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「ティ、ティフォンヌ……」


 背後から声がする。

 私を名を呼ぶその声を私はよく知っている。


 空耳?幻聴?それなら、どれほどよかったか。


 私の名を呼ぶその人が誰なのか確認したくない私は振り返ることができなかった。出来ることなら、速やかに立ち去ってほしいとまで思っている。けれど、無情にも後ろに立つ人物が誰なのかフィリックが容赦なく私に教えてくれた。


「アルフィス殿下」


 ああ~~~、やっぱりぃぃ~~


 やっぱり、アルフィス殿下なのね~~


 アルフィス殿下だけは絶対嫌だと思っていたのに、やっぱりアルフィス殿下なのねぇぇ~~


 絶望の淵に追いやられていた私は絶望の沼に突き落とされた。


「ティフォンヌ」


 また、アルフィス殿下は私を呼ぶ。


「出て行ってください!」


 振り返ることなく私は咄嗟に叫んだ。

 それは、魂の叫びだ。

 天まで届け!


 だが、残念なことにアルフィス殿下には届かなかった。


「ティフォンヌ、今のは本当か?本当に俺のことを好きだと思ってくれてるのか?」


 いつの間にかアルフィス殿下は私の前に来て、私の手を握っていた。

 そして、信じられないという目の奥には肯定してくれという光が見える。


 そんな縋るような目で私を見ないで!


 何て答えていいか分からなくて、私は目を泳がせる。

 そして、あることに気が付いた。


 フィリックがいない。


 キョロキョロと眼球を精一杯動かして部屋中を見渡すが何処にもいない。

 いつもの間に出ていったんだ、フィリックは。


 こんなところで、空気読まないでよ!と私はフィリックの世渡り術の高さを恨んだ。


「ティフォンヌ、お願いだ。もう一度言ってくれ。俺のことが好きだ「言ってません!私、そんなこと言ってません!」


 私はアルフィス殿下の言葉を最後まで聞くに絶えず、遮るように否定の言葉を被せた。


 これ以上、私を追い詰めないでぇぇ~~


 心の叫びはアルフィス殿下に届いただろうか。

 おそるおそる、私はアルフィス殿下の顔を見る。


 って、泣きそうな顔してるぅぅ~~

「どうして好きって言ってくれないの」って、切なそうな顔してるぅぅ。


 ううっ、泣きそうなのはこっちですよ、アルフィス殿下。


 どうしよう、どうしよう。

 恋愛無経験の私にこのピンチを切り抜ける知恵などありはしない。


 ここは素直に「アルフィス殿下、好きです」って言ってみる。

 それとも「アルフィス殿下、しつこいです」と叱咤してみる。


 それとも……逃げちゃう。


 ううん、それだけはダメよ。ここで逃げたら、前世の私と同じじゃない。

 私はもう逃げない。

 失敗しても、傷付いても、逃げることだけはしちゃダメ。


 考えて、この場を上手く切り抜けられる方法を考えるのよ!






「あ、あの、アルフィス殿下、わ、わたし、その……す、す、す…きって言うのは……あの、今は許してください。今のは練習なので、その、今のは聞かなかったことに……お願いします」


 正直に言う。

 結局、それしか思い浮かばなかった。

 恋愛無経験、恋愛無才能な前世の私だったけど、現世でもそうらしい。

 アルフィス殿下という婚約者を得ても、アルフィス殿下に将来、婚約破棄されるかもしれないと思い、一線置いていたから、これって恋愛してないことと同じだもんね。


 でも、それが嫌で今を大事にしようって決めたのに、予定が狂うとすぐに根を上げてしまう。


 バカバカ、私のバカ!


 どうして、ここで勇気を出して「好きです」って、「いつも優しくしてくれる殿下が好きです」って伝えなかったんだろう。


 聞かなかったことにしてほしいって言ってから、私は自分の勇気の無さに気付く。


 私はいつもこうだ。

 いつも後手後手で、逃げてばかりで、後でいつも後悔するんだ。


 ああ、どうしてアルフィス殿下はここにいるの?

 どうして私が好きって言う練習をしているところを見てたの?


 ああ、私ってどこまでも運がない。

 恋愛運が救いようがないほど……ない。


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