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 アルフィス殿下にエスコートされて私は校舎へと戻った。

 休み時間はまだ時間があるので教室ではなく、王室専用、つまりアルフィス殿下専用のサロンへと連れて来られた。


「どうぞ」


 そう言って、アルフィス殿下は扉を開けてくれた。

 そして、中に入ろうとしたその時、視界の中にふとあの人の姿が目に入った。

 反射的にその人がいる方を見る。


 視線の先には、こちらを震えながら見ているリディア様がいた。

 でも、私とリディア様の視線が合うことはない。

 リディア様はアルフィス殿下を見ていたから。

 リディア様はすぐにアルフィス殿下から視線を外し、反対側に走って行った。

 その後ろ姿を見ながら、私は罪悪感で胸がいっぱいになる。


(リディア様は私とアルフィス殿下と一緒にいるところを見てショックを受けたんだ……)


 やっぱり、アルフィス殿下とリディア様は……




 少しでもアルフィス殿下の側にいたいという思いと、公爵令嬢として取り乱したくないという思いが私の中にあって、それでも、誰か(リディア様)を傷付けていることを目の当たりにすると、こんなにも胸が痛む。


 そして、現実を突き付けられた私の心も痛い。




「ティフォンヌ、どうしたの?入ろう」


 アルフィス殿下はその場に立ち尽くす私の肩に手を回しサロンに入ろうと言う。

 まるで、リディア様なんていなかったかのように。


 でも、私でもリディア様がいたことに気付いたのに、殿下が気付かないはずないよね。


「あの、さっきのご令嬢は……」


 アルフィス殿下とリディア様のことは知らないふりをしようと決めたのに、気になるとやっぱり黙っていられなくなる私の悪い癖。これは前世からの私の悪い癖なんだけど、この性格は恋愛とか関係無しにしっかり直さないといけないと切実に思う。 


 でもまあ、言ってしまったものは仕方ないし、リディア様のあんな顔を見たら知らんぷりは出来ない。

 私はアルフィス殿下の答えを黙って待った。


「ああ、ティフォンヌは気にしなくていいから」


 アルフィス殿下も気まずい思いをしているのではと思っていたけど、私の予想に反して、アルフィス殿下はリディア様のことはどうでもいいという感じだった。

 しかも、若干不機嫌そうだ。


 正直、アルフィス殿下の言動をそのまま取っていいのか、はたまた、裏を読むべきなのか、全く分からない。


 完全に私を騙しにかかっているのか、それとも本当にリディア様に恋していないのか。

 何分、前世でも恋愛経験値が低く、アルフィス殿下の気持ちが読めない。

 現状を把握する情報と経験が、私には乏し過ぎるのだ。


 こんな時、気の利いた言葉一つ言えない私……地味に落ち込む。


 どうしよう?

 どうしよう?


『気にしなくていいから』


 その言葉に私は何て返せばいいんだろう。


『分かりました』


 それとも、


『気になります』


 もっと踏み込んで、


『昨日、あのご令嬢と会っていたのでしょう』


 とか。




 ダメ!

 最後のは絶対ダメ!

 そんなの怖くて聞けない!


 私はグイグイいく恋愛は無理だから、そこは自覚してるから。

 ゆっくり進もう。

 振られること前提の恋だけど、私らしく進もう。


 この時、私はさっき自己防衛のためにアルフィス殿下との間に作った壁が少し低くなった気がした。


 アルフィス殿下の顔が少し見える。

 殿下から顔を背けることなく、殿下と向き合える気がする。


 ああ、本当に人を好きになるってこういうことなのかな?


 傷付いて、もう傷付きたくないって壁を作っても、またその人の側に寄り添いたくて壁を崩していく。


 私、前世では本当に臆病で勇気のない女だったんだな。

 自分の殻に閉じ籠もって、自分は傷一つ負いたくないって逃げてばかりいた。


 他人からも自分からも。


 でも、今はこんなに自然にアルフィス殿下との壁を少しずつだけど取り払えたような気がする。


 なんだろう、この気持ち。

 すごくその事が嬉しい。


 私、少しは進歩してるのかな。





「……殿下は気にするなと仰いますけど、私は少し気になりますわ。貴族の令嬢があんな風に走り去るなんて、何か事情があるようで」


 嫌味っぽくないかな、なんてちょっと心配しながら、私はリディア様のことを一歩踏み込んで『気になる』と口にした。

 ドキドキしながら、私はアルフィス殿下の返事を待った。


「そうかな。ただ単に嗜みがないだけだと思うけど。僕は全く気にならないけど」


 えっ??

 ええっっ??


 嗜みがない?!

 気にならない?!


 今!そう仰いましたか!殿下?!


 私は驚き過ぎて絶句してしまった。


 だって、だって、『気にならない』って興味がないってことだよね。『嗜みがない』ってぶっちゃけ悪口だよね。


 関係を知られたくないからって、好きな女性にむかってそんなことを言う??


 言わないよね。きっと言わないよね。

 少なくとも私の常識の範囲内では、そんな常識はない。


 それとも、恋愛は別なの?

 私にバレないようにするためなら、好きな人の悪口を言うぐらい何でもないの?


 はあ~~


 難しすぎて全く分かんない。


 もうこれ以上の駆け引き?は無理。


 頭がパンクしそうです~殿下~~




「そ、そうですか……殿下がそう仰るなら私も気にしないことにします」


 結局私はアルフィス殿下との壁を少し取り払えたものの、リディア様との関係について深く追求するような高度の業は披露できなかった。


 ううっ、不甲斐ない。


 もうちょっと踏み込めるかなぁって思ってたけど、私は自分の力無さを自覚するしかなかった。


「さっ、この話はもう終わり。早く昼食を摂ろう。ティフォンヌの好きなものを用意してあるよ」


 いつもの笑顔でアルフィス殿下は私の手を引いてサロンの中に入った。


 アルフィス殿下の笑顔にホッとするも、笑顔にほだされて話題をシレッと変えられて、何だか上手くかわされた気がしてちょっとモヤモヤする。


 彼氏に浮気疑惑を上手く丸め込まれた彼女の気持ちってこんな感じなのかなぁ。



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