか昨日の今朝もおそらく明日もアニメTシャツなのが残念。でもそれすらもファッションに見えるイケメンの狡さよ。
『ママ。肩の荷物はともかく、腹減った』
イケメンその3・三男。鮮やかな赤毛をミディアムウルフカットにしたワイルド系細マッチョ。肩にダイナマイトボディ美女を担いでもびくともしないって、どんだけのパワーなのか。というか、お姫様抱っこじゃないんだ……。色の薄い青灰色の瞳は胃袋的な飢えを示した、ブライアン・フォスター、24歳。正真正銘の武闘派……らしい。小動物に舐められているけど。ワイルド美形な肉食と見せかけて、ただの食欲魔人なんだけどね!
ちなみに肩に担いだ黒髪と褐色の肌にヘーゼルの瞳を持つ妖艶美女、エミリー(年齢不詳)は病気で行き倒れたんじゃなく、朝まで飲んでいただけって知ってる! 昨日は休肝日じゃなく、酷使肝日だったもんね! アルコールカレンダーは把握済みだよ。今朝はシジミのお味噌汁だし!
『ママ、今日はいよいよ二学期だよ? ママと一緒の学校なんて楽しみだね!』
イケメンその4・四男。ゆるふわ栗色マッシュヘアと、湖面のように澄んだグリーンアイの天使――いや、美少年のアンソニー・フォスター、18歳。天使の見た目なのに頭脳は天才、いっそ天天と呼んでやりたい。末っ子ならでは要領のよさに加え、ちょっと甘えん坊。でも天才(繰り返す)。今さら私の通う高校なんて、大学生が小学校に通うのと同じじゃなかろうか? しかも高校三年なのに二学期からって……。
今日、学校で話題を独占するんだろうなあ。三年生と二年生じゃ関わることも少ないだろうけど、あまりそばに寄らないようにしなくては。
女子の目が怖いからね! イケメンを前にした女子の何割かは羊の皮を被った狼になるからね!
このハイスペックイケメン兄弟。実は血は繋がっていないのだけど、死別した彼らの父親を中心に並外れた結束力と愛情を持っている。
ええ。
ええ、ええ。
それはもう、はた迷惑なくらいに!
17歳の私を揃ってママと呼ぶくらいだからな!
お願いだからやめて!!
目が潰れそうな気分でドアホンの画面を眺め、のろのろとタッチパネルを操作してドアロックを解除する。このまま籠城できないからね? なんか長男はアパートの権利者として合法的に鍵を解除できるし、三男と末っ子が組めば非合法的に解除も不可能ではないらしい。
無駄に履歴書に書けない特技を持っているなぁ。お願いだから特技を発揮しないでね?
観念して私は鍵を解除する。どうせ朝ごはんはここで食べるのだからしょうがないし。
……パスワードは、ある人の名前の一部と、私の両親の誕生日を組み合わせたもの。
実は三男と末っ子の非合法な特技はともかく、ここのセキュリティはとても優れている。
監視カメラは当たり前、複製が不可能な指の静脈を認識して施解錠する鍵。アパートとその周辺を巡回する自宅警備員。
なのに見た目は古ぼけたおんぼろアパートにしか見えないのはあくまでも仮の姿。アパートはわざと古臭い外観で作られているだけなのだ。
かつてこの場所を愛し、この国の文化を愛した人――そして、私が好きだった人の意向で、たった数か月の為だけに作られたこのアパート。
穏やかで優しい一人の老人が住んでいたアパート。
人が聞いたら笑うだろうか。おかしいと諫めてくるだろうか。
私は、恋をした。
ある冬の日のこの場所で、四人の息子に愛し愛された優しい男性と。
私、小山田有海17歳が愛した男性は、ジョナサン・フォスター、享年70歳。
そう。
私は、50歳以上も年齢が離れた人と、優しく切ない恋をしたのだ。
連載版です。
短編での評価、感想、ブクマなどありがとうございました! 励みとなり連載まで至りました。
最後までお付き合いして貰えると嬉しいです。