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 会場の近くに来ると人影が多くなってくる。

 会話を楽しむ声や笑い声が聞こえてきて、その気配に私はピタッと足を止めた。


「どうしたんだ、ティフォンヌ?」


 急に足を止めた私に殿下が不思議そうに尋ねてきた。


「ここからは殿下が先に戻ってください」

「何故だ?」

「私と殿下が一緒に戻れば、私たちの仲が親密だと誤解されます。それは、お互いにとって不本意なことでしょう」


 身分的にも年齢的にも何の問題のない二人が一緒にいれば、いくら「違う」と言っても、周りは勘繰るものだ。

 そして、そこに大人の事情が動けば……


 せっかく殿下と仲良くなれたのに、こんなことで悪役令嬢の道を私は歩みたくない。


 昨日までは自分のために悪役令嬢への道を回避しようと思っていたけど、今は殿下の為に、殿下の幸せを壊す役をしたくないと思っている。








 ……ん?幸せを壊す?


 いやいや、待てよ。悪役令嬢ってどちらかと言えばピエロ的存在だよね。良く言えば二人の恋を盛り上げるキューピット役みたいな。


 それなら、ここはドーンと嫌われ役を買って出た方がいいのかな。


 でも、ついさっきあれだけ殿下に「王太子妃になるつもりはない」って宣言したのに、あれよあれよという間に婚約者の地位におさまっていたら「やっぱりあれは演技だったんだな!俺を騙したな、この女狐め!」ってことにならないかな。

 いくら私でもそんなことを言われたら心折れちゃうよ。


 私はどうしよう、どうしようとその場で唸りながら考えた。が、優柔不断な私がそんな難題の答えをパッと出せるわけがないのだ。


 そんな悩む私を助けてくれたのは殿下だった。


「別にそこまで気にすることないだろ。言いたい奴らには言わせておけばいいんだし。それに、俺はそんなに不本意じゃないから……」






 殿下……なんて優しいの……


 私みたいな平凡顔のツルペタな女になんて優しい言葉を……


 これって神様がくれたご褒美かな。

 前世なんて男子から悪口しか言われた記憶しかないのに「仲を誤解されても嫌じゃない」なんて台詞を言ってもらえるなんて。


 やだ、涙が出るほど嬉しい。


「殿下、ありがとうございます。でも、やっぱり私、殿下に嫌われたくないです。だから、殿下一人で戻ってください」


 私の出した答えは、悪役令嬢回避の道だった。

 こんなに優しい殿下に嫌われ捨てられる役はやっぱり御免被りたい。


「嫌われるって、俺は別に仲を勘繰られてもティフォンヌを嫌ったりしないけど」


 ううっ、殿下、違うんです。

 私が話しているのは、近い未来の話なんです。

 私が殿下と殿下の愛する人の仲を引き裂こうとする役を務めたくないだけなんです。


 詳しく説明できなくて、私と殿下の会話は噛み合わない。

 殿下も困った顔をしているし、私もどうしていいか分からないままだ。


 そして、とうとうそこに――






「アルフィス殿下、ティフォンヌ。そこで何をしているんだい」


 私たちの前に現れたのはお兄様だった。

 声からして少し怒っているような気がする。


 まあ、お兄様からしたら妹の姿が見えなくなったのだから心配してくれたのだろうけど。


「ごめんなさい、お兄様。私が庭の奥まで行ってしまったのです」

「いや、俺が引き留めてしまったんだ。怒るなら俺を怒れ、エルシード」


 まるで、帰りが遅くなって親に言い訳する中学生カップルのようだ。

 そんな経験ないから漫画やドラマでしか見たことないけど、まさか、こんなところで経験するなんてちょっと嬉しい。


 でも……お兄様はさっきより笑顔がひきつっている。

 これは、中々許してくれなさそうな気配だ。


「とにかく、アルフィスはティフォンヌから離れて会場に戻ったら。王妃様がアルフィスがいないって怒ってたから」

「そうか…分かった、すぐに戻る。ティフォンヌ、また後で。おい、エルシード、ティフォンヌは悪くないからな。絶対に怒るなよ」

「早く行け。それから、後なんてないから」


 棘だらけのお兄様の言葉に眉を顰めながら、殿下は私に「じゃあ」と言って会場に戻った。


 残された私はお兄様と一緒に会場に戻ったのだけど、その後はお茶会か終わるまでお兄様が私から離れなくて、殿下は殿下でたくさんのご令嬢方に囲まれて身動きとれないようだった。


 結局、殿下とはあの後一言も話せないまま、お茶会はお開きとなった。


 お兄様が側にいたせいで私たちの周りにはご令嬢方ばかりだったけど、お兄様の学友だというご子息も挨拶に来てくれて、私も何人かのご令息と話をすることができた。

 皆様、とても紳士的で私を馬鹿にしたりからかったりすることはなくてとても楽しかった。


 中々、有意義なお茶会だったと思うが、困ったことに帰りの馬車の中で私はお兄様から尋問攻めに合った。


 勿論、王太子殿下についてだ。


 どうして殿下と庭の奥にいたのか。

 どうしてあんなに親密そうにしていたのか。

 どんな話をしていたのか。

 殿下に何を言われたのか。

 殿下のことが好きなのか。


 等々、私がいくら偶然あって世間話をしただけだと言っても中々納得してくれなくて、少しうんざりした。


 やっと屋敷に着いて、私は一目散に部屋に逃げた。


 お兄様はまだ言い足りないようだったけど、もう勘弁してください。


 でも、異性関係であんな風に家族から詰問されたことなかったから、あれはあれでちょっと新鮮だったかも。


 ともかく、悪役令嬢と王太子殿下との出会いのお茶会は無事終えることができた。


 お互い印象は悪くなかったし、お友達ぐらいならなれそうだし、私は悪役令嬢を回避できたと思う。


 肝心の未来の旦那様を見付けられなかったのは残念だけど、私は今日のお茶会の成果に満足して眠りについた。





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