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殿下は驚いた顔をして私をジッと見ている。
あんまり見つめられるので居たたまれない。
怒ってる感じでもないし、殿下は一体何を考えているんだろう。
「王太子妃に……なりたくない……」
しばらくして、まるで虚を衝かれたように殿下はそう呟いた。
「はい。そうですけど」
私は大きく頷いてもう一度拒否した。
すると王太子殿下が今度は大きくため息を吐いた。
「そうか……でも……いや……」
王太子殿下は今度は一人で何やらブツブツ言っている。
無口で無愛想なイメージだったのに、何だかその姿は15歳の年相応の男の子に見えた。
私がクスッと思わず笑いを溢すのと、ウンウン唸っていた殿下が頭を上げたのは同時だった。
「演技じゃないだろうな!?」
「えっ?」
何を持って演技だと言い出すのか。
私は演技かと疑われたことさえもすぐに理解できなかった。
「演技とは……どういう意味ですの?」
私は本当に意味が分からなくてそのまま聞き返した。
殿下は眉に皺を寄せて、少し声を上げながら答えた。
「だから!『王太子妃になりたくない』っていうのが演技じゃないのかって言っているんだ」
「『王太子妃になりたくない』っていう演技をしてどうするんですか?」
「本当はなりたいのに、真っ向から『なりたい』アピールしても目立たないから『なりたくない』って演技をして気を引こうとしてるんじゃないかってことだ!」
ええーー!!
この殿下、そんなことを考えてたの?
人のこと言えないけど……どこまで疑り深いんだろう、この人。
「演技じゃありませんよ。私は本当に殿下の妃になりたいなんて思ってません」
ここまで疑われるといっそ清々しい。
こちらも遠慮なく、なる気がないとはっきり言えるから。
私が何度も王太子妃になりたくないと言ったおかげか、殿下はようやく納得してくれた。
「そうか……すまなかったな、疑って」
肩を落として、ショボンとなっている殿下を不覚にも可愛いと思ってしまったことは内緒だ。
誤解?が解けたところで、その後、私と殿下は普通に会話することができた。
話を聞くと、殿下が『王太子妃』に関して疑り深くなるのも仕方ないと思えた。
「学園に入学してから周りの令嬢たちからのアプローチがすごくて。正妃は勿論、側妃でも愛人でもいいという令嬢たちもいて……だんだん令嬢たちが苦手になっていったんだ。
綺麗なドレスを着て、笑みを浮かべていても心の中では王太子妃の座を虎視眈々と狙っているのかと思うと……」
うわ~さすがにそれは気の毒。
全くモテないのも辛いけど、自分の肩書きだけに寄ってくるのも辛いと思う。
普通に見て王太子殿下はかっこいいから王太子じゃなくてもモテそうなのに、地位が高い故にこんな苦労もあるんだな。
まだ、15歳だから尚更かも。
多感な年頃だもんね。
実際は殿下よりも年下だけど、前世の記憶がある分、年相応の殿下が年の離れた弟のようにも思える。
私は王太子殿下を自然と慰めたい気持ちになった。
「殿下、元気を出してください。殿下はとても素敵な方です。だから、皆様殿下のお目に留まりたくて必死なんだと思いますよ。それに、これから先きっと殿下が心から愛せる女性に出逢えますよ」
これは、漫画のストーリーを知っているから言えることだけど、でも、そうじゃなくても殿下は幸せになれると思う。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
ほら、こんなに素直で笑顔が素敵な少年なんだもの。
それからも殿下と少し談笑して、私たちは会場に戻ることにした。
殿下はあまり戻りたくなさそうだったけど、主催者の息子である殿下がいつまでも会場に戻らないのはよくないと説得した。
「最初から毛嫌いしないで、色んな方と話しましょうよ。殿下が自分で決めた方を妃にすると強く思っていれば、絶対に殿下自身を見てくれる方が現れますよ」
「そうだな。ティフォンヌがそう言ってくれるなら、そんな気がしてきた」
へへ、恋愛経験はゼロだけど伊達に年は取ってませんからね。
ベンチから立つ時、手を差し伸べてくれた殿下。
段差のあるところは私が転けないように支えてくれた殿下。
慣れないヒールでゆっくりしか歩けない私の歩調に合わせてくれた殿下。
第一印象が最悪だと、その後も苦手意識を持ってしまう私には珍しく、この時には苦手意識どころか殿下に対して好意さえ持っていた。
前世では人見知りで一度苦手意識を持った人とは距離を取っていた私にとっては大きな進歩だと素直に嬉しく思えた。
人の幸せを願うって、こんなにも幸せなことなんだ。
私はこの時、殿下とリディア様の未来が幸多からんことを心から願った。