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 お茶会から一夜明けて、私は今、我が家の食堂にいます。

 もちろん朝食を取るためなんだけど、当然の事ながら家族も一緒です。


 いつもなら、家族皆でワイワイガヤガヤと楽しく朝食を取るのだが、この日はちょっと感じが違う……


 それは、お兄様とお父様がピリピリしているからだ。


 きっと、昨日のお茶会のことだろうなと私も二人と目を合わさないようにしている。

 馬車の中であんまりお兄様がうるさかったから、夕食を「疲れているから」とボイコットしたのも悪かったのかもしれない。


 それにしても、少し殿下と話をしたぐらいでこんな重苦しい雰囲気になるんだ。どうしてだろう?


「ティフォンヌお姉様、昨日のお茶会はどうでした。素敵な殿方はいましたか?」


 張り詰めた空気を無邪気な笑顔でぶち破ったのは、我が家のお姫様ミルティアだった。


 天然なのか計算なのか、いまいちよく分からないが、どちらにしても今その質問は止めて欲しかった。

 なのに、お母様までもがその話題に乗ってきて……


「お母様も是非聞きたいわ。ティフォンヌったら、帰ってからずっと部屋に閉じ籠もってお茶会のこと教えてくれないんだもの」


 二人とも目をキラキラさせて私を見る。


 そんな期待された目で見られても報告するような素敵な話なんてないのに。

 顔を背けたいけど、反対側を見れば、顔のひきつったお父様とお兄様が……


 ああ、ただひたすらスクランブルエッグを頬張る弟のフィリックが羨ましい。


「特に何も……私はずっとお兄様と一緒でしたし、周りはお兄様狙いのご令嬢ばかりでした。あ、でも、会場となった薔薇の間やバラ園はとても綺麗でしたわ!」


 庭の話なら問題ないだろうと、バラ園のことを話題にしようと思ったのだか、それが完璧裏目に出た。


 お母様の目がさらに煌めいたのだ。


「あら、バラ園ではエルシードと一緒じゃなかったんでしょう。もう、ティフォンヌったらどうして隠すのよ。お母様にも教えてちょうだい」


 うげっ、バレてた。


 情報源はお兄様か、とお兄様の方を見ると、お父様と一緒に「聞いてたんかい!」みたいな目でお母様を見ていた。

 どうやらお母様はお兄様とお父様の会話を盗み聞きしたようだ。


「まあ、お姉様、誰とご一緒でしたの?教えてください」


 お母様の言葉にミルティアも乗ってきて、まさに私は四面楚歌状態。といっても、内容的にはつまらない話なんだけど、相手が王太子殿下ということと私が異性関係のことを家族にすること事態が未経験なので恥ずかしいというか何というか、お母様と妹のノリについていけない。


「もう、その辺にしなさい。ティフォンヌが困っているじゃないか。お茶会ではバラ園の散策が一番楽しかった。それでいいだろう」


 私が答えられないでいると、お父様が強引にこの話を終わらした。

 お母様とミルティアは「つまらない」みたいな顔をしていたけど、それ以上は何も聞いてこなかったので、私はちょっと安心した……けど、朝食が終わって席を立とうとした時に、お父様から呼び出しをくらった。


 ああ、あれで終わりじゃなかったんだ……


「後で執務室に来るように」と言われた私は頷くしかなかった。








 一旦部屋に戻り、身嗜みを整える。

 髪は乱れていないか、顔に残飯は付いていないか鏡の前で入念にチェックし、お父様の元へ向かった。


 扉の前で侍女たちに「ティフォンヌ様~ガンバレ~」と声援をもらったけど、何の声援だろう?


 うん、でも、まあ、声援をもらえるのは嬉しいけど。










「お父様、ティフォンヌです」

「どうぞ」


 入室の許可をもらって扉を開けると、お父様はお客様用のソファーの方に座っていた。

 そして、私に横に座るように促す。


「悪かったね、呼び出して」


 朝食の時と違って、お父様の表情は穏やかだった。

 もし、あのテンションのまま話をされたら泣いていたかもしれない。


 ホッと胸を撫で下ろし、私はお父様の横に座った。






「さて、ティフォンヌはどうしてお父様に呼ばれたか分かっている?」

「さあ?私には心当たりありませんけど……」


 十中八九、王太子殿下のことだろうけど、私はお父様に呼び出されるような疚しいことはしていないので、惚けてみた。


 するとお父様は私が惚けたことがショックだったようで、頭に手を当てて天を仰ぐように身体を仰け反らして、大袈裟なリアクションを取った。


 うーん、美形がやると結構滑稽に見える。


「何てことだ……ティフォンヌが私に秘密ごとを持つなんて……」


 台詞も大袈裟で、何だが笑ってしまう。

 本当に笑うと怒られそうだから、必死で我慢しているけど。


「お父様、大袈裟です。昨日は別にお父様に報告するようなことはありませんでしたよ」

「いや、エルシードから報告は受けているんだよ。昨日、王太子殿下がティフォンヌに接触したと……」


 接触……


 他に言い様はないのかと思うけど、お兄様が大袈裟に報告したのかもしれない。


「王太子殿下とは偶然庭で会ったので、少し話をしただけですよ」

「庭の奥で、男と二人きりで話をしたの?」

「うっ、そう…ですけど…」


 そんな風に言われると、何だが後ろめたさを感じてしまう。


 言葉につまった私に、お父様が本格的に説教モードに入ってしまった。


 相手が王太子殿下といえど、いや、王太子殿下だからこそ人目のないところで二人きりになるなんて軽率なことをしてはいけない。

 もし、相手の男に下心があればどうなるか、もっと考えて行動しなさい。

 そもそも自分から人気のないところに行くなんて襲ってくださいと言っているようなものだ。

 大体、ティフォンヌは王太子妃になりたくないと言っていると聞いていたのに、どうして王太子殿下と仲良くなったんだ。

 やっぱり王太子妃になりたいのか、等々。


 私は年頃の娘を心配する親というのはどの世界でも同じだと実感する。


 前世でも小さい頃に父から彼氏ができたわけでもないのに「男には気を付けろ、気を付けろ」と言われた。

 その頃にはもう男子に対して苦手意識しかなかったし、親から言われたことを素直に聞く子供だったから余計に男性に対して距離を置くようになった。

 その結果、37年間彼氏なしという珍事に見舞われたのだが……


 そして、今もその珍事の兆しをひしひしと感じている。


 心配してくれるお父様の気持ちは大変有り難いが、また男親の言うとおりに男性を遠ざけていたら、この世界でも年齢=彼氏なしになってしまう。


 異性と仲良くすることは悪いことだと自分に自制をかけて、普通に接してくれる男性にも距離を取ってしまった前世。


 もう、あんなにつまらない人生は送りたくない。


「お父様、心配してくださってありがとうございます。確かに私にも反省すべき点はあると思います。でも、だからといって私は王太子妃になりたいなんて思っていませんし、王太子妃になりたくないからといって殿下と仲良くしてはいけないとも思っていません。

 お父様、私の夢は穏やかで優しい殿方と幸せな家庭を築くことなのです。私はその夢に向かってこれからも精進し前だけを見て前進するのみ。ですから、私はこれかも婚活に励む所存です。

 では、失礼いたします」


 私は言いたいことだけ言って執務室を出た。


 お父様は私の熱弁にポカーンとしていたけど、どうか私の熱意だけは理解してほしいと願う。












 そして、一人残されたセイラン公爵は――


「婚活って……何だ?」


 ティフォンヌが出ていった後、娘の発した意味の分からない言葉に悩む一人の父親の姿がそこにあった。







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